|
カテゴリ
全体
朝日新聞・綜合、政治 朝日新聞・國際 朝日新聞・経済、金融 朝日新聞・オピニオン 朝日新聞・広告 朝日新聞・読書 朝日新聞・社会 朝日新聞・生活、文化 朝日新聞・スポーツ 夕刊フジ 油彩画・仏像彫刻 インコ(ぴーちゃん) 亀(名前は、かめ) ベランダの植物 未分類 以前の記事
2012年 05月
2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 06月 お気に入りブログ
検索
おすすめキーワード(PR)
ファン
|
2012年 05月 22日
[スカイツリー開業 「名付け親」が天望デッキ一番乗り]
高さ634メートルの世界一のタワー、東京スカイツリー(東京都墨田区)が22日、開業した。徹夜組も含めて各ゲートには行列ができ、併設する商業施設が予定を早めて午前9時40分すぎにオープンすると、若者や家族連れが流れ込んだ。その後、最初の来場者が早速、展望台に上がった。 この日はまず午前9時20分、雨模様の空に和太鼓が響く中、式典が始まった。事業を進めた東武鉄道の根津嘉澄(よしずみ)社長が「木(ツリー)の育成には水が必要。今日の雨は大きく育っていく恵みの雨です。末永くご愛顧を」とあいさつ。元プロ野球選手の王貞治さんらがテープカットし、開業を祝った。王さんは「地元出身としてこんなにうれしいことはない。仲間も喜んでくれると思う」と語った。 午前10時50分、名前を決める際に「スカイツリー」に投票した人の中から選ばれた埼玉県の会社員、中澤歩さん(42)が、長男で中学1年の謙太さん(12)らとともに、エレベーターで高さ350メートルの天望デッキに一番乗り。中澤さんは笑顔で窓に歩み寄ると、「すごーい」と一言。雨雲で遠くまでは見通せず、かろうじて足元の景色が見える程度だったが、「ずっと楽しみにしていたので、感動的でした」と話した。名付け親の一人としては「幸せの一言です」とも。 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた人間が発する核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年4月15日]・・・避難住民に100万円仮払い、東電に指示へ 菅内閣 福島第一原発事故の補償問題にあたる菅内閣の「原子力発電所事故による経済被害対応本部」の第一回会議が15日朝開かれ、事故に伴う避難住民に対し、当面の生活資金として1世帯100万円(単身者は75万円)を仮払いするよう、東京電力に指示することを決めた。支払総額は約500億円となる。また海江田万里経済産業相は、巨額の賠償負担に東電がたえられないのではとして政府内などで取りざたされている国有化論について、「国有化はない」と明言した。 [2011年4月15日]・・・海水のフェンス設置完了 たて坑水位は上昇 第一原発 東京電力福島第一原発で、取水口付近の海水を仕切る「シルトフェンス」を6カ所に設置する作業が14日に終わった。新たな放射能汚染水の流出が発生したとしても、その拡散をある程度防げるようになった。流出元になった2号機の取水口付近では15日も止水用の板を設け、追加で地盤を固める作業が進められる。 シルトフェンスは元々、土木工事で発生する泥水の拡散防止に使われる。海上の浮きから海底付近までカーテンのようにポリエステル製の幕で仕切る。 設置したのは取水口付近の6カ所で、いずれも二重に張った。1~4号機の取水口を囲んだうえ、これを囲む堤防の開いた部分を閉じるように設置した。 13日現在、2号機取水口付近では周辺の濃度の基準の2500倍、堤防の内部でも1400~1700倍のヨウ素131が検出されている。この拡散をある程度防ぐと期待されている。 13日までに汚染水回収の第1段階が終わった2号機の坑道では、くみ上げによりいったん8センチ下がったたて坑の水位が上昇に転じ、元の1.5センチまでに戻った。地上の入り口からの深さは92.5センチで、余裕はあるという。タービン建屋地下にたまった水の流入が続いているとみられている。 もう一つの収容先となる集中廃棄物処理施設(容量3万トン)では引き続き、受け入れ準備の点検が進められている。東電はこのほか、4月下旬までに1万2千トン分の仮設タンクの設置を終える見通しを示した。 また、東電は14日、敷地内の土壌中のウラン測定結果を初めて公表した。3月28日に採取した2地点を分析したところ、天然中に存在するのと同じレベルのウランが検出されたという。また、事故に由来するとみられるプルトニウムも引き続き検出されている。 [2011年4月15日]・・・ベンツ、被災地に20台寄付 復旧作業用に四駆など 東日本大震災の被災地でがれき撤去などの復旧作業に使ってもらおうと、ダイムラー(本社・ドイツ)はメルセデス・ベンツの四輪駆動車など計20台の寄付を決め、15日朝、第1陣となる12台がドイツから成田空港に到着した。茨城や栃木県内の工場で整備した後、日本財団を通じて、東北の被災地の自治体やNGOに贈られる。 15日に到着したのは、車両が頑丈な四駆「Gクラス」8台と、がれきの上でも走ることができる多目的作業車「ウニモグ」4台。16日には、ショベルやクレーンが取り付けられるトラック「ゼトロス」8台が到着する。ゼトロスは日本国内では初のお目見えという。ベンツ日本法人によると、同社はスマトラ沖地震や四川大地震のときにも数台を寄付しているが、20台は過去最多という。 ダイムラーは、このほか傘下の三菱ふそうの小型トラック30台も寄付する。ダイムラーのアンドレアス・レンシュラー取締役は「これらの車両を救援と復興に役立ててほしい」と書面でコメントしている。 [2011年4月15日]・・・がれきの中にプレハブ 仮設抽選外れ、自力で自宅跡に がれきの中に、プレハブの住宅がポツンと立っている。津波が川を逆流し、65戸あった民家が1軒を残して全壊、流失した岩手県陸前高田市気仙町の荒町集落。宮大工の熊谷立郎(たつろう)さん(78)が、流された自宅の基礎の上に建てた。 完成した13日、妻の和子さん(73)、次男で水道工の紀男さん(45)、おいの優人さん(22)と車座になってカップ麺の夕飯を食べた。「やっと落ち着いたな」。そう話す熊谷さんに、紀男さんは「寝るとこも決まったし、出稼ぎにでもでるかな」とつぶやいた。 地震後は避難所にいたが、「やっぱり荒町に戻りたい」と、自宅跡でテント暮らしをしながら、がれきの撤去を続けた。市の復興計画のめどは立たず、仮設住宅の抽選にも外れ、自分でプレハブを建てることにした。 水や食べ物は支援物資でまかなう。夜は支援者から送られた懐中電灯などを使って過ごす。近くには数日前、仮設トイレも置かれた。熊谷さんは「ここは海も山も川もあるいい町なんだ。誰かがここにいないと、みんなが戻って来られない」と言うが、市の計画次第ではプレハブを出る準備もあるという。 陸前高田市は「津波やがれき撤去で危険があるので、復興計画ができるまでは被災地域での建設は自粛をお願いするしかない」(須賀佐重喜・建設部長)と複雑な思いだ。現時点で、岩手県は同市で建築基準法に基づく建築制限をかけておらず、直ちに違法とは言えないという。 被災地では、宮城県が気仙沼市など5市町で同法に基づく建築制限をかけることを表明。同県石巻市も独自に規制をかけている。(贄川俊、牛尾梓) [2011年4月16日]・・・国内の外国人数、23万人減 震災後の4週間 東日本大震災の発生から4週間で、国内にいる外国人の数が約23万人減ったことが法務省入国管理局の集計で分かった。観光客を中心に急いで出国した後、客足が戻っていない実態が裏付けられた。 震災翌日から1週間ごとにまとめた4週間分の出入国者数を、15日に速報値として公表。3月12日からの1週間で約24万人が出国し、震災直前の1週間に比べて約10万人も多かった。逆に入国者は約5万8千人で、震災前の1週間の約15万7千人から激減した。 その後、入国者は増え始め、震災後3週間目(3月26日~4月1日)には約8万7千人、4週間目(4月2日~8日)は約10万6千人で、いずれも出国者数を上回っているという。 ただし、在留資格別にみると、観光客が含まれる短期滞在者の入国は震災前の1週間に約12万人だったのが、震災直後の1週間は約3万4千人に急減。4週間目でも約3万1千人にとどまっており、観光客の足は戻っていない。 [2011年4月16日]・・・地震・津波・原発事故に風評被害…「四重苦だ」 福島第一原発の事故で風評被害が広がっている。被災地周辺の野菜や牛乳が敬遠され、がれきの受け入れで苦情が殺到した。子どもへの差別的な言動も報告された。放射能への誤解や過剰な警戒が原因だ。政府や行政は冷静な対応を呼びかける。 「地震、津波、原発事故に加えて風評被害で四重苦だ。本当に恐ろしい」 15日、東京・霞が関の農林水産省で、福島県南相馬市の関係者が、鹿野道彦農水相に口々に訴えた。 福島県は全域で葉物野菜、大部分で原乳の出荷が禁止されている。だが、対象でない特産のイチゴも売れず、値段は通常の半分。同市は自主的に、全域で今季の米作りも見合わせた。 官邸ではこの日、JA福島中央会から「風評被害の一掃を」との陳情を受けた菅直人首相らが、報道陣の前で県産のイチゴやキュウリをほおばってみせた。 農水省によると、福島県産では牛肉が返品されたり、製材が取引をキャンセルされたりするケースも報告されている。 福島以外でも、葉物野菜を中心に風評被害が広がっている。 東京都中央卸売市場では3月下旬、出荷停止の対象でない茨城県産レタスの価格が前年同期の2~4割程度に暴落した。キャベツは愛知、神奈川が主産地にもかかわらず平年の69%(14日)で、産地を問わず低迷している。 水産物では、茨城県沖のイカナゴ(コウナゴ)から基準を超えた放射性物質が検出された4月上旬以降、千葉県産も価格が下落したままだ。 すべての漁が止まっていた茨城では15日、2漁港の10隻ほどが漁を再開した。日立市の漁師の小泉昭彦さん(67)は「このままでは収入はゼロ。生活するには、安く買いたたかれても、漁に出るしかない」と話す。水揚げしたヤリイカやアンコウなどの値は普段の7割ほど。アジは普段なら1キロ150~200円だが、約10円だった。 北茨城市の平潟漁港でも、6~7割の値しかつかなかった。16日には東京・築地市場などで競りにかけられる。平潟漁協の鈴木一久参与は「どのくらいの値がつくのか、祈るような気持ちだ」。 海外では、中国が福島周辺の12都県の食品・飼料の輸入を停止。ベトナムなどは全国のすべての食品を止めている。松本剛明外相は15日の記者会見で、海外メディアで間違った情報が流れないよう「しっかり対応する」と述べた。 そんな中、「回復」の兆しもある。出荷停止が解除され、福島・会津産の原乳を使った牛乳が16日から首都圏の店頭に再び並ぶ。会津中央乳業の二瓶孝也社長は「再建の目鼻がついてきた。このまま順調に流通してほしい」。 だが、風評被害は食品にとどまらない。 川崎市では、阿部孝夫市長が被災地のがれきを受け入れると表明したところ、「放射能のごみを燃やしたら危険」などの苦情が市に殺到した。受け入れ方針が報じられた8日以降、電話やメール、封書は4千件近くに及ぶ。 大半は「放射能を帯びた廃棄物が持ち込まれる」という誤解に基づくもの。市はホームページにQ&Aを掲載し「安全が確認されるまで受け入れることはない」などと説明。最近は「電力を供給されている立場で(がれき受け入れに)文句を言うのはおかしい」「頑張って」といった電話も増えてきたという。 千葉県船橋市では、「福島から来た児童が地元の子どもたちから避けられた」とする報道もあり、市などが対応に追われた。 発端は、避難者の支援活動をしている市議が3月下旬、福島から避難している70代女性と40代男性の親子から聞いた話。「船橋に避難した親類の子が市内の公園で遊んでいる時、福島から来たと言ったら避けられた。子どもたちは船橋に転校するのをやめた」といった内容だった。 事実関係は不明だが、市教委は念のため、3月28日に全市立小中学校に、「(避難してきた子らに)思いやりを持って接し、温かく迎える」「不安な気持ちを考え、言動に注意する」などと注意を求めた。 2012年 05月 21日
[政府や東電幹部に「有罪」 福島原発事故問う民衆法廷]
東京電力福島第一原発事故の刑事責任を市民の手で裁こうとする「原発を問う民衆法廷」が20日、福島県郡山市で開かれた。業務上過失致死傷などに問われた政府や東電の幹部に対し、大学教授でつくる「判事団」は「有罪」を認定した。 学者や市民でつくる実行委員会が主催。この日は、2月に東京で開かれた第1回公判に続き、約150人が傍聴し、県内の牧場主や詩人が被害を訴えた。有機農業ができなくなったという渡辺ミヨ子さん(70)は「事故を起こした責任を認めてほしい」と訴えた。政府や東電の立場から意見を述べた弁護士は「国が定めた安全基準を順守してきた」などと主張した。 田中利幸・広島市立大学平和研究所教授(戦争犯罪論)ら4人で構成する「判事団」は、「想定外」という言葉を「責任回避のために想定すべき事態をあえて想定外に置いた」などとし、有罪判決を発表した。 [あきらめず待って…見えた部分日食 郡山の仮設住宅] 東京電力福島第一原発事故の避難者が多く暮らす福島県郡山市富田町の仮設住宅では、ボランティアが観察会を開いた。約40人が屋外に集まったが、金環日食の時間帯に、太陽は雲の向こうに隠れたまま。大半は落胆の様子でいったん帰宅した。 ところが午前8時半。雲が薄くなり、左下が欠けた太陽が姿を現した。「見えた! 部分日食です」 ボランティアの叫び声で空を見上げた阿部みつ子さん(56)は「太陽じゃなくて月みたい。すごい。感動のひと言」と笑った。 観察会を企画した地元科学館学芸員の安藤享平さん(34)は「みんな地球という故郷で生きている。ふさいだり悩んだりする人の心に変化をもたらせられれば」。 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた人間が発する核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年4月14日]・・・自民・谷垣総裁が首相に退陣要求 「国民にとって不幸」 自民党の谷垣禎一総裁は14日の記者会見で、菅直人首相について「自ら出処進退について判断する時期に来ている。これ以上この体制で行くことは国民にとって極めて不幸だ」と述べ、退陣を求めた。 谷垣氏は震災や原発事故への対応について「後手後手に回る対応の遅さは、日本の国際的な信用の失墜を招いている」と酷評。統一地方選前半戦での民主党の敗北を「国民が菅政権に復興のかじ取りを委ねることはできないという意思を示した」と分析した。 民主党の小沢一郎元代表が倒閣に動いていることについて、谷垣氏は「小沢氏の動向に関係なく、我々は是々非々の立場で臨む」と連携を否定。内閣不信任案や首相問責決議案の提出については「まずは首相自ら判断すべきだ。我々も思いを巡らせている」と述べるにとどめた。 [2011年4月15日]・・・両陛下、被災現場の前で黙礼 初の被災地入り、住民慰問 天皇、皇后両陛下は14日、東日本大震災で津波の被害を受け、13人が亡くなった千葉県旭市を訪れた。被災地の訪問は今回が初めてで、両陛下は犠牲者が出た場所の前に立ち、黙礼した。今後、岩手、宮城、福島、茨城の4県の被災地を歴訪する。 両陛下はこの日、多くの家屋が全半壊し、死者・行方不明者が4人出た飯岡地区で視察のバスを降りた。「ありがとうございます」と呼びかける住民に歩み寄り、「みなさんがお元気で良かったです」。「お元気ですか」「怖かったでしょう」と声をかけられた同地区の磯村冨美子さん(64)は、やり取りの後、「本当によく来てくださいました。余震が続き不安だったが、元気が出ました」と話した。 両陛下は、同市の2カ所の避難所も慰問に訪れた。その一つ、海上(うなかみ)公民館で天皇陛下は、「生まれて初めて恐ろしい思いをしました」と話す八本千恵子さん(79)に「お体の方は大丈夫ですか」と語りかけた。 皇后さまは、足が不自由で隅の方に一人でいた伊藤とみさん(84)に気づいて小走りで駆け寄り、「よく無事でいてくださいました。おつらいでしょうね」と語りかけた。 明智忠直市長は「住民が元の生活に戻るための元気が出る思いがした。被災現場で黙礼をしていただいたことにも感動しました」と話した。 秋篠宮ご夫妻もこの日、新潟県の長岡、小千谷両市に避難している被災者を慰問した。12世帯40人が生活する長岡市の健康福祉施設・志保の里荘では、福島県双葉町から夫らと避難してきた細沢政子さん(73)が自宅を流されたことを話しているうちに涙ぐみ、紀子さまがティッシュを差し出す場面も。細沢さんは「両手で握手してくださり、頑張ってくださいと優しく声をかけていただいてありがたかった。少し気持ちが落ち着きました」と話した。 [2011年4月15日]・・・10キロ圏内、90人避難せず 「説得続けるしかない」 政府の避難指示は福島第一原発から半径20キロ、福島第二原発から半径10キロの圏内に出されている。圏内にかかっている10市町村によると、13日現在、約90人が避難していない。 家畜の世話やお年寄りの介護といった理由で残る人が多い。福島県の救援活動を担当する陸上自衛隊第12旅団によると、隊員は自治体職員に付き添って説得をしている。避難を拒む人には「長期間居残ると、放射線量が蓄積されて危険」「避難所には水や食料があって安心ですよ」などと呼びかける。それでも応じない場合、「孫や子どもが心配している」などと訴える。だが、今も居残る人が応じるケースは少ないという。 福島県は避難指示圏について、立ち入りを厳しく制限する「警戒区域」にするよう求め、政府も検討を続けている。隊員の一人は「警戒区域になれば対応は変わってくる。だが、避難指示である限り、説得し続けるしかない」と話す。 2012年 05月 20日
[両陛下、英国訪問から帰国]
16日から英国を公式訪問していた天皇、皇后両陛下は20日正午ごろ、政府専用機で羽田空港に帰国した。皇太子ご夫妻や秋篠宮ご夫妻など皇族方、政府関係者が出迎えた。両陛下は26~28日には全国植樹祭のため山口県を訪れる予定。 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた人間が発する核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年4月14日]・・・風評被害、日本の工業製品にも 8カ国・地域が輸入規制 高級感や品質の良さで根強い人気の「メード・イン・ジャパン」。福島第一原発事故による放射能汚染を恐れる海外の国々で、工業製品にも風評被害が広がりつつある。 「一転して禁輸撤回とは……」。ある経済官庁幹部はほっとした様子でこう話した。4月に入り、日本からの食品輸入を3カ月間停止するとしていたインド政府が、8日に一転して禁輸を撤回したからだ。農林水産省によると28カ国・地域が日本産食品の輸入規制を強めている。 海外の日本産品への対応に、一喜一憂する日本政府の関係者。ただ「風評被害」は食品や農産物だけではない。工業製品にまで広がっている。 ロシアのメディアによると5日、極東のウラジオストク税関は、通常の3~6倍の放射線量を検出したとして、日本からの輸入中古車を隔離した。四国タオル工業組合がイタリアに輸出した「今治タオル」も一時、ローマの空港の税関で足止めされた。 経済産業省によると、工業製品でも8カ国・地域が輸入規制を敷く。 放射能汚染に敏感な各国の税関当局は、商品が汚染されていないという証明を相次いで企業側に求めている。製品の放射線量を測定できる日本海事検定協会には、震災後に約250件の検査依頼が殺到。ほかの検査機関も対応しきれていないのが現状だ。 そこで、日本の各商工会議所は、輸出時の証明になる書類に、産地の放射線量を書き込める欄を入れるサービスを始めた。日本商工会議所によると、制度を始めた3月28日以降、証明の発給は487件に上っている。 風評被害で輸出が落ち込めば、日本経済は震災に続く二重の危機に見舞われかねない。産業のすそ野が広い工業製品で規制が広がれば、影響は大きくなる。 菅直人首相はこのほど、欧州連合(EU)のバローゾ欧州委員長との電話協議で、日本製品への冷静な対応を要請。枝野幸男官房長官も記者会見で「海外での事実と異なる報道に、かなり厳しく対応しないと風評は止められない」と述べてきた。 経営者も風評被害の打ち消しに躍起だ。日本自動車工業会の志賀俊之会長(日産自動車最高執行責任者)は震災後、自動車メーカーの工場などで放射線の検出はないと国内外向けにコメントを出した。 ただ、各国とも国内総生産(GDP)で世界3位の日本経済が悪化し、リーマン・ショックから持ち直しつつある世界経済を停滞させることまでは望んでいない。5月にフランスである主要国首脳会議(G8)では、風評被害を防ぐ議論もされる方向だ。(福田直之) [2011年4月14日]・・・非常用電源の確保、全原発で対策完了 余震受け実施 7日夜に宮城県沖で発生した強い余震で東北電力女川原発などで外部電源が一部遮断したことを受け、政府が福島第一を除く全国の原発を対象に指示していた非常用電源の緊急対策作業が13日までに完了した。政府高官が同日夜、記者団に明らかにした。 緊急対策では、予備の外部電源を2系統にしたり、非常用のディーゼル発電機を複数にし、高台にも設置したりなどした。余震だけでなく、大津波が起きたあとでも原子炉の冷却機能が損なわれないようにするのが狙いで、余震発生後に菅直人首相が指示したという。政府高官は「今後も余震が続く見通しのため、二重、三重の備えを指示した」と説明した。 [2011年4月14日]・・・3月の訪日外国人は半減、過去最大の落ち込みに 日本政府観光局が14日発表した3月の訪日外国客数(推計値)は、前年同月比50.3%減の35万2800人だった。前年同月比の下落幅は、大阪万博の反動減があった1971年8月(41.8%減)を上回り、過去最大となった。 東日本大震災や福島第一原発の事故で、日本への渡航自粛を打ち出す国が出たことが響いた。 2012年 05月 19日
[国会事故調、細野氏から非公開で聴取]
東京電力福島第一原発事故を検証する「国会事故調査委員会」(黒川清委員長)は19日午前、当時の首相補佐官だった細野豪志環境相兼原発相から聴取した。聴取は非公開。細野氏は終了後、記者団に「政府の責任は極めて重い。政治家を含め責任や評価を検証するのは大事」と話した。 細野氏は公開を希望したが、事故当時は閣僚ではなかったため、事故調の判断で非公開になった。菅政権と東電との意思疎通や、東電による作業員の撤退の申し入れに対する政権の認識などを話したという。 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた人間が発する核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年4月13日]・・・海水の放射性物質、最高値 福島第一の30キロ沖 文部科学省は12日、海水や大気の放射能汚染の調査結果を発表した。福島第一原発の東約30キロの沖合で、表層の海水からヨウ素131が、基準の2倍を超える1リットルあたり88.5ベクレルを検出した。セシウム137も基準(90ベクレル)を下回るものの71.0ベクレルと、いずれもこれまでの最高値を示した。 海水は11日午前に採取。ほかの3地点でも、ヨウ素が基準の4分の1ほど検出された。 大気中の放射線量は、各地でわずかな減少が続いているが、福島など7都県で依然、平常の最大値を上回っている。 福島県内では、原発から20キロ圏外で観測地点が増加された。「計画的避難区域」にすべきか判定するデータを集めるのが目的。この結果、原発から20キロ付近の浪江町川房で毎時46.0マイクロシーベルトと高い値を観測した。30キロ圏内の葛尾村では、地点によって1.8~22.2マイクロシーベルトと開きがあった。 3月23日~4月11日の積算放射線量で最も高いのは、浪江町赤宇木の15.06ミリシーベルトで、飯舘村長泥の8.76ミリシーベルトが続いた。 [2011年4月13日]・・・原発の「想定外」なくせ 九電、津波想定した訓練 九州電力は12日、玄海原子力発電所(佐賀県玄海町)と川内(せんだい)原発(鹿児島県薩摩川内市)で津波を想定した訓練を公開した。訓練は、福島第一原発事故を受けて国が電力各社に指示した原発の津波対策に盛り込まれたものだ。 玄海の原子炉建屋は標高11メートル、川内は13メートルの場所にあるが、そこに10メートル超の津波が来て非常用発電機が動かなくなったと想定。 玄海では新たに配備した高圧電源車のケーブルを約30メートルのばして制御室に電気を送ったり、仮設ポンプで水を注入したりする訓練があった。 九電は今月中に国が指示した津波対策を実施し、定期検査中の玄海2、3号機の営業運転を5月中に再開する考えだ。 [2011年4月13日]・・・月単位で被害算定し賠償請求へ JA、東電に仮払い促す 東京電力福島第一原発の事故による補償問題で、全国農業協同組合中央会(JA全中)は、放射性物質で汚染され、出荷制限を受けている野菜や原乳の被害額を月単位でまとめ、その都度、東電に損害賠償請求する方針を固めた。 農家は、えさ代などの目先の運転資金が不足しており、早急に東電に仮払金の支払いを促すのがねらい。 原発事故が起きた3月分の被害額は、福島、茨城など県の農協中央会から積み上げ、今月中にも取りまとめる。農家の資金難が緊急の課題のため、月ごとに賠償請求するやり方を「当面の間」続ける方針。 現在、避難指示が出ている福島第一原発から20キロ圏内などでの農業被害や、コメの作付け制限地域、価格暴落などの風評被害については、被害額がすぐに確定できないため、当面は賠償請求額には含まない。 ただ、賠償の指針づくりは、文部科学省が設置した原子力損害賠償紛争審査会が担っており、東電は、補償の枠組みが決まる前の仮払いには慎重だ。 [2011年4月13日]・・・「廃炉・除染に最長100年」 英科学誌に専門家ら 福島第一原発の廃炉や敷地の除染などには「数十年から100年かかる可能性がある」――。英科学誌ネイチャーは、11日付電子版で、米スリーマイル島(TMI)原子力発電所事故を経験した専門家らの見方を掲載した。 記事によると、福島第一原発の建設の一部を請け負った東芝による「10年程度」という廃炉計画について、TMI処理の経験者は「福島第一原発でははるかに時間がかかるだろう」と述べている。原子炉が安定しておらず、さらに放射性物質が大量に放出される可能性も残っているからだ。 TMIを経験した別の技術者は、福島第一原発で採用されている沸騰水型炉(BWR)は「配管や弁などが密集している」と指摘。TMIより作業が難しくなる可能性を示唆した。 また記事では、旧ソ連・チェルノブイリ原発では事故から約80年後に当たる2065年まで除染が行われる予定、と言及している。(ワシントン=勝田敏彦) [2011年4月13日]・・・レベル7の可能性、3月末には認識 枝野官房長官 福島第一原発事故について枝野幸男官房長官は13日の記者会見で、3月末までに、経済産業省原子力安全・保安院からレベル7に引き上げる可能性について報告を受けていたことを明らかにした。データの精査を指示した結果、4月12日の発表になったという。 枝野氏は、報告を受けた時点では「根拠が3カ所の放射性物質のデータに基づくもので、確信を持って言える状況ではなかった」と説明。確実な分析を指示した結果、11日夕方に保安院と原子力安全委員会からレベル7に相当するという最終報告があった。このため菅直人首相に報告した上で12日に公表したという。 先月のうちに引き上げなかった判断について枝野氏は、「間違いになる可能性がある段階では、政府として申し上げるのは困難だ」と説明した。 これに関連し、菅政権の別の政府高官は12日夜、3月15~17日の時点で、すでにレベル7に相当する量の放射性物質が放出されていたとの見方を示した。この高官は「引き上げるタイミングが適切だったのだろうかと正直思っている」と語り、認定が後手に回ったとの認識を示した。 [2011年4月13日]・・・東電が補償相談窓口設置へ 福島原発事故 東京電力の清水正孝社長は13日、本社で会見を開き、福島第一原子力発電所の事故の影響で、補償についての相談窓口を設置する意向を明らかにした。また、避難を余儀なくされた住民に対し、当面必要な生活費などを補償の仮払いを検討していることも明らかにした。 2012年 05月 18日
[海江田氏「東電、全員撤退と認識」 国会事故調で証言]
東京電力福島第一原発事故を検証する「国会事故調査委員会」(黒川清委員長)は17日、海江田万里元経済産業相を参考人招致した。海江田氏は、事故直後に東電の清水正孝社長(当時)から「第一原発から第二原発に退避する」と伝えられ、「全員撤退」と受け止めたことを明らかにした。 東電の勝俣恒久会長は14日の事故調で「一部撤退」と説明したが、海江田氏は「一部というのは記憶にない。(一部なら)現場でも判断できる。私にまで電話してくるのは重い決断があったのではないか」と指摘した。 菅直人首相(当時)が福島第一原発の吉田昌郎所長(同)に直接電話で指示したことについては「大きな権限は抑制的に使わなければならない」などと批判。原子力緊急事態宣言の発令がずれ込んだ理由を「首相のご理解を得るのに時間がかかった」と説明した。また、政権と東電との意思疎通について「伝言ゲームをやっているような状況でいけなかった。反省すべき点がある」と振り返った。 [津波避難タワー、仙台で公開 被災の教訓生かし開発] 東日本大震災の津波で、仙台製造所(仙台市宮城野区)が甚大な被害を受けた建材メーカー「日鉄住金建材」(本社・東京)は、今回の教訓を随所に生かした津波避難タワーを開発した。仙台港に面する同製造所に造られ、17日に公開された「標準型」は高さ7.8メートル。72平方メートルの屋上に約100人が避難できる。現在の設計で、高さ約15メートルまで高められるという。 津波の衝撃を小さくするため壁がなく、6本の柱のうち1本が欠けても崩れないという。太陽光発電の照明も設置した。地盤や高さによって価格は変わるが、標準型で約3千万円(工事費込み)。基礎を除く本体部分は最短2週間で建設でき、自治体や事業所向けに販売する。 岩手、宮城、福島の3県によると、震災後に被災地で避難タワーを建設したケースはないという。 同製造所には約3メートルの津波が押し寄せ、従業員ら76人は敷地内にある高さ約5メートルの築山に避難して無事だった。(田中美保) 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた人間が発する核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年4月12日]・・・容赦ない余震 「もう嫌だ、もう嫌だ」 東日本大震災からちょうど1カ月たった11日夕、また被災地を強い地震が襲った。震度6弱を観測した福島県いわき市では土砂崩れが発生。倒壊した家屋から住民を救い出そうと、消防隊員らが必死に作業を続けた。茨城県沿岸部では、高台の避難所に逃げ込んだ市民から「もう嫌だ」とため息が漏れた。 ■福島県 「下から突き上げるような縦揺れがいきなり来た。自宅を飛び出して山の方向を見上げると、中腹付近の木がユサユサ揺れ、ドーンという音がした。土砂が崩れてきたと思い、東側の尾根方向に向かって一目散に逃げた」 地震による土砂崩れで家屋3棟が倒壊した、福島県いわき市田人町石住の現場。すぐそばに住む大工の鈴木良一さん(47)が、その瞬間を振り返った。 消防のレスキュー隊は市中心部からの道路を土砂崩れで塞がれ、迂回(うかい)路を探して現場にたどり着いた。小雨が降り、ときどき余震が来る中、消防隊員と警察官約50人が重機3台を使って土砂の除去作業を続けた。 現場は山あいの集落。土砂崩れが起きた斜面はすり鉢状になっており、3年ほど前に杉の木が伐採されてからは、地面が見える状態だった。伐採前から付近一帯は危険区域に指定されていたという。 3月11日の地震の際には大きな横揺れに襲われたが異常はなかった、という。 福島県警いわき南署によると、倒壊した1軒の世帯主は高橋貞夫さん(71)で、亡くなった女子高生は孫の愛さん(16)という。 近くに住む中山京子さん(56)は「激しい縦揺れが繰り返される状態が、もう2時間以上続いている。どうしていいかわからない。生きた心地がしません」と震えた声で話した。 大きな揺れがあった後に停電になり、周囲は真っ暗という。台所の食器が激しい揺れで落ちて割れ、足の踏み場がない。「すぐに逃げ出せるよう、玄関先に布団を敷いて寝たきりの父を寝かせています」と中山さんは話した。 福島県内の消防によると、川俣町では避難しようとした女性(87)が転倒。股関節を骨折した疑いがあるとして、福島市内の病院に運ばれた。郡山地方広域消防組合消防本部によると、郡山市の民家では、30代の女性が倒れたサイドボードのガラスで左腕を切り救急搬送された。 ■茨城県 県南東部の鉾田市で震度6弱を記録した茨城県。 福島県と隣接する北茨城市では地震直後、激しい雨と雷のなか、高台にある市役所近くの市道に渋滞の車列ができた。同県沿岸に津波警報が出たため、多くの市民が避難してきたという。 避難所になっている市役所近くの市民体育館には、続々と人が詰めかけ、多くの人がテレビを心配そうに見つめた。地震のとき自宅にいたという斉藤絹代さん(75)は「3月11日と同じくらいの横揺れだ」と感じたという。断続的に余震が続く中、「余震だけでなく雷も来る。もう嫌だ、もう嫌だという思いです」。 同県大洗町役場は地震直後、海沿いの町民らに対し、津波の恐れがあるとして避難命令を出し、高台に至急避難するよう呼びかけた。四つの小中学校に避難所を設置。二つの小中学校に250人ほどが避難したという。 [2011年4月12日]・・・安全なの?危ないの? 30キロ圏外、振り回される住民 計画的避難区域とされた福島県飯舘村。ほとんどが福島第一原発の半径30キロ圏外で、避難指示や屋内退避指示(自主避難要請)ではなかった。 「何で今ごろになって避難なのか。国の言っていることはとにかくちぐはぐ」 従業員68人を抱える精密部品加工会社を営む林和伯さん(67)は憤る。先月中旬、従業員の強い要望で操業を再開したばかり。「命令でもない限り、国から言われても村から出るつもりはない」 村中心部に住む農家の女性(55)も「この前、国際原子力機関(IAEA)が村は危ないと言ったのを国が打ち消したのに、今度は避難しろという。一体どっちなのか」と戸惑う。 村は先月19日から、希望する住民を栃木県鹿沼市に避難させた。だが、和牛農家を中心に、徐々に村に戻る人が増えている。その一人、菅野千代子さん(69)は牛が心配で先月末から自宅にいる。「戻れて良かったと思ったのに今度は今生の別れだなんて。心の準備にまだ時間がかかる」 飯舘村の西側に隣接する川俣町も一部が計画的避難区域に入った。同町山木屋で乳牛80頭を飼う牧場経営者、高橋健司さん(38)は「牛はうちの財産で生活の糧。見捨てることはできない」。原乳の出荷制限で乳は搾って捨てている。従業員1人を解雇し、牛乳やチーズなどの製造工場も休業。健司さんを手伝う母の里子さん(64)は「町からは何の連絡もない」と途方に暮れる。 町内で民生委員を務める渡辺とくいさん(67)は「30キロ圏外は大丈夫だといっていたのに、何を信じていいのかわからない。国がしっかりした情報を発信してくれないと混乱するばかり」と話した。 これまで避難指示、屋内退避指示、それ以外の三つの地域に分かれていた南相馬市。屋内退避区域の同市原町区に住むトラック運転手、横山久司さん(51)は、1週間前に避難先の栃木県鹿沼市から帰宅していた。ところが、自宅が計画的避難区域に。「小出しにしないで、はっきり境界線を引いてくれないと身動きがとれない」と政府に対する怒りの声を絞り出した。 浪江町にあった勤務先は原発事故で、福島市へ移転。「『通えるか?』との会社の問いに、答えを保留している。先が見えない生活は、もう限界」と憤る。 同じ原町区の農業原田みよこさん(63)は、震災直後から夫と子どもと一緒に福島市に避難したが、高齢の両親は「避難所に行くくらいなら、放射能の影響があっても構わない」と自宅に残った。両親の様子が気になり、2時間ほどかけて何度も帰宅した。「30キロ圏内は『絶対に入っちゃいけない』という宣言もなかった。中途半端で逆に困る」 [2011年4月12日]・・・細野氏を原発事故担当相に起用意向 首相が野党に説明 菅直人首相は福島第一原発事故の対応に専従する「原発担当相」を新設し、細野豪志首相補佐官を起用する意向を公明党の斉藤鉄夫幹事長代行に伝えた。閣僚増員には内閣法改正が必要で、首相は11日、斉藤氏に電話し、「補佐官として米国とやりとりしている細野氏にしかるべき立場を与えて取り組ませたい」と述べ、法改正に理解を求めた。 菅首相は11日に原発事故の補償問題を担当する原子力経済被害担当相に海江田万里経済産業相を起用したばかり。原発事故を収束させる閣僚ポストを別に設けることで、事故対応と補償問題を切り分ける考えだ。 閣僚の増員については、民主党が野党に「3増」案を提示しているが、野党は内閣法改正に難色を示しており、見通しは立っていない。法改正ができない場合は現在の閣僚を入れ替える可能性もある。 [2011年4月12日]・・・福島原発事故、最悪「レベル7」 チェルノブイリ級に 福島第一原発の事故について、経済産業省原子力安全・保安院と原子力安全委員会は、これまでに放出された放射性物質が大量かつ広範にわたるとして、国際的な事故評価尺度(INES)で「深刻な事故」とされるレベル7に引き上げた。原子力史上最悪の1986年の旧ソ連チェルノブイリ原発事故に匹敵する。放射性物質の外部への放出量は1けた小さいという。12日午前に発表した。 保安院は3月11日の事故直後、暫定評価でレベル4としていた。放射性物質が原子力施設外に放出されるような事故はレベル4になり、それ以上は、外部に放出された放射性物質の量でレベルが決まってくる。 18日に79年の米スリーマイル島原発事故に匹敵するレベル5に引き上げた。レベル5は放射性ヨウ素に換算して数百~数千テラベクレル(テラは1兆倍)の放出が基準だ。その後、放出された放射性物質の総量を推定したところ、放射性ヨウ素換算で37万~63万テラベクレルになった。INESの評価のレベル7にあたる数万テラベクレル以上に相当した。福島第一原発では今でも外部への放出は続いている。 チェルノブイリ事故では爆発と火災が長引き、放射性物質が広範囲に広がり世界的な汚染につながった。実際の放出量は520万テラベクレルとされている。福島第一原発の事故での放出量はその1割程度だが重大な外部放出と評価した。評価結果は国際原子力機関(IAEA)に報告した。 福島第一原発では、原子炉格納容器の圧力を逃がすため放射性物質を含む水蒸気を大気中に放出した。さらに地震後に冷却水が失われ核燃料が露出して生じたとみられる水素によって、1、3号機では原子炉建屋が爆発して壊れた。 2号機の格納容器につながる圧力抑制室付近でも爆発が起こったほか、4号機の使用済み燃料貯蔵プールでの火災などが原因で放射性物質が大量に放出されたと見られている。内閣府の広瀬研吉参与(原子力安全委担当)は「3月15~16日に2号機の爆発で相当量の放出があった。現段階は少なくなっていると思う」と話した。 東京電力原子力・立地本部の松本純一本部長代理は会見で「放出は現在も完全に止まっておらず、放出量がチェルノブイリに迫ったり超えたりする懸念もあると考えている」と話した。 ただ、原発周辺や敷地の放射線量の測定結果は3月15~21日に非常に高い値を示していたものの、その後低下している。4月10日に非公開で開かれた安全委の臨時会で保安院の黒木慎一審議官は「最悪の事態は今は脱した」と報告している。(香取啓介、竹石涼子、小堀龍之) [2011年4月13日]・・・日本産食品の輸入規制、約50カ国・地域に 外務省 外務省は12日、福島第一原発の事故を受け、日本産食品の輸入を規制する国が約50カ国・地域に上ることを明らかにした。海外での風評被害を抑えるため、冷静な措置をとるよう働きかけている。規制内容の詳細は同省ホームページに掲載している。 [2011年4月13日]・・・原発の津波対策「甘かった」 経産相、指針の見直し示唆 海江田万里経済産業相は12日の記者会見で、原子力発電所に関する国の耐震設計指針が津波に対して甘かったのではとの質問に対して、「全くその通りだと思う」と述べ、備えが十分でなかったことを認めた。 原発を地震や津波から守る対策は国の耐震指針に基づく。2006年に改定された今の指針で初めて津波対策をとるよう明記されたが、「(原発の)安全機能が重大な影響を受けないように考慮する」などと抽象的に触れているだけだ。 東京電力が福島第一原発で想定した津波の高さは5.7メートル。だが、今回の震災による津波は14メートル以上だった。このため海江田氏は3月末、津波による電源喪失などに備え、全国の原発に対して電源車を配備することなどを盛り込んだ緊急安全対策を指示していた。 海江田氏は会見で「(原発の)基本的設計を含め考え直さないといけない。二重三重の備えは津波を念頭におかねばいけない」と述べ、指針を見直す考えを示した。 [2011年4月13日]・・・野党から再び首相退陣論「責任重大」「復興への早道」 野党各党は東日本大震災で控えてきた菅直人首相への退陣要求を再び強め始めた。統一地方選前半戦の民主党敗北で「国民が民主党に『ノー』を突きつけたことで批判しやすくなった」(自民党幹部)ためだ。 自民党の小池百合子総務会長は12日の会見で「さっさと退陣してもらいたい。それが復興への早道だ」と明言。組織やポストを次々増やす震災対応も「誤ったガバナンス」と批判した。 みんなの党の渡辺喜美代表も、原発事故の事故評価尺度をレベル7に引き上げたことについて「過小評価を続けた菅政権の責任は重大。首相自身が代わることが危機管理の要諦(ようてい)だ」と述べた。 2012年 05月 17日
[経産前事務次官、責任逃れ発言繰り返す 原発国会事故調]
東京電力福島第一原発事故を検証する「国会事故調査委員会」(黒川清委員長)は16日、経済産業省の松永和夫前事務次官を参考人招致した。松永氏は「多くの方が苦しい環境で暮らし続けていることに申し訳ない気持ちでいっぱいだ」と陳謝したが、自らの責任を避ける発言が目立った。 松永氏は原子力安全・保安院長などを経て、2010年から11年8月まで経産次官を務めた。事故後は経産省の事務方トップとして対応にあたった。 この日の事故調での質疑に対し、事故直後に設定した避難区域について「保安院に任せて、という気持ちだった」と説明。昨年夏の計画停電で混乱を招いたことを追及されると「内閣に計画停電のための組織を作った。私は一員ではなかった」と自らの関与を否定。昨年6月、当時の海江田万里経産相が原発の「安全宣言」をした判断についても、「私が中心的な役割を果たしたわけではない」と言い切った。 責任逃れの答弁が続いたことに、黒川委員長は終了後の記者会見で「責任者として適切だったか、判断が正しかったかという疑問がぬぐえない」と批判した。 [津波被害のATMから現金1300万円窃盗容疑 宮城] 東日本大震災の津波で全壊した宮城県東松島市のコンビニエンスストアの現金自動出入機(ATM)から約1300万円を盗んだとして、県警は指定暴力団住吉会系組員の佐藤雄二容疑者(42)=仙台市青葉区荒巻神明町=ら5人を窃盗の疑いで逮捕し、16日発表した。このうち3人は容疑を認めているという。 宮城県内では、震災直後の混乱に乗じて被災コンビニのATMから現金を盗む事件が14件(被害総額1億7千万円)起きている。県警は、佐藤容疑者のグループが関わっている疑いもあるとみて調べる。 県警捜査3課によると、5人は津波が押し寄せた昨年3月11日午後3時40分から20日午後1時ごろまでの間、東松島市野蒜(のびる)の「サンクス宮城野蒜店」に侵入し、工具を使ってATMから現金約1300万円を盗んだ疑いがある。 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた人間が発する核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年4月10日]・・・死者1万3013人、不明1万4608人 10日19時 警察庁によると、東日本大震災による死者は、7日深夜の余震を含め、10日午後7時現在で12都道県の1万3013人にのぼった。行方不明は6県で1万4608人。負傷者は18都道県で4684人。 確認されている死者数は宮城7929人、岩手3811人、福島1211人、茨城22人、千葉18人、東京7人、栃木と神奈川で各4人、青森3人、山形2人、北海道、群馬で各1人。 行方不明となっているのは宮城6460人、岩手4721人、福島3423人、千葉2人、青森、茨城各1人。 建物被害は全壊4万8734戸、道路損壊は2136カ所にのぼる。 岩手、宮城、福島での死者のうち、10日午前10時現在で、身元が判明したのは1万791人。遺族や自治体に引き渡された死者は1万1241人となった。 [2011年4月10日]・・・東京都知事に石原氏4選確実 東国原氏・渡辺氏ら破る 東京都知事選は10日投開票され、現職の石原慎太郎氏(78)が4選を確実にした。前宮崎県知事の東国原英夫氏(53)やワタミ創業者の渡辺美樹氏(51)、前参院議員の小池晃氏(50)=共産推薦=らは及ばなかった。 一度は引退の意向を固めた石原氏は、自民党などの要請を受けて立候補を決めた。出馬表明の直後に東日本大震災が起き、その後は災害対策の公務を優先。街頭に立ったのは選挙戦最終日だけだったが、東京が復興の先頭に立つと訴えた。 東国原氏らは石原氏との政策の違いを強調したが、震災報道でメディアへの露出も限られ、支持が思うように広がらなかった。 [2011年4月10日]・・・菅首相、3度目の被災地訪問 要人視察、地元に負担も 菅直人首相は10日、震災被災地の宮城県石巻市を視察した。首相の被災地訪問は3度目で、宮城は初めて。震災1カ月で閣僚や与野党幹部の被災地視察も本格化しており、復旧活動に追われる現地には困惑する声も漏れている。 首相は午前8時半に自衛隊のヘリコプターで東松島市の航空自衛隊松島基地に到着し、石巻へ。3月21日に視察を予定していたが天候不良を理由に取りやめた場所で「水産関係の被害をぜひ聞きたい」(首相)とのこだわりから、改めて日程に組み入れた。 午前11時前、がれきの山と化した石巻漁港に到着した首相は、拡声機を手に「沿岸部で漁業がしっかり再開できるよう全力で応援したい」と叫び、漁業関係者とともに「頑張ろう、石巻」と拳を上げた。石巻市役所では、庁舎内の地元FMラジオ局の番組に飛び入りで出演し、「決して石巻の皆さんを孤立させることはないと約束する。菅直人も皆さんのために頑張ります」と語った。 震災直後は被災地に向かう交通網が寸断されていたこともあって、現地視察は首相ら一部にとどまっていた。だが、震災から3週間を過ぎた頃から、閣僚や与野党の幹部も続々と訪れるようになった。10日に首相と会談した宮城県の村井嘉浩知事は「訪れていただくと被災者が大変、安心すると思う」と評価した。 ただ、いまだにがれきの撤去のメドすら立たない被災自治体にとっては、要人の視察は一定の負担を伴う。石巻市は県内最多の約1万6千人が避難生活を送るが、この日は職員十数人が視察現場の交通整理などに当たった。 視察する側も警備を最小限にするなど配慮しているが、宮城県議会の畠山和純議長は「バラバラで来られると……」と困惑する。要人視察のたびに水産業者らに集まってもらうのは気が引けるといい、超党派で調査団をまとめるよう要望することも検討している。 被災直後、ある野党議員は同県気仙沼市への視察を計画し、ヘリポートの準備を求めた。地元は孤立した被災者に食料すら届けられていない現状を説明し、視察は中止になったが、県議の1人は激怒する。「市役所も浸水して対応できるはずもなかった。非常識だ」 [2011年4月11日]・・・福島・飯舘産シイタケから基準26倍セシウム 厚生労働省は10日、福島県飯舘村産の原木シイタケから基準の26倍にあたる1万3千ベクレル(1キロあたり)の放射性セシウムが検出された、と発表した。伊達市、新地町のシイタケでも基準を上回った。すべて露地栽培だった。モニタリング検査の対象になった21点のシイタケは、いずれも出荷されていないという。 厚労省は、同村産のシイタケを住民が食べないよう県に要請した。 同県産のキノコ類では、1日に採取されたいわき市産の原木シイタケ(露地)から基準の1.8倍の放射性セシウムが検出されていた。 [2011年4月11日]・・・避難16万人 いつ、どこに帰れるのか 大震災1カ月 東日本大震災から1カ月。津波や原発事故で避難している人は全国で16万人にのぼる。うち県外に逃れた人は3万4千人。役場ごと移転した町や村もある。いつ戻れるのか。帰る場所はあるのか。「震災難民」の漂流は、まだ続く。 [2011年4月11日]・・・原発に追われる 信じていたのに 東日本大震災1カ月 松本さん一家の避難先 ■流された夫と孫 長く続く海岸線のわきに福島第一原発がそびえる。陸に広がる水田とナシ畑。松本寿子(としこ)さん(65)は、夫の修平さん(68)と長男夫婦、2人の孫と一緒に、そんな福島県大熊町でずっと暮らしてきた。 3月11日も、いつもと変わらなかった。海まで歩いて10分の高台にある自宅で、夕方から勤めに出る修平さんの弁当づくりを始めた。ハンバーグに入れるタマネギを炒め終わったとき。ドドドッ。午後2時46分。激しい地震の揺れに襲われた。 庭に飛び出し、長男の妻と孫の瑛士(えいじ)ちゃん(4)、修平さんと顔を見合わせた。「大きかったね」。長男の妻は、もう1人の孫を小学校まで車で迎えに行くことになった。瑛士ちゃんは修平さんが抱きかかえた。首もとにぴたりと顔をくっつけ、離れなかった。 遠くの防災無線が隣地区の住民にすぐに避難するよう呼びかけていた。「逃げたほうがいい?」。修平さんは「ここは高台だから大丈夫だ」と答えた。 弁当を気にかけた寿子さんだけが家の中に戻った午後3時半ごろ。今度は、バリバリバリと轟音(ごうおん)が響いた。津波だった。 2階に駆け上がった。濁流が畑ではねるのが窓から見えた。1階の壁はなくなり、廊下は杉の木や折れた電柱で埋まった。 「修平さーん、瑛ちゃーん」。庭にいたはずの2人を呼んでも返事がない。倒れた靴箱から何とか取り出した靴を履く。左右で大きさが違う黒と白の靴は泥にはまり、2人を捜したくても、歩けなかった。 ■息子は福島第一に 30代の長男はその時、自宅から約2キロ北にある第一原発の中で仕事をしていた。みんな無事でいて――。携帯電話で自宅に連絡を取り続けたが、ツーツーと鳴るだけだった。敷地内の丘の芝生に藻がくっついていた。「この高さまで津波が来たのか」。自宅はなくなったと覚悟した。 原発を冷やすための電源は失われていた。総力を挙げた復旧作業が始まる。自宅周辺に戻って安否を確かめる選択肢はなかった。 寿子さんは夜、町立大熊中学校の体育館に入った。翌12日早朝、町職員の「これからバスと車で移動します」という呼びかけで、原発から遠ざかる。二つの避難所で「もういっぱいです」と拒まれ、ようやく40キロ離れた田村市総合体育館にたどり着いた数時間後の午後3時36分。第一原発1号機の水素爆発が起きた。 東京電力の協力会社に勤め、8年間、放射線管理の事務をした。修平さんも定年まで別の協力会社で働いた。安全だと信じ切っていた原発が、地震と津波に襲われた家族、そして地元の人を追い立てている。 現実とは思えなかった。 ■いつ戻れるのか 寿子さんが長男の妻と小学生の孫の無事を確認できたのは14日のことだった。第一原発から離れず電源の復旧に当たっていた長男が、修平さんと瑛士ちゃんの行方不明を知ったのもこの日だった。4人が合流したのは18日。翌日、約200キロ離れた千葉県内の親族宅に避難した。 2人を捜しに行くこともかなわず、ふるさとに帰れるかもわからない毎日。千葉から第一原発に通う長男は2人のことを口に出さない。「町の多くの人が家族を捜しに行けず、避難している。ぼくの仕事はとにかく事態を収束させること」とだけ言う。(小寺陽一郎、下地毅) [2011年4月11日]・・・東北「経済的にも甚大な被害」 日銀の地域経済報告 日本銀行は11日、4月の地域経済報告(さくらリポート)をまとめた。東日本大震災の被害を受けた東北地方は「経済的にも甚大な被害」、関東・甲信越地方は「厳しい状況」と指摘した。両地域を含め、全国9地域のうち7地域の景気判断を1月より引き下げた。 地域経済報告は四半期ごとに公表している。震災後初めてとなる今回は近畿と四国を除く地域で景気判断が引き下げられた。 ■消費も観光も金融機関も 報告をまとめた日銀の支店長会議で、白川方明(まさあき)総裁は「生産面を中心に、下押し圧力の強い状態にある」と語り、生産活動が止まって景気が悪化することへの警戒感を示した。 東北は前回1月には景気が回復途上にあるとしていたが、今回は「甚大な被害」と指摘した。「極めて異例の表現」(日銀幹部)で、現地の厳しい経済情勢を示している。 11日夕に記者会見した日銀仙台支店の福田一雄支店長は「沿岸部では住宅、工場、道路などすべてが消失し、生産や営業の基盤の多くが失われた」と説明した。さらに「再建の意思のある企業もその見通しが立たない」と語った。 地域経済報告によると、東北全体でも、ガソリン不足などで買い物に行くこともままならず、消費に深刻な影響が生じている。観光の落ち込みも大きい。 地域の金融機関の被害も大きい。現地にある金融機関は936店舗のうち128店舗が一時、営業ができなくなった。いまも仮店舗などで59店舗が再開したのみという。 ただ、内陸部では「急ピッチで復旧が進んでいる」と言い、これが明るい材料とも言える。沿岸部より内陸部の方が製造拠点が多く、物流拠点でもある。このため、日銀は「(内陸部の生産や物流は)時間の問題はあるが、確実に復旧してくる」とみている。 ■「消費者マインドの慎重化」も影響 震災の影響は他の地域にも広がっている。 関東甲信越では、一部の沿岸部で東北と同じような被害が出たのに加え、「震災後に広がった消費者マインドの慎重化」なども景気を押し下げているという。 直接の被害がない地域でも景気判断が引き下げられたのは、サプライチェーン(供給網)が絶たれたことが大きい。とりわけ自動車産業への影響が大きい。 トヨタ自動車の本社がある東海では「足もとで自動車関連を中心に(生産が)大幅に減少しているとみられる」と指摘した。自動車工場がある中国や九州・沖縄でも、自動車部品が調達しにくくなり、「(工場の)操業度が大幅に低下している」という。 雇用にも悪影響が出ており、「震災に伴う生産活動の減少で、一部の非正規雇用者は自宅待機を余儀なくされている」(関東甲信越)といった動きがある。 四国ではまだ震災の影響があまり出ておらず、「観光客は震災の影響もあって減少しているが、(地域全体の景気は)持ち直しの動きがみられる」という。 今後について、白川総裁は11日の支店長会議のあいさつで、「生産活動が回復していくにつれ、緩やかな回復経路に戻る」という従来の見方を変えなかった。だが、震災の影響がどのように広がるかを正確に見極めるにはまだ時間がかかりそうだ。(畑中徹、上栗崇) [2011年4月11日]・・・南三陸町、7割の家屋が全壊 3877戸 津波で壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町で、住宅3877戸が全壊したことがわかった。 県が11日、町側の報告を受けて公表した。同町の2月末現在の世帯数は5362で、全体の約7割の家屋が津波で流されるなどしたとみられる。 [2011年4月12日]・・・頼むぞ、巨大ポンプ車 原発冷却のため東電が購入 東日本大震災で被災した福島第一原発の冷却作業にあたるため、最長約70メートルのアームを備えた世界最大級のコンクリート用ポンプ車が11日、成田空港に到着した。千葉県内の工場で整備・点検した後、福島県に向かう。 ポンプ車はドイツ重機メーカー、プツマイスター社製で、米国の建設会社が使用していたものを東京電力が購入した。遠隔操作でき、1時間あたり160立方メートル注水できる。 東京電力によると、同じ型のポンプ車がもう1台、12日に成田空港に到着する予定だという。 [2011年4月12日]・・・作業員退避・注水停止…さらなる緊張走った福島第 11日午後5時過ぎに福島県内で震度6弱を記録した地震。茨城県や福島県で津波警報や津波注意報が発令され、深刻な事態が続く福島第一原発では作業員が一時的な退避を迫られた。 「原子炉への注水が止まっています」 地震発生から30分後、東京電力本店にある記者会見室。広報担当者が緊張した面持ちで告げた。 第一原発では東北電力からの送電が止まり1~3号機の原子炉に注水するポンプが止まった。注水が長時間できなければ、核燃料が再び損傷し放射性物質が外に出る恐れもある。 原子力設備管理部の黒田光課長は「変電所までは電気が来ている。外部電源の復旧と消防ポンプを動かすのと、どちらが早いか検討している」。だが、いずれも外での作業が必要。注意報発令で作業員が退避する間は、海の近くでの作業はできなくなった。 午後5時56分に外部電源が復旧。作業員が建屋の外のポンプまで行き、スイッチを入れて午後6時4分までにポンプを再起動した。地震発生から50分近くたっていた。 直後に原子力・立地本部の松本純一本部長代理が会見で「注水ポンプが再起動しました」と報告した。 だが、一時的とはいえ、最も重要な原子炉の冷却ができなくなった。松本本部長代理は「いまの崩壊熱の量なら、数日間は(炉内に残った水で)冷却ができる。50分程度であれば影響はない」と説明するが、電源車の準備が始まったのは停電後で、非常用電源に自動的に切り替わるようにもなっていなかった。 津波注意報が解除されず、外部電源が復旧しなければ、冷却できない時間が長引いた可能性がある。松本本部長代理は「注水を切らすということ自体が非常に危険を伴うのは事実。より短時間に復旧できるよう、電源車や消防ポンプは高台に配置し直すようにする」と話した。 福島市にある福島県災害対策本部でも東電社員が被災状況の確認に追われた。 午後6時10分ごろから始まった経済産業省原子力安全・保安院の記者会見では西山英彦審議官から冒頭、「たったいま注水が外部電源で再開したという連絡がありました」との説明があった。だが、その後のやりとりで「余震で津波が来たら電源はどうなるのか」と聞かれると、「電源車や予備のポンプを用意するなど対応はあるが、建物まではない。やりようがない」と答えるにとどまった。 2012年 05月 16日
[自民、原子力規制庁新設も審議拒否]
原子力規制庁を新設する法案をめぐり、民主党の城島光力国会対策委員長は16日、自民党の岸田文雄国対委員長に18日の衆院本会議で審議入りすることを提案した。岸田氏は「問責決議を受けた2閣僚の結論がまだだ」として交代前の審議入りを拒み、審議入りは来週以降に先送りされた。 自民党は問責閣僚の交代がないことを理由に政府提出法案の審議を拒否している。唯一の例外は消費増税関連法案で、16日は衆院特別委員会で趣旨説明があった。民主党は規制庁設置法案の18日審議入りを強行する構えも見せたが、岸田氏が、強行すれば消費増税関連法案の審議への出席もとりやめる姿勢を示したため断念した。 民主党は規制庁設置法案は環境委員会で審議する方針だが、自公両党を除く8野党は16日、審議充実のために震災復興特別委員会で扱うよう小平忠正議院運営委員長に申し入れた。そのうえで、社民党の阿部知子政審会長は記者団に「この法案は復興の柱だ」と語り、審議を進めるべきだという立場を強調した。 [震災死者1万5858人、不明3021人 16日現在] 東日本大震災(余震を含む)について、警察庁がまとめた死者は16日現在、1万5858人。警察に届け出があった行方不明者は3021人となっている。 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた人間が発する核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年4月9日]・・・震災孤児、阪神上回る82人 厚労省まとめ 東日本大震災で両親が亡くなったか、行方不明になっている「震災孤児」が8日時点で82人に上ることが、厚生労働省のまとめでわかった。すでに阪神大震災の68人を上回っている。内訳は、岩手県が44人、宮城県が30人、福島県が8人。いずれも現時点で確認した人数で、今後さらに増える可能性が高い。厚労省は、できるだけ親族と暮らせるように調整し、難しい場合は、里親を探す方針だ。 [2011年4月9日]・・・津波で浸水、4県507平方キロ 東京23区8割に相当 東日本大震災の津波による浸水面積が、青森県から福島県沿岸で507平方キロに及ぶことが8日、国土地理院の分析で分かった。東京23区の面積の8割、大阪市の2.3倍、福岡市や名古屋市の1.5倍に当たる。 浸水面積は、3月12日~4月5日に撮影した2654枚の航空写真や衛星画像を判読して見積もった。これまで分析していなかった青森県北部や福島県南部も判読。浸水がひどかった仙台平野一帯に加え、青森県北部の沿岸や、福島第一、第二原発の周辺の浸水も確認され、合計面積に加えられた。 県別の浸水面積は、宮城県で327平方キロ、福島県が99平方キロ、岩手県が57平方キロ、青森県が24平方キロだった。福島第一原発から20キロ以内の地域でも海岸から3キロ以上内陸まで浸水している地域もあった。 青森県から福島県までの4県の沿岸地域の判読は終了、今後、茨城県と千葉県の判読をする。(鈴木彩子) [2011年4月9日]・・・仮設住宅7万戸の建設費計上へ 政権、1次補正案に 菅政権は、東日本大震災の復旧・復興に充てる第1次補正予算案に被災者向け仮設住宅7万戸分の建設費を計上する方針を固めた。 1995年の阪神大震災では、最終的に計4万8300戸の仮設住宅が建設されたが、菅政権は今回、避難者数が阪神大震災を上回ると想定。国土交通省がすでに「5カ月間で6万戸」の建設目標を打ち出していたが、さらに多めに見込んで7万戸分の予算を確保する。 建設に一定の時間がかかることから、早急に発注する必要があるとして、4月中に編成する第1次補正予算案に盛り込む。 第1次補正予算案は仮設住宅建設のほか、がれき処理、道路や港湾といったインフラ復旧などで計4兆円規模となる方向。このため、菅政権はマニフェスト主要政策の見直しで捻出する財源を最大7千億円に積み増す。当初5300億円を想定していたが、高速道路料金制度の見直しや政府の途上国援助(ODA)の削減などで増額する。(山下剛) [2011年4月9日]・・・原発の非常用発電機、2台以上の確保指示 保安院 7日深夜の余震で東北電力東通原発1号機の非常用ディーゼル発電機がすべて動かなくなったことを受けて、保安院は9日、電力各社に対し、2台以上の非常用ディーゼル発電機を確保するよう保安規定の変更を指示した。28日までの実施を求める。これまでは、通常運転時は2台、冷温停止中と燃料交換中は1台で良いとされていた。 東通原発では、3台ある非常用ディーゼル発電機のうち2台が点検で停止中で、余震の後、外部電源が一部復旧した後ではあるが、残る1台も油もれで動かなくなった。この1台は9日朝、回復した。 [2011年4月9日]・・・葉タバコの作付け、福島全県で断念 土壌汚染を懸念 福島県たばこ耕作組合は今年の葉タバコの作付けを見合わせる方針を決めた。福島第一原発事故の影響で主要産地の土壌汚染が懸念され、品質維持や数量確保が困難と判断したという。放射能汚染による全県的な作付け断念が明らかになるのは初めて。 県内の葉タバコの主要産地は原発から半径30キロ前後の山間地。市町村別では田村市を筆頭に飯舘村もトップクラスだ。村では県による土壌調査の結果、政府が定めたイネの作付け制限基準を上回る放射性セシウムが検出されている。 政府は葉タバコの作付けや出荷の制限を打ち出しておらず、県も一部市町村を除き農作業全般の延期要請を解除している。だが県内農家による葉タバコの苗の栽培はすでに始まっており、4~5月に苗を畑に植えないと年内の製品化には間に合わない。組合は土壌調査の結果や原発事故の長期化が見込まれることを踏まえて作付けを断念。すでに育てた苗は処分する方針だ。 全国たばこ耕作組合中央会によると、福島県の葉タバコの生産量は2010年、1768トンで全国7位。同県たばこ耕作組合に加盟する農家は1175戸ある。国や東京電力への補償要求について同組合は、県や全国たばこ耕作組合中央会、日本たばこ産業(JT)と連携して対応していくという。(石原剛文) [2011年4月9日]・・・中国が輸入禁止地域拡大 東京、長野など12都県対象に 福島第一原発の事故を受けて、中国の国家品質監督検査検疫総局は8日夜、日本製食品などの輸入禁止対象地をこれまでの福島、栃木など5県に、東京、長野、山形、宮城、新潟、山梨、埼玉を新たに加えた12都県に拡大すると発表した。品目も、乳製品、野菜とその製品、果物、水産物だけでなく、食品全体と飼料に拡大した。 同局は「事故が食品と農産物の安全に与える影響の範囲とレベルが一段と深刻になり、世界の多くの国々が対策を強化しているため」と説明している。(北京=吉岡桂子) [2011年4月10]・・・津波の高さは地上から4~5メートル、福島第一原発 東京電力は9日、福島第一、第二原発の東日本大震災による津波被害の調査結果を公表した。第一原発1~4号機(標高10メートル)の海側壁面で確認された津波の高さは14~15メートルで、地上から4~5メートルの高さまで波が達したとした。元々は敷地には達しない想定(高さは5.7メートル)だったが、東電は「今後検証する」としている。 壁面の変色などの痕跡から高さを求めた。このほか、上空からの写真に津波による浸水状況を示した画像や、第二原発の敷地内に流れ込んだ津波の様子を撮影した写真なども公開した。 2012年 05月 15日
[警戒区域内「ネット公開は許可を」 浪江町が牧場に条件]
東京電力福島第一原発事故の警戒区域内にある福島県浪江町で牧場を運営する吉沢正巳さん(58)側に対し、牧場での作業内容などをインターネットで公開する場合は許可を得る、との同意書を町側が出させていたことがわかった。吉沢さんを支援する弁護士らは「憲法で禁じられた検閲にあたる」として政府や町に撤回を申し入れる方針だ。 吉沢さんは警戒区域内の家畜を殺すよう求めた国の方針に同意せず、区域内で約300頭の牛を飼っている。昨年11月以降、一時立ち入り許可を町に申請してきたが、町は最初の許可申請時から「作業内容や結果をネットなどで公にする場合は町の許可を得る」「マスコミは同行させない」などと記した同意書を2週間の許可証更新ごとに求めているという。 吉沢さんは「同意書を出さないと立ち入りができない。牛が死んでしまうからやむなく署名しているが、警戒区域内の真実を外に知らせるのを制限されるのは不当だ」と訴える。これに対し、馬場有(たもつ)町長は朝日新聞の取材に「(町が)公表規制の条件は付けた覚えはないし、必要もない」と述べ、政府の原子力災害現地対策本部の指示に基づく対応だとしている。 一方、現地対策本部の広報担当者は「牛を飼う活動が周辺に迷惑を及ぼしたこともあり、町から相談を受けた当時の担当者が町と同意条件を協議した」と説明している。 原発事故を巡る政府の情報統制を批判する日隅一雄弁護士は「記者の同行も含め市民の基本的権利の侵害だ」と指摘する。(本田雅和) [乳業大手3社、純利益減らす 震災で一時販売落ち込む] 乳業大手3社の2012年3月期決算は、東日本大震災で被害を受けた設備の損失や、粉ミルク・牛乳類など主力商品の販売が一時的に落ち込んだことなどが響き、全社が純利益を減らした。 震災による設備の損失のほかにも、明治ホールディングスは菓子原料のカカオや砂糖の値上がりが、森永乳業は生産拠点の再編で3工場を閉鎖したことなどがそれぞれ影響し、損失がふくらんだという。 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた人間が発する核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年4月8日]・・・宮城県北部で震度6強 宮城県沿岸部に津波警報 7日午後11時32分ごろ、宮城県沖を震源とする地震があり、宮城県栗原市と仙台市宮城野区で震度6強を観測した。地震の規模を示すマグニチュードは7.4。震源は宮城県・牡鹿(おしか)半島の東約40キロ、深さは約40キロ。宮城県沿岸部に津波警報が発令された。 東京電力によると、7日午後11時55分時点で福島第一原発、第二原発とも作業員に負傷者はいないという。また原発内の設備も異常は確認されていないという。 ◇ 各地の震度は次の通り。 【震度6強】宮城県栗原市、仙台市宮城野区 【震度6弱】宮城県登米市、大崎市、名取市、岩沼市、東松島市、塩釜市、松島町、蔵王町、利府町、岩手県大船渡市、釜石市、一関市、奥州市、矢巾町 【震度5強】宮城県気仙沼市、仙台市青葉区、南三陸町、色麻町、大河原町、柴田町、亘理町、山元町、七ケ浜町、大和町、富谷町、盛岡市、岩手県八幡平市、花巻市、北上市、遠野市、青森県八戸市、秋田市、秋田県大仙市、福島県二本松市、田村市、伊達市、相馬市、南相馬市、国見町、桑折町、新地町、飯舘村 [2011年4月8日]・・・「地震、3・11の余震だろう」 東大地震研教授 米地質調査所(USGS)によると、7日深夜に宮城県沖で発生した地震の規模は、断層のずれた面積などを基に計算する「モーメントマグニチュード(Mw)」で7.1。震源は仙台市から東に66キロの太平洋で、深さは49キロ。 平田直・東京大地震研究所教授は「今回の地震は3月11日に起きたM9の地震の余震だろう。M9という大きな地震の1カ月後に、M7級の余震が起きるのは不思議ではない。3月の地震で1メートル近く地盤が沈下した所もあるので、津波などには十分注意してほしい」と話した。 [2011年4月8日]・・・避難所に悲鳴、逃げる車「津波怖い」 東北で最大余震 東日本大震災から28日目。7日深夜、最も強い揺れの余震が東北地方を襲い、津波警報も出された。岩手、青森、山形、秋田の東北4県が全域停電。被災者に、あの日の記憶がよみがえった。 仙台市では、ゴーッという音がして激しい揺れが続いた。 避難所になっている同市若林区の体育館では、多くの人が就寝中だった。避難しているタクシー運転手、幌村勝四郎さん(51)によると、揺れで悲鳴があがった。窓ガラスが割れ、飛び散った。すぐに全員が外に出て、ラジオを聞きながら揺れがおさまるのを待った。避難所の外からも、車で人が集まり始めた。 同市宮城野区の東北厚生年金病院には、地震でけがをしたという市民が約20人ほど来た。人工呼吸器を付けた在宅患者も来院。停電で呼吸器が使えなくなったとみられる。病院側は急きょ医師約10人を呼び出して対応した。 同市太白区の宮城社会保険病院にも、近所の人たち約400人が避難してきた。市内が停電したため、明かりのついている病院に集まってきたらしい。 3月11日の地震と津波で多数の死者が出た宮城県山元町では、消防車がサイレンを鳴らしながら津波警報を広報した。町の防災無線は全て壊れており、南北に広がる堤防も壊れている。 同県塩釜市でも高台へ避難するようにという放送が流れた。JR塩釜駅前に住む小幡忠義さんは「外へ逃げたが、揺れで歩くのがやっとだった。高台へ逃げようとする車で一時は騒然となった」と話した。 同県東松島市の鷹来の森運動公園へ向かう道は、避難する車で渋滞した。自家用車でやってきた男性は「2キロほどの道のりに30分かかった。数百台が駐車場に押しかけ、入りきれず路上に並んでいる車もある。津波が怖い」と話した。 震度6強を観測した同県栗原市。市立若柳病院で電話口に出た男性は「ドーンと突き上げられるような揺れで、前回よりすごかった」と話した。 市立栗原中央病院には、打撲や骨折などのけがをした人が続々と訪れ、医師約30人が治療に追われているという。病院は停電しているが、非常用電源で医療機器は作動しており、240人余りの入院患者の命に危険はないという。 盛岡市の岩手県庁には大きな揺れの後、作業服姿やトレーナー姿などの職員が自宅から続々と集まった。自家発電によるテレビで津波情報などを確認。約30人ほどが電話をかけて情報収集を始めた。 津波で役場が全壊した岩手県大槌町。避難所となっている中央公民館にいた小向幹雄さん(75)によると、物が落下するなどの被害はないという。非常灯がついており、住民に混乱はないという。テレビもついており、避難所の住民が集まっているという。 盛岡市内は停電になり、街灯や信号機が消えた。走っていた車は速度を落とした。繁華街では飲食店の客が外に出て身を寄せ合い、歩道がごった返した。カラオケ店にいた市内の会社員女性(26)は「最近は余震慣れをしてきたが、今回のは違った。店員が冷静に『非常階段で避難を』と呼びかけ、5階から下りてきた」と不安げだった。 住宅街でも、着の身着のままで飛び出して来た人たちが不安そうな表情で携帯電話をかけたり、マンションの窓から懐中電灯を光らせて辺りの様子をうかがったりする人がいた。消防車が巡回し、住民に「大丈夫ですか」と声をかけていた。 避難所になっている福島県郡山市の「ビッグパレットふくしま」では、地震の揺れで、約2千人の避難者が不安そうに身を寄せ合った。職員が見回ったところ、けが人や施設の被害はなかったという。 福島市の避難所「パルセいいざか」に避難している同県南相馬市原町区の伊達順子さん(57)は「地震があって、すぐに外にとびだした。3月11日の恐怖が消えず、まだ震えが止まらない。不安です」と話した。 [2011年4月8日]・・・原発30キロ圏外に高汚染地点 3カ月後も最大400倍 福島第一原発事故により土壌が汚染された影響で、原発から30キロ圏外の福島県飯舘村では爆発から3カ月後も、最高地点では平常時の約400倍の放射線が出続ける可能性のあることが、京都大や広島大などのチームによる現地調査で分かった。この3カ月間の放射線の積算量は、国が避難の目安として検討中の年間20ミリシーベルトを超える値だ。国などの測定でも、汚染は30キロ圏内外で確認されており、今回の調査で汚染地域が不規則に広がっている実態が改めて浮かび上がった。 今回の調査では、土壌に含まれる8種類の放射性物質の量を分析し、物質ごとの半減期を考慮して地表の放射線量の推移を求めた。2種類の物質しか公表していない文部科学省の調査より、実態に近い推計ができる。 京都大原子炉実験所の今中哲二助教(原子力工学)や広島大の遠藤暁准教授(放射線物理学)らは3月下旬に飯舘村を訪問。村内5カ所で深さ5センチの土を採取し、セシウム137などの濃度を分析した。調査地点は全て30キロ圏外で、道路沿いの集落を選んだ。 この結果、1平方メートルあたりセシウム137が約219万~59万ベクレルの高い濃度で確認された。1986年のチェルノブイリ原発事故の際は、セシウム137が55万5千ベクレルを超えた地域は「強制移住」の対象となった。飯舘村の最高の数値は4倍にあたる。 再び大量の放射性物質が放出された場合は、さらに上がりかねない。 また原発で爆発が起きた3月15日を基点に、地表1メートル地点の大気中の放射線量が3カ月後にどう変化するかを試算した。その結果、3カ月後でも毎時21~7マイクロシーベルトの放射線が土壌から大気中に出ることがわかった。3カ月間、屋外にいたとして単純計算すると、放射線の積算量は、約95~30ミリシーベルトに上る。 また土壌に付着したセシウムがそのまま残ると仮定すると、1年後の積算量は約220~70ミリシーベルトに上る可能性があった。 国は住民への避難指示の根拠として、年間の積算量20ミリシーベルトを目安とする基準を検討している。 半減期が30年のセシウム137も雨風などの影響で移動、流出して、1年後の数値は今回の試算値より下がる可能性はある。 文部科学省のモニタリング調査などによると、放射能による大地への汚染は爆発時の風向きなどにより、同心円状ではなく不規則に広がっている。文科省の土壌調査によると、土1キロあたりに含まれるセシウム137の濃度は、飯舘村のほか、原発から30キロ圏内外の大熊町や浪江町などでも、面積あたりに換算すると、最高値では京大などの調査より高い値になっている。 原子力安全委員会の緊急時迅速放射能影響予測(SPEEDI)でも、原発から放射性ヨウ素が飛散する地域は、原発から北西と南の方向へ広がっている。 米エネルギー省も17~19日に毎時125マイクロシーベルトを超える放射線量の大気の帯が、浪江町や飯舘村付近を通ったと推定。高いレベルの放射性物質は、まだら状に降り注いでいる可能性を示している。(岡崎明子) [2011年4月8日]・・・東芝「廃炉に10年半」 東電に計画案、期間短縮 福島第一原発の原子炉を製造した東芝が、同原発1~4号機の廃炉案を東京電力と経済産業省に提出したことが7日、分かった。廃炉には一般に30年かかるとも言われるが、東芝案は技術的には10年半で可能としている。早ければ2021年にも完了する見込みだ。 同じく原子炉を製造した日立製作所やゼネラル・エレクトリック(GE)も共同で廃炉案を検討中で、近く東電と経産省に提出する予定。東電と経産省は、これらの案をもとに廃炉計画を固めることになる。 東芝案は、事故発生から半年後に原子炉内が安定的な冷却状態になると想定した。この間にがれき撤去も進め、廃炉へ向けた作業環境を整える。続く5年間で原子炉圧力容器内の燃料棒や、貯蔵プールの使用済み核燃料を取り出し、別の容器に密閉して撤去する。 米スリーマイル島(TMI)原発事故では核燃料の取り出しに11年かかったが、東芝は「法的な手続きや対策検討に時間を要した。いまは遠隔操作による作業など技術革新もある」(関係者)とし、技術的には5年で可能とみている。ただ、核燃料や解体後の廃棄物の処分の問題を解決することが5年の前提。政府は政治的決断を迫られる。 次の5年間では、すべての機器や設備を撤去。土壌改良も進めて更地にし、建設前の状態に近づける。 東芝案は、東電の要請を受け、東芝子会社のウェスチングハウスや、TMI原発事故で廃炉処理を担った米エンジニアリング大手が加わって作成。TMI原発は炉内の汚染物質の除去までに約14年かかったが、東芝はその経験を生かして期間短縮できるとみている。 国内では、中部電力の浜岡原発1、2号機が09年度から廃炉作業に入り、法的手続きを踏んだうえで36年度の完了を目指している。(野村周、大宮司聡) [2011年4月8日]・・・停電で酸素吸入器止まり死亡 警察庁が余震被害まとめ 宮城県沖の7日深夜の地震による被害は、警察庁によると8日午前10時現在で、死者は山形県で1人。地震に伴う停電で酸素吸入器が停止したためという。けが人は青森5人▽岩手11人▽宮城93人▽秋田6人▽山形8人▽福島9人の計132人。建物被害は、宮城で全壊4戸。 [2011年4月8日]・・・首相、10日に宮城へ 石巻の避難所視察や自衛隊激励 枝野幸男官房長官は8日午前の閣議後会見で、菅直人首相が10日に宮城県の被災地を日帰りで訪問すると発表した。津波で沿岸部が大きな被害を受けた同県石巻市の避難所を視察し、仙台市の陸上自衛隊を激励する。首相の被災地視察は3月12日の福島第一原発、4月2日の岩手県陸前高田市と福島県内に続き3回目。 [2011年4月8日]・・・3・11の本震、宮城県沖の海底55メートルずれる 大津波を引き起こした東日本大震災の本震で、宮城県沖の海底が最大で約55メートル動いたと見られることが、東京大地震研究所の解析で分かった。海底の地盤が大きく動いた領域は、津波被害が集中した地域の延長線上にあたり、津波を増幅させる原因になったと考えられるという。 岩手県釜石市沖約50キロと約90キロの海底に設置した観測機器のデータを用いて、古村孝志教授と前田拓人東大特任助教らが解析した。 解析によると、最も大きな地殻変動があったのは、宮城県牡鹿半島の200キロほど沖の海底で、陸側のプレート(岩板)の先端部分にあたる。幅約55キロ、長さ約160キロにわたり、南東方向に約55メートルもずれていた。地震波による解析でも、同様の結果が得られたという。 この一帯は、別の研究グループの観測で、地震時に海底が約5メートル隆起したことが分かっている。陸のプレートの先端が、跳ね上がりながら激しく動いたことが裏付けられ、古村教授は「海底の地下の浅い場所で大きな地殻変動があったことが、大津波につながった」と分析する。 1896年の明治三陸地震でも、今回と同じように、陸のプレートの先端の海底が激しく動いたとみられ、大津波で2万人以上が犠牲となった。 古村教授は「今回は、明治三陸地震で動いた場所の南の領域が動いた。今後、さらに南の福島沖や北側の部分で同様の地震が起きる可能性があるのか注視していきたい」と話している。(鈴木彩子) [2011年4月8日]・・・本震7時間後に燃料露出寸前の状態 福島第一原発1号機 東京電力は8日、福島第一原発1~3号機について、3月11日の地震直後の炉内データを公表した。1号機の水位は地震の7時間後、燃料が露出する寸前まで下がっていたことがわかった。操作によっていったん回復したが、再び低下、12日午後に水素爆発した。 1号機の水位は11日午後9時半、燃料上端から45センチまで下がった。炉内の圧力を減らしたら上昇に転じた。下がった理由は不明だが、その後しばらく水位を制御できたことから、東電は地震での損傷による可能性は低いとみている。 水位は12日午前7時ごろから再び低下。蒸気を冷やして水を原子炉に入れる非常用復水器が機能しなくなったとみられる。午前8時36分に燃料の上端に達し、午後には燃料が1.7メートル露出した状態が続き、午後3時半ごろ爆発した。 東電はこれまで13日以降のデータ一覧のみ公表していた。「地震直後のデータは欠落が多かったので入れなかった。個別に聞かれれば答えた。国も公表していた」と説明している。 [2011年4月8日]・・・汚染推定地域、コメの作付け禁止方針 原発事故で農水相 福島第一原発事故の影響による土壌汚染問題で、鹿野道彦農林水産相は8日の閣議後記者会見で、収穫時のコメが基準を超える放射能汚染を受けると推定される地域では、原子力災害対策特別措置法に基づいて作付けを禁止する方針を示した。 会見で鹿野農水相は「基準値を超える可能性が高いと判断した場合、作付けを控えて頂くという判断に立たざるを得ないところも出てくる」と述べた。 農水省は福島県など原発周辺の県などで土壌調査を実施しており、イネが土壌から放射性物質を吸い上げる度合いも分析中。これらをもとに、いまイネを作付けしても収穫時のコメに基準を超える汚染が出ると推計される地域を調べ、来週中にも公表する予定だ。 作付け禁止も同時に指示される見通しで、鹿野農水相は「原子力災害対策本部の本部長(菅直人首相)の指示になる」と指摘した。 また、原発事故が収束していないことを踏まえ、「収穫時も改めて調査する。(作付け時と)二重のチェックをする」とも述べた。農水省は、作付けを許可した地域についても土壌調査を継続し、収穫されたコメも検査して、市場に出回るコメの安全性を確保することにしている。(大谷聡) [2011年4月8日]・・・両陛下、福島・双葉町民を慰問 埼玉の避難所で2時間 天皇、皇后両陛下は8日午後、東日本大震災の避難所として使われている埼玉県加須(かぞ)市の旧騎西高校を訪れ、福島第一原発がある福島県双葉町から避難してきた住民たちを慰問した。約2時間にわたって施設をめぐり、一人ひとりと言葉を交わした。 双葉町は3月19日に町役場の機能ごと、さいたま市に移った。その後、同31日に再移転した旧騎西高校では、町民約7千人のうち1400人余りが共同生活している。 天皇陛下は、前田明男さん(65)が地元でも評判のそば店を営んでいたと聞くと、「これからは?」と気遣った。「どうやっていいか分かりません」という答えに、「良い方向になるといいですね」と励ました。 新1年生の朝田幸花(ゆきか)ちゃん(6)はこの日、避難所近くの小学校で入学式に出席した。皇后さまは、ランドセルを背負った幸花ちゃんに「入学おめでとうございます。かわいいピンクのランドセルですね」。幸花ちゃんは「ありがとう」と笑顔で答えた。 両陛下と言葉を交わした守家文子さん(52)は「とてもうれしくありがたいです。『これから頑張っていける』と、ここのみんながつながったと思う」。井戸川克隆・双葉町長は「1カ月がたち、みなやるせない思いになっていた。自分もそうだが、今日訪問していただいて笑顔が多くなったように思います。前向きな気持ちに変わりました」と話した。 両陛下の避難所訪問は3月30日の東京武道館(東京都足立区)に次いで2回目で、東京以外の施設は初めて。 両陛下は「被災した人たちや支援活動に携わる人たちを励ましたい」と強く希望しており、今後、できるだけ早く東北の被災地や避難所を慰問したい意向だという。長期にわたって復興状況を視察し、見届けたい考えも示しているといい、各地を歴訪することが想定されている。 2012年 05月 14日
[市町村税25%減の見通し 宮城、岩手の沿岸27自治体]
東日本大震災で津波の被害を受けた岩手、宮城両県の沿岸27市町村の今年度予算で、市町村税の税収見通しが前年度より平均25%落ち込むことが分かった。復興に向けた国の財政支援が確定しているのは今年度までで、自治体は住民サービス低下を懸念している。 朝日新聞が市町村に取材し、集計した。減収率が最大だったのが宮城県南三陸町で、町税見込みが4億9千万円と前年度の12億5千万円から61.1%下がった。町は中心市街地が壊滅し、死者・行方不明者が850人超と人口減も進んだ。 岩手県大槌町が4億8千万円で55.2%減、同県陸前高田市が7億9千万円で55.1%減となった。最少の同県岩泉町は2.2%減だったが、27自治体すべてで減少の見込みだ。 [がれき処理の焼却炉完成 宮城・石巻、見通しは立たず] 東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県石巻市で、がれき処理の大型焼却炉が完成し、13日に「火入れ式」があった。同市の災害廃棄物量は被災地最大で、推計で通常のゴミ処理量の106年分に相当する616万3千トン。処理はようやく動き出したが、完了の見通しはまだ立たない。 石巻港の埋め立て地、同市潮見町。県が建設する巨大な焼却炉5基が並ぶ。石巻、東松島、女川の3市町のがれきを処理する。機械で破砕し、手でより分け、焼却後に残った灰は固形化してかさ上げなどに使い、煙に含まれた灰は有害物質を含むおそれがあるため最終処分場に送る。 夏に5基が稼働すると、1日の処理量は1500トンになる。だが、うち1基の完成を受けて実施された「火入れ式」で、細野豪志環境相は「この地域だけで処理するのは難しい。再利用、有効活用をしても処理できない分は、『広域処理』を全国にお願いする」と述べ、受け入れ先をさがすことを約束した。 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた人間が発する核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年4月7日]・・・宮城県、被災地に建築制限 復興計画前の乱開発防ぐ狙い 宮城県は7日、東日本大震災の津波で被災した市街地に、建築基準法に基づく建築制限をかけると発表した。無秩序な乱開発を防ぐのが狙い。役場の消滅や被災者への対応に追われる市町に代わり、県が復興計画づくりを担う。 県が建築を制限するのは、気仙沼、東松島、名取の3市と南三陸、女川の2町。石巻市も独自に制限をかける。建築制限は阪神大震災以来で、東日本大震災では初めて。 制限は8日から5月11日まで。現行の建築基準法は、災害の日から2カ月しか制限を認めていない。5月以降は阪神大震災を機に制定された被災市街地復興特別措置法を適用し、さらに2年間延期できるが、その場合は、どのエリアで街を再建するのか、場所を事前に決定する必要がある。 今回の震災では広い範囲が津波で浸水し、どこで街づくりを進めるのかを決めるには相当な時間がかかるとみられる。このため、国には、制限できる期間を延長できるよう法改正を求めていく。 壊滅的な被害で市町の機能が低下しており、県は制限がかからない農漁村中心の市町も含めた7市7町でも、首長の意向も踏まえて復興計画を練る方針。 阪神大震災では、神戸市や兵庫県西宮市など5市町が制限をかけ、土地の区画整理や市街地の再開発を進めた。 2012年 05月 13日
[福島の仮設住宅に花描こう 福島の高校生20人]
仮設住宅の灰色の壁を華やかに彩ろう――。福島県立保原高校(伊達市)の美術部員20人が12日、福島市宮代の仮設住宅の壁に、暖かな色づかいでチューリップや桜の絵を描いた。 この仮設住宅には、同県浪江町の住民約90人が暮らす。部員らは横8メートル、縦3メートルの住宅の壁に、水色で「NAMIE」の文字を書き、若葉の絵などを描きこんだ。デザインは住民らと話し合って決めたという。 部長の津田実沙紀さん(17)は「明るい気持ちになってもらえたらうれしい」。制作の様子を見守った住民の一人、斉藤恵一さん(57)は「外を歩くのが楽しくなりそう」と話していた。(藤原慎一) 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた人間が発する核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年4月6日]・・・放射線量、8都県で平常の最大値上回る 減少傾向は続く 文部科学省は6日、海水や大気などの放射能汚染度の調査結果を発表した。福島第一原発から南東約40キロの地点で、セシウム137が1リットルあたり38.5ベクレルと、これまでの最高値を示した。基準は大きく下回った。 海水は約35~50キロ離れた6地点で5日に採取されたが、ほかの地点では検出されなかった。 大気中の放射線量は、福島県などで減少が続いたが、依然として8都県で平常の最大値を上回っている。福島県内では、最も高い浪江町(赤宇木)で毎時25.8マイクロシーベルト(前日は26マイクロシーベルト)、福島市は1.88マイクロシーベルト(同2.04マイクロシーベルト)だった。飯舘村は6.34マイクロシーベルト(同6.09マイクロシーベルト)とやや上がった。 [2011年4月7日]・・・電源喪失、認識の甘さ陳謝 保安院・安全委トップら 東京電力福島第一原子力発電所で深刻なトラブルを招いた、非常用を含めた電源喪失事故。経済産業省原子力安全・保安院や原子力安全委員会のトップらが、6日の衆院経済産業委員会で、電源喪失を「想定外」としていた過去の認識について陳謝した。 この日、これまでに原発問題を国会で追及してきた吉井英勝衆院議員(共産)が質問。原子力安全・保安院の寺坂信昭院長は昨年5月の同委で、電源喪失は「あり得ないだろうというぐらいまでの安全設計はしている」と発言していたが、この日は「当時の認識について甘さがあったことは深く反省をしている」と述べた。 これまでの法廷証言などで電源喪失の可能性を否定してきた班目春樹・原子力安全委員長は「事故を深く反省し、二度とこのようなことが起こらないようにしたい」と答えた。 また、過去に同様の見解を示してきた前原子力安全委員長(現・日本原子力研究開発機構理事長)の鈴木篤之氏も「国民の皆様に大変申し訳ないと思っている。痛恨の極み」。電源喪失の事態に備えてこなかったことは「正しくなかった」とした。(野口陽) [2011年4月7日]・・・復興会議議長に五百旗頭氏浮上 メンバーに安藤忠雄氏も 菅直人首相は東日本大震災の復興ビジョンを練る「復興構想会議」の議長に、防衛大学校の五百旗頭真(いおきべ・まこと)校長を充てる方向で最終調整に入った。メンバーには建築家の安藤忠雄氏、政治学者の佐々木毅氏らの名前も浮上。国会議員ではなく有識者の知恵を借り、首相主導で復興計画をつくる狙いだ。 首相は1日、震災発生1カ月となる11日までに復興構想会議を立ち上げる考えを表明。「夢を持った復興計画を進める」と語り、高台移住案やバイオマス活用のエコタウン構想を披露した。都市計画の有識者らをリストに載せ、自ら人選を進めている。他のメンバーには達増拓也・岩手県知事や村井嘉浩・宮城県知事らが挙がる。委員は10人前後となる見通しだ。 議長候補の五百旗頭氏は阪神大震災後、兵庫県などが立ち上げたシンクタンクで安全な街づくりに関する政策提言を行った。 今回の復興構想会議は阪神大震災の際に市街地再開発などを提言した「阪神・淡路復興委員会」(委員長・下河辺淳元国土事務次官)がモデル。当時も有識者に被災自治体の首長を加え、復興に関する議論を主導。アイデアがまとまるごとに、政府の阪神・淡路復興対策本部(本部長・村山富市首相)に提言した。 首相は「かつて機能した仕組みを援用する」(官邸スタッフ)考えで、提言機関と位置づける意向。与野党には「国会議員をメンバーにすべきだ」との声もあるが、首相主導で復興計画を練るためにも有識者や被災地首長に限る方向だ。 ただ、今後は曲折も予想される。ねじれ国会では復興対策でも野党の協力が欠かせない。首相主導でまとめた復興プランがそのまま受け入れられるかは不透明だ。与党にも首相の震災対応に不満があり、復興構想会議の下に分科会を設けて国会議員を起用する案も取りざたされている。 一方、原発事故に見舞われた福島県の復興策について、枝野幸男官房長官は6日の会見で「何らかの形でしっかり対応できる態勢をつくらなければならない」と指摘。復興構想会議とは別に組織を置くことも含めて検討している。 [2011年4月7日]・・・両陛下、避難所を歴訪へ 復興状況視察の意向も 宮内庁は6日までに、天皇、皇后両陛下が8日にも埼玉県加須(かぞ)市の避難所を訪れ、東日本大震災で集団避難している福島県双葉町の被災者らを見舞う方向で準備に入った。また、それに続き、来週にも別の避難所を慰問する方向で調整を進めている。 両陛下は、現地の受け入れ態勢が整い次第、可能な限り早く東北の被災地の現場や避難所を順次訪問することを強く希望しているという。その後も、長期的に被災地の復興状況を視察していきたい意向を示しているという。 福島第一原発がある双葉町は3月19日に町役場の機能をさいたま市に移し、同31日には加須市の旧騎西高校跡に再移転。町民約7千人のうち約1200人が共同生活している。両陛下は同30日に東京都が被災者を受け入れている東京都足立区の東京武道館を訪れたが、都外の大規模な避難所を訪れるのは加須市が初めてとなる。 [2011年4月7日]・・・千葉県産の魚にも値つかず 農水省、風評被害排除へ通知 全国各地の魚市場で6日、千葉県産の魚介類に値が付かなかったり極端な安値がついたりする例が相次いだことが農林水産省の調査でわかった。隣接する茨城県沖でとられたイカナゴ(コウナゴ)から国の基準を超える放射性物質が検出された影響とされる。同省は風評被害が広範囲に生じているとみており、全都道府県や各市場団体に適正な取引を求める通知を出した。 一方、茨城県に11ある主要漁協のうち7漁協は同日、イカナゴだけでなくすべての漁を当面、取りやめることを決めた。この日、一部の漁協が市場に水揚げしたイカナゴ以外の魚介類もほとんど買い手がつかなかったという。 農水省は6日午前、東京、大阪、名古屋など全国の主要な八つの中央卸売市場に電話で聞き取り調査を実施。東京・築地市場や千葉市中央卸売市場(千葉市)などで、房総産や銚子産の魚介類は魚種を問わずに厳しい取引が続いていた。 築地市場では千葉県産の平均取引価格が大幅に下がり、入荷自体も前日比で4割減った。茨城県産も漁がほとんど行われていないため、出荷自体が少なかったという。 卸売市場法は、市場が正当な理由もないのに取り扱いを拒むことを禁じている(差別的取り扱いの禁止)。このため、各市場は適正価格で取引できないのを承知で入荷している。鮮度が落ちた魚介類は廃棄するしかなく、その経費も必要になる。農水省は市場に対して、風評被害による値下がり分や廃棄経費に関して補償が可能になるとみている。各市場には、補償の裏付けとなる関係書類を保存するよう連絡した。 一方で、千葉県の銚子市漁協の魚市場が5日、はさき漁協(茨城県神栖市)所属の漁船のボタンエビなどの水揚げを拒んだようなケースが今後、各地で出ることが予想される。 このケースは国が魚介類の放射性物質に関する基準を定める前に捕獲されたもので、魚種も出荷が自粛されたイカナゴでなかったことなどから、農水省は銚子の魚市場の対応が卸売市場法に抵触すると判断。同魚市場を管轄する千葉県を始め全都道府県と市場団体に「科学的・客観的な根拠に基づき適切に行動する」ことを求めた。(大谷聡) [2011年4月7日]・・・2・3号機も窒素ガス注入へ 汚染水放出も続く 東京電力は7日未明、福島第一原発1号機で水素爆発が起こるのを防ぐため、原子炉格納容器内への窒素ガスの注入を始めた。6日間かけて6千立方メートルを入れ、水素や酸素が占める割合を下げる。爆発すれば大量の放射性物質が放出されるおそれがあることから、今後2、3号機でも実施することにしている。 格納容器は鋼鉄製で、内部の放射性物質を閉じこめる役割がある。窒素ガスは不燃性で、通常の運転時も容器内を満たしている。 東電によると、格納容器内の多くは現在、水蒸気や窒素で占められ、ただちに爆発する可能性は低いという。だが、原子炉を冷却するための注水が続いており、冷却が進めば水蒸気が水になって減少し、水素や酸素の占める割合が増加するおそれがある。 さらに、格納容器内の圧力が下がって、圧力容器から水素が漏れたり、外から酸素を含む空気が取り込まれたりする可能性がある。水素が4%、酸素が5%を超えると爆発を起こす危険があるという。 東電は経済産業省原子力安全・保安院に計画を報告し、了解を得たうえで窒素ガスを注入し始めた。窒素発生装置をつなぎ、状況を確認しながら格納容器へつながる弁を順次手動で開けていき、7日午前1時31分に最後の弁を開けた。途中の圧力計の配管で生じた漏れをふさいだほかは順調に進んだという。 注入する量は格納容器の容積と同程度。容器内は1気圧上がって2.5気圧になる。東電は、注入に伴って圧力を下げるために内部の蒸気や気体を外部に放出することはしないとしている。格納容器内の圧力が高まれば、配管の破れなどから内部の放射能が漏れ出す可能性はあるが、量はわずかとみられている。ただ、注入後も含め、将来的には外部への放出が実施される可能性がある。 保安院は東電に対し、モニタリングを確実に実施して放射性物質の影響を確認するよう指示した。7日午前現在、窒素注入による外部への放射性物質の漏れを示すデータは計器類で確認されていないという。 福島第一原発では地震後、運転中だった1号機や3号機、定期検査中だった4号機で水素の爆発が起き、外側を覆う原子炉建屋が崩壊した。 高温下で核燃料が冷却水から露出して起こる化学反応や、放射線による水の分解で水素が充満。何らかのきっかけで酸素と反応したためとみられている。 このほか、比較的濃度の低い放射能汚染水の放出作業が続けられている。集中廃棄物処理施設では約6千トンを流し終えた。ポンプの位置を変えるなどして、残る2千トンの作業を進める。 また、5、6号機周辺にしみ出てくる地下水をためる升の中にある1500トンは、これまでに580トン分(6日正午現在)を放出した。6日午後2時半に5、6号機周辺で採取した海水に含まれる放射性ヨウ素131の値は、国の基準の1千倍にまで上昇した。ただ、東電によると、放出の影響かどうかはわからないという。 高濃度の汚染水の流出は作業用の穴(ピット)の周囲を固めたことで6日に止まった。その結果、坑道の水位が上昇しているという。東電は、さらにピットの亀裂にゴムを押しあててふさいでおり、海側でも7日にも鋼板を設置、10日に海水を仕切る「シルトフェンス」を設置する予定。 [2011年4月7日]・・・原発20キロ圏、立ち入り禁止検討 一時帰宅容認も 菅政権は福島第一原発の事故で避難指示が出ている半径20キロ圏内を現行より厳しい立ち入り禁止の「警戒区域」にした上で、住民に対し、例外的に一時帰宅を認める方向で最終調整に入った。一時帰宅は警察官や自治体職員が同行した短時間となる見通し。震災発生1カ月の11日前後をめどに最終判断する。 枝野幸男官房長官は7日午前の記者会見で、周辺住民の一時帰宅について「貴重品や生活に必要なものを持ち帰りたいという要望は従来から承っており、できるだけ実現できる方向で検討している」と語った。さらに「長時間ではなく、自宅で最低限のものを取りに行っていただくことで検討している」とした。 原子力担当相を兼ねる海江田万里経済産業相も6日、自民党原発事故被害特命委員会の額賀福志郎委員長と会談。住民の一時帰宅を要望した額賀氏に、海江田氏は「住民の切実な思いは理解しており、安全管理をしっかりした上で対応したい。1カ月を過ぎたころを念頭に対応措置を考えていきたい」と述べた。 半径20キロ圏内では、原子力災害対策特別措置法に基づく避難指示を出している。ただ、住民の一時帰宅の動きが続き、福島県は国により厳しい規制を要望。枝野氏は7日の会見で「警戒区域をやるかどうかも詰めている」と語り、災害対策基本法に基づく立ち入り禁止の「警戒区域」に切り替えた上で、一時帰宅を例外的な措置と位置づけて認める方向だ。 また、半径20~30キロ圏内で出している屋内退避指示も、積算放射線量をもとに新基準をつくり、より厳しい避難指示に切り替えることを検討している。 [2011年4月7日]・・・沖縄県、無料で避難受け入れ 5月末まで3千人 沖縄県は、東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島の3県からの避難者を渡航費、宿泊費(3食含む)とも無料で受け入れると発表した。期間は原則5月末までで、3千人まで対応できるという。 希望者は、沖縄県の被災者受け入れ対策チームへの電話が必要。同県が被災者と判断したうえで、避難する飛行機の便と宿泊先のホテルや旅館を手配する。既に県内に避難中の人の相談も受ける。 対策チームの電話番号は次の六つ。090・3794・0530▽090・3794・8217▽090・3792・3168▽090・3792・3161▽090・3790・0137▽090・3790・1713。 [2011年4月7日]・・・民宿の上に200トンの船 日ごとに傾く 岩手・大槌 岩手県釜石市の観光船「はまゆり」が、「ひょっこりひょうたん島」のモデルの一つ、蓬莱島に近い大槌町赤浜2丁目の鉄骨2階建て民宿の上に、バランスを取って載っている。近くで作業をしている自衛隊員の話では、日ごとに船首側に傾きつつあるといい、この状態がいつまで保てるかは分からない。 釜石市観光交流課によると、大震災の前日の10日、大槌町の造船所に定期検査に出したところだった。大津波で造船所から400メートルほど移動し、民宿の上に載ったとみられる。重量は約200トンあり、修理をするにはクレーンなどでバランスを取りながらおろす必要があるが、それができる造船所が近隣になくなっているという。(菊地敏雄) [2011年4月7日]・・・参院議長「このままなら首相に退陣要求」 震災対応批判 西岡武夫参院議長は7日の記者会見で、東日本大震災や福島第一原発の事故への菅政権の対応について、「いくつ会議を作れば気が済むのか。責任逃れとしか見えない」と厳しく批判。「改めない場合は、菅内閣が今の状態で国政を担当するのは許されない。アクションを起こす」と述べ、政権運営を見直さない場合は、菅直人首相に退陣を迫る考えを示した。 2012年 05月 12日
[がれき処理「明かり見えた」 宮城・岩手で焼却本格化]
東日本大震災で発生した宮城、岩手両県内のがれき処理がトンネルを抜けつつある。処理率は今月、1割を超え、仮設焼却炉が本格的に動き始めた。計約2千万トンとされてきたがれきの推計量の見直しで、全国の自治体に処理を依頼する量が減る可能性も出ている。 13日、宮城県石巻市の港に新設された仮設焼却炉に火が入る。焼却能力は1日300トン。6月から休みなくがれきを燃やし続ける。 宮城県では4月から半年間で22機の仮設焼却炉が順次稼働。1日の処理量は計3千トンを超す。岩手県も、仮設焼却炉2機が稼働中だ。 [青空の下、2年ぶりの運動会 福島、除染された校庭で] 福島県内の小学校で、運動会シーズンが始まった。昨年は原発事故の影響で中止になったり体育館での開催になったりしたが、校庭が除染された今年は多くの学校が屋外で開催することになった。 快晴に恵まれた12日の福島市。2年ぶりの運動会となった市立三河台小学校での最初の種目は、高学年の150メートル徒競走。6年生の小田海仁(かいと)君(12)はゴール直前につまずいて2位だったが、笑顔で走り抜けた。「昨年はできなくて悔しかった。今年は2年分楽しみたい」と小田くん。 三河台小では震災後、校庭の放射線量が毎時2マイクロシーベルトあり、昨年は運動会を中止した。夏休み中に校庭の表土をはぎ取るなど除染し、0.15マイクロシーベルトまで減少。今年は屋外で開催することを決めた。ただ、校庭にいる時間を減らそうと、例年の終日開催を半日に変更。競技数も親子での種目をなくすなど9種目に減らした。 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた人間が発する核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年4月5日]・・・最初の仮設住宅36戸、倍率は32倍 陸前高田 東日本大震災の被災地で初めて完成した岩手県陸前高田市の仮設住宅36戸に対し、1160世帯が入居を希望したことが4日わかった。競争率は32倍で、5日に抽選が行われる。入居は10日以降になる見通しだ。 抽選の対象は市立第一中学校の校庭に完成した仮設住宅。36戸のうち半数の18戸は母子家庭や高齢者、障害者が優先され、残り18戸が一般応募となる。 市が3月中に避難所で実施した調査では、1800世帯が仮設住宅への入居を希望した。そのうち、今回の36戸を含む高田地区での入居を望んだ人は1160世帯。優先分への応募者は200世帯で倍率は11倍、一般分は960世帯で53倍となった。 抽選は、戸羽太市長が仮庁舎でくじを引く形で行う。当選者には、入居の要件を満たすか点検した後、電話などで通知する。8日から入居の説明を始め、10日には鍵を渡す。同市は4千戸の建設を計画しており、戸羽市長は「5月には残りの全てを着工できるよう県と調整したい」と話した。(山西厚、平塚学) [2011年4月5日]・・・東電株376円 上場以来最安値を更新 5日の東京株式市場で、東京電力株が一時376円を付け、上場以来最安値を更新した。 [2011年4月5日]・・・姿見えぬ原子力安全委 事故時の助言役、果たせず 原子力の安全確保の基本方針を決める原子力安全委員会の存在が、揺らいでいる。事故時には専門家の立場から政府や事業者に助言をする役割も担うことになっているが、福島第一原発の対応では本来の使命を十分に果たせていない。未曽有の大事故に、能力の限界を指摘する声も内部から上がっている。 安全委は内閣府に置かれた、省庁から独立した機関。作業員2人が死亡、住民ら約660人が被曝(ひばく)した核燃料施設JCOの臨界事故(1999年)の反省から、直接事業者を規制する原子力安全・保安院が経済産業省の中に設けられ、その保安院の安全規制を監視するお目付け役として、独立色を強めたはずだった。 安全委の委員は、原子力や放射線などの専門家5人。約100人の職員が事務局として支える。ふだんは安全審査や原子力防災の指針を定めるなどの仕事をしているが、今回のような事故時には、緊急に専門家集団を設けて首相に技術的助言をすることが原子力災害対策特別措置法で決まっている。 だが、安全委は当初沈黙を続けた。住民の被曝や汚染の広がりの予測に役立つ放射能拡散の試算もなかなか公表しなかった。 班目(まだらめ)春樹委員長が初めて会見したのは、地震発生から12日後の3月23日。「助言機関として黒衣に徹してきた」と釈明した。2号機の建屋外で高濃度の放射能汚染水が見つかった28日の会見では、「どんな形で処理できるか知識を持ち合わせていない。保安院で指導してほしい」と自らの役割を否定するような発言も飛び出した。 安全委は事故発生当日、専門家集団を招集するとともに、現地へ職員を派遣した。官邸や保安院、東電にも連絡係を置いて情報を集めてきた。だが、委員の一人は「今の安全委では人手が足りない」と漏らす。 代谷(しろや)誠治委員は「原子炉の圧力などの重要なデータが時々刻々で入ってこない」と打ち明ける。4月1日に始まった原発敷地内での飛散防止剤散布も「漏れ伝わってきた程度」といらだちを隠さない。 JCO事故の際に陣頭指揮を執った安全委員経験者らからは「今回は安全委の顔がみえない」「技術的側面の支援をしていない」との批判まで出ている。 政府内でも存在感は薄れていくばかり。菅直人首相は3月16日から29日にかけて原子力などの専門家6人を内閣官房参与に次々と起用。4月1日には放射線医学の専門家を首相官邸に招いて意見交換した。その一方で、政府は保安院の院長や審議官の経験者を安全委事務局に送り込み、てこ入れを図り始めた。 安全委は4日に開いた定例会で、地震後初めて保安院から事故の正式な報告を受けた。報告内容はすでに入手済みの情報ばかり。班目委員長は「保安院とのコミュニケーションが足りないと思っていた。今回の報告が改善の一歩になれば、というのが本音だ」と話した。 [2011年4月5日]・・・1号機なお200度以上 2号機水漏れ 原子炉冷却難航 東日本大震災で被害を受けた福島第一原子力発電所の炉心を冷やし安全停止するための作業が難航している。1号機は密閉性が残っているためか原子炉の温度が高く、注水量を調整しながら制御するしかない状況だ。炉が損傷したとみられる2号機では、高濃度の放射能汚染水の流出が止まらない。流出防止に向けた地盤改良工事を5日午後、始める。 第一原発の6基の原子炉のうち、1~3号機は地震発生時には運転中だった。原子炉内の温度が100度未満になると炉が安定して停止した状態である「冷温停止」になるが、東電は当面、この冷温停止状態にすることを目指している。このため炉内に消火用の配管などから大量の水を入れ続けている。 地震後、1~3号機の原子炉圧力容器内の温度はいったん300~400度まで達した。地震で計測機器も被害を受けたため、どこまで正確な数値かは確認できていないが、5日午前6時現在、2号機は原子炉圧力容器上部で142度、3号機は85度(底部は114度)という値になっている。 しかし1号機はなかなか温度が下がらず、3月23日にも400度を示した。その後は次第に下がりつつあるが、5日午前6時現在で、234度と依然として高い状態が続いている。 東京電力では「1号機だけが高温の理由はよくわからない。3号機は温度も下がっているが、圧力容器の圧力も大気圧とほぼ同じまで下がっている。炉内の蒸気が外に漏れている可能性も否定できない」という。 2、3号機は圧力容器につながる配管などが壊れて外部とつながり、圧力の逃げ場が生じている可能性がある。これが結果として、水の注入を促し、温度を下げているとの見方もある。あふれた水は敷地外に漏れている。特に格納容器が破損した2号機からは高濃度の放射能汚染水が出ていると見られている。 一方で1号機は、圧力容器内の圧力が5日午前6時現在で3~6気圧という値を示しており、一定程度密閉性が保たれているようだ。 1号機の圧力容器内の温度を下げるためには、注水して燃料を水で冷やすほかない。しかし、高温の状態の中に水を入れると、熱で蒸気が発生して内部の圧力を高めてしまう。実際に3月23日に水の量を毎時2トンから18トンに増やしたところ圧力が高まった。水素や水蒸気爆発につながる恐れもあるため、現在6トンまで水を減らしている。 圧力容器の底部の温度は115度と上部が200度を超えているのと比べると低い。注入している水が下部から入っているためで、上部は燃料が露出して破損し温度が高いとみられる。 5日午前現在、2号機からの高濃度の放射能汚染水の海への流出が止まっていない。同日午後から、汚染水がたまっている穴の下に敷き詰められた砕石の部分に、ガラスや陶磁器の接着剤などの成分に使われる硬化剤を入れる工事を始める。 また、高濃度の放射能汚染水を収容する場所をつくるために、4日夜に始まった比較的汚染度の低い水の海への放出は5日も続けられている。5、6号機の建屋周辺の地下水は5日に300トンを海に放出、放射性廃棄物処理施設にたまった水は約4800トンを出す予定だ。 さらに、タービン建屋で復旧作業をするための障害になっている、地下の高濃度の放射能汚染水のたまり水を復水器に入れなければならない。このため、復水器にたまっている水を復水貯蔵タンクに移す作業が5日も1、2号機で続けられている。3号機でも5日に始める予定だ。 [2011年4月5日]・・・茨城の漁船の水揚げ、銚子の魚市場が断る 茨城県神栖市のはさき漁業協同組合に所属する底引き網漁船、第五松丸が5日、銚子漁港魚市場(千葉県銚子市)に魚を水揚げしようとしたところ、拒否されていたことが分かった。 はさき漁協や茨城県漁政課によると、4日に出航した同漁協の第五松丸は5日未明、銚子市の銚子漁港にヒラメなどを水揚げしようとしたところ、「今日一日、自粛してほしい」と告げられたという。はさき漁協などは2日、沖合で採取した海産物6品目の放射性物質を分析し、食品衛生法に基づく暫定基準値を大幅に下回ったと公表していた。 魚市場を運営する銚子市漁協は「担当者がいないので答えられない」としている。 福島第一原子力発電所から流出した汚染水の影響で、茨城県北茨城市の平潟漁協が4日、同市の沖で取れたイカナゴ(コウナゴ)から1キロあたり4080ベクレルの放射性ヨウ素が検出されたと発表していた。 [2011年4月5日]・・・2号機の漏水が放射能汚染の主因か 基準の750万倍 東京電力は5日、福島第一原発の取水口付近の海水の放射能汚染に関するデータを公表した。炉内からとみられる汚染水の漏れが見つかった2号機では基準値の750万倍だった。東電はこの漏れが周辺の海水汚染の原因とみている。 2日に採取した1~4号機の取水口付近の海水の放射性物質を調べた。2号機ではヨウ素131で基準値の750万倍の1立方センチあたり30万ベクレルを検出。1、3、4号機は基準値の35万~48万倍ほど。東電では、2号機取水口付近の漏れが、海洋汚染の主原因とみている。 [2011年4月5日]・・・初の仮設住宅入居抽選会 36戸に1160世帯応募 東日本大震災の被災地で初めて仮設住宅36戸が完成した岩手県陸前高田市で5日、入居抽選会があった。 午前10時すぎ、仮設の市庁舎で、戸羽太市長が抽選箱から番号の書かれた紙を引いた。1160世帯が応募していたが、当選者への連絡は翌日にするため、会場には避難者の姿はほとんどなかった。 戸羽市長は「少しずつ前に来たなと思う。今後も、県に要請して、それぞれの地域のつながりを壊さぬように早く仮設住宅を建てていきたい」と話した。 仮設住宅は、避難所の市立第一中学校の校庭にあり、18戸は母子家庭や高齢者、障害者を優先する。入居期間は最大2年間で家賃は無料。光熱費や共益費は入居者が負担する。 この日は市立米崎小学校にも新たな仮設住宅60戸の建設が始まった。市が3月に避難所で行った調査では、1800世帯が仮設住宅への入居を希望している。(贄川俊) [2011年4月6日]・・・福島第一、安全設計で第二と違い 電源喪失巡り東電指摘 東日本大震災で被災した東京電力福島第一原子力発電所で、津波を受けて電源喪失事故に至った主要な理由は、福島第二原発との安全設計上の違いにあると、東京電力作成の資料で指摘されていることが分かった。第一ではタービン建屋内の非常用ディーゼル発電機などが冠水し、使用不能。第二では、発電機などが気密性が高い原子炉建屋内にあり、機能を維持した。今後、事故の検証で安全設計の問題が焦点の一つになるのは確実だ。 福島第一、第二の両原発は3月11日、5.2~5.7メートルの想定を大幅に上回る14メートル以上の津波に襲われた。電源を失った第一では原子炉の制御が困難になり、その後、深刻なトラブルが続発。第二では原子炉の冷却水を海水で冷やすシステムが正常に働かなくなるなどのトラブルがあったが、大きな事故には至らなかった。 東電の柏崎刈羽原発(新潟県)がこの結果を分析した資料や東電関係者の話によると、津波による設備の損傷の違いは、(1)原子炉の非常用ディーゼル発電機と変圧器などの電源装置(2)原子炉の残留熱を除去するための海水をくみ上げるポンプ――に現れた。 (1)では、タービン建屋などにある福島第一の発電機が冠水し、6号機の1系統を除き使用不能。原子炉建屋内の福島第二では、1号機の原子炉建屋が浸水したものの、機能が維持された。 (2)では、設備がほぼむき出しの状態で置かれた福島第一のポンプがすべて運転不能になった。一方、ポンプ用の建屋内に置かれた福島第二では、1、2、4号機のポンプが運転不能となったものの、3号機は機能が保たれ、原子炉を冷却することが可能だった。 (1)、(2)とも福島第二と同じ設計となっている柏崎刈羽原発では、この結果を受けて説明資料を作成。柏崎刈羽は「気密性の高い原子炉建屋に設置」しているとし、福島第一との違いを際立たせている。 また、資料では、東北電力から送られている、外部電源の状態についても言及。福島第一、第二ではいずれも、東北電力からの送電が部分的に残っていたが、福島第一では、受電するための設備が地震や津波で被害を受け、外部電源が失われた。これに対し、福島第二では受電設備が機能しており、外部電源の一部が生きていた。 事故収束の見通しが立っていない福島第一とは対照的に、福島第二では、3号機が地震発生の翌日の12日に、残る1、2、4号機も14~15日に原子炉内の温度が100度未満の「冷温停止」となり、安全が宣言された。 東京電力本社は「(柏崎刈羽原発の指摘について)問題があると認めたわけではない。今後詳細に検討し、整理したい」としている。(中井大助) [2011年4月6日]・・・高濃度放射能汚染水、海への流出止まる 福島第一2号機 東日本大震災で被災した東京電力福島第一原発2号機の取水口近くで高濃度の放射能汚染水が流出していた問題で、東電は6日早朝、工事によって流出が止まったと発表した。ただ、汚染水のたまった建屋や坑道などには地震で多くの亀裂があるとみられ、別の場所から漏れ出る恐れがある。東電は汚染水が外洋に広がるのを抑えるため、1~4号機の取水口付近をカーテン状の布で覆う工事を週内にも始める。 流れ出ていたのは、2号機の原子炉の水を冷やすための海水の取水口近くにある作業用の穴(ピット)付近。2日朝、ピットの周囲に亀裂が見つかり、毎時1千ミリシーベルトを超える高濃度の汚染水が海に流れ出ていた。破損した燃料から漏れ出た大量の放射性物質を含んだ水が、タービン建屋や坑道を伝ってきたとみられる。 当初は、流出ルートが特定できず、水を止める作業が難航した。5日午後3時、地上からピットの下にある砂利の層まで穴をあけ、砂利をガラス状に固める薬剤を注入する作業を開始。のべ52人の作業員が一晩かけて約1万2千リットル近くを注入したところ、6日午前5時38分に海への流出が止まったのが確認された。 ◇ 福島第一原発では1、2、3号機のタービン建屋周辺に高濃度の放射能汚染水が推定で約6万トンたまっているとみられる。原子炉内への注水や燃料プールへの放水作業などで増える可能性もある。原子炉を冷却するシステムを復旧させるには、タービン建屋内での作業が欠かせないが、現状では放射線が高すぎて、作業が難しい。東京電力では敷地内のタンクや施設を利用して、水の「玉突き移送」を計画している。ただ高濃度の汚染水は敷地内で管理し続ける必要がある。 タービン建屋の汚染水は最終的には建屋内にある復水器という装置に入れる予定だ。1~3号機合わせて7500トン。ただ、すでに水が入っているため、別のタンクに移す必要がある。 移す先は各号機の建屋の横にある復水貯蔵タンク(容量2千~2500トン)。すでにこのタンクにあった水を圧力抑制室用貯水タンク(容量7千トン)に移し替える作業は終わった。現在は、復水器の水を復水貯蔵タンクに移す作業が進められている。 敷地内には廃水を処理する集中廃棄物処理施設(容量3万トン)があり、ここにも汚染水はためられる。低濃度の放射能汚染水は、この処理施設にある水を放出している。 このほか仮設タンクを設置して合計2万トン弱の容量を5月までに確保する予定。また、静岡市から提供された大型浮体式構造物(メガフロート)に1万トン、米軍が提供する台船(バージ船)に1隻あたり1千~1200トンが収容可能だ。 ◇ 〈放射能汚染水〉 福島第一原発では2号機のタービン建屋地下や外の坑道に高濃度の放射能汚染水がたまっている。これを移す場所を確保するため、もともとあった汚染度の低い水を海へ放流している。東電は「低レベル」と呼んでいるが、あくまで相対的な汚染度の違いで、高低の基準が法で定められているわけではない。原子炉等規制法が定める海水での濃度の基準に比べると100倍程度の濃度で、この水1万トンに含まれる放射能の量は、高濃度汚染水10リットル程度に含まれる量と同じ水準になる計算だ。 [2011年4月6日]・・・東電、1号機に窒素ガス注入へ 水素爆発防ぐため 東京電力は、福島第一原発1号機の格納容器内に水素ガスがたまっている可能性があることから、6日午後にも爆発防止のため不活性ガスの窒素ガスを注入することを明らかにした。原子炉の冷却によって水蒸気の濃度が下がり、水素と酸素の比率が上がって爆発が起きやすくなるおそれがあるため。2、3号機も含めて予防策として以前から検討していた。 [2011年4](水)・・・地震で日本狭くなる? 地盤沈降で水没、地図書き換えも 東日本大震災の影響で、地図の書き換えが必要になるかもしれない。東北太平洋側の海岸線が地盤沈下し、海と一体化しているからだ。ただ、面積の減少は市町村への地方交付税の減少につながる。国土地理院は「今調査すれば、被災した自治体に気の毒だ」として、当面は地図を更新しない方針だ。 市街地が壊滅的被害を受けた宮城県南三陸町の志津川港周辺。鉄工所や船舶エンジン工場があった場所は完全に海になり、面影さえない。町によると津波後、港周辺の地盤は最大75センチ低くなったという。 今月は3日前後が「大潮」で、11日にかけて満潮時の潮位が高い。漁網販売会社経営の今野益二郎さん(60)の店舗兼倉庫も冠水する。「昔は海だった埋め立て地はほとんどが海に戻ったということ」と話す。港から約200メートル離れた本浜町でも、志津川湾に注ぐ川沿いの約10戸が水没している。 国土地理院の調査では、今回の津波で青森県から福島県で計443平方キロメートルが浸水した。東京23区の7割以上にあたる。排水できる場所もあるが、すべて復旧できるかどうかは不透明だ。担当者は「そのまま海になるか、埋め立てるのか、干拓するのか。見極めにも数年かかる」とも説明している。 国土地理院は不定期で、満潮時の海岸線を航空写真で撮影して地形図を更新。それをもとに毎年10月に「全国都道府県市区町村別面積調」をつくり、地方交付税を算出するデータの一つに使われている。災害による面積の変更は過去に例がないという。(武田肇、田伏潤) [2011年4月6日]・・・陸前高田の震災犠牲者の遺体を8日から火葬 千葉県 千葉県は6日、東日本大震災による県外の犠牲者の遺体を8日から県内の斎場で火葬すると発表した。まず岩手県陸前高田市から依頼のあった約300人の遺体を2施設で受け入れる。 千葉県によると、1100人以上の死亡が確認された陸前高田市では火葬が間に合わず、土葬も検討されたが、火葬を要望する声が強いとして、岩手県が他県に要請していた。引き受けた遺体はいずれも身元がわからないという。30日までに全員を火葬する予定。 地震直後、まず宮城県から全国知事会を通じ、全国で遺体の火葬を受け入れてほしいと要請。3月下旬に岩手県から打診を受けた千葉県が、県内29火葬場に引き受けの可否を確認し、22施設から受け入れ可能と回答を得た。1日80人程度の火葬を受け入れるめどが立っているという。 [2011年4月6日]・・・1号機格納容器への窒素注入開始 福島第一原発 福島第一原発1号機の原子炉格納容器内で水素爆発が起こるのを防ぐため、東京電力は6日、窒素ガスの注入作業を始めたと発表した。 1号機の格納容器内では、原子炉の冷却によって水蒸気の濃度が下がり、水素と酸素の比率が上がって爆発が起きやすくなるおそれがあるという。2、3号機も含めて、東電は予防策として以前から検討していた。 2012年 05月 11日
[国会事故調、海江田氏を17日に招致 質疑は公開]
東京電力福島第一原発事故を検証する国会の事故調査委員会(委員長=黒川清・元日本学術会議会長)は11日、海江田万里・元経済産業相を17日に参考人招致すると発表した。国会議員の招致は初めてで、質疑は公開される。事故当時の政府と東電とのやり取り、海水注入をめぐる経緯などが焦点だ。 政治家の参考人質疑を公開することには、与党内で「政治ショーになる」などとする消極論があった。だが、公開してきたこれまでの参考人質疑と公平を期すため、国会事故調が公開することを決めた。今後、菅直人前首相らの参考人招致も公開でおこなう方針で、現在日程を調整中。 国会事故調は14日には東電の勝俣恒久会長を、16日には前経産事務次官の松永和夫氏を参考人招致する予定。6月をめどに最終報告書をまとめる方針。 [高校教科書の4分の1訂正 震災や原発事故の記述増] 来年度から使われる高校教科書で、東日本大震災や原発事故の記述を増やすための訂正が相次いでいる。原発の「安全神話」の崩壊のほか、食品の放射性物質の基準値、復興庁の設置といった最近の動きも盛り込まれた。 文部科学省によると、3月に検定に合格した高校教科書218点(専門教科を除く)のうち、約4分の1の53点で震災や原発事故にからむ訂正申請が出され、いずれも承認した。学習指導要領上、環境問題を取り扱う現代社会は12点すべてが、防災について考察させる地理Aも5点すべてが訂正した。 清水書院は世界史Aで、チェルノブイリ原発事故の写真を東京電力福島第一原発の写真に差し替え、「建屋が壊れ、放射性物質が広範囲に拡散して人々の生活に深刻な影響をおよぼしている」と書いた。第一学習社の政治・経済、東京書籍の現代社会は、原発の「安全神話」が覆り、エネルギー政策の転換が必要と記した。 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた空から降る核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) 4月4日(月)・・・孫正義社長、100億円寄付 引退までの役員報酬も ソフトバンクの孫正義社長は3日、東日本大震災の義援金として個人で100億円を寄付することを明らかにした。また2011年度以降、社長を引退するまで役員報酬(09年度は約1億800万円)を全額寄付する。これとは別にソフトバンクグループとして10億円を寄付する。 孫社長がこの日、動画配信サイト「ユーストリーム」の番組に出演して表明した。孫社長は「震災遺児の生活支援などに役立ててもらいたい」と話した。日本赤十字社などを通じて寄付するほか、NPOやボランティア団体などへ早急に寄付できる仕組みを検討しているという。 [2011年4月3日]・・・枝野氏、避難地域見直しに言及 福島第一原発事故 枝野幸男官房長官は3日の記者会見で、福島第一原発の事故で避難や屋内退避を求める地域について、周辺の放射線量などの分析結果によっては見直す可能性を示した。 政府は現在、同原発の半径20キロ圏内に避難、20~30キロ圏内に屋内退避の指示を出している。枝野氏は避難や屋内退避について「一定の長期化は避けられない」と述べた上で「大気中や土壌の放射線量などのデータが積み重なっており、これを踏まえてさらに精緻(せいち)な対応ができるよう準備を進めている」と語り、対象地域の見直しもありうるとの認識を示した。 [2011年4月3日]・・・ポリマー投入、汚染水漏出止まらず 福島第一2号機 福島第一原発2号機の取水口付近にある作業用の穴(ピット)の亀裂から放射能汚染水が海へ流出しているのを食い止めるため、経済産業省原子力安全・保安院は3日、水を吸収すると体積が膨張する化学物質「高分子ポリマー」8キロと、おがくず60キロ、新聞紙をピットの上流側に投入したと発表した。しかし、午後6時時点で、汚染水の流出は止まっていないという。 ポリマーなどは、東京電力が午後1時47分から投入した。4日朝まで監視を続け、効果を見極めたうえで、対策を探る。 また、1~3号機で原子炉圧力容器に注水しているポンプの電源は、仮設のディーゼル発電機から外部電源に切り替えられた。給油などの作業が不要になる。 [2011年4月4日]・・・いわき産シイタケ、基準超える放射性物質 キノコ類初 厚生労働省は3日、福島県いわき市の露地栽培の原木シイタケから、食品衛生法の基準を超える放射性物質が検出された、と発表した。県は、いわき市内の露地栽培の原木シイタケの出荷自粛を決めた。 検出量は1キロあたり放射性ヨウ素が1.55倍の3100ベクレル、同セシウムが1.78倍の890ベクレル。キノコ類で基準を超えたのは初めて。1日に採取され、2日に検査された。県によると、基準値を超えたシイタケは市場に出回っていないという。県内産のキノコ類23点を検査したが、ほかに基準を超えたものは確認されていないという。 [2011年4月4日]・・・日米合同の不明者捜索、計78遺体を収容 東北地方の沿岸部で1日から始まった自衛隊と米軍、海上保安庁などによる行方不明者の集中捜索は3日、最終日を迎えた。3日午後8時までに発見・収容が確認された遺体は自衛隊・米軍分が69人、海保分が9人の計78人となった。依然として多数の不明者がおり、自衛隊や海保は今後も捜索を続ける方針だ。 今回の集中捜索は、自衛隊約1万8千人と米軍約7千人の計2万5千人のほか、海上保安庁や消防、警察も参加した。自衛隊・米軍がヘリコプターを含む航空機約120機、艦艇六十数隻などを出動させたほか、海保も航空機9機と船艇27隻を出動。福島第一原発の周辺部を除く、岩手、宮城、福島各県の沿岸や河口部を捜索した。 自衛隊・米軍と海保は1日に35人、2日に31人を収容。3日は午後8時までに12人の発見・収容を確認した。捜索は3日の日没まで続いた。 自衛隊の統合任務部隊によると、遺体の多くは、津波で水没した陸地部分や河口近くで見つかった。海上自衛隊のダイバーが水中で発見して収容したほか、洋上で偵察ヘリが見つけたこともあったという。 自衛隊は震災発生直後から行方不明者の捜索に当たっており、陸上のがれきの下などでは、連日80~100人を発見している。沿岸部では1~4人ぐらいだったが、多くの人が津波の引き波で流された可能性があることから、発生から20日となった時点で、捜索を沿岸部に集中することにした。通常は物資輸送に当たっているヘリも捜索に当たった。 任務部隊の幹部は「多くの方々が行方不明になっており、捜索は続けていかなければならない」と話している。 [2011年4月4日]・・・止まらぬ汚染水漏れ 東電、粉末流して経路確認へ 福島第一原子力発電所2号機の取水口付近にある作業用の穴(ピット)の亀裂から放射能汚染水が海に流出している問題で、東京電力は4日午前、汚染水の詳しい流出経路を探るため、目印となる乳白色の粉末を上流のたて坑から流した。東電は水を吸って膨張する吸水性ポリマー(樹脂)を3日に投入し、止水を試みたが、4日午前の段階で流出は止まっていない。 ピットからの汚染水流出は2日に発覚した。東電はまず、コンクリートを流し込んでピットを埋めようとしたもののうまくいかなかった。 さらに、紙おむつなどに使われる吸水性ポリマーの粉末や新聞紙、おがくずを20メートルほど上流から投入。ポリマーが膨らんでこれらとともに固まることで、ピットへ通じる管が詰まると期待していた。 ピットからの流出状況は亀裂付近に取り付けたカメラで監視しているが、4日も汚染水の流出は止まらず、流量も変わっていないように見えるという。おがくずなどがピット側に出てきている様子も見えず、途中で滞留している可能性もある。 このため東電は、水に色をつけて詳しい流速や流量を探ることにした。4日午前7時すぎ、以前から放射能汚染水がたまっていることが判明していたたて坑から、乳白色の入浴剤粉末13キロを投入。下流側の水の色の変化をみることで、水がいつごろ到達するかや、ほかに流出経路がないかなどを調べる。 管路以外のルートで流れ出ているおそれもあるため、周辺の地中に速乾性セメントや薬剤などを注入し、地盤ごと固めることも検討している。また、海域で汚染水の拡散を防ぐフェンス設置の検討も始めた。 タービン建屋地下にたまっている水を回収するための作業も続いている。タンクの水を次々に別のタンクへ移し、回収のための空き容量を確保する「玉突き」方式で進められている。最終的には、タービン建屋内にある復水器という装置に地下の汚染水を入れるのが目標だ。 1号機は、3月24日から復水器へ移す作業をしていたものの、満水に近いことが分かり一時停止。まず、この水を移す復水貯蔵タンクの水を、さらに別のタンクに移す作業が2日まで進められた。3日からは復水器の水を別のタンクに移す作業が進められている。 2号機でも、復水器の水を復水貯蔵タンクへ移す作業が2日から始まっている。3号機でも同様の作業を準備中。 [2011年4月4日]・・・津波、標高37.9メートル到達 国内過去最高に迫る 東日本大震災による大津波が岩手県宮古市内で、斜面を標高37.9メートルの地点まで駆け上っていたことが、東京大地震研究所の都司嘉宣准教授(地震学)の調査で分かった。国内では過去最高に近い津波の到達点になる。 調査では、宮古市田老地区にある小堀内漁港周辺の海岸から約200メートルの地点で、標高37.9メートルの高さに、津波で漂着したとみられる木片や折れた松の木などを確認。標高30メートルを超す地点で消防車も打ち上げられていた。津波が、険しい斜面を海から一気に駆け上った様子だという。 これまで、津波が高い場所まで駆け上った記録(遡上高〈そじょうこう〉)は、国内では明治三陸大津波(1896年)の大船渡市綾里地区で、38.2メートル。世界ではインド洋大津波(2004年)のインドネシアで48.9メートルがある。都司さんは「詳細に調べれば、明治三陸大津波やインド洋大津波の記録を超える場所もありそうだ」と話した。 [2011年4月4日]・・・枝野官房長官の記者会見全文〈4日午前〉 枝野幸男官房長官の4日午前11時15分の記者会見の内容は次の通り。 【原発事故】 ――福島第一原発2号機ピットの汚染水漏れは、打開策を模索しているが進展ない状況だが、どう見るか。ほかの策はあるか。 こうした状況が長い時間継続して、積算としての放射線物質の流出量が大きくなれば、それだけ拡散して薄まるといっても、海に対する影響が大きくなる。一刻も早く海に広がっていく状況を止めないとならないとの強い思いを持っている。 (政府と東京電力の)統合本部のもとで、東電に対しても早急な対応を求めているところだ。原発の敷地内の方の配管の流出経路のところでの対応と、原発の海側のところは一定のところ、海のところで食い止められないかと。両面、様々想定しうる、可能性のある対処方法は同時並行で検討と作業を進めるよう指示している。両面、あるいはそれぞれについても複数のやり方を検討しているという報告はあがってきている。 ――土壌汚染と海の汚染を比べ、専門家の中には「海は薄まるから土壌よりは汚染の程度が悪い状況ではない」との指摘も。土壌と海への流出の度合いをどう認識するか。 専門家の方によってもいろんな意見があると思う。いずれにしても、高濃度の放射性物質を含んだ水が海に流れ続けている状況は、できるだけ早く止めないとならない。当然、土壌にしみこんでいくこともそうだが、どちらがどうというよりも、どちらも急いで止めないとならないという問題意識で対応している。 【温室効果ガス削減目標見直し】 ――いま気候変動の締結国準備会合が開かれている。日本政府代表が現地記者会見で、温室効果ガスの削減目標見直しの必要性に言及した。原発事故が削減目標に与える影響は。 [2011年4月4日]・・・屋根上で3週間漂流の犬、飼い主のもとへ 気仙沼震災から3週間後の1日に宮城県気仙沼市沖の漂流する屋根の上で発見・救助された犬の飼い主が見つかった。保護していた県動物愛護センターが4日、飼い主に引き渡した。 ニュースで保護されたことを知った気仙沼市内の女性が、以前撮影した犬の写真と特徴を記したメールを、救助した海上保安庁に送って名乗り出た。 センターによると、4日午後2時半ごろにセンターを訪れた女性から、あらためて犬の特徴を聞き取った。尾の先が白いことや首輪の色、女性の持つ写真と顔がよく似ていることから、飼い主に間違いないと判断した。犬の名前は「バン」で、女性を見つけて喜んでほえていた。女性は自宅が被災し、仙台市内の避難所で暮らしているという。(佐藤正人) [2011年4月4日]・・・NZ地震、不明者28人全員の死亡確認 外務省は4日、ニュージーランド南部地震で安否不明となっていた大阪市出身の看護師、玉野裕子さん(43)の死亡をニュージーランド政府が確認したと発表した。この地震で安否不明となっていた日本人28人全員の死亡が確認された。 [2011年4月4日]・・・空き巣警戒、パトロール強化 原発周辺、福島県警 原発周辺に住んでいた避難者から空き巣などの治安面の不安を訴える声が寄せられていることから、福島県警は、機動隊員ら約30人で被災地特別パトロール隊を結成し、30キロ圏内のパトロールを強化している。3日からは、事件発生時に初動捜査を担う機動捜査隊も投入して態勢を拡充。夜間の見回りもしている。 2012年 05月 10日
[幻の50万人原発避難計画 福島事故直後、官邸が想定]
昨年3月の東京電力福島第一原発事故の発生直後、首相官邸内で原発から半径50キロ圏の住民約50万人を避難させる計画を立てていたことがわかった。原発が制御不能になる最悪の事態を想定したもので、結果的には幻に終わった。 事故当時、国家戦略相だった玄葉光一郎外相が朝日新聞の取材に対して明らかにした。衆院福島3区選出の玄葉氏は、事故翌日の3月12日の原子力災害対策本部会議で「メルトダウン(炉心溶融)の可能性がある」と指摘。3月15日には、内閣府原子力委員会に「最悪の事態」を想定した対応を指示した。 原子力委は、原子炉の一つが制御不能になってメルトダウン状態になり、作業員が撤退して周囲の原子炉も制御不能に陥る連鎖が起きるシナリオに基づいて計画を作成。玄葉氏は当時の菅直人首相に提言した。 [東京湾のセシウム、7カ月で1.7倍 流れ込み続く] 東京湾の海底の一部で、放射性セシウムの量が昨年夏からの約7カ月間に1.5~1.7倍に増えていることが近畿大の調査でわかった。昨年3月の東京電力福島第一原子力発電所の事故で陸地に降ったセシウムがいまも河川などから流れ込み続けているためとみられる。 近畿大の山崎秀夫教授(環境解析学)は今年4月2日、東京湾の荒川河口の周辺5カ所で海底の泥を掘り、深さごとの放射性セシウム濃度などを昨年8月20日の調査と比べた。 濃度自体に大きな変化はなかったが、海底表面の泥が積もるため、濃い部分がより深いところに達していた。前回セシウムの総量がもっとも多かった地点では、1平方メートルあたり約1万8200ベクレルから約2万7200ベクレルと約1.5倍に増加。ほかの地点では最大で約1.7倍に増えていた。 [震災死者1万5858人、不明者3021人 9日現在] 東日本大震災(余震を含む)について、警察庁がまとめた死者は9日現在、1万5858人。警察に届け出があった行方不明者は3021人となっている。 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた空から降る核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年4月3日]・・・下水道復旧は数年かかる見通し 沿岸部に集中、被害深刻 東日本大震災で東北地方では、上下水道も激しく損壊した。上水道は内陸部を中心に復旧が進むが、標高の低い太平洋岸にある下水処理場は津波の被害が深刻だ。全国の自治体が給水車を派遣したり設備修繕を支援したりしているが、下水道の本格復旧には数年かかるとの見通しもある。 「自宅前で、きついにおいの水がどんどん噴き出していた」 宮城県多賀城市の洋服仕立業、渡辺敬一さん(69)は顔をしかめて振り返る。約1キロ先にある下水処理場、仙塩浄化センターのポンプなどが津波で損傷し、汚水が逆流。あちこちで下水管からあふれ出た。 仙台市の7割の下水を処理する東北最大の南蒲生浄化センターも津波で稼働停止に。孤立した約100人の職員らは管理棟の屋上で一夜を明かし、自衛隊のヘリコプターで救助された。 どちらの処理場も、国土交通省の仮設ポンプの緊急配備などで処理量は徐々に回復。住宅地で汚水があふれる事態も収まっている。 ただ、微生物を使って汚水中の有機物を分解除去する本来の工程などは省略されたままだ。沈殿や塩素消毒といった簡易処理だけで近くの運河に流している。宮城県によると、水の汚れの度合いは地震前の約20倍だが、水質汚濁防止法の規制範囲内という。 国交省によると、東北の太平洋側にある岩手、宮城、福島の3県に147カ所ある下水処理場のうち、21カ所が稼働停止した。復旧には2~3年かかるという。福島第一原発の近隣の10カ所は原発事故の影響で状況把握もできていない。 処理場の被害が大きかったのは、その多くが沿岸部に集中しているためだ。家庭から出た汚水や側溝から入る雨水を傾斜を使って管路で流すので、処理場は標高の低い所に設けられる。そこに津波が直撃した。 下水管も陥没などで破損し、千葉県浦安市など液状化現象によってマンホールが隆起し、管路が断絶した地域もある。下水関連の被害総額は、まだ全体像をつかめていないものの「少なくとも数千億円」(国交省下水道部)という。 下水管や処理場が復旧しないと、汚水が路上にあふれ疫病を引き起こす恐れすらある。このため新潟、札幌、大阪など自治体の下水道事業者からのべ2600人が応援に駆けつけ、被災状況の調査や簡易処理での復旧の手助けをしている。 だが、本格復旧は遠い。阪神大震災で被災した神戸市東灘区の処理場が本格復旧したのは約4年後。国交省の松井正樹・下水道部長は「生活が平常化するほど下水などの能力不足は深刻になる。風呂や洗濯の回数を減らすなど節水に協力してほしい」と話す。 ◇ 上水道も、沿岸部では津波被害が大きかった。 「一からやり直さないと」。日本水道協会の御園良彦専務理事は、3月下旬に現地入りし、宮城県石巻市や福島県いわき市で情報を集めた。「橋の下の配水管が、橋もろとも流された。沿岸部はいつ復旧するか見当もつかない」 厚生労働省によると、岩手、宮城、福島県では、実態把握が進んだ3月16日時点で断水が90万戸近くに達した。全国から水道事業者が給水車を派遣するなどし、急場をしのいだ。 3県の水道管の耐震化率は2割未満と低い。ただ、太平洋沿岸とは対照的に内陸部では持ちこたえた管路が多かった。浄水場もほとんどが難を逃れた。下水とは逆に、高台にあることが多いためという。 最近は電気の復旧で内陸部を中心に送水ポンプも再稼働している。3県の断水も約20万戸に減った。仙台市や福島市など都市部では「9割近くの能力が回復した」という。ただ、どれだけ上水が回復しても、下水の復旧が遅れれば普段のような水の使い方は難しくなる。(鳴澤大、田中美保) [2011年4月3日]・・・お年寄り避難先転々、入院も 30キロ圏内の老人ホーム 原発事故から県外に逃れた福島県南相馬市の市立養護老人ホームのお年寄りが、避難先を転々としている。山形から新潟へ。避難生活はすでに2週間を超え、途中亡くなった人もいる。 市立養護老人ホーム「南相馬市高松ホーム」は、経済的な理由などで生活が困難なお年寄りが入所する。福島第一原発の事故で屋内退避が指示された30キロ圏内だ。 入所者68人とスタッフが20人。事故が起きて非常食は3日で底を突き、出入り業者も姿を消した。園長の鈴木直清さん(60)は避難を決めた。 だが、排泄(はいせつ)に介助が必要な入所者もおり、一般の避難者が乗るバスには乗れない。別にバスを手配しようとしたが、放射能を恐れて来てくれなかった。 「一般の避難所に入るのは無理だ」。東北のあちこちの施設に電話し、山形県鶴岡市の「休暇村羽黒」を押さえ、バスで3月17日深夜に着いた。 ここで生活を始めたのは64歳から106歳の59人。3食付きで個室にベッドもある。だが、慣れない環境に体調を崩す人が相次いだ。糖尿病の悪化、肺炎。2人が入院した。 24日には統合失調症の入所者が3階の部屋の窓を開けて転落。救急車で運ばれたが病院で亡くなった。環境が変わり、興奮状態になっていたという。 スタッフは自主避難するなどして11人に減り、3交代制が維持できなくなった。おむつ替え、食事や車いすの介助……。統合失調症や認知症の疑いのある数人の重症者は場所を選ばず排泄したり、夜に徘徊(はいかい)したりする。地元の精神科病院の元看護師らがボランティアで来てくれたが、スタッフの疲労は色濃い。 一方で、宿泊費もかさんだ。1日3食付きで1人5千円。全員で1日30万円以上かかる。補助の有無について福島県や南相馬市に何度も問い合わせたが、明確な答えが得られず、次の避難先を探すことになった。 新潟県南魚沼市にある被災者受け入れ施設を新聞で見つけたのは28日。東京都江戸川区の保養所で3食が付く上、宿泊費は無料だった。重症者ら16人は鶴岡市内の複数の特別養護老人ホームで受け入れてもらい、残る入所者40人は30日午後にバスに乗り、5時間かけて南魚沼市に着いた。 「疎開でしょ。安心できないね。やはり我が家が恋しいね」。こう話すのは、鶴岡市の特養にとどまった最高齢の小橋きつさん(106)。「戻りたい」「帰りたい」。入所者からはそんな声があがる。 鈴木さんは言う。「3、4日で戻れるかなと思い避難してきたのに。すべて原発です。早く戻れるようにしてほしい」(佐々木隆広) [2011年4月3日]・・・死者1万2009人、不明1万5472人 3日10時 東日本大震災による死者は3日、警察庁の集計(午前10時現在)で1万2009人となった。宮城県が7318人、岩手県が3518人、福島県が1113人など。警察に届け出のあった行方不明者は青森、茨城、千葉を含む6県で1万5472人。避難所にいる人は約16万3700人。 2012年 05月 09日
[大阪・夢洲でがれき処分へ 府市、セシウム吸着検討]
大阪府・市は、受け入れを表明した岩手県内の東日本大震災のがれきについて、大阪市此花区沖の人工島・北港処分地(夢洲=ゆめしま)で焼却灰を埋め立て処分する方針を固め、環境省と最終調整に入った。海洋汚染を防止するため、同省は近く、放射性セシウムを吸着させる鉱物のゼオライトを処分地に敷き詰める方法などを提示。府市は今後、専門家会議を経て正式決定する。 夢洲は広さ385ヘクタール。市内唯一のごみの最終処分場で、ごみの焼却灰を中心に1980年代から埋め立てが続く。 大阪府市による震災がれきの受け入れについては、松井一郎知事、橋下徹市長とも前向きで、府は昨年12月に国より厳しい放射性物質の基準を設定。橋下氏も処分地の検討を指示していた。ただ、放射性セシウムは水溶性が高く、国は焼却灰がなるべく水と接触しない形で処理するよう通知。このため、市は海面を埋め立てている北港処分地でも問題がないか個別評価を求め、同省が調査していた。 [勝俣・東電会長を14日招致へ 国会の原発事故調] 東京電力福島第一原発事故を検証する国会の事故調査委員会(委員長=黒川清・元日本学術会議会長)は8日、14日に開く同委員会に東電の勝俣恒久会長を参考人として招致すると発表した。事故発生後、東電は全職員の撤退を指示したのかなど明らかになっていない点についてただす方針。 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた空から降る核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年4月2日]・・・自衛隊・米軍、不明者捜索へ総力戦 2.5万人投入 自衛隊が1日、米軍などと連携し、東日本大震災発生以降、最大規模の部隊を投入して行方不明者の捜索に乗り出した。この日午後6時半までに28人の遺体を発見、収容した。 最大規模での捜索には、発生から3週間が経ち、活動の力点を被災者の生活支援に移す前に、「展開している総力を結集し、一人でも多くの不明者を見つけ出したい」(自衛隊幹部)との狙いがある。 防衛省によると捜索は1日から3日間。福島第一原発の半径30キロを除く岩手、宮城、福島の3県の沿岸部や沖合約20キロまでの範囲が対象だ。自衛隊と米軍合わせて計約2万5千人。日米で航空機120機、艦艇約60隻が動員された。 陸海空3自衛隊や米軍には担当地域が割り当てられ、陸地だけでなく海上や上空から沿岸部、主要河川の河口部を捜索する。 特に宮城県気仙沼市から多賀城市の沿岸部を重点区域に指定。リアス式の入り組んだ海岸線沿いや津波の後、水につかったままで捜索が難航していた地域を重視している。 朝日新聞社のまとめでは、3県では1万8千人以上の安否が分からないまま。捜索が難航している現状について、空自トップの岩崎茂・航空幕僚長は1日の定例記者会見で、「一番大きいのは津波の大きさだ。(津波に)のみ込まれて倒れた家屋の中にいる方もいるのではないか。陸海空(自衛隊)の勢力を集中して捜索に全力をあげたい」と語った。 自衛隊は過去最大の10万人態勢を維持しているが、活動の力点は、被災者の救助や行方不明者の捜索から、食事や入浴などの生活支援、復興支援に徐々に移っていく時期に来ている。 防衛省幹部は「不明者を何とか見つけ出してほしい、というご家族の思いは切実。大規模な態勢を維持できている間に、最大限の成果をあげたい」と話している。(土居貴輝) [2011年4月2日]・・・福島の水田、1割超が作付け困難 津波や原発で 東日本大震災の津波被害や原発事故に伴う避難指示で、福島県の水田面積の1割超にあたる1万~1万5千ヘクタール程度の作付けが難しくなっていることがJA福島の推計で1日わかった。同県の米生産量は全国4位。放射能による土壌汚染が今後明らかになれば、作付け不能の面積は更に拡大する恐れがある。 JA福島グループの庄條徳一会長が、県内組合長からの聞き取りや現地調査の結果などを踏まえた試算値として明らかにした。詳細な調査結果は県が集計中で、近く公表される。 同県内の各JAによると、被害が目立つのは沿岸北部のJAそうま管内。津波被害で、水田面積約1万2千ヘクタールの3分の1で作付けが難しくなった。 また、県南部で湖の水を引く灌漑(かんがい)設備が被害を受けたほか、福島第一原発から半径20キロ圏内の水田は避難指示により立ち入れない。こうした数値を積み上げると、仮に最少の1万ヘクタールにとどまったとしても、福島県に割り当てられた生産面積約7万ヘクタールの1割を超えることになる。(中川透) [2011年4月2日]・・・不明者集中捜索、初日は30人の遺体収容 自衛隊発表 東日本大震災の被災地の沿岸部で1日から行方不明者の集中捜索を始めた自衛隊の統合任務部隊は2日、初日に収容した遺体は30人と発表した。集中捜索には米軍も加わり、日米合わせて約2万5千人が、ヘリコプター、艦艇を使って3日まで続ける。 [2011年4月2日]・・・福島第一から40キロの海、基準2倍のヨウ素 経済産業省原子力安全・保安院は2日、福島第一原発から南に40キロ離れた地点で3月30日に採取した海水から、基準の濃度限度の約2倍にあたる放射性ヨウ素を検出したと発表した。拡散するためただちに人体に影響はないとしているものの、放射性物質による海の汚染が広範囲に及んでいることが裏付けられた。 検出されたのは1地点。放射性ヨウ素の基準の1リットルあたり40ベクレルに対し、表層で79.4ベクレルが検出された。文部科学省による海域モニタリングで判明した。 保安院は、第一原発付近で確認されていた汚染が北から南への海流に乗って南下したとみている。 また、保安院は原子炉などから発生する水素による爆発を防ぐため、各原発について窒素を封入する準備を進めていることを明らかにした。 [2011年4月2日]・・・2号機施設破損、高濃度汚染水が直接海へ 東京電力は2日、福島第一原子力発電所2号機の取水口付近にある、電源ケーブルなどをおさめているたて坑に、1時間当たり1000ミリシーベルトを超える高濃度の放射能汚染水がたまっているのがみつかったと発表した。たて坑の側面のコンクリート部分に亀裂があり、たて坑内の汚染水が海にもれ出ていることが確認されたという。 [2911年4月2日]・・・千葉北部の一部、葉物野菜の出荷停止検討 地域は限定 食品の放射能汚染問題で、農林水産省などは近く、千葉県北部の一部地域について原子力災害特別措置法に基づき、葉物野菜の出荷停止を指示する方向で検討を始めた。県単位以外の制限は初。千葉県は首都圏への野菜の大供給地であることも配慮し、地域を限定する。 千葉県は3月25日、旭市や多古町のホウレンソウや同市のシュンギク、パセリなどで暫定基準値を超える放射性物質が検出されたと発表。31日には新たに香取市のホウレンソウで超えたほか、旭市でも引き続き超えた。ただ、千葉市以南では1件も超えていない。 このため農水省などは、千葉県北部の市町村や農協単位で、ホウレンソウなどの葉物野菜の出荷を止める方針だ。現在でも千葉県は旭市などに出荷自粛を要請し、市場に出ていないが、法的根拠を示して確実に止める必要があると判断した。 一方で、検査で繰り返し基準を下回った場合、現在制限されている福島など4県の一部地域について、制限を解除する検討もしている。 農水省の2008年の統計では、千葉県は全国シェアでホウレンソウは15%、シュンギクが16%でともに全国1位。東京都中央卸売市場の10年の取り扱い実績では、ホウレンソウ、ハクサイなどの「葉茎菜類」で千葉県産は全体の8%。福島、茨城、栃木、群馬の4県を加えると全体の54%。 [2011年4月2日]・・・損保大手5社、地震保険金請求25万件突破 阪神の4倍 東日本大震災に伴う損害保険大手5社への地震保険金の請求が3月末時点で25万件を突破し、過去最大だった阪神大震災での全請求件数(6万5千件)の約4倍になった。各社とも保険金の支払い担当を増やして対応を急いでいる。 この1週間で約11万件増えた。約25万件のうち6割程度が茨城県を中心とした関東地方からだが、10日ほど前から東北地方からの連絡が増えているという。今回は被害が広域に及ぶため、建物が倒れたケースだけでなく、庭先の門や塀が壊れたといった建物以外の被害への関心も高い。 地震保険は火災保険とセットでしか入れず、保険金は柱や屋根などの建物の主要部の損害状況に応じて支払われる。日本損害保険協会によると、火災保険で門や塀を保険の対象にしている人でも、建物の主要部に損害がなく、門や塀だけが倒れた時は地震保険金は支払われない。門や塀を保険の対象にしていて、建物の主要部に一定以上の損害があれば、門や塀の分も含めて支払われる。 多数の請求に対応するため、損保は支払い部門を強化している。三井住友海上火災保険では本社での請求書類の処理や被災地での顧客対応などのため、支払い担当を1千人増やした。 [2011年4月2日]・・・漂流の屋根から犬救出 「できたら飼い主へ」 気仙沼 宮城県気仙沼市本吉町の沖約1.8キロの海上で1日午後2時ごろ、漂流する屋根の上に犬がいるのを海上保安庁のヘリコプターが見つけ、特殊救難隊員が救助した。震災から3週間たったが、元気な様子という。 第2管区海上保安本部によると、犬は茶色の雌で、中型の雑種とみられる。茶色の首輪をしていた。発見時は屋根の上で逃げ回ったが、巡視船「つがる」搭載のボートで救助した。 犬は水を飲み、ソーセージやクッキーを食べたという。2日午後5時すぎ、毛布にくるまれ、海保職員に抱きかかえられて塩釜港にあがった。衰弱した様子もなく、県動物愛護センターに保護された。 センター職員の伊藤光市さん(52)は「ずっしりした感じで、落ち着いていて元気そうだ。大事に世話して、できたら飼い主に返したい」と話した。 震災で飼い主とはぐれた犬は同センターだけで約20匹保護されている。飼い主が見つからない場合はもらい手を探すという。(佐藤正人) [2011年4月2日]・・・週末はボランティア倍増、県外から続々 宮城・南三陸町 役場までもが津波で流された宮城県南三陸町。約1500人が避難生活を送る町内のベイサイドアリーナには2日、他県ナンバーの車がずらりと並んだ。大阪、千葉、八王子――。 「熱いから気をつけてね」。玄関前ではゴボウや大根など野菜たっぷりのけんちんうどん約1千食が振る舞われ、被災者たちが笑顔を見せた。 作ったのは千葉県松戸市の調理器具会社の従業員ら10人。器具と食材をトラック2台に載せ、9時間かけて着いた。社長の秋本茂克さん(48)は「ボリュームのある温かい物を食べてもらいたくて」。 町社会福祉協議会によると、これまでボランティアは連日40人ほどだが、この日は倍近い人数という。 宮城県石巻市の住宅街では、スコップを持った親子が泥やがれきを取り除く作業に汗を流した。埼玉県戸田市の公務員、稲見圭さん(43)と知足(ともたり)さん(15)。 夜行バスで移動し、地元に迷惑をかけないよう水と食料も持参した。寝泊まりはテントだ。知足さんは「家族を亡くしたおばあちゃんから涙を流して感謝された。僕のほうが元気をもらった気がする」。 石巻市災害ボランティアセンターによると、2日は682人が作業にあたった。過去最高の人数という。(飯島健太、南出拓平) 2012年 05月 08日
[電力9社赤字、原発ゼロなら2.7兆円 12年度試算]
経済産業省は7日、政府の需給検証委員会で、電力9社(原発のない沖縄電力を除く)の積立金が2010年度末の計3兆円から11年度末に計2.1兆円になったとの試算を出した。9社とも11年度(12年3月期)決算が計1.5兆円の赤字になり、その分、積立金が1兆円ほど減ったという。 経産省は、原発が動かなければ、火力発電の燃料費などがかさみ、12年度(13年3月期)決算も9社で計2.7兆円の赤字になるとの試算も示した。これをもとに単純計算すれば、各社の合計の積立金は12年度末に底をつくことになる。 電力会社は原油や天然ガスの燃料費が増えたことなどに備えるためとして、過去の利益を積立金として蓄えている。福島第一原発事故を起こした東京電力はすでに事故費用や燃料費などで積立金はなくなっている。 一方、原発の運転を止めれば、電力業界全体の原発の発電費1.7兆円のうち、廃棄物の処理費など0.5兆円がかからなくなるとの試算も出た。検証委の委員からは「かなり大きな額だ。今後の原発をどうするかを早く決めるべきだ」との意見が出た。(中川透) 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた空から降る核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年4月1日]・・・楽天・三木谷社長、個人として10億円寄付へ 楽天の三木谷浩史会長兼社長は1日の入社式で、東日本大震災の義援金として個人で10億円以上を寄付することを明らかにした。 三木谷社長は神戸市出身で、阪神大震災で親類を亡くした。震災の10カ月後に大手銀行を退職し、その後に楽天を立ち上げた。入社式では「阪神大震災から神戸が復興するのに10~15年かかったが、今回も日本は必ずこの危機を克服し、力強く復興すると信じている」と話した。 楽天は会社としても3億円の寄付を決めている。 [2011年4月1日]・・・震災で両親が死亡・不明、岩手と宮城だけで65人 東日本大震災で両親がともに亡くなったり行方不明だったりする子どもが岩手、宮城両県だけで約65人いることが、両県への取材でわかった。今回の震災で孤児数が明らかになったのは初めて。避難所以外の在宅の被災者などは含まれていないため、阪神大震災の68人を上回る見通しとなった。 岩手県は3月25~31日、児童福祉司らの協力で、県内約370の全避難所を調査した。その結果、両親が死亡や行方不明の18歳未満の子どもを50人弱確認した。避難所の代表者を中心に聞き取りをしたため、大規模避難所の実態が把握しきれないケースがあるほか、親類の家に身を寄せている子どもらは含まれない。 宮城県も児童相談所の職員が避難所を調査した結果、1日現在で16人。福島県の調査では、これまでに両親を一度に亡くした子どもは把握していないという。 今回の震災は多くの学校の授業時間中に起こり、児童や生徒は避難しやすい状況だった。また、未明に発生した阪神大震災と違い、家族が自宅や会社、学校など別々の場所で被災し、生死を分けた例が多いとみられる。このため、岩手県教委は「孤児数が多くなりやすい」とみている。 岩手県児童家庭課は、親族が世話をするケースが多くなるとみているが、被災地域内に親族が集中している家族も多い。文部科学省が設立を検討している孤児のための寄宿舎つき公立小中一貫校についても「孤児だけを隔離するようなことにならないか」との慎重論があり、子どもたちの受け入れが課題になっている。(森本未紀、疋田多揚) 2012年 05月 07日
[竜巻?1人死亡50人けが 550棟が被害 茨城・栃木]
茨城県つくば市や栃木県真岡市などで6日午後、竜巻とみられる突風が発生した。両県で約550棟の家屋が被害を受け、重軽傷者は計約50人。つくば市で男子中学生が死亡した。落雷も相次ぎ、関東地方で最大約3万4千世帯、東北地方と新潟県で約3万7千世帯が停電したほか、富山県魚津市では農作業中の男性が死亡、埼玉県桶川市では小学6年女児が意識不明の重体となった。 茨城県つくば市北条では6日午後0時45分ごろ突風が発生。同県の午後7時半現在のまとめでは、同市で100棟以上、筑西市で90棟以上、常陸大宮市で14棟、常総市で4棟が被害を受けた。 つくば市北条では、中学3年の鈴木佳介さん(14)が死亡。木造2階建ての自宅は全壊し、1人で自宅にいた鈴木さんは、がれきの下で見つかったという。負傷者は同市で35人、常陸大宮市でも1人いた。 また、栃木県芳賀地区広域行政事務組合消防本部などによると、同県真岡市、益子町、茂木町で突風により計345棟に被害が出て計9人が病院に運ばれた。同日午後1時前後に家や公民館、学校の屋根やガラスが吹き飛び、木がなぎ倒されたほか、全壊した公民館もあるという。 埼玉県桶川市では6日午後2時20分ごろ、犬を遊ばせる施設(ドッグラン)で、高さ約8メートルのケヤキの木に雷が落ちた。上尾署によると、木の下で雨宿りしていた同県宮代町の小学6年関根彩加さん(11)が意識不明の重体。一緒にいた母親の順子さん(40)ら3人が軽いけがをした。 富山県魚津市では6日午前11時10分ごろ、田んぼで農業八倉巻理人さん(64)が倒れているのが見つかり、死亡が確認された。右胸付近にやけどがあることから、魚津署は落雷による感電死とみている。富山地方気象台は、5日から6日にかけて県内全域に雷注意報を出していた。 東京電力によると、6日、落雷によって関東一円の最大約3万4千世帯で停電が生じた。最も多かったつくば市では一時、約2万1千世帯に達した。 交通も乱れた。JR盛岡駅(盛岡市)では6日午後1時50分ごろ、信号が赤のまま切り替わらなくなった。JR東日本によると、落雷の影響という。このため、秋田新幹線(盛岡―秋田)の上下線、東北新幹線(盛岡―新青森)の下り線で約2時間、運転を見合わせた。 [茨城・栃木の4800世帯で停電続く] 東京電力によると、6日午後10時現在、突風などの影響で茨城、栃木の両県で計約4800世帯が停電している。このうち、住宅などが壊れる被害が出た茨城県つくば市では約3800世帯が停電中。同市では、送電線が切れたり、電柱から変圧器が落下したりするなどの被害があり、6日中の復旧は難しいという。 この日は関東地方の広い範囲で停電が発生し、茨城、栃木、群馬、東京、埼玉、千葉、神奈川、静岡の1都7県で一時、約3万4千世帯に達した。 停電状況は次の通り。茨城県約3900世帯(つくば市、下妻市、桜川市)▽栃木約900世帯(真岡市、益子町) [〈竜巻・その時何が〉渦巻く風、飛んできたマットレス] 6日午後1時すぎ、茨城県つくば市立田井小学校長の磯山芳男さん(57)は、つくば市北条を北から南へ車で走っていた。南西方向から、下は黒く上方が白っぽい「渦巻く風」がうねりながら向かってきた。危険を感じ、近くの老人ホームに車を寄せて、車内で身構えた。 渦の中で、大量の鳥や材木の破片など、大小のものが舞っていた。渦が通り過ぎるまで10分足らずの間、車はガタガタと激しく揺れ、「ヒューッ」という風の音が車内に響いた。車の前に飛んできたマットレスが落ち、筑波山方面の電線付近からバチバチという音が聞こえた。磯山さんは「車ごと飛ばされるんじゃないかと思った。間近で見るのは怖かった」と話した。 つくば市北条地区の会社員大塚輝一郎さん(64)は、自宅で庭仕事をしていた。雷が鳴って暗くなり、ひょうが降って大粒の雨に変わった。「家に入ると、ゴーッという風の音がした。外を見ようと近づいた瞬間、窓のサッシが膨らんでバーンと粉々に砕け散った」。家中のサッシと2階の屋根が吹き飛ばされ、ガラス片で両手足と頭を切り6、7針縫うけがをした。大塚さんが所有する隣の家は江戸時代後期の貴重な商家建築だったが半壊状態になった。 [一夜明け続く停電 陸自、がれき撤去 竜巻被災地] 7日早朝、本格的な被害調査やがれき撤去が始まり、避難所や知人宅、車中で夜を明かした住民らも自宅に戻った。 茨城県では、水戸地方気象台がつくば、筑西、常陸大宮の各市に職員8人の機動調査班を派遣。陸上自衛隊古河駐屯地の27人も、被害が大きいつくば市北条地区周辺でがれき撤去を始めた。取り残された人がいないかの確認も進めている。 停電が続く同市北条地区。一人暮らしの高橋君子さん(80)は、屋根と2階部分が吹き飛ばされた自宅で肩を落としていた。「屋根の修理をしようにもお金がかかる。もうあきらめるしかないでしょう」 栃木県でも、真岡、益子、茂木の3市町の職員が各戸を回り、詳しい被害状況を調べ始めた。真岡市の会社員榎戸豊明さん(40)は勤め先を休み、業者と自宅の修復方法を相談していた。居間のガラス窓が割れ、室内は泥だらけ。屋根の瓦も崩れた。「どこから手を付けていいかわからない。まずは雨漏りがする屋根から直さないと。家族は無事だったのでよかった」 隣町の益子町では農作物も被害を受けた。「イチゴ狩りのシーズンでバスも何台も入る予定だったのに。全部だめになった」と、農業福原光雄さん(58)は落胆した。 [竜巻が来たら? 頑丈な建物の陰・窓のない部屋へ] 竜巻とみられる6日の突風は、東海から東北にかけて大気の状態が非常に不安定になり、積乱雲が発達したことが原因とされる。 6日の日本列島は約5500メートル上空に北から冷たい寒気が流れ込み、低空では津軽海峡付近の低気圧へ南からの湿った暖気が吹き込んでいた。大きな被害が出た茨城県つくば市の6日の最高気温(午後1時50分)は6月下旬並みの25.8度だった。 こうした暖かさを生じさせた低空の軽い暖気が温度差の大きい寒気に近づき、勢いよく上昇。通常は高さ数~10キロ程度の積乱雲が15キロ程度に発達し、竜巻や落雷、降ひょうが起きやすい状況になっていた。「スーパーセル」と呼ばれる巨大な積乱雲になっていた可能性もある。 気象庁は6日朝以降、関東などに竜巻注意情報を出したが、低気圧の中心が西から東へ移ったのに従って積乱雲が発達する領域も移動したため、関東を中心とした広い範囲で竜巻とみられる突風や落雷の被害が相次いだ。翌7日早朝、列島付近の大気は不安定な状態をおおむね脱した。 つくば市の気象研究所は6日、研究者4人を緊急派遣。山内洋・主任研究官は朝日新聞の取材に「被災した建物に泥が様々な方向から付着し、電柱も場所によって北向きや南向きに倒れた。ダウンバースト(下降気流)による風は方角が偏るが、今回は風が渦状に回転した様子がみられ、竜巻の存在を示唆している」と話した。 竜巻の原因となる積乱雲が近づくと、急に暗くなる▽雷鳴が聞こえる▽冷たい風が吹き始める▽大粒の雨やひょうが降り出す――などの現象が起きる。気象庁は「こうした兆しが出た場合、屋外では頑丈な建物の陰に入ってかがみ、屋内では1階の窓のない部屋に移動してほしい」と呼びかけている。(赤井陽介、山本智之) ◇ ■竜巻への対処 【屋内にいる場合】 ・雨戸やシャッターを閉める ・窓を開けず、カーテンをひく ・家の中心部の窓のない部屋へ移動する ・頑丈な机の下に入り、両腕で頭と首を守る 【屋外にいる場合】 ・車庫や物置、プレハブに避難せず、近くの頑丈な建物に避難する ・頑丈な建物がなければ、近くの水路やくぼみに身をふせて両腕で頭と首を守る ・橋や陸橋の下に行かない ・飛来物に注意する (気象庁のホームページから) 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた空から降る核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年4月1日]・・・東北のマンション被害300棟以上 津波被害は7棟 マンションの管理業者でつくる社団法人高層住宅管理業協会(東京)は1日、東日本大震災によって補修が必要なマンション建物の被害が東北地方で少なくとも300棟以上あるとの調査結果を発表した。 東北6県の1597のマンションの管理組合から被害状況を聞き取った。同協会によると、倒壊など建て替えが必要なほど深刻な被害はなかったが、壁の大きな亀裂など大規模補修の必要が27の管理組合で見つかった。タイルの落下など簡易な補修の必要な組合は276だった。 沿岸部のマンションは高台の立地が多く、津波による直接の被害は宮城県石巻市と多賀城市の7棟だけだった。1階が水没し、漂流物でバルコニーの一部が壊れるなどの被害が出たが、大きな損傷はなかった。同協会は「揺れによる被害は阪神大震災より軽微だった」と分析している。 [2011年4月1日]・・・国家公務員780人、被災地へ派遣 延べ1万700人 片山善博総務相は1日の閣僚懇談会で、中央省庁から被災自治体支援のため派遣された職員が3月28日現在、11省庁の780人、延べ約1万700人になったと報告した。最多は国交省の302人で、農水省162人、警察庁63人、財務省59人と続く。自衛官や全国の自治体職員は含まれていない。 業務は被災県・市町村支援のほか、国際原子力機関(IAEA)専門チームとの連絡業務(外務省)、戸籍審査(法務省)、放射能モニタリングや被曝(ひばく)医療関係の業務(文部科学省)など。 [2011年4月1日]・・・大津波起こした海底隆起5メートル 東北大が観測 東日本大震災の地震で、大津波を引き起こした海底の隆起が東北地方沖の海底で確認された。東北大の観測で5メートル隆起していたことが分かった。犠牲者2万人以上の明治三陸大津波(1896年)の2倍以上の隆起とみられ、巨大な津波を裏付ける結果だという。 観測したのは、東北大が牡鹿半島沖二百数十キロの日本海溝付近で設置していた水圧計。3月末に引き揚げてデータを分析したところ、水圧から推定される水深が、地震後に5メートル浅くなっており、この分隆起したことが分かった。 津波は、地震で海底が急に隆起や沈降して海水が動いて起きる。明治三陸大津波では2メートル隆起したと推定されている。 水圧計は、長期的な地殻変動の観測のために、今回の地震で最も海底の隆起が激しかったとみられる場所に偶然設置されていた。さらに大きく隆起した地点があるかも知れないという。 データ解析した東北大地震・噴火予知研究観測センターの日野亮太准教授は「隆起の勢いがすさまじかったからか、海から引き揚げた水圧計は泥だらけだった。今後、地上での地殻変動データなどとあわせて、この地震の正体に迫りたい」と話した。(長野剛) [2011年4月1日]・・・「高台に住居造り漁港へ通勤」 首相が復興構想表明 菅直人首相は1日、首相官邸で記者会見を開き、東日本大震災からの再生をめざし、有識者や被災地関係者による復興構想会議で街づくりの具体策を練る考えを表明した。月内に補正予算案を取りまとめて復旧事業に取り組み、超党派の体制づくりもめざす考えを示した。 首相は会見で、被災地の首長らとのやり取りを通じた街づくりのプランを紹介した。大津波の襲来を受けた三陸沿岸の再生策について「山を削って高台に住むところを置き、海岸沿いの水産業(会社)、漁港まで通勤する」「植物やバイオマスを使った地域暖房を完備したエコタウンをつくり、福祉都市としての性格も持たせる」と訴えた。 首相は「世界で一つのモデルになるような新たな街づくりをめざしたい」と語り、復興に向けた青写真を描くため、震災から1カ月となる今月11日までに有識者や被災地関係者による復興構想会議を発足させる考えを示した。 復興構想会議のテーマは街づくりのほか、被災地の国有化を含めた土地利用のあり方、復興財源の調達方法など幅広く議論する意向だ。会議で練った提案や計画を実行に移す体制づくりについて、首相は「与野党を超えた協力を推し進める」と語った。 高台に住宅を移す案は、首相が3月26日に電話で話した岩手県大船渡市の戸田公明市長から要望があった。戸田市長は低地の住宅跡地を市が買い取る意向も示していた。 民主党内でも、壊滅的な被害を受けた自治体について、集落の集団移転を支援したり、津波で水没した土地を国が買い上げたりする案が検討課題になっている。今後の復興策では、津波や地震に強い街をゼロから作り上げることが本格的に議論になりそうだ。 首相は会見で、当面の復旧事業について、被災地に残された膨大ながれき撤去のほか被災者の仮設住宅建設、雇用確保策などを取り上げた。その上で「今月中には第1次補正(予算案)の中身を固めて国会に提出したい」と述べた。 一方、首相は福島第一原発の事故について「長期戦も覚悟。(原子炉の)冷却機能をきちんと回復するところまでしっかりつなげていくことが一つの目標」と述べ、放射能漏れ対策では米国やフランスなどとの国際協力を重視していく姿勢を示した。 首相は原発事故の補償では、国も応分の負担をする考えを示し、東電のあり方について「基本的には民間事業者として頑張っていただきたい」と述べた。 2012年 05月 06日
[原発42年ぶり稼働ゼロ 泊3号機検査で全50基停止]
北海道電力泊原発3号機(北海道泊村、出力91.2万キロワット)が5日深夜、定期検査のため発電を止めた。これで国内の原発50基すべての発電が停止した。全原発が止まるのは1970年以来42年ぶりで、原発が国内の電力を担う「基幹電源」と位置づけられるようになってからは初めて。 北海道電力は5日午後5時から泊原発の発電出力を落とす作業を始め、午後11時3分に発電する電力がゼロになった。6日午前4時には核分裂が起きなくなり、原子炉が止まったと発表。7日には原子炉が冷えた冷温停止になる。 野田政権は原発の再稼働が必要だとして、関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の再稼働を目指している。しかし、関西の自治体が再稼働に慎重なこともあって地元の手続きに時間がかかっており、めどは立っていない。「原発稼働ゼロ」のまま、最も電力を使う夏を迎える可能性も出てきた。 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた空から降る核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年4月1日]・・・農漁業復興、国が全額負担 民主の特別立法原案 東日本大震災で打撃を受けた農林水産業を再生するため、民主党がまとめた特別立法の原案が判明した。被災した農地や林道、漁港の復旧や失業者への休業補償を支援するため、国が被災自治体を通じて費用の全額を負担する内容だ。 民主党政策調査会と衆参両院の委員会の筆頭理事らによる特別立法チーム(座長・中川正春衆院議員)が中心になって作成した。党復旧・復興検討委員会が近く提言。菅内閣は4月中にも関連法案を提出する。自民、公明など野党は震災復興に協力する姿勢を示しているうえ、農林水産業の支援に前向きで、今国会中に成立する公算は大きい。 東北地方は全国有数の農林水産業が盛んな地域だ。震災で田畑や林道、漁船など農林水産業を営む上で不可欠な「資産」を失った被災者は少なくない。 原案は、国が農地や灌漑(かんがい)施設、林道、港湾の復旧費用の全額を負担する方針を掲げる。大規模な津波に見舞われた農地から塩分を取り除く作業や、津波が運んだ土砂やがれきの除去作業、地滑り対策についても負担の対象とした。農林水産業の従事者は、田畑や漁港などが復旧するまで長期の失業が避けられず、引き続き農林水産資源の管理をすることを条件に「休業補償」する法案も提出する。 被害状況の把握が進まないなか、支援に必要な費用の総額を算定するのは簡単ではなく、財源確保の手段には言及していない。党がまとめた「東日本大震災復旧復興対策基本法案」の原案は特別消費税の創設や震災国債の発行を検討する方針を打ち出しているが、与野党に慎重論がある。福島第一原発の事故による農作物の被害や避難指示区域の農業従事者に対する支援・補償には触れておらず、今後の課題となる。 [2011年4月1日]・・・震災で内定取り消し120人 半数は東京の企業 厚労省 今月入社予定だった新卒者のうち、東日本大震災の影響により内定が取り消された人が、3月31日までに約20事業所で120人に上っていることがわかった。全国のハローワークに事業主から寄せられた取り消し通知を厚生労働省がまとめた。被災地を中心に通知が遅れている会社も多いと見られ、今後、大量の取り消しが表面化しそうだ。 内定を取り消された人が最も多いのは東京都内の事業所に入社予定だった63人。岩手県は24人、宮城県は13人、福島県が7人だった。入社時期を繰り下げるのは約40事業所で、対象者は約700人。半数以上が東京都内だ。 厚労省と文部科学省は経営者団体に、内定を取り消さないよう要請している。25日までに全国でハローワークに寄せられた採用に関する約300の相談のうち、ハローワークの指導で内定取り消しを撤回したのは35事業所あった。 こうした状況を受け、企業の側では東武鉄道グループ(東京)や「スギ薬局」を展開するスギホールディングス(愛知県安城市)、亀田製菓(新潟市)が内定を取り消された人を対象に正社員を募集するなど、支援の動きも出ている。 [2011年4月1日]・・・津波の中、響き続けた鐘の音 鳴らした消防団員、不明に 停電で鳴らなかったサイレンの代わりに、町に響いたのは半鐘の音だった。津波が防潮堤を越え、市街地に迫ってきても鳴りやまなかった。たたき続けた消防団員は行方不明のままだ。 岩手県大槌町で20年以上消防団員を続けていた越田冨士夫さん(57)は3月11日、自家用車で水門を閉めに向かい、その後、消防団の屯所に向かった。揺れから20分以上たち、屯所の消防車には、近くの消防団から「津波が来た」と無線が入っていた。 乗車していた団員は「早く乗って」と越田さんに叫んだ。消防車のサイレンの音で聞き取れなかったが、越田さんは腕を振っていた。「いいから、いけ」。腕はそう語っていた。 「カン、カン、カン」 団員たちが屯所を離れてしばらくたった頃、鐘の音が聞こえてきた。防災行政無線とサイレンの導入で、20年以上倉庫にしまったままの半鐘だった。屯所の火の見やぐらに設置されたサイレンは停電で鳴らなくなっていた。きっと、それを知った越田さんは、なんとか非常事態を住民に伝えようと、屯所の屋上から半鐘を鳴らしたんだろう。団員たちは、みなそう思った。 屯所から200メートルほど離れ、避難所になった神社にも、その音は届いていた。自転車で神社に向かっていた団員仲間の佐々木大一郎さん(67)は、屯所で越田さんの姿を見かけていた。なんとも悲しい音に聞こえたという。「長い間鳴っていた。今も頭から離れない」。越田さんの行方はわかっていない。(阿部朋美) [2011年4月1日]・・・避難渋滞、津波被害を拡大 促しても車降りる人少数 東日本大震災の地震の直後、被災各地で渋滞が起こり、車列ごと津波に流されていたことが、生存者らの証言で分かった。車による避難は渋滞を招いて被害を拡大させるという防災関係者の懸念が、車社会を襲った初の大津波災害で現実となった。 宮城県警によると、津波の被害の大きかった宮城県名取市では地震直後、海岸線に並行して延びる県道の渋滞が確認されている。 同市に隣接する仙台市若林区の渡辺静男さん(59)は、避難場所の小学校へ駆け足で向かう途中、信号の消えた県道交差点で車が立ち往生しているのを見た。警察官は車をたたいて避難を呼びかけたが、車を捨てて逃げる人の姿は見なかった。小学校に駆け込むと同時に津波が到来。校舎は3階まで水没し、車列が濁流に流されていたという。 同県石巻市や気仙沼市、岩手県釜石市でも、被災者が渋滞を目撃したり体験したりしている。 釜石市では、国土交通省の港湾事務所付近の国道が渋滞した。職員によると、同事務所の屋上に避難するよう、同僚が拡声機で車列に向かって叫んだが、応じた人は少数だったという。 知人の車で避難しようとした気仙沼市の渡部せつ子さん(82)は、渋滞中に濁流にのまれた。車ごと家に乗り上げ助かったが、「車から離れるなんて思い付かなかった」と語る。近所にある魚市場の高さ約10メートルの屋上に避難した約600人は津波の被害を免れた。 災害時の心理に詳しい東北大の邑本(むらもと)俊亮(としあき)教授は「緊急事態で人は正常な判断力を失い、最初の判断を変えづらくなる。渋滞に巻き込まれても、車を降りる決断は難しいだろう」と言う。 一方、福島県相馬市の佐藤勇一さん(61)は、車で命拾いした。住んでいた集落はほぼ壊滅。自宅から最も近い高台へは1キロ以上あり、「病気の妻と徒歩で逃げたら、間違いなく死んでいた」という。 震災では、宮城県だけで約14万6千台の自動車が津波で流された。邑本さんは「避難弱者に車を譲り、自力で逃げられる人は車に頼らないことで、被害は減らせるはず。そんな行動を促す社会教育が急務だ」と話す。(乗京真知、長野剛、荒海謙一) [2011年4月1日]・・・呼称は「東日本大震災」 菅内閣、閣議で決定 菅内閣は1日の持ち回り閣議で、3月11日の東北地方太平洋沖地震がもたらした災害の呼称を「東日本大震災」とすることを決めた。菅直人首相が1日夕の記者会見で発表した。 2012年 05月 05日
[がれき再利用のセメントなら入札優遇 国交省方針]
国土交通省は、建設業者が東日本大震災のがれきからできたセメントを使えば、公共工事の入札で優遇することにした。震災のがれきの再利用を促すためだ。セメントは被災地の復興事業などで道路や橋の材料として使う。来週にも詳細を決め、近く始める。 がれきセメントは、岩手県と青森県にある業者の工場で、がれきの木くずなどを燃やして取り出したセメント成分からつくられている。国交省は公共工事で優遇すれば、利用が増え、がれきの処理にも役立つと考えている。 国交省は自らが注文を出す工事のほとんどを優遇の対象にする。公共工事の契約をする場合、建設業者が示した入札額(建設費)と業者の技術力を総合評価して業者を選んでいる。工事でがれきセメントを使えば、技術力の評価点を上乗せする。 評価点の満点は130~200点で、がれきセメント利用では2点しか加わらないが、建設業者は「1点を争っていて、点数が上がるなら当然使う」(大手ゼネコン)。入札で使うと言いながら実際に使わなかったら、次の入札で不利になるペナルティーを科す。 [被災地に記録的豪雨 宮城、用水路で3歳児死亡] 東日本の太平洋側で降り続いた大雨は4日、被災地にも土砂崩れや浸水、道路の陥没などの被害をもたらした。気象庁によると、5日は大雨の心配はなくなるが、北海道や東北では引き続き河川の氾濫(はんらん)や高波に注意が必要という。 宮城県石巻市須江では4日午後8時20分ごろ、仮設住宅近くの用水路の底に同市蛇田の本城竜人君(3)が沈んでいるのを石巻署員が見つけた。病院に運ばれたが、死亡が確認された。石巻署によると、2日前から、この住宅に住む祖父(70)に預けられ、この日は1人で遊んでいたという。増水した水路でおぼれたとみられる。 岩手県では、山田町で4日昼までの24時間降水量が観測史上最大の345ミリを記録。大槌町や釜石市でも300ミリを超え、この3市町の計200世帯396人に避難勧告が出された。 山田町の仮設住宅団地では午前2時半ごろ、のり面が15メートルにわたって崩れた。土砂は団地の入り口を埋め、12世帯25人が集会所などに避難した。 崩れたのり面の上の住宅に住む会社員佐々木誠さん(62)は「まさか自宅裏が崩れているとは。津波で高台に避難してきたのに、こんな目に遭うなんて踏んだり蹴ったり」と話した。 宮城県栗原市では、市道が幅6.7メートル、長さ7メートルにわたって陥没。午前7時半ごろ通りかかった乗用車が深さ約5メートルの穴に落ち、運転していた男性会社員(26)が胸などに軽傷を負った。 また、気仙沼市では3日から4日にかけて、2カ所の仮設住宅で計約20戸が床下浸水した。3日午後9時ごろ、市職員が見回ったところ、一人暮らしの男性(53)が残っていたため、近くの小学校に避難させた。住宅そばの排水管に土砂がたまり、雨水があふれて敷地に流れ込んだという。 このほか北海道登別市では313ミリの24時間降水量を記録。関東から北海道にかけての広い範囲で24時間降水量が200ミリを超える地点が相次ぎ、5月としては記録的な大雨となった。5日夕までの24時間降水量は多いところで、北海道70ミリ、東北40ミリと予想されている。 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた空から降る核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年4月1日]・・・放射線量、10都県で平常より高いまま 微減傾向も 文部科学省は31日、大気や土壌などの放射能汚染について調査結果を発表した。自治体独自の調査も含め、大気中の放射線量は10都県で平常の最大値を上回った。福島県内は高い値だが、関東をはじめ、多くの地点で微減傾向が続いている。 31日午前0時から午前9時までの間、平常値より高かったのは、宮城、福島、山形、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、神奈川の10都県。 福島県内の土壌や雑草などから、放射性ヨウ素131やセシウム137の検出が続いているが、原子力安全委員会は「人体に影響のある値ではないが、推移を注視する必要がある」としている。 [2011年4月1日]・・・福島県産牛肉から基準超す放射性物質 再検査を検討 厚生労働省と福島県は31日、福島第一原発から約70キロ離れた同県天栄村産の牛1頭の牛肉(もも肉)から、国の基準(1キログラムあたり500ベクレル)の1.02倍の放射性セシウムが検出されたと発表した。同原発の事故後、食肉で基準値を超えたのは初めて。県と国は再検査を検討している。 県によると、この牛は14日に同県郡山市に運ばれ、15日に食肉処理された。14日の市内の大気中の放射線量が周辺と比べて高くなく、基準を超えたのが1頭の牛肉だけだったため、再検査を検討。食肉処理後に加工施設の冷蔵庫に保管され、出荷されていない。 県は県内産食肉14点(牛、豚、鶏)、原乳36点、魚2点(コイ、イワナ)を対象に30日に緊急検査をした。原乳や魚からは基準を超える値は出なかった。 [2011年4月1日]・・・福島第一、地下水も放射能汚染 限界値の1万倍のヨウ素 東京電力は31日、福島第一原子力発電所1号機の建屋近くにある地下水の排水設備の水から、原発敷地境界の法定限界値の約1万倍の濃度にあたる放射性ヨウ素131を検出した、と発表した。地下水の放射能汚染が確認されたのは初めて。 東電によると、30日午前に採取した同設備内の水からヨウ素131が1立方センチ当たり430ベクレル検出された。 この設備は、建物が地下水の浮力で動かないように、ポンプで地下水をくみ上げ、側溝に排水している。東電は地下水について、「タービン建屋などの高濃度の汚染水がしみ出したのではなく、放射能を含むちりが雨水でしみこんだと考えられる」と説明。地下水が敷地外に広がっている可能性は低いとみている。 また東電は、2号機の坑道(トレンチ)のたまり水から、通常の原子炉内の水の数万倍の濃度の放射性物質が検出されたと明らかにした。 [2011年4月1日]・・・経済界の節電目標「前年比25%減」 業界ごとに計画へ 経済産業省は31日、今夏に東京電力管内で予想される電力不足への対応策として、経済界が検討している自主的な節電計画について、ピーク時の電力需要を前年比25%減らすことを目標に業界団体や企業と調整する方針を明らかにした。 企業は節電で生産活動を縮小せざるをえず、日本経済にとって打撃は避けられない。ただ、節電が徹底できれば、生産計画を立てにくいと企業から批判が出ている計画停電の回避や縮小につながる。 東電は、今夏の供給能力を4650万キロワット、午後1~3時ごろのピーク需要は、節電効果を織り込んで5500万キロワットと予想。供給不足を需要の「約15%」の850万キロワット前後としている。これに対し、経産省は供給能力を4500万キロワットと堅めに見積もる一方、需要のピークも昨年並みなら6千万キロワットになるとし、需要の25%にあたる1500万キロワットの供給能力が足りなくなるとみている。 東電よりも厳しい予測を立てている背景には、需要が供給を瞬間でも上回ると起こる制御不能な「大規模停電」を確実に回避したいというねらいがある。 経産省は、経済界が自主的に作成する節電計画について、前年比で少なくとも25%減が達成できているかをチェックし、不十分な場合は計画の練り直しを求める方針だ。 日本経団連は、自動車や電機など、業界ごとに自主的な節電計画をつくることを決定。工場ごとに期間を区切って操業を止める「交代休業」や冷房の使用削減などが検討されている。経産省では、節電計画を評価する際には、大型の自家発電施設を持つ鉄鋼や、店舗を休業にしても冷蔵・冷房施設を動かす必要があるスーパーなど、個別の事情にも考慮する。 ただ、電力需要は、家庭用や零細業者など小口の電気契約者が4割を占めており、経済界の節電だけでは夏の計画停電は避けられそうにない。そのため経産省は、家庭での効果的な節電方法の啓発も強化する。政府は4月末までに、総合的な電力需給対策をまとめる方針だ。(小暮哲夫) [2011年4月1日]・・・原発避難指示圏内に100人超 「政府は実態知って」 政府が福島第一原発(福島県大熊町、双葉町)の半径20キロ圏内に避難指示を出してから20日、屋内退避をしていた20~30キロ圏内の住民に自主避難を要請してから1週間がたった。 朝日新聞が3月31日、対象となる福島県内の12市町村に尋ねたところ、避難指示圏内に100人以上が残っていることがわかった。同25日に自主避難を要請された屋内退避圏内でも、2万人以上が暮らしている。 避難指示、自主避難要請の双方の地域を含む南相馬市。「避難要請地域だけでも2万人以上いるとみられるが、出入りが多くて把握しきれない」(担当者)という状態だ。指示や要請が徹底しない背景には、継続的に調べている市内の大気中の放射線量が、圏外の測定地点より低いこともあるようだ。 「放射線量は原発から遠い福島市の方が一貫して高い。政府は20キロで線引きしている根拠を示してほしい」と、ある市職員は言う。災害対策本部のある原町区は原発から約25キロ。「屋内退避をしていたら何の仕事もできません」と市内を駆け回る。 「政府首脳は東京にいて、地元の実態を知らずに発言している。福島に来てほしい」。町全域が避難指示圏内に入っている富岡町の担当者は、避難指示の長期化に憤る。 指示に従い、町では、町内に残っている人には自衛隊を通じて避難の説得を続けている。一時は家畜の世話を続けている3人に減ったが、31日に新たに15人がいるとの情報が入った。 避難所では「もう生活できない」と、泣きながら帰宅したいと訴える町民がいる。突然の避難指示で、手持ちの現金が底を突く人も出てきた。 町付近の放射線量は減っている。担当者は「長期化が避けられないのであれば、一度だけでも帰したい。時間を制限すれば可能ではないか」と柔軟な対応を求める。 全域に避難指示が出されている楢葉町では、10世帯16人が説得を拒み続けている。町によると、大半が高齢者。自宅を訪れた自衛隊員に「放射能で影響が出てもここにいる」と訴える人もいるという。 町は、とどまっている人たちの要望を聞き、毎日、食料品や市販薬を届ける。担当者は「生活必需品がなくなっており、あくまで住民の命を守るため」と話す。 こうした状況を受け、県は3月30日、避難指示圏内を災害対策基本法に基づく警戒区域に指定するよう国に要望した。国も検討に入り、20キロ圏内の詳しい放射線量調査を始めている。警戒区域に指定すれば、区域に向かう道路を封鎖することができる。違反者には罰則が科せられる。(小林誠一) [2011年4月1日]・・・震災孤児へ寄宿舎つき小中一貫校 文科省と岩手県構想 岩手県と文部科学省が、東日本大震災で身寄りをなくした児童生徒のために、寄宿舎つきの公立小中一貫校を同県内につくる構想を検討している。 文科省の鈴木寛副大臣が視察で3月27、28日に岩手県を訪れた際、達増拓也・同県知事や法貴敬(ほうき・たかし)県教育長から要望があり、鈴木副大臣が「ぜひ必要ですね」と即答。具体的な検討に入ることが決まったという。 津波の被害が大きかった沿岸部を中心に2、3校をつくりたい考えだ。県立や複数の市町村合同で設立する形を想定している。 ただ、震災孤児の人数は国も県も把握できていない。親戚宅に身を寄せている子もいるとみられる。具体的な学校の形式や数、規模は、ニーズに応じて考える。寄宿舎だけを造り、そこから既存の小中学校に通う形もありうるという。 新しい学校の完成までは同県滝沢村の「国立岩手山青少年交流の家」に孤児たちを集め、寄宿舎代わりとすることも検討中という。 県によると、県内の児童養護施設は内陸に集中。沿岸部には大船渡市に民間の施設が1カ所あるだけで、地震前にはほとんど空きがなかったという。 鈴木副大臣は「既存の児童養護施設の役割は否定しない」としつつ、未曽有の災害が起きたことを踏まえ「同じ地域の孤児たちが同じ場所で暮らし、学習できる新たな選択肢を示す必要がある。地域との縁や友達との絆が切れないようにしたい」と強調した。 県教委は「地元の人に囲まれてふるさとで育つのが、子どものためにも地域のためにもいい」と構想の趣旨を説明している。 文科省は、宮城、福島など他の被災自治体から同様の相談があれば検討を進めるという。(青池学、疋田多揚) [2011年4月1日]・・・家屋失った被災者にまず100万円支給へ 5月から 菅政権は31日、東日本大震災の津波で家を失った被災世帯に対し、一律100万円の一時金を支給する方針を固めた。被災者生活再建支援法に基づく支援金の一部を前倒しして支給する。4月中に国会提出する2011年度第1次補正予算案に必要額を計上し、5月から順次支給する予定。 被災者生活支援特別対策本部(本部長・松本龍防災相)が決めた。避難所から仮設住宅への入居が本格化するのを控え出費が必要になることから、早期の資金援助が不可欠と判断した。 支援法は家屋の損壊程度に応じて50万~300万円の支援金を支給するとしている。今回の津波の被災地域では大半の家屋が全壊しているため、菅政権は支援法の枠組みを適用する。一時金を差し引いた残りの支援金は後日支給する方針。 警察庁のまとめでは、東日本大震災の建築物への被害は31日現在で全壊が約1万7千戸だが全容を把握できておらず、最終的には大きく上回る見通しだ。 [2011年4月1日]・・・地下水の放射能汚染、監視強化へ 法定の1万倍検出うけ 福島第一原子力発電所1号機の地下水の排水から高濃度の放射性物質が検出された問題で、枝野幸男官房長官は「海水や周辺地域に対する影響について、しっかりとモニタリングしていかなければならない」と述べ、監視を強化する考えを示した。今回の事故で地下水の放射能汚染が確認されたのは初めて。周辺海域の環境の監視が課題になっている。 汚染が見つかったのは地下水を地下15メートル付近からポンプでくみあげ側溝に排水する施設。30日午前に採った水からヨウ素131を1立方センチ当たり430ベクレル検出した。原発敷地境界の法定限界値の1万倍に当たる。 東電によると、ポンプは地震で停止しており排水溝から直接海には流れていない。今見つかっている海水の汚染とは「関連性は薄い」という。 敷地内ではコンクリート製の地下坑道に高濃度の放射能による汚染水が見つかり、原子炉などから漏れ出した水が流れ込んだ可能性が指摘されている。地下水の汚染が見つかったことで地下内部まで汚染されていることがはっきりした。同原発には、ほかにも地下につながる経路があり得るため警戒が必要になる。 検出された物質の種類や数値について東電が再評価しているが、地下水からの検出という事実は揺るがない見込みだという。 東電はタービン建屋の地下などで見つかった汚染水との関係も「否定できない」とするが、周囲に飛び散った放射能が雨水でしみ込んだ可能性も挙げる。 第一原発付近の海では基準の4385倍と高い濃度の放射性ヨウ素131が検出されている。東電はすでに調査地点を増やすことを決めている。 文部科学省も第一原発の約30キロ沖合まで、観測地点を増やし表層や海底付近の海水の調査を続けている。23日には30キロ地点の表層から基準の約2倍の放射性ヨウ素131を検出。30日午後に約10キロ地点でも約2倍の値を認めた。本来見つからないことが多い海底付近からも4分の1の値を検出している。 国の原子力安全委員会は31日、海の放射能汚染について「人間が口にするまでには相当薄まると考えられるが、いつまでも出し続けていい物質ではない」との見解を示した。 2012年 05月 04日
[九電、時間別料金試行へ ピーク時の節電狙い]
九州電力が一般家庭を対象に、電気の使用量が増えるピーク時の節電を促す「時間別料金」の実証試験を始める。電気料金は基本的にどの時間に使っても同額だが、ピーク時を高くする代わりに、それ以外の時間帯を安くして、節電の取り組み次第で料金がより安くなるようにする。電力10社では初めての試みだ。 夏の電力需要のピークは、気温が上がって冷房の利用が急増する午後1時~4時。原発の運転を再開するめどが立たないなか、ピーク時の需要をどう抑えるかが課題になっている。 実証試験の料金案では、1キロワット時の基準料金を20円に設定。ピーク時は2.5倍の50円とする代わり、午後10時~翌午前8時は6割引きの8円とする。需給が厳しい場合は電子メールなどで連絡し、ピーク時の料金を6倍の120円に上げ、それ以外の時間帯の割引幅を拡充する。 [復興、土が足りない 価格上昇、がれき活用も検討] 東日本大震災の復旧・復興事業で、土不足が心配されている。岩手、宮城、福島3県で少なくとも4千万立方メートル(東京ドーム32杯分)が必要と見込まれ、需要増で土の値段が上昇。国や自治体は、代わりにがれきの活用も検討し始めた。 被災地では津波対策として、沿岸市街地で地盤のかさ上げ事業が進められている。国土交通省によると、3県の7市町19地区で数メートルをかさ上げして区画整理する予定だ。仙台市や気仙沼市で計画がある宮城県の担当者は「(土は)2千万立方メートルは必要ではないか」と見込む。岩手、福島両県はこれから算定を進める。 国と3県によると、防潮堤のかさ上げ事業では1540万立方メートルが必要と推計される。津波で損壊した防潮堤は約190キロメートルで、震災前より高い十数メートルに引き上げる計画もある。仙台市や宮城県石巻市などでは、津波への多重防御策として道路のかさ上げが計画され、最大500万立方メートルが必要という。 [気仙沼の漁船、奄美・喜界島に漂着 直線で1600キロ] 鹿児島県奄美群島の喜界島(きかいじま)で2日午後6時45分ごろ、「漂着している船がある」と地元漁協から奄美海上保安部(奄美市)に通報があった。登録番号から宮城県気仙沼市の男性(64)が所有する漁船と判明。男性は「陸揚げしていた船が東日本大震災の津波で流された。島で活用してほしい」と話しているという。 海保によると、船は長さ5.16メートル、幅1.3メートルの繊維強化プラスチック製で、0.4トン。奄美から気仙沼は、直線距離で約1600キロ離れている。 通報の1時間ほど前、喜界島の東シナ海側の防波堤先の浅瀬で船底を上にした状態で漂着していたのを、通りがかった上園田健(かみそのだ・たけし)さん(26)が見つけた。「被災地から外国に漂着した物もあると聞いていたので、もしかしてと思った」と上園田さん。宮城県を示す「MG」で始まる登録番号が書かれてあり、漁協や町職員ら5、6人で船を起こし、流されない場所に移した。 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた空から降る核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年4月1日]・・・福島―停電・入浴・廃車など ライフライン情報31日 ■停電 ●東北電力 31日午前10時現在、相双営業所管内3万5480戸といわき営業所管内1464戸の計3万6944戸で停電が続く。このうち相双の3万2453戸といわきの25戸は立ち入り制限が解除されるなどすれば復旧作業に取りかかる。 ■入浴 ●高湯温泉 6カ所で再開した日帰り入浴の時間、料金などは次の通り。 共同浴場あったか湯(024・591・1125) 9時~21時(受け付けは20時半まで)、大人250円、小人120円、木曜日定休▽花月ハイランドホテル(024・591・1115) 5時~23時、大人600円、小人300円、当面無休▽旅館玉子湯(024・591・1171) 9時~16時(受け付けは15時まで)、大人700円、小人400円、当面無休▽安達屋旅館(024・591・1155) 10時~17時(受け付けは16時まで)、大人500円、小人300円、火、金曜日は清掃日で入浴は14時~17時▽のんびり館(024・592・1126) 10時~18時(受け付けは17時まで)、大人500円、小人300円、火曜日定休▽信夫温泉のんびり館(024・591・1212) 10時~17時(受け付けは16時まで)、大人700円、小人350円、当面無休 ■各種相談 ●兵庫県司法書士会 すべての被災者を対象にした電話による無料法律相談(0120・319・052)を受け付け中。平日の13時~16時。土地・建物、相続、会社・法人、労働問題、高齢者や障害者の権利、財産管理など。 ●日本産業カウンセラー協会 被災者および家族、関係者を対象に不安やストレスなどに対応する無料電話相談窓口を4月1日に開設(0120・216633、13時~20時)。協会所属の産業カウンセラーが対応。通話料・相談料とも無料。半年程度続ける。期間中は無休。相談内容によっては専門機関を紹介する。 ●福島商工会議所 福島市のコラッセふくしま2階の商議所中小企業相談所分室に東日本大震災災害特別相談室(024・536・3900と024・536・5511)を設置。金融、税務、その他経営全般について相談に応じる。 ●県弁護士会 東日本大震災の無料電話相談を開設。14時~16時。024・534・1211、024・925・6511、0242・27・2522 電話がつながりにくい場合は日本弁護士連合会などが主催するフリーダイヤル(0120・366・556)の電話相談(平日の10時~15時)の利用を。 ■廃車手続き ●県自動車リサイクル協同組合いわき支部 津波などの被害で使えなくなった車を無料で引き取り、無料で廃車手続きをしている。車検証などで所有者を確認し、実施するが、車が置かれている状況などで引き取り困難な場合もあるという。 同支部によると、これまで約100件の問い合わせがあり、約70台を処理した。問い合わせは同支部がある自動車解体業・キャレック(0120・081・170)へ。 [2011年4月1日]・・・宮城―ガス・水道・学校など ライフライン情報31日 ■ガス 仙台市ガス局と塩釜ガスの供給再開の予定は以下の通り。ただし、地区の一部に限られる場合や変更される場合もある。ガスの開栓には立ち会いが必要。問い合わせは、仙台市ガス局(0800・800・8977)、塩釜ガス(0120・519112)。 仙台市ガス局 1日=【青葉区】旭ケ丘1~3丁目▽台原森林公園▽小松島新堤▽小松島2~4丁目▽台原5・7丁目【太白区】南大野田▽富沢中河原▽富沢南1~2丁目【泉区】明通1丁目▽北高森▽高森1~8丁目▽七北田字八乙女・杉ノ田▽八乙女1~4丁目▽八乙女中央1~5丁目▽南光台1丁目▽上谷刈1~6丁目▽上谷刈字小堤・橋元・向原・赤坂・長命・羽黒山▽みずほ台▽加茂1~5丁目▽古内畑沢【名取市】愛の杜1~2丁目▽飯野坂7丁目▽小山1~3丁目▽田高字南・原▽手倉田字八幡・堰根・山▽大手町1~6丁目▽名取が丘1~6丁目▽箱塚1~2丁目▽愛島笠島字東台・東小泉・西小泉・野田▽愛島塩手字野田山・前野田 塩釜ガス 2日=青葉ケ丘▽越の浦2丁目▽松陽台1~3丁目▽庚塚▽藤倉3丁目▽楓町1~2丁目▽梅の宮▽長沢町 ■水道 仙台市水道局は、3月分の上下水道の基本料金を減免する(3月10日以前に使用をやめた家庭を除く)。口径13ミリの一般家庭で1347円の支払いが減免される。青葉・泉区の問い合わせは北料金センター(022・371・8831)、他区は南料金センター(022・304・0022)。 ■電気 東北電力は31日、県内の停電地域の4月末までの復旧見通しを明らかにした。地域によっては復旧が一部に限られ、遅れることもある。 【10日まで】気仙沼市=東八幡前、東中才、西中才、唐桑町只越、御崎など▽石巻市=牡鹿町鮎川浜、築山、大街道南、南中里、東中里、駅前北通り、大橋、住吉町、元倉、鹿妻北、鹿妻南目、渡波、流留▽東松島市=大曲、門脇、新舘▽仙台市=宮城野区中野【20日まで】南三陸町入谷▽多賀城市宮内【30日まで】七ケ浜町=花渕浜、東宮浜▽仙台市宮城野区岡田 ■学校 県教委は1日「被災者教育相談フリーダイヤル」を開設する。学校の転出入、就学など事務手続きの相談を受け付ける。小中学校0120・933・637、高校0120・977・637。午前9時~午後8時。休日も応じる。 [2011年4月1日]・・・宮城―交通・就職支援など ライフライン情報31日 ■交通 JR仙石線あおば通―小鶴新田間の開通に伴い、1日から本塩釜―小鶴新田間の臨時バスが運行する。また、JR東北線岩沼―仙台間が2日に開通するのに伴い、仙南地域への臨時バス乗り場が仙台駅(または長町駅)から岩沼駅に変わる。岩沼―仙台間、亘理―仙台間の2路線は1日で終了する。 2日からの新路線は次の通り。白石(城下広場)―岩沼(駅西口)▽山元(役場)―岩沼(駅東口)▽大河原(駅前)―岩沼(駅西口)。問い合わせは、宮城交通(022・771・5310)。 運休している仙台空港アクセス線では、名取―美田園間で2日から代行バスが運行を始める。1日32往復。名取―仙台空港間も朝夕に各1往復する。問い合わせは、仙台空港鉄道(022・707・2235)。 ■運転免許 すべての業務を止めていた県、古川、仙南の各運転免許センターが3日、運転免許証の再交付を再開する。4日からは学科試験も再開する。 再交付業務は土曜・祝日を除く午前8時半~午後3時、学科試験は土曜・日曜・祝日を除く午前8時半~午前9時半に受け付ける。問い合わせは県運転免許センター(022・373・3601)、古川同(0229・22・8010)、仙南同(0224・53・0110)。 ■法律相談 仙台弁護士会は、県内被災者を対象に法律相談電話(0120・216・151、平日午前10時~午後4時)を設けている。面談希望者は仙台弁護士会館(仙台市青葉区一番町2の9の18、022・223・2383、平日午前10時~午後3時)。気仙沼地域では、三陸海岸法律相談センター(気仙沼市古町3丁目2の37、平日午前10時~午後5時)で面談、電話相談(0226・22・8222)も受け付ける。 ■消息情報 【検索】県のホームページ(http://www.pref.miyagi.jp/)から、県内外の被災者の消息情報を検索できるグーグルのページに入れる。 【避難所・避難者リスト】県のホームページに掲載。また、県内の避難者について、午前9時~午後9時に電話(022・211・3430)で照会に応じる。 【犠牲者名、身元不明者の特徴など】県警のホームページ(http://www.police.pref.miyagi.jp/)に掲載。 【行方不明者の相談ダイヤル】県警は4月1日から、受付時間を24時間対応から午前9時~午後7時に短縮する。名称も「身元不明ご遺体に関する相談窓口」にする。番号は従来と同じ(022・221・2000)。 ■就職支援 就職支援のヒューレックスは、仙台市青葉区中央1の3の1アエル17階の本社で、震災で内定を取り消された新卒者への支援を無料で始めた。電話番号は022・723・1770。 [2011年4月1日]・・・茨城―給水・臨時バスなど ライフライン情報31日 ◆避難者 73カ所の避難所に1752人。うち1004人は福島などからの避難者(31日午前9時現在、県まとめ)。 ◆水道 一部断水は7市で約3万戸(30日午後6時現在、県まとめ)。 鹿嶋市の給水は市役所、鹿島アントラーズクラブハウス、平井小学、平井中学、鉢形まちづくりセンターで午前7時~午後9時。 潮来市の給水は日の出中、田の森浄水場、市シルバー人材センターで午前8時~午後6時。 神栖市の給水は市役所東側駐車場、太田新町、波崎総合支所、うずも、大野原、平泉の各コミュニティーセンター、奥野谷公民館駐車場、息栖・まつさか食堂駐車場、掘割一丁目旧西部ストア跡で午前8時~午後4時。波崎灯台跡公園、明神小学校で午後1時~同5時。 行方市は麻生、北浦、玉造庁舎で午前9時~日没。 ◆医療 県の救急医療情報システムが24時間対応で診察可能医療機関を案内(029・241・4199)。日本産婦人科医会がお産や妊婦の健診が可能な診療所を案内(03・3269・4786)。 ◆鉄道 真岡鉄道真岡線が1日から下館駅―茂木駅間の全線で運行再開。朝夕を中心に通常の五割程度で、SLの運行は当面見合わせ。 ◆臨時バス 関鉄観光バスが水戸線沿いの友部駅北口―下館駅北口―小山駅東口間で運行中。約1時間間隔。友部、下館、小山駅以外は駅近くの国道50号など大通りで乗降。問い合わせは本社営業センター(029・822・3727)。 ◆心のケア 県内4カ所の避難所で1日、臨床心理士が被災した児童や生徒の「心のケア」を行う。場所は、日立市の鳩が丘スポーツセンター、水戸市の少年自然の家、土浦市の霞ケ浦総合運動公園体育館(いずれも午前9時半~同11時半)、つくば市の洞峰公園体育館(午後1時半~同3時半)。小中高の児童や生徒、保護者が対象。 ◆宿泊施設 県ホテル旅館組合は低価格の宿泊料金プランを始めた。住宅が損壊するなどした被災者が対象。宿泊料は1人9千円から4千円以下まで。県ホテル旅館組合(029・225・2291)がホテルや旅館を紹介中。 ◆津波被害 津波で海水につかった車は、外見上問題がなさそうでも、電気系統のショートなどによって火災が起きる可能性がある。関東運輸局は、自分でエンジンをかけず、販売店や整備工場に相談することや、車を使わない間は、バッテリーのマイナス側配線を外すことを呼びかけている。 ◆各種相談 総務省茨城行政評価事務所の被災者の行政支援「震災専用フリーダイヤル」(0120・188・571、午前8時半~午後5時15分)。 県の総合相談窓口(029・301・5974または5975、平日午後5時~翌朝9時と土日祝日)。(029・301・4000、平日午前9時~午後5時)。 2012年 05月 03日
[避難者に郵便物届かない? 転送1年限り、被災地の不安]
東日本大震災で避難した人たちに、郵便物が届かなくなるケースが出始めている。被災者の間に転送サービスに期限があることが浸透していないためだ。役所から書類が届かなくなると人口流出が進むのではないかと、被災自治体からは不安の声も上がる。 4月下旬、宮城県南三陸町から家族4人で埼玉県春日部市に避難している菅原実さん(56)に、役場の知り合いから電話があった。 「郵便の転送サービスが1年で切れるって知ってましたか」 「いや、全然知らね」 郵便局で転送を申し込んだのは昨年5月初旬。慌てて郵便局に出向き、延長の手続きをした。震災前はすし店を営んでいた菅原さんは「また町で店をやるつもり。土地買い取りの書類とか、どんな情報でも届かなくなったら困る」と話す。 [いわきに泊まったら最大1万円 市が観光客に補助] 東京電力福島第一原発事故の風評被害で観光客が減っている福島県いわき市は、県外からの観光客に最大1万円を補助する制度を始める。「いわきに来てくんちぇキャンペーン」と題し、「まずは来てみて」と呼びかけている。 県外からいわき市を訪れる観光客数は、東日本大震災前のわずか1~2割とみられる。そこで市は、県外からの宿泊客には1万円、市内での飲食を伴う日帰り旅行には5千円をそれぞれ上限に、旅行代金の50%が割り引かれるようにして差額を旅行会社に払う。パック旅行や職場などの団体旅行が対象。旅行会社には客1人あたり500円の「紹介料」も支払う。 市は、夏休みの時期の旅行を想定し、今月21日から旅行会社のプランを募集する。今年度、この補助で1万人の宿泊客増をめざし、日帰り分とあわせて約1億1500万円の予算を用意。国からの復興基金を財源に充てる。市の担当者は「1万円といえば、中堅クラスの温泉旅館の宿代に相当する金額です」とPRしている。 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた空から降る核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年3月31日]・・・なぜ女川原発は無事だった 津波の高さは福島と同程度 東日本大震災の際、東北電力の女川原子力発電所(宮城県女川町、石巻市)も、東京電力福島第一原発と同じクラスの津波に襲われたが、福島第一のような大きな被害はなく、危機的な状況に陥ることはなかった。その違いは何だったのか。 福島第一原発から北に約120キロ離れた太平洋岸にあり、三つの原子炉が並ぶ女川原発。福島第一原発を襲った津波は高さ14メートルを超えたが、女川町を襲った津波は17メートルクラスだったとする調査結果が出ている。津波で、女川原発の1~3号機のうち、2号機の原子炉建屋の地下3階が浸水したが、原子炉を冷やすために不可欠な電源が失われることはなかった。 女川原発の安全審査で想定した津波の高さは最大9.1メートル。想定を大きく上回ったのは、福島第一原発と同じだ。それにもかかわらず、被害が小さかった理由について、東北電力は「詳しい経緯は今後の調査を待たなければならないが、余裕を持った造りが大きかったと考えられる」と指摘した。 「余裕」が最も表れているのは、原子炉建屋の海面からの高さだ。同原発の主要施設の標高は14.8メートルあり、10メートル前後だった福島第一より高い。女川原発は2号機の熱交換器室が浸水の影響で使えなくなった1系統を除き、非常用電源が正常に稼働した。施設の位置の高さが津波の被害を防いだ可能性があるという。 また、女川原発では、福島第一原発とは違い、外部電源が失われなかったことも大きかった。東北電力によると、女川原発につながる2系統の送電幹線のうち、片方は地震の影響で止まったものの、もう一つは電気を送り続けた。同原発1号機は変圧器の故障でこの外部電源が使えなくなったが、2、3号機では維持された。福島第一原発で外部電源が喪失したことについて、東電側は「送電鉄塔が地震で倒れたため」と説明している。 ただ、津波対策として原発を海面からより高く建設することは容易でないという。原発は大量の冷却水を必要とするため、海水面近くに造らなければならない。核燃料や運搬時に燃料を包むキャスクなど、何トンもの重量がある荷物は船で敷地内に運び込まれることが多く、建屋の標高が高くなれば、作業がそれだけ困難になるという面もある。 宮崎慶次・大阪大名誉教授(原子炉工学)は「原発は、硬い岩盤の上に建設することが不可欠だ。国内でも、原子炉建屋の高さがまちまちなのは、適した岩盤の位置によるという事情がある」と話している。(中井大助) [2011年3月31日]・・・飯舘村で高放射線、長期間なら避難指示も 枝野長官 枝野幸男官房長官は31日午前の記者会見で、福島県飯舘村で長期間、高い値の放射性物質が検出され続けた場合などは避難指示を出すこともあり得るとの認識を示した。「直ちにそういった(指示を出す)ことではない性質のものだが、必要があれば対応したい」と述べた。 飯舘村は福島第一原発から北西に約40キロ離れ、原発から20キロ圏内の避難地域に入っていない。枝野氏は同村でのモニタリングを強化する考えを示し、「土壌の放射線値が高いということは、蓄積していけば、長期的には(健康に)影響を与える可能性はある」と語った。 [2011年3月31日]・・・3警察署使用不能、55交番が全壊・流失 警察庁まとめ 東日本大震災による警察施設の被害状況について警察庁の安藤隆春長官は31日の定例記者会見で、宮城、福島両警察本部と警察署40カ所、分庁舎4カ所、交番・駐在所108カ所などが被害を受けたと明らかにした。津波などによる全壊や流失は55カ所の交番・駐在所。岩手県の釜石、宮城県の気仙沼、南三陸の計3署は浸水のため使えない。福島県では、福島第一原発の事故の影響で、双葉警察署や駐在所5カ所などが立ち入れない状態。3県でパトカーなど車67台が水没などし、警察用船舶2隻が損傷、1隻が所在不明になっている。 3県警の警察官は、津波発生直後にパトカーで警戒出動に出て津波に巻き込まれるなどして17人が殉職。13人が行方不明になっている。 [2011年3月31日]・・・死者1万1438人、不明1万6541人 31日15時 警察庁によると、31日午後3時現在の死者数は12都道県で1万1438人に上った。行方不明は6県で1万6541人。負傷者は18都道県で2873人。 確認されている死者数は宮城6959人、岩手3370人、福島1049人、茨城22人、千葉17人、東京7人、栃木と神奈川で各4人、青森3人、北海道、山形、群馬で各1人。 行方不明となっているのは宮城7177人、福島4798人、岩手4562人、千葉2人、青森、茨城各1人。 建物被害は全壊1万6854戸、流失2165戸、全半焼146戸など。道路損壊は2126カ所に上る。 また同日午前10時現在、福島、宮城、岩手の3県で、身元が確認された遺体は9032人で、このうち8720人は遺族らに引き渡された。 [2011年3月31日]・・・避難者、計17万2415人〈31日午後3時〉 警察庁のまとめでは、31日午後3時現在の避難者数は17都県で計17万2415人だった。 内訳は宮城7万3281人、岩手4万3272人、福島2万9762人、新潟7145人、群馬3223人、埼玉3196人、山形2695人、栃木2098人、茨城1752人、千葉1279人、東京1037人、山梨957人、静岡682人、長野652人、秋田603人、神奈川519人、青森262人。 [2011年3月31日]・・・避難者、計17万2415人〈31日午後3時〉 警察庁のまとめでは、31日午後3時現在の避難者数は17都県で計17万2415人だった。 内訳は宮城7万3281人、岩手4万3272人、福島2万9762人、新潟7145人、群馬3223人、埼玉3196人、山形2695人、栃木2098人、茨城1752人、千葉1279人、東京1037人、山梨957人、静岡682人、長野652人、秋田603人、神奈川519人、青森262人。 [2011年3月31日]・・・岩手県が仮設住宅の必要戸数を1万戸加算 地元志向強く 岩手県は31日、被災者向けに必要な仮設住宅の戸数が1万8千戸になると明らかにした。約1万戸増やした。故郷に残りたいとの被災者の意向が強く、沿岸部には公営住宅や民間賃貸住宅の空き室が少ないことが理由という。 ただ、沿岸部には仮設住宅の建設に適した平地が少なく、県が確保できた用地は5千戸分にとどまっている。 国土交通省によると、各県が必要としている仮設住宅は宮城1万戸、福島1万4千戸、千葉230戸、長野40戸、栃木20戸で計4万2290戸。被災者が多い宮城県でも今後、被災者の意向によっては必要戸数が大幅に増えるとみられ、阪神大震災の4万8千戸を上回るとみられる。国交省は2カ月で3万戸の供給を目標としているが、それ以降の目標は未定という。 [2011年3月31日]・・・23駅舎、線路22キロが津波で被害 JR東 JR東日本は31日、東日本大震災による津波で、太平洋沿岸を走る7路線23駅の駅舎や総延長22キロ分の線路が流失したり土砂に埋まったりする被害を受けたと発表した。原発事故の影響などで点検が済んでいない区間もあり、被害はさらに増える見通しだ。 被害があったのは、八戸、山田、大船渡、気仙沼、石巻、仙石、常磐の各線の青森県から福島県にかけての沿岸区間。 JR東によると、駅舎の流失が最も多かったのは気仙沼線(前谷地―気仙沼)で9駅。大船渡線(気仙沼―盛)は6駅、山田線(宮古―釜石)4駅、常磐線(いわき―亘理)3駅、石巻線では女川駅が流された。 線路の被害は7路線で680カ所に及び、うち18カ所計22キロで線路が流されたり埋まったりした。橋桁の流失も7カ所あった。 点検が終わった線路は30日現在でこの区間全体の半分にとどまっており、大船渡線や仙石線は10~20%しか終わっていない。点検が終わるめどは立っておらず、JR東は「被害箇所に再び線路を敷けるかどうかも含めて検討中」としている。 [2011年3月31日]・・・オバマ米大統領が天皇陛下に震災お見舞いの手紙 在日米大使館は31日、オバマ米大統領が東日本大震災を受け、天皇陛下にあてて送ったお見舞いの手紙の内容を公表した。手紙は24日付で、大統領は「米国は友人、パートナー、同盟国として日本の人々に確固たる支援を続けていきます」としている。 大統領は手紙で「全ての米国民の思いである深い同情の念」を伝えた上で、「私たちの祈りは日本のみなさんと共にあります」と表明。危機への対応で「日本国民が見せた勇気、強さ、決意を、全ての米国民を代表して心からたたえます」などとした。 2012年 05月 02日
[福島特産のノリ、復活へ一歩 がれき撤去した種場に移す]
東日本大震災の被災地、福島県相馬市の松川浦で1日、昨年秋から育ててきた青ノリの網を、「種場」と呼ばれる浅瀬の砂場に移す作業があった。津波で打撃を受けた養殖の再開に向けた準備で、来年春には、特産のノリを収穫できる見通しという。 この日は地元の漁師20人が早朝から舟を出し、10センチほどに育ったノリの網を養殖場から引き揚げ、種場に移した。種場は潮の流れが少ない浅瀬で、網にノリの胞子を付着させる場所。津波で松川浦全体に大量のがれきや土砂が流れ込んだが、昨年夏から漁師たちが撤去作業を進め、ノリの種を育ててきた。 50年以上ノリの養殖に携わってきた菊地寛さん(66)は「うまいノリの収穫に一歩近づいた」と喜んだ。(木原貴之) [県外避難の生徒、寄り添う先生 福島の併任教諭、埼玉に] 東京電力福島第一原発事故の影響で、福島県から外に避難している小中学生たち。慣れない土地での暮らしが長引くなか、児童・生徒に寄り添って、避難先の学校で教え続ける福島県の教師たちがいる。 福島県双葉町の住民たちが役場ごと集団避難している埼玉県加須市。市立騎西中学校教諭の堀本晋一郎さん(51)の名刺の裏には震災当時のままの肩書が印刷されている。 「町立双葉中学校教頭」 この1年、騎西中で数学を教える一方、「教頭」として全国に散らばった同僚教諭や保護者と連絡をとりあい、生徒の安否確認や進路指導を続けてきた。「幸い、震災の犠牲になった生徒はいなかったが、当初は避難生活のストレスによる不登校なども心配した」 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた空から降る核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年3月30日]・・・原発20キロ圏内の強制退去 枝野氏「検討している」 枝野幸男官房長官は30日夕の記者会見で、東京電力福島第一原子力発電所から20キロ圏内を強制的に立ち入り禁止にできる警戒区域にするよう福島県が要望していることについて、圏内に立ち入る人が後を絶たない現状を踏まえて「検討している状況だ」と述べた。 警戒区域は災害対策基本法に基づく措置で、市町村長が強制的に住民らの立ち入りを禁じたり、退去を命じたりできるようになる。20キロ圏内は現在、政府が原子力災害対策特別措置法に基づく避難指示を出しているが、強制力はない。 枝野氏は20キロ圏内の放射線量について「強制的に中に入るのを止める措置をとるかどうかの参考になる」と語り、調査結果をみながら警戒区域に指定するか慎重に判断する考えを示した。 [2011年3月30日]・・・津波被災の宮城・南三陸町が安否調査着手 中学生も協力 震災と津波で大きな被害が出た宮城県南三陸町が29日、全世帯を対象に家族の安否情報を尋ねるカードを配り始めた。同町は役場が流失し、津波後の住民数すら把握できない状態が続いていた。町の復興に向けての本格調査で、住民ボランティアも配布に協力している。 同町の津波前の人口は約1万8千人。半数の約9500人が避難所に身を寄せるが、それ以外の住民の所在は確認できていないという。 29日までに見つかった遺体は350体、警察に届けられた行方不明者の届け出件数は約880件。一家全滅などで届け出がないケースも多いとみられる。人口が大幅に減少していれば、地方交付税などの算定にも影響する。 カードはA4判大の「避難者台帳」で、バックアップ用データが残っていた今月4日現在の住民基本台帳を基に作成。家族の生存、死亡、行方不明の情報のほか、将来の定住先、携帯番号を書いてもらう。締め切りは来月2日。9月までに同町内などに建てられる予定の仮設住宅の必要戸数を把握する狙いがある。 避難所の自治会や住民ボランティアもカード配布に協力している。約300人が避難する入谷小学校では、被災者の中学生がボランティアで配布を手伝った。志津川中学校2年の及川雅矢さん(14)は「調査が街の復興の一歩になってほしいという思いで協力しました」と話した。(武田肇) [2011年3月30日]・・原発20~30キロ圏の乳幼児ら「避難を」 議員が署名 福島県選出の民主党衆院議員を含む国会議員26人が、政府が自主的避難を呼びかけた東京電力福島第一原発から20~30キロ圏の住民のうち、乳幼児や妊婦を避難させるよう求める市民団体の署名活動に応じ、市民団体は菅直人首相あてに署名を提出した。乳幼児らは放射線の影響を受けやすいとしている。原子力資料情報室や「美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会」など4団体が呼びかけた。 [2011年3月30日]・・・土壌150地点で調査へ 福島第一原発30キロ圏内除く 農林水産省は30日、福島第一原発から漏れた放射性物質による土壌汚染の影響調査について、4月中旬までに原発周辺の150地点で実施する方針を明らかにした。作付けの時期を前に、農家に対して農地の安全性の基準を示す必要があると判断した。まずは田植えの時期に間に合うように水田を中心に調査する。 福島第一原発周辺の150地点から土を採取し、半減期の長い放射性セシウムの濃度を分析する方向で、原発周辺の県と調整を始めた。 調査地点は福島第一原発からの距離や、文部科学省が観測している大気中の放射線量などをもとに決める。避難や屋内退避の指示が出ている同原発から30キロ圏内を除き、その周辺から選ぶ。田植え前の代かきでかき回す範囲にあたる地表面から15センチの土を採取するなど、調査方法も統一する。 有害な農作物の生育を防ぐための現行法(農用地土壌汚染防止法)は放射性物質を対象外としているため、国が自治体に調査を強制することはできない。今回の調査は農水省が技術指導する形で実施し、結果を対象の自治体に伝える。 作付けの可否の判断にあたっては、農作物が土中の放射性物質をどの程度吸収するかについて分析する必要がある。農水省はこの分野の国内外の過去の研究成果を洗い出し、稲などの農作物が放射性物質を吸収する程度を示す「移行係数」を算出する作業も進めている。 土壌中の放射性物質の濃度にこの係数を乗じた値が、出荷停止につながる暫定基準値を上回るかどうかが作付けの可否の判断材料になる見通し。算出された移行係数は、農水省が4月中旬までに公表する方向で検討している。 福島第一原発からの放射性物質の放出は長期化する可能性もあり、農水省は必要に応じて土壌調査を続ける方針。 福島県は25日、土壌汚染の恐れがあるとして、県内の全農家に農作業を当面延期するよう要請。国と協力して土壌の分析を進め、農地の安全性を判断した上で作付けの指示を出すことにしている。 [2011年3月30日]・・・岩手の24漁協、残った漁船は4% 津波で損壊・流失 岩手県内の24漁協に昨年末時点であった約1万4200隻の漁船のうち、東日本大震災後に残っているのが確認できているのは、現時点で4%に満たない500隻程度であることが、朝日新聞のまとめでわかった。大半が津波で流されたり壊されたりしたとみられる。 県などによると、もともとあった漁船の多くは、アワビやウニ漁、ワカメの養殖などに使う小型のもの。無事だったのは、沖に避難した大型船などごく一部とみられる。 特に津波被害が大きかった南部の沿岸では、大船渡市内の4漁協で3千隻弱あった漁船が30~40隻程度しか残っていないほか、陸前高田市でも、広田湾漁協の約1400隻のうち、あるのが確かめられたのは約40隻という。 県中部の沿岸の宮古市など4市町村の7漁協でも、約5700隻のうち、残っているのは100隻程度。久慈市など沿岸北部4市町村の8漁協も1820隻のうち、約180隻しか確認できていない。 水産庁の29日夕時点のまとめでは漁港の被害も大きく、岩手県で111、宮城県で142ある漁港のほぼすべてが「壊滅的な被害」という。 岩手県はアワビやウニなどの養殖や定置網漁が盛ん。サケ・マス類やサンマ、イカの漁獲量も多い。県内の漁業生産額は約453億円(2008年)で、加工品生産額と合わせ、水産業は総額約1243億円の基幹産業。県水産振興課は、この震災での県内の漁業被害額は少なくとも900億円にのぼると見ている。 県漁業協同組合連合会の大井誠治会長は「県内の水産機能は完全にやられ、自助努力だけでは復旧できない。漁業をやめる人も出るだろう」と話している。(赤井陽介、宮崎園子) [2011年3月30日]・・・「ご家族はご無事?」 両陛下が東京への避難者見舞う 天皇、皇后両陛下は30日午後、東京都足立区の都立東京武道館を訪れ、東日本大震災で福島県などから避難してきた人たちを見舞った。 都によると、都が設けた3カ所の避難所には東北などから約590人が避難しており、東京武道館には福島、宮城、岩手の3県などから来た125世帯289人が避難生活をしている。 緑色ジャンパー姿の天皇陛下と青い上着の皇后さまは、ついたてや段ボールで仕切られた床や畳にひざをつき一人ひとりに声をかけた。 福島県南相馬市から避難してきた杉忠夫さん(80)一家に、天皇陛下は「ご家族皆さんご無事で?」と声をかけた。杉さんらが「11日夕に家族みんなで避難して避難所は5カ所目です。家族は助かりましたが、亡くなられた方が大勢おられて……」と声を詰まらせると、陛下は「津波は大きな被害をもたらしましたね。どうか皆さんお元気でね」と励ました。 皇后さまは、同県いわき市から7カ月の赤ちゃんと避難している学生鈴木優里菜さん(20)に「ミルクやお水は大丈夫?」「眠れているの」と気遣った。解体業をしている鈴木さんの夫は一緒に避難していたが、仕事のため1人で福島に戻ったという。鈴木さんは「皇后さまに優しい言葉をかけて頂き、安心しました」と話していた。 皇后さまは、帰り際に通路で子どもたちに囲まれると「元気でね」と笑顔で手を握っていた。 天皇陛下に「頑張って」と声をかけられたいわき市の金丸直美さん(43)は「すごくうれしかった。こういう所ではなくて、また日常に戻ってからもう一度お会いしたい」と話していた。 [2011年3月30日]・・・日本製品「購入しない」31% 中国紙調査 放射線懸念 【瀋陽=西村大輔】中国・瀋陽の地元紙「時代商報」が行ったアンケートによると、今後も日本製品を購入し続けるかとの問いに対し、「購入しない」が31%にのぼり、「購入する」の26%を上回った。購入しない理由として、「放射線の影響を恐れる」と答えた人が44%にのぼり最も多かった。 アンケートはメールや面接などの方式で市民1千人に対して行い、893人が回答した。それによると、現在、自動車やカメラ、家電など何らかの日本製品を使っていると答えた人は92%。今後購入しない理由として2番目に多かったのは「アフターサービスが心配」で23%、「価格が高騰しそう」が16%で続いた。 [2011年3月31日]・・・被災地の子どもにランドセル贈ろう 全国から1万個届く 震災で被災した子どもたちにランドセルを贈る運動を、ランドセルメーカーの協和(東京都千代田区)が呼びかけ、全国から約1万個が届いた。寄贈の申し出を含めると2万個に上る。協和は30日、福島県や千葉県に避難している子どもたちへの発送を始めた。 千葉県野田市の協和の工場では、従業員が届いたランドセルを修理し、汚れを落として除菌。新しいマットや時間割り表を入れて化粧箱に詰めた。従業員約130人のうち工場の約10人で修理や発送を担当。本社の約40人が殺到する電話の対応に追われている。 専務の若松秀夫さん(60)がテレビで「孫に買ったランドセルも流されてしまった」と話すお年寄りを見たのが活動のきっかけ。協和は新品3千個を新1年生に贈ることを決めた。 さらに使い終えたランドセルを修理して2~6年生の児童たちに贈ろうと18日から寄贈を募ったところ、輪が広がった。被災地を激励する子どもたちの手紙が添えられたものも多い。 まとめて持ち込む学校もある。千葉県柏市の旭東小学校の母親らは30日、59個をワゴン車に積んできた。今春卒業した川田友瑞さんは「6年間大事に使った物だからとっておきたかったけど、役立つのなら」と寄贈を決めたという。 被災地には、津波で家を流された人や、持ち物を自宅に置いたまま戻れず避難生活を送る人も多い。役所自体が被災した自治体も多く、自治体あてに約400通のファクスを送ったが、返事が来たのは数件。どこで何個必要なのかの把握が困難なため、寄贈したい人からの発送を一時待ってもらっている状況という。(黒川和久) 2012年 05月 01日
[宮城ナンバーのハーレーがカナダに漂着 津波で流出か]
カナダ西部のブリティッシュコロンビア州にあるハイダグアイ島の海岸で、宮城ナンバーのオートバイが漂着しているのが見つかったと現地テレビが伝えた。東日本大震災の津波で流出したものの可能性があり、在バンクーバー日本総領事館は、日本の外務省に連絡した。 見つかったのは、米国の大型オートバイ、ハーレーダビッドソン。カナダ放送協会(CBC)によると、オートバイは4月18日、人けのない海岸で小型の個人用コンテナに入った状態で見つかった。タイヤホイールやハンドル部分はかなりさびているが、車体は原形をとどめており、ナンバーも「宮城」のほか、ひらがなや数字がはっきり読み取れる。 コンテナの扉は引きちぎられていたうえ、オートバイは固定されていなかった。ほかにゴルフクラブやキャンプ用品が入っていたという。発見した地元住民は「持ち主が無事であることを祈っています」とテレビ局に話した。(ニューヨーク=真鍋弘樹) [野田首相、震災犠牲の米国人遺族と面会 支援の感謝伝え] 訪米中の野田佳彦首相は29日、東日本大震災によって宮城県石巻市で亡くなった米国人の英語指導助手テイラー・アンダーソンさん(当時24)の父・アンディさん、母ジーンさんらと駐米大使公邸で面会した。 テイラーさんは、日本政府が英語指導助手を招くJETプログラムで同市に派遣され、七つの学校で英語を教えていた。生徒を避難させるなどしていて、津波に巻き込まれた。両親はテイラーさんの名前を冠した基金を設立。石巻市の小中学校に本を贈るなどの活動をしてきた。 野田首相は「日米間の懸け橋として多くの人々を愛し、愛されてきたテイラーさんが亡くなられたことに深く哀悼の意を表します。テイラーさんの日本への温かい愛に改めて感謝します」と述べた。アンディさんらは「娘は石巻を、そして日本を愛していた。それは私たちも同じです。今後も日本の復興を支援していきたい」と語った。 野田首相はこの後、震災で支援した米国の関係者らを集めた「感謝の集い」であいさつし、米軍を筆頭に、米政府関係者や機関、米市民を挙げ、「皆様に何よりお伝えしたいのは支援に対する日本の感謝の心です」などと語った。(ワシントン=伊藤宏) 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた空から降る核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年3月29日]・・・首相の原発視察「初動ミス」 野党が追及、首相は反論 菅直人首相は29日の参院予算委員会で、東日本大震災後、初めて国会答弁に立った。野党は、震災翌朝の首相の福島第一原発の視察が東京電力の初動の遅れを招いた可能性を指摘。首相は全面的に否定し、「その後の判断に役立った」と反論した。 自民党の礒崎陽輔氏と、公明党の加藤修一氏が問いただした。集中的に取り上げたのは、首相の視察時に原子炉格納容器の圧力が高まっていた福島第一原発の1号機をめぐる対応。放射性物質を含む蒸気を外部に放出して圧力を下げる「ベント(排気)」を首相が指示してから、東電が作業に着手するまでに7時間以上経っていたという点だ。 首相は12日午前1時半にベントを決定し東電に指示。一方、午前7時10分過ぎに自衛隊ヘリコプターで原発に到着し、敷地内を視察したり状況の説明を受けたりして50分以上とどまった。東電がベントに着手したのは、首相が原発を離れた午前9時過ぎになってからだった。 礒崎氏は「メルトダウン(炉心溶融)の可能性があるから早く蒸気を出さなければいけないという、緊迫した状況でヘリで視察に行った。初動のミスがあったと言われても仕方ない」と指摘した。 首相は「現場の状況把握は極めて重要だと考えた。第一原発で指揮をとっている人の話を聞いたことは、その後の判断に役だった」と応じ、視察の有効性を強調。海江田万里経済産業相は「格納容器の圧力上昇は、放置すると容器が破壊される恐れがあるから、午前1時半に首相と私でベントを決め、東電に促した。ただ、電源が失われていて(ベントが)開かないということがあって、最終的には手動で開けた」と説明した。 礒崎氏は「政治的パフォーマンスをしたかったのではないか」とも追及。首相は「全く違う。一貫して(ベントを実行すべきだという)方針を東電に伝えていた。視察で遅延したという指摘は全くあたっていない」と反論した。 公明党の加藤氏は首相の視察について「行くべきではなかった。官邸に腰を落ち着けるのが陣頭指揮。(現場の)邪魔をした」と指摘。首相は「現地の様子はワンクッションを置いてしか(情報が)入らない。現地の状況を最低限把握するのが重要だ」と反論し、「短時間だが、現地の関係者と意見交換した。色々な見方はあると思うが、(視察は)陣頭指揮のひとつのあり方だ」との見方を示した。 [2011年3月29日]・・・田畑の津波被害、6県で2万4千ヘクタール 農水省調査 農林水産省は29日、東日本大震災による津波で浸水被害を受けた田畑が、青森から千葉にかけての太平洋岸6県で2万3600ヘクタールに達するとの調査結果を発表した。農水省は岩手、宮城、福島の3県の被害が約2万ヘクタールに達するとの見通しを示していたが、衛星写真や現地調査の新たな情報を加えて再集計した。 県別、市町村別の詳細な推計値も初めて公表した。宮城県の被害面積は1万5千ヘクタールで県別で最も大きかった。同県七ケ浜町は93%の農地が被害を受けた。また、宮城県の9市町、岩手県の2市で被害面積が農地の4割以上にのぼるなど、深刻な実態が次第に明らかになってきた。 今回の集計は、地割れや液状化、各地で見つかっている水路など農業用施設の被害は含まれていない。放射性物質による土壌汚染も心配されており、今年の作付けに大きな影響が出るのは確実だ。 [2011年3月30日]・・・汚染水、玉突き排水作戦 作業員419人、綱渡りの苦闘 東京電力の福島第一原発1~3号機のタービン建屋地下にたまった汚染水の排水作業が本格化している。29日朝の時点で419人の作業員が参加している。 1号機では、6台の仮設ポンプを使って、毎時18トンの水を復水器に移している。仮設のポンプでは十分な能力が得られず、1台のポンプで水を地下から1階までくみ上げて、もう1台のポンプで復水タンクに入れるリレーを行っている。 2、3号機の復水器は満水状態なので、もともと復水器内にある汚染度が低い水を、建屋外の「復水貯蔵タンク」にすべて移し替えて復水器を空にする。復水貯蔵タンク内の水は別の「圧力抑制室用貯水タンク」に移し替えて、それぞれ空き容量を確保する作業を28日に始めた。 圧力抑制室用貯水タンクは各号機共用で、4号機の南にある2基は容量計6800トン、うち空き容量は約4千トンとみられる。2、3号機の貯蔵タンクを空にして、復水器に最大限の容量を確保する綱渡りの作業を続けている。 一方、原子炉や使用済み燃料プールを冷やす注水作業は続いている。 温度や圧力の上昇が懸念されている1号機の原子炉は、29日に一時300度を超えるなど不安定な状態が続く。2、3号機と比べ6割の出力しかなく、原子炉が小さいことから、「わずかな水量の違いで、温度や圧力が大きく変わることがある」という。 また、3号機建屋の外で残留熱除去海水系配管の部品を取り外した際に、協力企業の作業員3人が配管にたまった水をかぶったものの、水をふきとった結果、放射性物質の付着はなかった、と発表した。 4号機では、中央制御室が29日点灯。これで1~6号機すべての中央制御室が点灯した。 [2011年3月30日]・・・日銀、12営業日連続で資金供給 総額119兆円に 日本銀行は30日午前9時半過ぎ、銀行や証券会社などが必要な資金をやりとりする短期金融市場に、公開市場操作(オペ)で8千億円の資金を供給すると発表した。4月1日に金融機関に資金を供給する分。東日本大震災後の資金供給は12営業日連続で、この間発表した供給額は計119兆1千億円。 [2011年3月30日]・・・「計画停電で手術できない」 除外されぬ病院、不安の声 東京電力の計画停電で、救急患者の受け入れ制限や重症患者の手術の延期を余儀なくされる病院が出るなど、医療現場が混乱している。一部の病院は停電の対象外になったが、明確な「除外基準」はない。夏にはさらに電力不足が深刻になる可能性が高く、不安の声が上がっている。 大動脈瘤(りゅう)など心臓血管の治療実績が全国トップレベルで、救急車の受け入れが年間約6千件の川崎幸病院(川崎市)。関東全域から患者が来院し、通常3カ月先まで心臓手術の予定が入っているが、計画停電が始まってすべて延期した。 停電の時間が日によって違い、直前までわからないことがあるので、長いと10時間以上になる手術の計画が立てられないからだ。非常用発電機で人工心肺装置を動かしている時に発電機が故障したら患者の命が危ない、という不安もあった。 大動脈瘤は、破裂した場合の死亡率が高く、いつまでも延期できない。停電が続くなら、4月以降はリスク覚悟で手術を再開するという。 自治医大さいたま医療センター(さいたま市)も停電時は予約患者以外の外来受け付けを中止し、手術件数を制限している。非常用発電機の燃料の重油が手に入りにくいことに頭を痛めている。 災害拠点病院でもある上都賀総合病院(栃木県鹿沼市)は停電時でもCT(コンピューター断層撮影)やMRI(磁気共鳴断層撮影)などの画像診断機器を動かせるようにするため、発電機の増設を検討しているが、数千万円かかりそうで簡単に決められない。廣田光一事務部長は「医療機関は計画停電から外してほしい」と訴える。 一方、計画停電から除外された病院もある。 救命救急センターであるさいたま赤十字病院(さいたま市)は停電時にCT(コンピューター断層撮影)、MRI(磁気共鳴断層撮影)が使えず、頭部外傷や脳卒中などの救急患者の画像診断ができなかった。交通事故に遭い昏睡(こんすい)状態で搬送されてきた患者は隣の市の大学病院に転送せざるをえなかった。その後、加藤泰一院長が東電に強く要請し、計画停電から外された。 東電は自衛策を呼びかける一方で、社会的影響が大きいとして、鉄道と病院の一部を停電の対象から外した。明確な基準はなく、除外した病院名や数も公表していない。東電によると、変電所から離れた病院を除外すると、周辺の家庭や事業所にも電気を供給することになり、計画停電の効果が薄れるという。 川崎幸病院を経営する医療法人の理事長で日本病院会常任理事の石井暎禧(えいき)さんは「苦情を言った病院を除外するなど、東電の対応はばらばら。救急や重症患者を多く治療している病院から優先して送電するべきだ」と話す。(編集委員・出河雅彦) [2011年3月30日]・・・高放射線量、主因は15日朝の爆発 風で30キロ圏外へ 福島市や福島県飯舘村の大気から高いレベルの放射線量が出たのは、福島第一原発で15日朝に起きた爆発が主因とする分析結果を、福島大学の渡辺明副学長(気象学)がまとめた。ちょうど、北西へ風がふき、雨も降っていた。いずれも原発から北西へ30キロ圏外だが、突出して高かった。米海洋大気局(NOAA)などの観測データから分析した。 渡辺さんは「今後、大きな爆発がなければ、値は下がっていく」とみている。 福島市と飯舘村の大気中の放射線量は15日の夕方以降に跳ね上がった。福島市では15日午後6時40分に毎時24.24マイクロシーベルト、飯舘村でも午後6時20分に44.7マイクロシーベルトの最高値を記録した。 この日の午前6時過ぎに、福島第一原発2号機と4号機で爆発と損壊があり、放射性物質が放出されていた。渡辺さんは、爆発と複数の気象、観測データとの関係を分析した。この結果、爆発当時、原発近くの大気が北西方向に風で運ばれ、夕方以降に福島市や飯舘村上空を通過していた。また、夕方から断続的に雨が降っており、上空に舞い上がった放射性物質が落下した可能性が高かった。 一方、16日午前も3号機で白煙が上がり、原発周辺では高い放射線量を記録したが、この時は原発から太平洋側に大気が流れ、飯舘村などの放射線量には影響しなかった。 福島市と飯舘村では30日、ピーク時の7分の1、6分の1に下がった。(杉本崇) [2011年3月30日]・・・郵便局132局が流失・浸水 死亡・不明者は計59人 日本郵政グループは30日、東日本大震災の被害状況を発表した。郵便局は、簡易局も含め東北や関東地方の132局が津波で流されたり浸水したりする被害を受けた。死者・行方不明者はグループ社員だけで53人、簡易局関係者を含めると計59人にのぼる。 郵便局や簡易局は、岩手、宮城、福島3県で計1423局のうち127局が壊れたり浸水したりした。うち、77局は地震で壊れるか津波に流されるなどして全壊。郵便物の仕分けなどをする郵便事業会社の集配センターは、宮城や岩手で13カ所が全壊したほか、3カ所で浸水被害があった。集配車とバイクは計431台が使えなくなった。 30日現在、郵便局は岩手、宮城、福島の215局(簡易局含む)が営業を停止。避難所などに車両型の移動郵便局15台を配置し、通帳やカードが無い場合でも20万円を上限に貯金を払い戻すなどの対応をしている。 郵便は、集配センターが使えなくなった地域では近くのセンターで代替したり、公民館などの施設を借りたりしている。受取人が避難所にいる場合は、自治体の避難者名簿を活用するなどして居場所を確認できれば最大限届けているという。宅配便ゆうパックは震災後にサービスを停止していたが、東京電力福島第一原発周辺などの一部地域を除いて再開した。 全壊を免れた郵便局や集配センターは順次営業を再開しているが、全壊した郵便局などは全く復旧のめどが立っていない。 [2011年3月30日]・・・消波ブロック、津波には逆効果 切れ目に集中、堤防決壊 東日本大震災で被災した福島県相馬市で、沖にある消波ブロックの列の間に津波が集中して、陸側の防波堤が決壊したことが、早稲田大の柴山知也教授(海岸工学)の調査で分かった。消波ブロックなどで高波や高潮に備えていた護岸設備は、前提としていない津波には弱かった。 柴山さんらが調べた相馬市の磯部地区は、砂浜の海岸に設けられた海岸堤防が複数の場所で決壊し、津波が街中に流入した。多くの家屋が押し流され、現在は基礎部分が残されている。 柴山さんによると、磯部地区の海岸堤防は海側に波の力を弱めるブロックを置いて台風などによる高潮や高波に備えている。堤防の沖には、海岸線と平行して消波ブロックが並べられている。消波ブロックの列は、海岸の水質悪化を防ぐためにすき間があけられている。 海岸堤防は、消波ブロックの列の切れ目に面した部分だけが決壊した。消波ブロックの切れ目に津波が集中、強い水流となって海岸堤防を直撃したと考えられる。柴山さんの測定では、磯部地区を襲った津波の高さは6~8メートル。三陸地方を襲った十数メートルの津波に比べると低い。 福島県の基本計画では、磯部地区の海岸堤防の目的は台風などによる高潮や高波対策で、津波は想定外。国土交通省によると、過去に津波の被災経験の少ない地方では、海岸の防災対策で津波を考慮しないことが多いという。 柴山さんは「津波に備えた防潮堤は、水流に耐える設計で崩れにくいが、磯部地区のような波の勢いを吸収する堤防は、長時間にわたり水流が押し寄せる津波には弱かったのだろう。同様の海岸は多く、対策を考える必要がある」と話した。(長野剛) [2011年3月30日]・・・第一原発南側の海水、放射性ヨウ素基準の3355倍 東京電力は30日、福島第一原子力発電所1~4号機の放水口から南に約330メートルの海岸沿いで、29日午後に採取した海水から、原子炉等規制法が定める基準の3355倍にあたる濃度の放射性ヨウ素131を検出した、と発表した。5、6号機の放水口から約30メートル北の地点でも、同日午後の海水から1263倍のヨウ素131を検出した。 海水中のヨウ素131の濃度については、南側で25日に基準の1250倍を検出。26日には1850倍に急上昇していたが、28日には28倍にまで低下していた。北側では27日に1150倍を検出したが、28日には666倍にまで下がっていた。29日に入って南北いずれでも濃度が急上昇した。ヨウ素131の半減期は8日と短い。 半減期が長いセシウムも高濃度で見つかった。東電によると、29日午後に採取した海水から、南側ではセシウム134も基準の520倍、セシウム137は352倍検出された。北側でもセシウム134は202倍、セシウム137が137倍の濃度だった。 経済産業省原子力安全・保安院は、放射性物質を含むちりが海に流れたり、周辺に飛び散ったりするのを防ぐため、のり面工事などに使う粉じん防止剤の溶液を散水車でまき、固める実験を1~4号機の付近で31日から始める予定と発表した。 原子力安全・保安院の西山英彦審議官は会見で「汚染水の海への流れ込みを避けなければならないが、潮流で拡散され、周辺住民にただちに影響はないと考えられる。早く原因を突き止め、食い止めることが重要だ」と述べた。 [2011年3月30日]・・・20万匹を失った水族館「復興し、いわきのシンボルに」 東日本大震災の発生後、シーラカンスの生態調査で知られる福島県いわき市の水族館「アクアマリンふくしま」で750種、約20万匹の魚が死んだ。停電で水槽の水の循環や温度の維持ができなくなったためだ。一部の貴重な生物は飼育係が避難所に運び出した。 地震のあった11日は、約200人の入館者とスタッフら50人が館内にいた。全員が3階へ避難。1階は水没したものの、けが人はなかった。 ただ、電気とガス、水道が止まった。自家発電では全館の飼育環境を完全に保つには足りなかった。まず、ユーラシアカワウソやトド、ゴマフアザラシなどの動物、カブトガニやオオサンショウウオなどの珍しい生物を県外の水族館に移すことにした。 16日に鴨川シーワールド(千葉県鴨川市)や上野動物園(東京都)、新江ノ島水族館(神奈川県藤沢市)などに移動。シーラカンスに似た「古代魚」のオーストラリアハイギョは、自らも被災した男性飼育係が水槽に入れて運び出し、避難所の中学校にいながら世話を続けている。 震災7日目の17日。自家発電機を回していた重油もなくなった。震災後、極度の食料やガソリンの不足に見舞われていたいわき市。「重油は病院などの施設でも使われている。こちらに回せ、とは言えなかった」。アクアマリンの担当者はそう話した。 電気不足でそれぞれの魚が生きるのに適した水温を維持できず、水中への酸素の供給もできない状態になった。数人の飼育係が毎日通って様子を見に来たが、次々と魚が死んでいった。水質を守るため、飼育係たちは死んだ魚を1匹ずつすくって水槽から出した。涙を流しながら作業する飼育係もいたという。 同館では魚が育つ環境づくりのため、10年かけて生息に必要なマングローブなどの植物類も水槽内で育ててきた。いま、飼育係らは植物類は残そうと、何度もバケツで水を運んで世話している。 久保木光治・副館長は「魚類の多くは福島沖など近海で再び採取できる。原発事故と停電さえ終われば本格的な再興に乗り出し、いわき復興のシンボル的存在になりたい」と話している。(西堀岳路、大平要) 2012年 04月 30日
[支援への感謝、歌声に乗せ 仙台で「東北復興大合唱祭」]
「東北復興大合唱祭」(全日本合唱連盟東北支部など主催、朝日新聞社など共催)が30日午後、仙台市青葉区の東北大学百周年記念会館・川内萩ホールで始まった。東北6県から集まった合唱団1千人が、仙台フィルハーモニー管弦楽団の演奏とともに歌声を響かせ、東日本大震災からの復興を誓い合った。 大合唱祭は、震災や東京電力福島第一原発事故の後に全国から寄せられた支援に歌で感謝の気持ちを伝えようと、初めて企画された。東北6県から中高生や社会人サークルなど72団体が参加した。 3月まで仙台フィルの正指揮者だった山下一史さん(50)と福島県会津若松市出身の佐藤正浩さん(49)を指揮者に迎え、「蔵王讃歌(さんか)」など東北にゆかりのある曲や、合唱団に親しまれている名曲をオーケストラとともに夕方まで披露する。 [「森の防波堤」福島で復活作戦 7県がマツの種子支援] 東日本大震災の津波で壊滅状態となった海岸防災林の再生に向け、福島県が動き出した。津波の勢いを弱め、がれきを止めた「森の防波堤」。海岸線の松林整備に向け9年かけて苗木を植える計画だ。マツの種子が大量に必要で、足りない分をほかの7県が提供、支援する。 福島県いわき市の新舞子(しんまいこ)浜。約10キロにわたり幅200~300メートルの松林が広がる。津波は海岸から約100メートルに位置する病院の1階部分を突き抜けた。内陸側には水田が広がり、集落までは500メートル。津波は松林で弱まり、水田で止まった。近くの農家の女性(70)は「松林がなかったら集落もやられていたに違いない。ご先祖さまに感謝している」。松林は地区の財産として、住民がごみ拾いなどをしながら大切に守ってきた。 福島県の担当者も「漂流した車やがれきが防災林で止まり、住宅地や農地への流入を防いだ」と話す。 [子の甲状腺「安心できる」 福島、問題なしが99.5% ] 福島県は26日、東京電力福島第一原発事故に伴う放射線の健康影響を見守る県民健康調査で、子ども約3万8千人の甲状腺検査の結果を発表した。しこりがないなど問題ないとされた子どもが99.5%を占め、残りも良性の可能性が高いと判定。県の検討委員会は「通常と変わりない状況で安心できる」としている。 避難区域を含む13市町村に当時いた18歳以下の約4万7千人が対象で、約8割の3万8114人の検査を終えた。約0.5%の186人に良性の可能性が高いしこりなどが見つかり、念のため再度の超音波検査や血液検査が必要としている。 県は、すべての子ども約36万人を対象に、生涯にわたって甲状腺に影響が出ないか追跡していく。 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた空から降る核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年3月29日]・・・起訴前の容疑者31人を釈放 福島地検、震災の影響で 福島地検は29日、県内各地の警察署の留置場に勾留していた容疑者のうち計31人を16日までに処分保留で釈放したと発表した。震災の影響で死者や行方不明者が相次ぎ、水道などのライフラインも止まっていたことなどから「事件の関係者に取り調べを行うなどの捜査を遂行することが困難な状況にあった」と理由を説明した。 発表によると、釈放されたのは同地検本庁と郡山、いわき両支部管内の警察署に勾留していた起訴前の容疑者。逮捕容疑は強制わいせつ、窃盗、覚醒剤取締法違反などで、地震のあった11日から16日にかけて釈放した。 警察の留置施設そのものが被害を受けて勾留が難しいという状況ではなかった。同地検の小池隆・次席検事は「捜査の進み具合や個々の事案の内容などを考慮して釈放する容疑者を決めた」と説明。今後も捜査を続ける方針という。 [2011年3月29日]・・・津波 最後まで患者を守ろうとして…南三陸の看護師ら 宮城県南三陸町で唯一の病院、公立志津川病院は、入院患者の半数以上を高齢者が占めるごく普通の地方病院だった。患者の命を救おうとして3人の看護師と看護助手が波にのまれた。 志津川湾に沿って走る国道45号に面した町営病院。東棟(4階)と西棟(5階)の2棟建てで、廊下でつながっていた。津波が起きた11日は109人が入院し、その半数が自分で歩くのが難しい65歳以上の患者だった。 ■水、5階のぎりぎりまで 午後2時46分。ガガガと横揺れが起きた。 東棟4階の405号室。勤務してまだ5日目の看護助手伊藤梓さん(24)が、先輩の看護助手、菅原若子さん(52)に付いて男性患者の手足をお湯で洗っていた。 洗面器の湯がばしゃばしゃとこぼれた。伊藤さんは冷静だった。「大丈夫ですからね」。菅原さんと一緒に患者を落ち着かせ、ぬれたパジャマの着替えを手伝った。菅原さんは伊藤さんに助言した。 「患者さんが不安にならないように目を離さないでね」 それが伊藤さんと交わした最後の会話になった。 ナースコールが鳴りやまない。廊下を点滴を持った看護師が行き来する。 「もっと上へっ」 星愛子・看護部長(55)らが声を上げた。防災放送が大津波を知らせていた。東棟にいた病院スタッフや患者は5階建ての西棟へ。 しかし、エレベーターは止まっていた。歩けない患者を引き上げるのは2、3人がかり。人手が足りない。階段ではパニック状態となった患者が、手すりを持ったまま階段をふさいでいた。力尽きてしゃがみ込む患者もいた。 悲鳴に似た声が上がった。 「波だ。逃げろ」 真っ白な横一線の高波が猛烈な勢いで押し寄せるのが病室から見えた。防潮堤を越えると、車や船を押し流しながら突進し、目の前のショッピングセンターが一瞬で泥の水に沈んだ。 「もう助からない」。菅原さんがそう思ったとき、患者を連れた看護師や看護助手、通行人らが駆け上がった5階のぎりぎりで水は止まった。窓からは患者の一人がベッドのマットレスに乗って流されていくのが見えた。 第1波と第2波の間、わずかに水が引いた。男性職員がずぶぬれになりながら4階へ。ベッドごと浮き上がるなどして息のあった10人余りの患者を背負って引き上げたが、それが限界だった。 3人の看護師・看護助手がいないことがわかったのは、5階会議室で点呼した時だ。1人は伊藤さん。そしてベテラン看護師の山内由起さん(40)と後藤弘美さん(46)の2人だった。 「私の言ったことを最後まで守ったのだろうか。目を離してしまったばかりに」 菅原さんは唇をかんだ。 5階まで引き上げることができた入院患者は109人中、42人。うち7人は翌日、自衛隊のヘリコプターが救出に来る前に、低体温状態となり息を引き取った。5階で死亡確認した桜田正寿医師(54)は言う。「ただただ地獄だった。地震から津波まで30分、できることはあまりに限られていた」 ■「太陽のように明るい子だった」 伊藤さんの遺体は津波から1週間後、病院内で消防隊に発見された。姉の角川理奈さん(31)によると、伊藤さんは「人の役に立つ仕事をしたい」と言って仙台市での仕事を辞め、南三陸町に戻ってきたという。千葉県に住む3歳のおいをかわいがり、夏に一緒にお絵かきをする約束をしていた。「あの子の性格から、最後まで患者さんをほっとけなかったのだと思います」 山内さんの遺体は25日に遺族によって確認された。病院から約2キロ離れた海岸で見つかった。看護服姿。薬指には夫の和也さん(45)が贈った指輪がしてあった。1人目の患者を5階まで上げ、さらにまだ歩ける患者を誘導しようと引き返したことが同僚に目撃されている。高校1年と中学2年の息子2人がいる。和也さんは「太陽のように明るい女性でした」と話した。 後藤さんはいまも行方不明のままだ。2男1女の母。長女(12)の小学校の卒業式を楽しみにしていた。津波が4階に達する直前まで患者に寄り添っていた姿が目撃されている。同病院の事務職員で、2階から5階に駆け上がって助かった夫の正博さん(48)は、28日の長女の卒業式に後藤さんの写真をしのばせて出席した。休みなく病院の残務整理をする毎日だ。(武田肇) [2011年3月29日]・・・市議の「遺言」、非常通路が児童救う 津波被害の小学校 岩手県大船渡市の海沿いの小学校に、津波から逃れる時間を短縮する非常通路をつけるよう提案し続けていた市議がいた。昨年12月、念願の通路ができた。市議は東日本大震災の9日前に病気で亡くなったが、津波にのまれた小学校の児童は、通路を通って避難し、助かった。 海から約200メートルのところにある越喜来(おきらい)小学校。3階建ての校舎は津波に襲われ、無残な姿をさらしている。校舎の道路側は、高さ約5メートルのがけ。従来の避難経路は、いったん1階から校舎外に出て、約70メートルの坂を駆け上がってがけの上に行き、さらに高台の三陸鉄道南リアス線三陸駅に向かうことになっていた。 「津波が来たとき一番危ないのは越喜来小学校ではないかと思うの。残った人に遺言みたいに頼んでいきたい。通路を一つ、橋かけてもらえばいい」。2008年3月の市議会の議事録に、地元の平田武市議(当時65)が非常通路の設置を求める発言が記録されている。 親族によると、平田さんは数年前から「津波が来た時に子供が1階に下りていたら間に合わない。2階から直接道に出た方が早い」と話すようになったという。 平田さんの強い要望をうけたかたちで、昨年12月、約400万円の予算で校舎2階とがけの上の道路をつなぐ津波避難用の非常通路が設置された。予算がついた時、平田さんは「やっとできるようになった」と喜び、工事を急ぐよう市に働きかけていた。 11日の地震直後、計71人の児童は非常通路からがけの上に出て、ただちに高台に向かうことができた。その後に押し寄せた津波で、長さ約10メートル、幅約1.5メートルの非常通路は壊され、がれきに覆いつくされた。遠藤耕生副校長(49)は「地震発生から津波が来るまではあっという間だった。非常通路のおかげで児童たちの避難時間が大幅に短縮された」と話す。 市教育委員会の山口清人次長は「こんな規模の津波が来ることは想定しておらず、本当に造っておいてよかった。平田さんは子供のことを大事に考える人でした」と話した。 非常通路から避難した児童の中には、平田さんの3人の孫もいた。平田さんの長男、大輔さん(38)は「人の役に立った最後の仕事に父も満足していると思う。小学3年の息子にも、大きくなったら話してやりたい」と語った。(其山史晃) [2011年3月29日]・・・「もう限界」「一時帰宅を」原発避難の首長らが窮状訴え もう限界だ――。福島第一原発の周辺にあり、放射線被害から逃れるため避難や屋内退避の指示でちりぢりになっている福島県内8町村の首長や議長が29日、震災後初めて、同県郡山市に集まった。佐藤雄平・県知事も同席。原発への憂慮や避難所生活の窮状を訴える声が相次いだ。 県内の会津美里町に集団移転する楢葉町の草野孝町長は、長期化する避難生活で具合が悪くなったり、医者にかかったりする町民が何十人も出ていると説明。「職員も限界にきている」と訴えた。 会津若松市への集団移転を進めている大熊町の渡辺利綱町長は、避難指示圏への住民の一時帰宅について言及。「避難している人は着の身着のまま、カギもかけてこないで出てきた人もいる。無理は承知だが1時間でもいい。住民を一度帰してもらいたい。それが住民からの一番強い要望だ」と報告した。 さいたま市に集団移転している双葉町の井戸川克隆町長は車で駆けつけた。町民の所在確認について「行政でやるのは、もう限界」と説明。「民間のリサーチ会社に委託するなど、外の力を借りた方が効率的にできるのではないか」と提案した。 馬場有・浪江町長は「大津波で相当な人が行方不明になり、遺体がまだ、そのあたりにあると聞いている。県は、遺体の収集と行方不明者の捜索をぜひ、県警、自衛隊に要請して頂きたい」と、津波被害を受けた町の写真を佐藤知事に見せた。 首長らは、原子力災害の収束を国や東京電力に求めることや住宅、雇用、就学先の確保などを佐藤知事に要望した。佐藤知事は、一時帰宅について「命の問題だから、ここは辛抱してもらわなきゃいけない。ただ、住民の気持ちはわかっているのか、と官邸には再三言っている」と答えた。(斎藤健一郎) 2012年 04月 29日
[七十七銀行女川支店、解体へ 検証求める遺族ら反発]
東日本大震災による津波で行員ら12人が死亡・行方不明となった、宮城県女川町の七十七銀行女川支店の取り壊しが、5月1日から始まることが決まった。惨事の原因を究明するため、解体前の検証を求めてきた遺族らは、同行の決定に反発を強めている。 28日、一部の遺族の要請に応じ、本店(仙台市)行員が女川支店で震災当日の状況を説明した。しかし、助かった行員らは欠席。遺族らは「当日の行動をすべて検証し、改善につなげてほしい」と訴えた。 本店は「町から取り壊しの要請を受けていた。町の復興を止めるようなことは難しい。解体を望んでいる家族もおり、その心情にも配慮した」としている。 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた空から降る核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年3月29日]・・・津波の中で抱きしめた 母娘3人、35分の生還劇 聞き慣れない着信音が携帯電話から響いた。 11日午後2時45分すぎ。 岩手県山田町の平屋建てアパートに住む主婦、小田島朋美さん(28)は携帯の画面に目をやった。 「緊急地震速報 強い揺れに備えて下さい」 画面を見ると同時に、激しい揺れに襲われた。 「コタツの下に隠れて」 夫の宗史(むねふみ)さん(31)は仕事で不在。長女の侑胡(ゆう)ちゃん(4)と次女の侑杏(ゆあ)ちゃん(3)に声をかけた。 ガチャン。茶わんが流し台に落ちて割れた。棚のグラスが飛び出し、破片が飛び散った。 「ママー」 揺れが収まると、2人の娘が飛びついてきた。部屋の窓から外を見た。駐車場の地面がひび割れていた。近所のお年寄りが外に飛び出ていた。 「すごかったですねー」。「津波が来ています。避難して下さい」という役場の放送が聞こえた。 携帯が鳴った。実家の青森県八戸市の母親からだった。「大丈夫?」。次に地元の親友から電話がきた。「こっちはケガないよ」と答えた。 親友と話しながら外に出た。アパートは海岸から数十メートル離れた高台にある。ふと、民家と民家の間に目をやると、真っ黒な水平線が見えた。家の1階と2階の間くらいの高さだった。 「目の錯覚?」 事態がのみ込めないまま、電話口の親友に叫んだ。 「津波が来た!」 電話をズボンのポケットにしまった。波に民家が倒される「グシャッ」という音が背中で聞こえた。 「侑胡、侑杏、早く!」 アパートに戻り、玄関口で2人を呼んだ。長靴を履かせ、ドアを開けると、道路が水浸しになっていた。 小田島朋美さんの自宅アパート。津波で窓ガラスが割れ、室内が海水で埋まった=27日、岩手県山田町織笠、坂本写す 自宅アパート周辺の地図 ■この手は絶対離さない 「ここからは出られない」 長靴を履いたまま、廊下に上がり込んだ。 ガシャーン。窓ガラスが水圧で割れ、猛烈な勢いで水がなだれ込んできた。 「だめだ」 海と反対側にある別の窓から脱出しよう。そう思った瞬間、その窓からも水が入ってきた。玄関のドアが下からめくれ上がり、水が一気に長靴の高さまで流れ込んだ。 「ママ、しゃっこい(冷たい)」 侑胡ちゃんの声を聞き、2人の娘を抱き上げた。 海水が渦を巻き、コタツが浮き始めた。 「子どもたちが先に埋もれてしまう」 2人のお尻を両腕で支え、さらに高く抱き上げた。それでも水位はどんどん上がっていく。長靴がストンと落ち、足が床に着かなくなった。 「私たち3人、こんなに早く死ぬんだ。人生あっけなかったな。こんなので死ぬんだ」 高さ2メートル以上の天井に頭がつき、3人とも水没した。脇腹で、2人が足をバタバタさせているのを感じた。 「苦しいんだね。ごめんね、ごめんね」 何度も謝った。水中でのどの奥の空気をのみ込んだ。 「どうせ死ぬなら絶対離れたくない。この手は絶対離さない」 2人の体をギュッと抱きしめた。静かに楽になりたいと思った。 どのくらいたっただろうか。つむった目の上が白んできた。 「脳に酸素が行かなくなったのかな」。遠のく意識で思った。 目の上がさらに明るくなった。口を開けた。息が吸えた。目を開けた。ぐちゃぐちゃの部屋が目に映った。水が引き、足は床に着いていた。 「えっ?」 すぐに、抱きかかえていた2人を見た。侑胡ちゃんはぼうぜんとして、侑杏ちゃんはむせていた。 「生きている」 侑胡ちゃんのほっぺをたたいた。倒れた冷蔵庫の上に2人を下ろした。 「生きなきゃ。行かなきゃ」 侑胡ちゃんの手をつなぎ、侑杏ちゃんを抱きかかえた。外に出ると、必死に駆けた。高台にたどり着き、振り返ると家々が浮いていた。 小田島朋美さんの自宅アパート。津波で窓ガラスが割れ、室内が海水で埋まった=27日、岩手県山田町織笠、坂本写す 自宅アパート周辺の地図 ■日常ってすごく幸せ 13日、避難所の県立山田高校の体育館に宗史さんが駆けつけ、2人の娘を順番に抱きしめた。この日、侑杏ちゃんは3歳の誕生日を迎えた。「生きててくれて本当によかった」。生まれた時間の午前1時10分、朋美さんは、眠る侑杏ちゃんのほっぺに何度もキスした。 3人は避難所で数日過ごし、現在は八戸市の実家に身を寄せている。パソコンを開き、インターネットの交流サイトを見ると、安否を尋ねるメールが数えられないほど届いていた。みんなに向け、メッセージを書いた。 「あのね、日常ってすっごく幸せなことなんだよ。もう駄目だって諦めたけど、今こうして私たちは生きていて、温かい食事をいただいて、足を伸ばして寝ることができます。なにより、隣に、侑胡と侑杏がいる。命があって思うこと。みんな、大好きです。ありがとう」 アパートの壁の時計は午後3時21分で止まっていた。地震の発生から35分間の出来事だったことが後でわかった。(坂本泰紀) [2011年3月29日]・・・震災翌日の原発視察、首相「初動対応の遅れない」 菅直人首相は29日午前の参院予算委員会で、震災翌日にヘリコプターで福島第一原発などを視察したことが東京電力の初動の遅れを招くことはなかったとの認識を示した。 東日本大震災後、首相が国会で答弁するのは初めて。首相は、自民党の礒崎陽輔氏の質問に対して「重大な事故だという認識を持っていたので、現場の状況把握は極めて重要だと考えた。私が視察に行ったことによって(対応が)遅延したという指摘はまったくあたっていない」と述べた。当初から格納容器からの排気(ベント)を行うよう東電に伝えていたとも主張した。 首相は「その後の経緯を考えると、現地に行って責任者に直接話を聞いたことが、対応を立てるうえで極めて有効だったと今でも思っている」と説明。視察の理由については「間接的なことも多くて、つかみきれないという状況もあった」とも述べた。 班目(まだらめ)春樹原子力安全委員長が28日、首相が視察の際に「原子力について少し勉強したい」と述べていた、と証言したことについては、首相は「そういう言葉を発した記憶は必ずしもない。状況を把握したいという意味で発言したことは当然あった」と説明した。 また、首相は福島第一原発の現状について「予断を許さない状況が続いている」との認識を示した。 [2011年3月29日]・・・死亡1万1063人不明1万7258人―29日10時 警察庁によると、29日午前10時現在の死者数は12都道県で1万1063人にのぼった。行方不明は6県で1万7258人。負傷者は18都道県で2778人。 確認されている死者数は宮城6744人、岩手3264人、福島997人、茨城20人、千葉17人、東京7人、栃木と神奈川で各4人、青森で3人、北海道、山形、群馬で各1人。行方不明となっているのは宮城7588人、福島5012人、岩手4654人、千葉2人、青森、茨城各1人。 建物被害は全壊1万6180戸、流失は2165戸、全半焼146戸など。道路被害は2126カ所にのぼる。 また同日午前10時現在、被害の大きかった岩手、宮城、福島の3県で死亡した人のうち身元が判明したのは8473人。8033人は遺族らに引き渡された。 [2011年3月29日]・・・プルトニウム検出「燃料棒溶融裏付けている」枝野長官 枝野幸男官房長官は29日午前の記者会見で、福島第一原子力発電所の敷地内で採取した土壌からプルトニウムが検出されたことについて、高濃度の汚染水と合わせて「燃料棒が一定程度溶融したことを裏付けている」と述べ、原子炉の核燃料が損傷して漏れ出しているとの認識を示した。 枝野氏は「大変深刻な事態だ。周辺への影響をいかに収束させるかに全力を挙げている」と表明した。プルトニウムがさらに拡散する危険については「周辺地域のモニタリングをしっかり行っていくことで、広範な地域でのモニタリングの必要性について一定の判断はできる」と述べ、まずは周辺地域の監視を続ける考えを示した。 枝野氏は、同原発2号機のタービン建屋外で高濃度の放射性物質を含む水が見つかった問題では、注水による冷却作業を止めるわけにはいかないという考えを強調した。燃料を冷やすための注水は汚染水の増大につながる可能性があるが、枝野氏は「止めることで燃料棒が高熱になる、空だきになるような状況は、優先的に阻止しなければならない」と語った。 [2011年3月29日]・・・福島第一原発、首相「廃炉の可能性高い」 菅直人首相は29日の参院予算委員会で、福島第一原発を廃炉にする可能性が高いとの見方を示した。社民党の福島瑞穂党首が廃炉を求めたのに対し「一定の安定状況になった後に専門家の意見を聞いて決めるが、その可能性が高い」と述べた。 [2011年3月29日]・・・タンクに次々移し替え…汚染水除去、綱渡りの作業 東京電力の福島第一原発1~3号機のタービン建屋から外へつながる坑道に、高い線量を示す大量の汚染水が見つかった。同建屋の地下にも同様の汚染水が大量にたまっており、坑道の汚染水の供給源になっている可能性もある。この水の処理が、放射能を封じ込めるカギを握る。東電は建屋内の水を別のタンクに玉突きのように次々と移し替え、燃料冷却作業に取りかかる環境作りを急ぐ一方で、坑道の水があふれ出ないよう、土嚢(ど・のう)を積むなど応急対策を進めている。 東電によると、トレンチと呼ばれる坑道は、冷却で用いる海水ポンプの配管や電線などが通っている。人が入って点検できるようになっており、通常は水はない。その坑道の容量は総計1万3300トン。坑道内はほとんど水で埋まっているとみられ、配管などを差し引いても1万トン前後の汚染水がたまっている可能性がある。 2号機の坑道入り口付近では、最大で毎時300ミリシーベルト以上の高い放射線が測定された。1、3号機でも最大で毎時0.8~1ミリシーベルトが出ている。たて坑から海は50~70メートル離れているが、海に漏れる可能性もある。そのため、東電は28日にまず1号機のたて坑の入り口周辺に土嚢を積み、流出を防ぐ応急措置を講じた。 一方、同じ1~3号機のタービン建屋地下では、水深0.4~1.5メートルの汚染水がたまっている。坑道の配管は建屋に通じており、「地下から流れ込んだ可能性は否定できない」(東電福島事務所)。建屋の浸水は、復旧作業にとって邪魔なだけでなく、坑道の水の供給源になっているとみられる。 このため、建屋の水をまず取り除くことを優先させる。 汚染水の放射能が高いため、密閉性の高い建屋内の「復水器」という装置の中にポンプで移す方針だった。すでに1号機は、坑道の水が確認される前の24日から水の移動を始めていた。だが、2、3号機も同様に復水器への移し替えを実施しようとしたところ、それぞれ満水状態だった。 そこでまず、この復水器に入っている比較的汚染度が低いとみられる水を、建屋外にある「復水貯蔵タンク」に移し替えることにした。だが、その貯蔵タンクも、もともと水が入っている。2、3号機については、仮設ホースを引いて、貯蔵タンクの水を、建屋からさらに遠く離れている別の「圧力抑制室用貯水タンク」に移し替えて容量を確保することにし、28日から作業を始めた。 圧力抑制室用貯水タンクは各号機共用で、4号機の南にある2基については、容量計6800トンで、空き容量は約4千トンあるとみられる。廃水を処理する施設は復旧しておらず、現状ではどこかにためるほかない。2、3号機の貯蔵タンクを空にして、復水器にどれだけ容量を確保できるか、綱渡りの作業を続けている。 2012年 04月 28日
[「鳴き砂」復活へボランティアが海岸清掃 岩手・大槌]
大型連休を利用したボランティアの清掃活動が28日、津波被害を受けた岩手県大槌町の吉里吉里海岸で始まった。まだ残るがれきを取り除き、子どもたちが安心して遊べる砂浜づくりをする。 歩くとキュッキュッと鳴る「鳴き砂」の砂浜は、震災後、大きながれきは取り除かれたが、小さな破片や木片が埋まっている。町社会福祉協議会などが呼びかけ、この日はボランティア約140人が集まった。スコップで砂を掘り、ふるいにかけてゴミやガラスなどを取り除いた。 長野県から単身参加した主婦吉田舞さん(28)は「テレビで見て、少しでも力になりたいと連休を利用して来た」と話す。来月6日まで延べ約800人が参加を予定しているという。 [男性訪れ88万円「賠償金を子らに」 福島の福祉施設] 福島市の児童養護施設・青葉学園に28日、男性が訪れ、応対した神戸信行園長(63)に茶封筒を渡して立ち去った。中に現金88万円と、「まもなく、こどもの日。福島の未来を担う子供さんたちのために使っていただきたい」と書かれた手紙が入っていた。 福島第一原発事故の賠償金は、福島県の一定の地域に住む大人に1人8万円、18歳以下の子どもと妊婦には40万円が支払われている。 手紙には、「東電(東京電力)から8万円の賠償金が送られてきた。様々な事情で賠償金の恩恵に浴せない子供さんたちがいることも知った。私たちの思いとして、11名分を送ります」などとあり、差出人として「福島の獅子」と書かれていた。 神戸園長は「子どもへの賠償金は親に送金され、子どもには直接届かないことを知っている方だと思う。大変ありがたい。行事や旅行などに有効に使わせていただきます」と話した。 園長によると、男性は車で突然訪れ、「お預かりしているものがある」と言って封筒を差し出すと、すぐに去ったという。 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた空から降る核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年3月29日]・・・被災地に希望の電柱 宮城・南三陸で着々工事 一面のがれきと化した街に、真新しい電柱が連なる――。津波で家屋の8割が流された宮城県南三陸町志津川で、東北電力(本店・仙台市)が復旧作業に着手し、27日、主要道路に沿って電柱を立てる工事が本格化した。変わり始めた風景は被災者に小さな希望を与えている。 「ライフラインが回復しなければ、前に進めない」と同町が東北電力に早期復旧を要請していた。電柱の高さは被災前と同じ約16メートル。他県の支店の応援も得て急ピッチで作業を進めている。押し流された変電所の復旧も同時に進めなければならず、通電は4月末ごろになりそうだという。 水をかぶった土は、穴を掘ると水がしみ出すため、慎重に進めている。吹雪の中、作業を指揮していた協力会社の統括責任者、徳永昌利さん(41)は「被災者のために一日でも早く電気を送りたい」。近くでがれきを撤去していた漁網販売会社の今野益二郎さん(60)は「津波で自宅も会社も流されたが、復興の光がほのかに見えた気がしました」と話していた。(武田肇) [2011年3月29日]・・・「動く総合病院」避難所へ 専門医ら福島で巡回チーム 福島県で、さまざまな専門を持つ医師がチームを組んで避難所を訪れる取り組みが始まった。避難所生活が長引く人たちに複数の専門的な視点から診察する「動く総合病院」。初日の28日は医師ら約30人が3チームに分かれ、いわき市内の避難所を巡った。 県立医科大が地域の医師会と協力。内科を筆頭に小児科、心臓血管外科、眼科などの医師や理学療法士、感染制御の専門家らがチームを組むことで高度な専門医療を実現し、被災者の健康を守ろうという試みだ。 この日、3チームは津波の被害が大きかった同市の小名浜地区など7カ所を訪問。公民館や集会所の部屋で横になったり座りこんだりしている避難住民のそばに座り、かわるがわる診察した。 うち一つの避難所では、左半身に麻痺(まひ)が残る男性(66)に、看護師がまず血圧を測定。次に内科医が体調を尋ねた。「脳梗塞(こうそく)の既往症がある」と知るや、今度は心臓血管外科の医師が、携帯型の超音波検査機をふくらはぎなどにあてて測定。「血栓症のリスクがある」と診断した。最後に精神科の医師が隣に座り、「夜眠れるかどうか」などを丁寧に聞き取った。 診療を受ける人はほとんど動かない。医師の側で次々と人が入れかわり、居ながらにして健康診断を受けているような形に。投薬もそれぞれの医師が行った。 顔面神経麻痺で脳梗塞の疑いがあるとされた80代の男性は、最終判定のトリアージで「緊急に病院での検査の必要がある」と、最も緊急度の高い赤色の紙判定。医師が施設に話し、救急車で病院に運ばれた。 薬は同市の薬剤師会が愛知県医師会から無償で届けられた計約130種の薬を提供し、協力した。 今週中は連日3チームで、いわき市内の避難所をそれぞれ1日2、3カ所ずつ回る計画だ。取り組みを統括する県立医科大の細矢光亮・小児科学講座主任教授は「被災した方々にどういうニーズがあるのかをとらえて、早めに適切な対応をしたい。今後、全県に活動を広げたい」と話している。(斎藤智子) [2011年3月29]・・・僕のランドセル届いたよ 仙台の親子へ徳島から贈り物 ランドセルを買うために大切にしまっておいた入学祝いを被災後に盗まれ、困っていた仙台市の親子のもとに28日、ランドセルが届いた。朝日新聞の記事で親子のことを知った徳島県の夫婦からのプレゼントだった。 「やったーやったー。これで1年生になれる!」。約300人が避難する仙台市宮城野区の市立岡田小学校。新品のランドセルを箱から取り出した幼稚園児の米山兼生(けんせい)君(6)が跳びはねて喜んだ。ランドセルを背負って体育館を走り回る兼生君。「格好いいね」「よかったね」。避難所の人たちが声をかけた。 兼生君の家は津波で1階が浸水した。地震の2日後、母親の美枝さん(33)が自宅に戻ると2階が物色され、タンスに保管していた封筒の中身が無くなっていた。祖父母がランドセル購入用に贈った入学祝い3万円だった。 26日、朝日新聞朝刊の「いま伝えたい 被災者の声」でこのことを知った徳島県の夫婦が、避難所に電話をかけてきた。「同じぐらいの孫がいるんです。力になりたい」。遠慮する美枝さんに「今一番つらいだろうけど、これからは良いことだけだから」と言って電話は切れた。 28日、避難所に届いたのは濃い緑色のランドセル。満開の桜の写真が印刷されたはがきも添えられ、「皆、仲間です」と結ばれていた。美枝さんは「生きるための励みになりました。災害を通じて、兼生も人の心の温かさを学んでくれたはずです」。兼生君は「遠くのおじいちゃんとおばあちゃんにありがとうって電話するんだ」と話した。(渡辺洋介) [2011年3月29日]・・・福島原発「深刻なまま」 カーニー米大統領報道官 【ワシントン=尾形聡彦】カーニー米大統領報道官は28日の会見で、東京電力福島第一原発の放射能漏れ事故の状況について、「深刻なままだ」との認識を示した。一方で、日本経済の今後については「日本の人々の回復力や日本経済の強さには自信を持っている」と語った。 カーニー報道官は、福島第一原発で原子炉から放射性物質が漏れ出た可能性が高まっていることを問われたのに対し、「事態を非常に注視しており、大統領も最新状況について定期的に説明を受けている」と言及。日本の状況は依然として深刻だとの認識を示したうえで、「だからこそ、我々は日本を助けるために、非常に多くの援助を行うことを約束している」と述べた。 また日本の経済復興については「日本は回復すると信じている。そうなることが、日本にとってよいだけでなく、すべての貿易相手国や、米国にとってもよいことだ」と指摘した。 2012年 04月 27日
[東電、再建計画を政府に提出 7月に実質国有化]
政府の原子力損害賠償支援機構と東京電力は27日、東電の総合特別事業計画をつくり、枝野幸男経済産業相に申請した。これで東電は7月に政府から1兆円の出資を受けて「実質国有化」される。一方、東電を除く電力9社の2012年3月期決算では、原発が動かずに費用が増えたという7社が赤字に陥った。 東電の計画は、福島第一原発事故の損害賠償が滞らないように東電を再建させることがねらい。東電は原発事故の処理や賠償にお金がかかり、全資産を売っても借金を返せない「債務超過」になる可能性があった。このため、計画では政府が1兆円を出資して助け、代わりに株主総会の議決権の50%超を持って経営陣の人事権などを握る。 また、今年7月に家庭向け電気料金を10%値上げすることや、2013年度に柏崎刈羽原発(新潟県柏崎市・刈羽村)を再稼働させることを盛り込み、純損益の赤字を13年度(14年3月期)に黒字にする目標を立てた。この利益をもとに、政府が機構を通じて貸している賠償資金を数十年かけて返していくという。 [震災関連死1618人 避難生活長期化などで 復興庁] 東日本大震災の発生後、避難生活から体調を崩すなどして亡くなった「震災関連死」が、3月末時点の速報値で1618人にのぼることが27日、復興庁のまとめで明らかになった。国が今回の震災による関連死の数を集計したのは初めて。 警察庁による25日現在の死者数(直接死)は1万5857人、不明者数は3057人で、震災関連死とあわせると死者・不明者数は2万人を超す計算になる。 関連死は、長引く避難生活やけがの悪化などが原因で亡くなるケースで、直接的な被害で亡くなった人と同様に災害弔慰金が遺族に支給された数を各自治体に照会した。病院への搬送中に亡くなった例や震災のストレスによる自殺、仮設住宅での孤独死など、震災との因果関係が認められるケースも含まれるという。 関連死は1都9県に及び、最も多いのが福島県で764人、次いで宮城県が636人、岩手県が179人。茨城県が29人、長野、千葉県が各3人、山形、埼玉、神奈川県と東京都が各1人だった。 阪神大震災の死者数は6434人で、このうち900人あまりが関連死だった。 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた空から降る核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年3月28日]・・・東電、核燃料の圧力容器損傷に言及「健全性は維持」 東日本大震災で被害を受けた福島第一原発1~3号機について、東京電力は28日未明の会見で、核燃料を入れた鋼鉄製の圧力容器が損傷して容器の外と通じた状態になっている可能性を認めた。東電は「穴が開いているイメージ」と説明。燃料を冷却するために注がれた水に放射性物質が溶け込み、外部に漏れ続けているとみられる。 1~3号機は津波で非常用の電源が失われ、圧力容器内の水を循環させて冷やすシステムを動かせなくなった。このため圧力容器につながる配管にポンプを接続し、水を注入する作業が続いている。核燃料を水没させ、発電停止後も出続ける崩壊熱を直接、冷やすのが狙いだ。 しかし1~3号機いずれでも、圧力容器の水位計の数値は思うように上がっていない。東電は28日未明の会見で、注水しても圧力容器が満杯にならない原因を、「(圧力容器の)下の方に穴が開いているイメージだ」と認めた。穴が開いた理由は「わからない」という。 圧力容器は燃料ペレット、燃料被覆管、格納容器、原子炉建屋と合わせた5重の放射能閉じ込め機能の中で、最も重要な位置づけだ。福島第一原発の圧力容器は厚さ16センチの鋼鉄でできており、底部には、計測装置などを外部から差し込む貫通部などがある。その周辺から漏れている可能性が考えられる。 東電は、水面から露出した核燃料が過熱して損傷した可能性を認めている。専門家によると、核燃料を束ねた燃料棒が損傷して崩れ、圧力容器下部に落下してかたまりになると、表面積が小さくなって効率よく水で冷やせなくなる。極めて高温になった燃料が圧力容器の壁を溶かして穴を開けた可能性もある。 東電は一方で、内部の圧力が大気圧より高く保てているため「(圧力容器は)完全に壊れているわけではない」とも説明。「チェルノブイリのように破裂して(燃料が)外に出ている状態ではない」とし、容器の「健全性」は保たれている、という見解は変えていない。 この状態で注水を続けた場合、放射能を高濃度に含む水の外部流出が長引く可能性があるが、東電は、核燃料を冷やすには注水しかないとの立場だ。汚染水を外部に流すのではなく、本来の循環による冷却システムを再起動させる作業も進んでいるが、電源の確保などで難航している。 一方、原子力安全委員会(班目春樹委員長)は28日午前、臨時会を開き、2号機のタービン建屋地下1階にたまっている通常の10万倍の濃度の放射能を含む水について、一時溶融した燃料と接触した格納容器内の水が、何らかの経路で直接流入したと推定されると発表した。 ただ、屋外では極端に高い量の放射線は計測されていないとし、今後も水の漏出が続くとしても、炉心に注水し、蒸気を放出して冷却するという現在の冷却方法は継続可能と結論づけた。 [2011年3月28日]・・・避難所のテレビ1台、十数人囲んで…東北に地元から声援 第83回選抜高校野球第6日の28日、第1試合で東北(宮城)が登場した。東日本大震災で、練習も食事も思い通りにならずに甲子園入りしたナインたち。大垣日大(岐阜)に0―7で敗れたが、地元の避難所で厳しい生活を強いられている被災者らは、懸命なプレーに思いを重ねた。 夷塚圭汰選手(2年)の出身校で、約230人が避難生活を送る仙台市若林区の市立蒲町(かばのまち)中。試合開始の午前9時、武道館に設けられた1台のテレビに十数人が集まった。 最前列で観戦していた三浦幸子さん(63)は、津波で自宅を失った。「表情に出さずに立ち向かっていく姿に勇気をもらうね。応援している時は避難生活を忘れられる。久しぶりに、こんな大きな声を出して笑ったよ」 小学5年生の遠藤倭君(11)は、床上浸水した自宅から大切にしていたグラブを見つけ出した。そのグラブを手に、毛布にくるまって暖を取りながら、試合を見つめた。「早く野球をやりたい。甲子園は憧れの場所。いっぱい練習して甲子園に行きたい」 最後の打者が打ちとられると、ため息が漏れたが、被災者らは「精いっぱいやったよね」「次は夏だね」と拍手を送った。佐藤美代子さん(58)は「家もなくて一から出直しだけど、頑張っていかないとね」と話した。 仙台市の東北高では、食堂にテレビ3台と椅子を用意。留守番部隊の生徒のほか、近くの住民ら約100人が集まった。町内会長の小金沢佳史さん(59)は「部員は水くみや炊き出しで避難所に応援に来てくれた。『何かやることありませんか』と積極的に動いてくれた」。試合には敗れたが、「9回裏は一球一球食らい付くような思いが伝わるプレーだった」とたたえた。(篠健一郎、一色涼) [2011年3月28日]・・・噴き上がる水蒸気、崩れた壁…上空から見た1~4号機 防衛省は、自衛隊のヘリコプターが27日午前に福島第一原子力発電所を上空から撮影した映像を公開した。 ■1号機、天井や壁が崩落 地震翌日に最初の水素爆発が起きた1号機では、原子炉建屋上部の天井や壁が崩れ落ちている。鉄骨も壊れてむき出しになっているのが見える。これまでたびたび確認されていた煙や水蒸気は、はっきりとは見えない。燃料プールの水位は外から確認できない。 ■2号機、壁に亀裂多数 格納容器につながる圧力抑制室が15日に爆発、損傷した疑いがある2号機は、1~4号機のなかでは、原子炉建屋が比較的残っている。建屋側面からと、屋上にあいている複数の穴から、水蒸気とみられる白い煙が上がっている。壁には多数の亀裂も見える。 ■3号機、クレーン落下の可能性 3号機では、水素爆発で大きく破壊された原子炉建屋の上部から、水蒸気が激しく上がっている。核燃料をつり下げて移動させるためのクレーンが、天井部分に見当たらない。燃料プールや燃料も見えないが、クレーンの一部がプール上に落下し、燃料を破損している可能性もある。 ■4号機、崩れた壁からのぞくのは 4号機は、水素爆発があった1号機や3号機と同じぐらい、原子炉建屋の壁が大きく崩れ落ち、水蒸気が建物の所々で上がっている。内部にはクレーンとみられる緑色の機器や、原子炉格納容器のふたとみられる黄色い構造物も見える。ふたは定期検査中に取り外されたものとみられる。 [2011年3月28日]・・・2号機建屋の外の水から1千ミリシーベルト 福島原発 東京電力は、福島第一原発2号機タービン建屋の外にある地下溝に水がたまり、表面から毎時1千ミリシーベルト以上の放射線を計測したと発表した。 [2011年3月29日]・・・遺体確認が難航 2750体が身元不明 警察庁 警察庁は28日、東日本大震災の犠牲者で検視を終えた1万780の遺体のうち、25%強に当たる2750体の身元が判明していないことを明らかにした。今回の震災では家族も一緒に津波で流されるなどしたケースが多く、身元確認が思うように進んでいない状況が改めて確認された。 身元不明遺体は法律で発見地の自治体に引き渡されることになっているが、同日までの受け入れは、福島県の南相馬、相馬、いわきの3市などで55遺体にとどまっている。被災地はどこも多数の死者が出て火葬などが間に合わないためだが、ドライアイスなどによる遺体の保管にも限度があり、警察側も苦慮している状況だ。 身元不明遺体について、警察側はDNA型鑑定結果や指紋、歯型、遺体の特徴などを写した写真といった記録を残し、後日、遺族や知人が名乗り出てきた時に照合できるよう備えている。 [2011年3月29日]・・首相の原発視察は「勉強のため」 原子力安全委員長 原子力安全委員会の班目(まだらめ)春樹委員長は28日の参院予算委員会で、東日本大震災の発生翌日の12日に菅直人首相が福島第一原子力発電所を視察したことについて「総理が『原子力について少し勉強したい』ということで、私が(視察に)同行した」と語った。 首相の原発視察に対しては野党などから東京電力の初動対策が遅れるなどの悪影響が出たのではないかとの指摘がある。首相の視察が単に「勉強のため」だったとすれば、論議を呼びそうだ。ただ、班目氏は「総理が行かれたことで、特に何か現地で混乱があったとは承知していない」とも述べた。 [2011年3月29日]・・・福島から避難の認知症女性が新潟で凍死 28日午前8時半ごろ、新潟県田上町鳶ケ沢の林道で、東日本大震災で被災した福島県富岡町の無職女性(62)が死亡しているのが見つかった。加茂署によると、死因は凍死とみられる。 同署によると、女性は認知症で、家族7人で27日午後4時ごろ、4カ所目の避難先となる田上町の「YOU・遊ランド」宿泊棟に福島県南相馬市から移ってきた。入所手続きを終えた後、1人でその場を離れて行方不明になったため、家族が同署に届けていた。 林道は避難所から最短の道を歩くと約2キロで、積雪は約50センチ。雪の上には女性の足跡しか残っていなかったという。 [2011年3月29日]・・・第一原発の北側海水から高濃度ヨウ素 基準の1150倍 東京電力は28日、福島第一原発の北側で27日に採取した海水から、最大で安全基準の1150倍にあたる濃度の放射性物質が検出された、と発表した。東電によると、27日午後2時すぎに第一原発の5、6号機の放水口の北約30メートルで採取した海水を調べたところ、基準の1150倍のヨウ素131が検出された。25日朝に1~4号機の放水口の南側で採取した海水から1250.8倍のヨウ素131が検出されており、汚染が広がっているとみられる。 [2011年3月29日]・・・原発から5キロの地点に男性遺体 放射線量多く収容断念 警察庁は28日、福島第一原発から半径20キロの避難指示圏内にある福島県大熊町内で27日に男性の遺体が見つかったものの、放射線量が多くて収容作業を断念したことを明らかにした。発見場所は原発から約5キロの場所。遺体の状況などから、警察は男性が震災で亡くなった可能性があるとみている。 同庁によると、遺体の情報が寄せられて県警の機動隊員ら15人が出動し、駐車場で仰向けで倒れている遺体を見つけた。線量計で表面を測ったところ、全身除染が必要とされる県の基準を上回ったため、近くの建物内に安置した。今後、改めて収容方法などを検討するという。 避難指示圏内では、県警や陸上自衛隊が、放射能の影響を考慮しながら、指示に従わずにとどまっている住民の安否確認や、行方不明者の捜索を続けている。 [2011年3月29日]・・・東京電力株、震災後の最安値 34年ぶりの低水準 28日の東京株式市場は東京電力の株価が震災後、最安値を付けた。前週末比150円安い696円で、1977年2月以来の低水準となった。 福島第一原子力発電所の事故処理では、作業が難航している。事態解決まで、さらなる長期化が予想され、売りが進んだ。震災前に2100円超あった東電株は3分の1となり、時価総額は約1兆1千億円。約2週間で、約2兆3千億円が吹き飛んだ計算だ。 日経平均株価は値下がりした。終値は同57円60銭安い9478円53銭。 東京外国為替市場の円相場は、1ドル=81円台後半で小幅な値動き。午後5時時点は前週末同時刻より70銭円安ドル高の1ドル=81円68~70銭。 一方、日本銀行も同日、銀行や証券会社などが必要な資金をやり取りする短期金融市場などに、計4兆4千億円の資金を供給する公開市場操作(オペ)を実施すると発表した。10営業日連続の発表で、総額115兆円超となる。 [2011年3月29日]・・・福島の野菜農家が自殺 摂取制限指示に「もうだめだ」 福島県須賀川市で24日朝、野菜農家の男性(64)が自宅の敷地内で首をつり、自ら命を絶った。福島第一原発の事故の影響で、政府が一部の福島県産野菜について「摂取制限」の指示を出した翌日だった。震災の被害に落胆しながらも、育てたキャベツの出荷に意欲をみせていたという男性。遺族は「原発に殺された」と悔しさを募らせる。 自宅は地震で母屋や納屋が壊れた。ただ、畑の約7500株のキャベツは無事で、試食も済ませ、収穫直前だった。遺族によると、男性は21日にホウレンソウなどの出荷停止措置がとられた後も「様子をみてキャベツは少しずつでも出荷しないと」と話し、納屋の修理などに取り組んでいた。 23日にキャベツの摂取制限指示が出ると、男性はむせるようなしぐさを繰り返した。「福島の野菜はもうだめだ」。男性の次男(35)は、男性のそんなつぶやきを覚えている。「今まで精魂込めて積み上げてきたものを失ったような気持ちになったのだろう」 男性は30年以上前から有機栽培にこだわり、自作の腐葉土などで土壌改良を重ねてきた。キャベツは10年近くかけて種のまき方などを工夫し、この地域では育てられなかった高品質の種類の生産にも成功。農協でも人気が高く、地元の小学校の給食に使うキャベツも一手に引き受けていた。「子どもたちが食べるものなのだから、気をつけて作らないと」。そう言って、安全な野菜づくりを誇りにしていたという。 遺書はなかったが、作業日誌は23日までつけてあった。長女(41)は「こんな状態がいつまで続くのか。これからどうなるのか。農家はみんな不安に思っている。もう父のような犠牲者を出さないでほしい」と訴える。(西堀岳路) [2011年3月29日]・・・知的障害の子ら200人、避難先転々 職員「もう限界」 福島第一原発の事故に伴い、原発から5キロの所にある施設から逃れた重度の知的障害のある子どもや大人200人余りが、避難先を転々としている。いま3カ所目。付き添う職員やボランティア約50人とともに、小さな建物で限界の生活を続けている。 福島県富岡町の「東洋学園」は通所と入所の施設を持つ社会福祉法人。第一原発と第二原発の間にあり、県内各地から、知的障害のある子どもと大人を受け入れている。 地震発生翌日の12日、入所の児童・生徒と20~50代の大人計250人がバスで避難し、同県川内村にある同法人の施設に入った。その日のうちに政府の避難指示の範囲が広がったため、夜中に再び移動。避難所になっていた同村の小学校の体育館に着き、他の避難住民に交じって一晩を過ごした。 だが、突然の環境の変化に大きな声を出したり、落ち着きを失ったりする子どもが相次いだ。「一般の人と一緒の避難所は無理」(猪狩学・児童部長)と考え、13日には学園が所有する同県田村市の通所施設に移った。 戸建てで周囲に空き地があるため他の人に気遣う必要はなくなった。市も食料や日用品などを提供してくれた。ただ、問題は施設の広さ。もとは40人定員の施設のため、20畳ほどの2部屋と小体育館に全員がひしめき、昼も夜も身動きがとれない状態だ。 ストレス発散のため、職員が時々外に散歩に連れ出してはいるが、これまでのような畑作業や粘土いじりもなく、部屋で寝ころんだり座ったりして一日中過ごしている。 職員やボランティアの中には津波で家が流されたり身内が行方不明になったりした人もいるが、入所者の生活を維持するため、洗濯や掃除、物資の調達や薬集めに奮闘している。ただ、みな疲れ果てており、「もう限界。あと1カ月も持たない」と猪狩児童部長。学齢期の児童・生徒は4月から養護学校に通わせなくてはならず、職員らは移転先を求めて情報収集を急いでいる。(斎藤智子) 2012年 04月 26日
[福島の「三春滝桜」見ごろ 荘厳な美しさ、大勢の観光客]
日本三大桜のひとつに数えられる福島県三春町の「三春滝桜」が、今年も花を咲かせた。例年にない遅めの開花だったが、いまは五分咲きで見ごろに。東日本大震災と原発事故の影響で訪れる人が激減した昨年と打って変わって、大勢の観光客らが足を運び、荘厳な美しさをめでている。 [原発事故直後の情報信頼度 保安院はツイッターより下] 東京電力福島第一原発事故直後に信頼できた情報源は「経済産業省原子力安全・保安院」だったと答えたのは13%だったことが、保安院自身の調査でわかった。信頼度はブログ・ツイッターの23%よりも低かった。保安院は「東電の情報を右から左に流している、事故の技術的解説ができないと受け止められていた」と分析している。 調査は、今年3月、全国3345人にインターネットでアンケートした。昨年3月11日~15日に事故の情報で、信頼できる情報源を三つ挙げてもらうと「テレビ・新聞」(39.8%)が最も多く、次いで「特になし」(38.5%)だった。「専門家のホームページ」(28.3%)、「ブログ・ツイッター」(22.9%)などが続き、「保安院」は12.7%で7番目。東電は4.6%で11番目だった。 16日以降についても傾向はほぼ変わらなかったが、保安院を信頼できる情報源として選んだのは10.2%まで下がった。 [震災死者1万5857人、不明3057人 25日現在] 東日本大震災(余震を含む)について、警察庁がまとめた死者は25日現在、1万5857人。警察に届け出があった行方不明者は3057人となっている。 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた空から降る核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年3月28日]・・・被災の透析患者を最大400人受け入れ 大阪に施設開設 大阪市は28日、住之江区の見本市会場「インテックス大阪」に、東日本大震災で被災した人工透析患者の一時避難所を開設した。ここを拠点に、関西の医療機関で治療してもらうのが目的。最大で患者400人、家族を含めると1千人が生活できる。 大阪透析医会によると、被災地から首都圏に避難した患者は多いが、計画停電の影響で十分な医療が受けられない場合もあり、東京都内では通常4時間かかる透析を3時間で打ち切られるケースもあるという。透析には電気が欠かせないため、西日本など停電のない地域での患者受け入れが課題となっている。 大阪市はインテックス大阪の床に畳を敷き、8畳ごとについたてで区切って1家族用の居住空間を確保。布団とマットレスも貸し出す。施設内にはシャワールームもあり、通院には病院の送迎バスや市バス(無料)、ボランティアが運行するリフトカーなどが利用できる。 [2011年3月28日]・・・宮城のがれき「23年分」 知事「3年以内に処理」 宮城県は28日、東日本大震災で倒壊した家屋などのがれきの量が、県内で1500万~1800万トンにのぼるとの推計を公表した。1年間に排出される一般廃棄物の23年分に相当するという。村井嘉浩知事は「3年以内をめどに処理したい」と語った。 同日午前の災害対策本部会議で明らかにした。被災によって自治体機能が低下した市町村については、県が主体となってがれき処理を主導する。1995年の阪神大震災の際には、兵庫県内で1980万トンのがれきが発生。処理に3年かかり、費用は2655億円にのぼった。 ■死者、1万872人に 東日本大震災による死者は28日、警察庁の集計(午前9時現在)で1万872人となった。警察に届け出のあった行方不明者は6県で1万6244人。避難者は約24万人。 死者数は宮城県で6627人、岩手県で3213人、福島県で974人など。警察が遺体の状況を確認した1万人超のうち、身元が判明しているのは約8千人分。 2012年 04月 25日
[柏崎刈羽原発「13年度再稼働」 東電の事業計画に明記]
政府の原子力損害賠償支援機構と東京電力は、東電の再建を進めるための「総合特別事業計画」を固めた。政府が1兆円を出資して50%超の議決権を持ち、実質国有化する。一方、再建の前提として、今年7月には家庭向け電気料金を10%値上げし、柏崎刈羽原発を2013年度中に再稼働させることを明記した。 機構と東電が計画を検討してきた。勝俣恒久会長の後任に機構の下河辺和彦運営委員長が就くことが決まったため、計画を固め、27日に枝野幸男経済産業相に提出することにした。 ただ、原発再稼働に対しては、福島第一原発事故の反省が足りないという批判が出たり、地元自治体の理解を得られなかったりする可能性がある。値上げに対しても、利用者からはもっと人件費を減らすべきだという声が出かねない。 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた空から降る核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年3月28日]・・・原発周辺、避難指示圏内になお60人 朝日新聞社調べ 福島第一原発の20キロ圏内には、1号機で水素爆発が起きた12日に避難指示が出され、警察庁は15日、「全員が避難を完了した」としていた。だが、朝日新聞が27日、20キロ圏内にかかる10市町村に確認したところ、7市町村が圏内に残留者がいると答え、少なくとも60人余がとどまっていることがわかった。 福島県警は、避難指示直後から第一原発の近くに立ち入れないよう主要道路に警察官を配置している。このため、市街地での残留者の大半は指示の段階からずっと圏内にとどまっているとみられる。一方、農村部には集落に通じる小道が多く、田村市や葛尾村などでは残留者が出入りしている形跡もあったという。 こうした状況のなか、各自治体は陸上自衛隊や地元消防に協力を依頼。安否の確認と避難の説得を続けている。 各自治体によると、残留者の多くは身内を介護している人や、酪農をしている人。「寝たきりの親は介護が必要で避難所生活に耐えられない」「餌をやらないと牛が死んでしまう」といった理由で避難を拒んでいる。 避難指示は「首相は市町村長と知事に対し、避難のための立ち退きや屋内退避の勧告、指示を行う」とした原子力災害対策特別措置法の条文に基づく。各自治体は「法的な強制力がないので、強く拒否されれば打つ手がない」と説明する。 圏内のほとんどの地域で、電気やガスなどのライフラインが止まっている。各自治体は、生存が確認できた世帯には食料を届けているが、最多の34人がいる南相馬市は「説得に応じて避難した人たちとの公平性を欠く」として、説得以外の対応はとっていない。ただ当面の食料があることは確認できているという。 県は「残留者の総数はつかんでいない」としている。26日には、富岡町で寝たきりの高齢者や重病人のいる3世帯5人が発見され、病院に搬送される人も出た。町内は電話がつながらなくなっており、この5人については、情報が寄せられるまで町が所在を確認できていなかった。こうした例からみて、なお未確認の残留者がいる可能性もある。 ただ、圏内の市町村の多くが役場機能を移転させていることもあって情報収集が難しい状況。自治体側からは、国の主導による確認や説得の作業を求める声が上がっている。(小林誠一) [2011年3月28日]・・・数兆円の復興交付金、政府検討 国の負担でインフラ復旧 菅政権は東日本大震災で被災した地方自治体を支援するため数兆円規模の「復興交付金」を創設し、社会資本の復旧費用のほぼ全額を国が負担する方向で検討に入った。4月中の国会提出を目指す復興基本法に明記し、春の大型連休前にも編成する新年度第1次補正予算案から数次の予算編成に盛り込んでいく方針だ。 菅政権は、東日本大震災による道路や港湾、住宅などの社会資本の被害は16兆~25兆円にのぼると試算。自治体だけでは復旧作業は困難とみて、国が全面的に財政支援する方針を固めている。 枝野幸男官房長官は27日の記者会見で「国として全面的に、自治体の負担なくやりたい」と明言。片山善博総務相も27日のフジテレビの番組で「(自治体負担が)限りなくゼロに近いようにしたい」と語り、社会資本の復旧財源のほぼ全額を国が負担する考えを示した。 自治体への財政支援には補助金、地方交付税、交付金の3種類がある。補助金は使途が細かく定められて使いづらい。地方交付税は算定基準が複雑で被災地に限って増額することが難しいため、比較的自由に使え、金額も一時的に増やしやすい交付金にすることにした。被災地からも「大規模な災害復興交付金制度が必要」(三村申吾・青森県知事)との声が出ていた。 民主党の復旧・復興検討委員会(委員長・岡田克也幹事長)の特別立法検討チームが週内にも復興交付金の創設を提言する。菅内閣は提言を受けて、交付金の算定基準など制度の詳細を詰める。財源は赤字国債の増発や復興に特化した増税に加え、新年度予算の組み替えで確保することも検討している。 民主党は被災住民の住宅再建や集団移転支援、道路・港湾のインフラ改修などでも国の負担率を大幅に引き上げる新規立法を検討しており、復興への国の関与を前面に打ち出す構えだ。(山下剛、野上祐) [2011年3月28日]・・・東京で桜開花 気象庁発表 気象庁は28日、東京で桜(ソメイヨシノ)が開花したと発表した。靖国神社(東京都千代田区)にある標本木に5、6輪以上の花が咲いているのを東京管区気象台の職員が同日午前、確認した。約1週間で満開を迎える見通し。東京の開花は平年並みで、昨年よりは6日遅い。 2012年 04月 24日
[バレーボールも持ち主判明 岩手からアラスカ漂着]
米アラスカ湾のミドルトン島で見つかった寄せ書き入りのバレーボールの持ち主は、岩手県田野畑村出身の佐藤詩織さん(19)と23日わかった。「詩織」と大きく書かれたボールは、小学校卒業のとき記念にバレーボール部の後輩から詩織さんに贈られ、津波で全壊した同村羅賀地区の実家から流されたものだった。 詩織さんは被災後に東武鉄道のグループ会社に就職し、現在は埼玉県内の駅で働いている。同日夜、同県越谷市内で報道各社の取材に応じた詩織さんは「まさか、遠いアラスカで見つかるなんて。本当にビックリしました」と話した。 この日午後、テレビを見た母親からのメールで、自分のボールがアラスカで見つかったことを知った。寄せ書きの文字がほとんど消えずに残っていることに驚いたという。震災までは、自宅の棚の上に置いたままで眺める機会も少なかった。「戻ってきたらじっくり見て、大事にしたいです」 [兼務五つ、名刺の肩書き70文字 震災で宮城県職員] 宮城県で、長い肩書を持つ職員が増えている。文字数にして70文字前後になったり、五つの仕事を兼務したり――。東日本大震災で仕事が増えたことも影響している。 《環境生活部廃棄物対策課技術副参事兼技術補佐(総括担当)兼竹の内産廃処分場対策室技術補佐(総括担当)兼震災廃棄物対策課技術補佐(総括担当)》 4月1日人事で、男性職員は新たに68文字の肩書を得た。「長いですね」 昨年9月、「震災廃棄物対策課」の職務が加わった。市町村に代わってがれきを処理するため、新設された課だ。今回、「技術副参事」が加わった。 名刺には、兼務する職務がずらり。住民らと向き合う時、どの立場で相対しているのか、相手が分かるよう気を使う。その時の職務を「○」で囲んで渡すことも多いという。 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた空から降る核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年3月27日]・・・被災地の小中高、土曜授業も 時間確保へ、文科省認める 文部科学省は、東日本大震災で被災した公立小中高の授業時間数を確保するため、土曜日に授業を行うことを認める方針を固めた。多くの地域や学校で新年度の始業が大幅に遅れ、平日だけでは授業時間が足りなくなるとみられるためで、文科省は「震災で学習環境が悪化した児童生徒にも、将来のために学力をきちんとつけさせる必要がある」と説明している。 公立の小中高は週5日制。学校教育法施行規則は土日や祝日に授業ができるのは「特別の必要がある場合」に限ると定めている。実際には土曜に授業をしている学校は多いが、これは任意参加の補習や、「地域住民に授業を公開する」などの条件付きで例外的に認められているものだ。 文科省は、震災による授業時間不足は「特別の必要がある場合」に当たると判断した。今後、被災地の教育委員会に周知していくという。 文科省は被災県の教委に対し、子どもたちの学習に著しい遅れが出た場合、補習を行ったり宿題を出したりして、可能な限り学力の底上げをはかるよう求める通知も出している。(青池学) [2011年3月27日]・・・耕せぬ、種まけぬ… 放射能汚染、福島の農家「人災だ」 桃やキュウリ、米などの産地として名高い農業大国・福島県。沿岸部の津波被害だけでなく、福島第一原発からの放射能による水や土壌の汚染が重くのしかかる。 「アブラナはちょうど食べごろ。これから菜っ葉やジャガイモの種芋をまこうと思っていたところだったのに」 原発から20~30キロの屋内退避圏内に入っている広野町の自宅から避難して内陸部にいる男性(75)は焦る。25日には政府が屋内退避圏の住民にも自主避難を要請。畑に戻ることすら難しい状況だ。「これは人災。何をいっても通るものでないが……」 同じ屋内退避圏の南相馬市原町区に住む松浦秀昭さん(68)はいまも自宅に残る。飼育する10頭の馬を捨てられない。幸い、約80アールの水田も津波被害を逃れている。 「原発の作業員が頑張っており、放射能の影響はない」と松浦さんは信じている。だが、作付けをしようにも、例年なら農協から届く種もみが今年はない。放射能による土壌汚染があるかどうか、それに対する補償があるかどうかを見極めるための検討を続けているからだ。 すでに文部科学省の調査で、原発から約40キロ離れた飯舘村の土1キロから16万3千ベクレルのセシウム137と117万ベクレルのヨウ素131が検出されている。 県は25日、県内の全農家に、農作業の延期を要請。米や野菜、花の種まきや苗植えを通常より延期する▽土壌表面の放射性物質の拡散を防ぐため、田畑を耕さない▽出荷停止中の牛乳は堆肥(たいひ)化処理をするとともに、家畜は放牧せずに畜舎内で飼育する――ことなどを求めた。 仮に、土壌が汚染された場合に対策はあるのか。 金沢大・低レベル放射能実験施設の山本政儀教授(環境放射能学)によると、かつて原発事故が起きたウクライナのチェルノブイリや核実験で被曝(ひばく)したカザフスタンのセミパラチンスクでは、土壌の入れ替えが行われた。表層20~30センチの土壌を薄くはぎ取り、その下1~2メートルの泥を掘り出して、そこに表層部の土を埋める。そのことで放射性物質は上にある土壌で遮られ、大気中に出にくくなるという。 雨が多い日本の場合、埋めた放射性物質が雨で流され、飲料水に影響する可能性もある。山本教授は「半減期が30年と長いセシウムは地下の粘土鉱物に付着して落ちにくいが、ストロンチウムは流れていく。汚染されていない山を崩すなどして土を完全に入れ替えるのが理想かもしれない」と指摘する。 福島でそうしたことが必要になるかは、まだ決まったわけではない。まずは作付けが可能かどうか、土壌の入れ替えが必要かどうか、付近一帯の調査を進め、汚染状態を正確に把握する必要がある。もっとも、まだ原発自体が安定していない状況で、県農林水産部の担当者は「まずは農作業の自粛で、放射性物質の拡散を防ぎたい」と話している。(大平要、岩崎賢一、中川透) [2011年3月27日]・・・海水から基準の1850.5倍のヨウ素 福島第一原発 原子力安全・保安院は27日午前、東京電力が26日午後2時半に福島第一原発付近で採取した海水から、安全基準の1850.5倍の濃度にあたる放射性ヨウ素が検出された、と発表した。 [2011年3月27日]・・・2号機水たまりの放射性ヨウ素、通常冷却水の1千万倍 経済産業省原子力安全・保安院は27日、福島第一原子力発電所2号機のタービン建屋内の水たまりの表面で、毎時1000ミリシーベルト以上の強い放射線量が計測されたと発表した。水に含まれるヨウ素134の放射能の強さは29億ベクレルで、通常の原子炉内の冷却水が持つ放射能の1千万倍にあたる。 [2011年3月27日]・・・水の注文10~20倍 山梨の工場フル回転 心配は停電 被災地支援に加え、複数の都県の水道水から基準値を超える放射性ヨウ素が検出されたことなどからミネラルウオーターの需要が急速に高まっている。日本ミネラルウオーター協会によると、山梨県は2010年には全国の生産数の約3割を占め、全国1位の生産数量を誇る。県内に取水工場を置くメーカーは「被災地や消費者のため」と増産への取り組みに懸命だ。 「オーダーはふだんの10~20倍。電話はひっきりなし。とても対応できない」。甲州市にミネラルウオーターの生産の主力工場を持つサーフビバレッジの常務取締役三尾秀幸さんは嘆く。 ミネラルウオーターの工場は東日本大震災の翌日から24時間のフル稼働。それでも生産能力に限界があり、前年同期の約1.8倍ほどしか生産ができていない。そのうえ、別のメーカーに委託しているペットボトルのキャップやラベルの生産工場が被災し、震災後入荷が少ない状態だ。「綱渡り状態。こんな状態が続けば死活問題」とも。 北杜市白州町に工場があるサントリー。震災後は前年同期比約1.6倍の増産体制だ。広報担当者は「需要は被災地に限らず、全国的に高い」と話し、4月は前年同月比1.5倍の生産を予定している。 また、同町にミネラルウオーターの主力工場を置くコカ・コーラ社の製品を作っている白州ヘルス飲料の工場でも、被災地向けの生産が続く。節電のため、日中は3分の1ほど工場の電灯が消され、薄暗い。同工場は2月末ごろから、夏の需要に向け、24時間のフル稼働。その中でも、消費者庁が、保存方法などを表示しない出荷を被災地向けに限って認めたことを受け、25日までラベルを貼らないミネラルウオーターの生産も行った。 同工場の黒木政治製造課長(57)は計画停電の影響に頭を悩ます。国からの増産の要請もあるが「3時間停電すると機械の殺菌などのため、10~13時間生産が止まってしまう」という。フル稼働で2リットルボトル25万本、550ミリリットル50万本の生産できるが、停電があれば、生産量は半減する。 影響は別のところにも現れている。地下水を24時間無料で持ち帰れる道の駅「はくしゅう」だ。 山口光茂駅長(66)によると、震災後、ガソリンが手に入らなくなったためか、農作物などを売る店舗を訪れる客が半減したという。ところが、安心な水を求めて並ぶ人は逆に増えている。道の駅で扱っている水を入れるボトルの売れ行きは平常時の倍。東京都をはじめ首都圏などで水道水から放射性物質が検出されたとのニュースが相次いでいるからだ。 あるメーカーの担当者は「(ミネラルウオーターなどの)地下水は水質の変化が少なく安心できる。需要増は当分続くのでは」とみている。(菊地雅敏) [2011年3月27日]・・・女川の鉄筋ビル、基礎ごと倒れる 津波17メートル超か 東日本大震災で被災した宮城県女川町で、4棟以上の2~4階建てのビルが基礎ごと倒れていたことが、早稲田大の柴山知也教授(海岸工学)らの調査で分かった。津波では壊れにくいと考えられてきた鉄筋コンクリートのビルも含まれ、17メートルを超す津波の強い水流で倒されたらしい。 ビルの倒壊は町の中心部で確認された。原形をとどめながらも、基礎ごと倒れ、地盤に打ち込んだ杭も一部、引き抜かれていた。船などの漂流物にぶつかられた跡はなく、水流の力だけで倒れたらしい。ビルは鉄骨造りのほか、古い鉄筋コンクリート製とみられるものもあった。 柴山さんの計測では、女川町中心部を襲った津波の高さは17.6メートル。女川湾の入り口に造られていた大型の防波堤も倒れて水没、防潮堤のない中心街を守るとりでが無くなっていた。柴山さんは、外海からの津波が湾を一気に通り抜けて高さと威力を増し、一気に建物を壊したとみる。 一方、同県南三陸町の中心部の調査では、津波の高さは15.4メートルだったものの、女川町のように倒れたビルはみられなかった。南三陸町が面する志津川湾は、湾の奥の形がとがっていないため、柴山さんは「とがった湾の形状で、津波の水流が一部に集中する女川湾とは、状況が違ったのかもしれない」と話す。 一般に鉄筋コンクリートのビルは津波の力では倒れにくいと考えられ、高台が近くにない場合などで津波から避難する場所にも指定されている。柴山さんは「女川では鉄骨造りも含め、基礎ごと倒れていることが深刻。湾奥を襲う津波の水流のすさまじさが示された珍しい例と言え、今後の津波避難ビルのあり方の検討が必要だ」と話した。(長野剛) [2011年3月27日]・・・国の宿舎4万2千戸、被災者受け入れへ 相談窓口紹介 菅政権の被災者生活支援特別対策本部は27日、東日本大震災の被災者を受け入れることが可能な国の宿舎などの総戸数を発表した。国家公務員宿舎や公営住宅などをあわせ、全国で計4万2145戸。政府は「被災者向け公営住宅等情報センター」で個別の問い合わせを受け付けるとともに、都道府県の相談窓口を紹介するとしている。同センターの電話番号はフリーダイヤル0120・297・722(午前9時~午後6時)。 [2011年3月27日]・・・宮城の死者6477人、「阪神」超す 警察庁集計 東日本大震災による死者は27日、警察庁の集計(午後3時現在)で1万668人となった。宮城県の死者だけで6477人にのぼり、1995年の阪神大震災の死者6434人を超えた。 警察が遺体の状況を確認した1万人超のうち、身元が判明しているのは約7700人分。4分の1にあたる約2800人分は身元が分かっていない。 警察に届け出のあった行方不明者は6県で1万6574人。家族ごと行方不明になって届けが出ていないケースもあるとみられる。 宮城県以外の死者は、岩手県で3185人、福島県で948人など。福島県では、福島第一原子力発電所の事故にともなう避難指示などで遺体の収容が進んでおらず、死者数はさらに増える可能性がある。 [2011年3月28日]・・・備蓄ガソリン、無料配給 スタンド全滅の岩手・陸前高田 市内すべてのガソリンスタンドが使えなくなった岩手県陸前高田市で27日、国の備蓄ガソリンの無料配給があった。市が国に要請し、県内で初めて実現した。自衛隊が宮城県から運び、市内5カ所で市職員や消防団員が手動ポンプで車に給油した。同市によると1人20リットルで、29日までに計4万リットルを配る予定という。 給油は、同市が事前に配ったチケットと引き換え。同市横田町狩集の給油所跡地では、午前9時の開始前から約50メートルの列ができた。 弟が行方不明になっている菅野昭さん(76)は、24日に岩手県大船渡市で給油して以降、弟の捜索でガソリンを使い続けた。「これでまた弟を捜しに行けます」と話した。 鈴木幹さん(74)は、最後に給油したのが23日。その日は朝4時に起きて隣町のガソリンスタンドまで行き、約3時間待ったが、そのガソリンもあとわずかしか残っていなかった。「本当に感謝です」と顔をほころばせた。 市は、各地区の「コミュニティー推進協議会」を通じて、誰にチケットを渡すかを決めたという。市の担当者は「誰にチケットを渡すのか線引きが難しかった。コミュニティーにゆだねた」と話した。(小泉浩樹) [2011年3月28日]・・・津波耐えた一本松「復興シンボルに」 岩手・陸前高田 海岸沿いに数万本の松が並んでいた名勝、岩手県陸前高田市の高田松原。いま、津波に耐えた1本の松が残っている。 高田松原は、砂浜に約2キロにわたって弓なりに松が続いていた。県観光協会によると、約350年前に農作物を潮風から守る防潮林として植えられ、昨年は約104万人の観光客が訪れたという。 津波の被害を受け、ほとんどの松の幹が折れ、その周りに枝やがれきが散乱している。その中に1本だけ、まっすぐ立っている。県観光協会の担当者は「松は陸前高田のシンボルなので、1本でも残ったのはうれしい。復興のシンボルにもなってほしい」と話している。(宮沢賢一) [2011年3月28日]・・・経団連の救援物資船、八戸到着 146トン分を被災地へ 日本経団連の「救援物資ホットライン便・第1便」を載せた日本郵船の最新貨物船「YAMATAI」(1万4538トン)が27日、青森県八戸市の八戸港に到着した。 救援物資は、関西中心の経団連会員企業など47団体から集まった灯油やガスコンロ、コメなど146トン分で、船は24日に神戸港を出発した。青森県内の大型トラック9台に積み替え、28日に被害の大きかった岩手県の沿岸7市町村や宮城県に向けて出発する。 2010年完成の同船は全長162メートル。平らな甲板に住宅やタンクローリーも載せられる。経団連の井上隆主幹は「船の特徴を生かし、被災地に必要なものを届けたい」と話した。次の運搬は4月の予定で、岩手県の釜石港などへの入港も検討する。 小田武船長は「船員21人が特別なミッションに誇りを持っている。要請がある限り役に立ちたい」と話した。 [2011年3月28日]・・・2号機汚染水、15分で被曝上限 放射能大量流出の恐れ 経済産業省原子力安全・保安院と東京電力は27日、福島第一原子力発電所(福島県大熊町、双葉町)の2号機タービン建屋地下にたまった水の表面から毎時1千ミリシーベルト以上の強い放射線量を計測したと発表した。作業員の被曝(ひばく)線量の上限は250ミリシーベルトで1時間で4倍の量を浴びる計算になる。同原発でこれまで測定された線量では最大の値だという。炉内の燃料が崩壊し大量の放射性物質が漏れ出た可能性が高い。 保安院や東電によると、2号機タービン建屋のたまり水の表面で26日、毎時1千ミリシーベルト以上を計測した。測定作業ですぐに針が振り切れたため、測定員は測定を中止して退避した。シーベルトは、放射性物質の種類ごとにエネルギーが違うことなどを考慮した人体への影響を示す単位。今回の作業のために100ミリシーベルトから緩和された250ミリシーベルトの上限に達しないようにするにはその場に15分といられない。 また、26日に採水し調べたところ、高い放射能のヨウ素131やセシウム137などを計測した。さらに、半減期が53分と短いヨウ素134についても、炉内の冷却水より1千万倍強い濃度を検出したと27日午前にいったん発表した。このため炉内で部分的に核分裂反応が続いている可能性があるとの見方も出た。だが原子力安全委員会からの指摘もあり測り直したところ、実際は検出できないほど低い濃度だったとわかり、28日未明に訂正した。1号機と3号機のたまり水で計測した放射能の値も再度確認するという。 2号機の水は、何らかの形で回収する計画だが、ポンプの復旧などに向けた電源ケーブルの敷設作業に支障が出る可能性がある。 24日に3号機タービン建屋地下のたまり水で作業員3人が被曝。他号機のタービン建屋でも水が見つかり、東電が調べていた。3号機で事故後に検出したのは390万ベクレルで、通常の炉内の水の1万倍。26日時点で1号機、3号機は通常の千倍程度だった。 検出された放射性物質には燃料が核分裂してできる物質が含まれていた。半減期が8日と短いヨウ素131などが多量に含まれることなどから、保安院は、炉から取り出して時間が経っている燃料のプールより、原子炉から漏れ出た恐れが強いとみている。 2号機は炉心の水位が低い状況が続き、格納容器につながる圧力抑制室が爆発で壊れた疑いがある。燃料や放射能の閉じこめ機能の損傷が進んでいる可能性がある。 このほか、東電が26日午後2時半に福島第一原発放水口付近で採取した海水から、安全基準の1850.5倍の濃度にあたるヨウ素131が検出された。前日の1250.8倍に比べ、増加傾向にある。保安院は「健康被害を心配する状況ではない」としているが、汚染源や推移を注視している。 2号機では25日、原子炉建屋の搬出口付近の屋外で水が流れた跡が見つかり毎時15ミリシーベルト程度を計測した。タービン建屋の水や、海水の汚染との関連は不明。 2012年 04月 23日
[持ち主は被災地の高校生 アラスカ漂着のサッカーボール]
米アラスカ湾のミドルトン島で見つかったサッカーボールは、東日本大震災で被災した岩手県陸前高田市の高校2年生、村上岬さん(16)のものと分かった。自宅を津波で失った村上さんは「まさか何千キロも離れたアラスカで見つかるなんて」と喜んだ。 ボールは7年前、小学校を転校した時に、同級生や担任の先生からもらったものだった。いつもベッドのそばに網に入れてつるしていたが、自宅は津波で流失。水がひいた後、何度も自宅跡に足を運んだが、何も見つからなかった。「自分の持ち物が何一つ見つかっていなかったので、とてもうれしい」 一方、ボールを見つけたアラスカ州カシロフに住む米連邦航空局(FAA)の技術者デビッド・バクスターさん(51)は「妻が日本人だった偶然もあって、持ち主に届けるのは自分の使命だと感じている。無事に返したい」と語った。 [7市町村、5年後も20ミリSv超 「除染なし」想定] 東京電力福島第一原発の周辺で、帰還できない年間放射線量20ミリシーベルト以上の地域は、除染をしなければ5年後も7市町村に残ることがわかった。野田政権が22日、福島県双葉郡との意見交換会で初めて予測図を公表。今後、避難者の意向調査を踏まえ、帰還に向けた支援策を具体化させる方針だ。 今回の予測図は、避難住民や自治体が将来の帰還計画を判断する材料になる。昨年11月の航空機によるモニタリング調査結果をもとに除染を実施しない場合を想定。立ち入りが制限されている原発から3キロ圏内を除き、2032年3月末までの年間放射線量の予測値を示した。 5年後の2017年3月末の時点で20ミリシーベルト以上の地域は南相馬市や飯舘村など7市町村で、10年後も6市町村にわたる。一方、年間50ミリシーベルト以上の地域は、5年後で原発が立地する双葉町と大熊町を含む4町村。10年後には、双葉・大熊両町の一部境界などに限られる。 [渋谷で脱原発求めるパレード 1千人が参加] 脱原発を求めるパレードが22日、東京都内であった。主催者の集計によると約1千人が参加。約3キロをデモ行進した。 代々木公園(渋谷区)で開催された環境イベント「アースデイ東京」の一環。5月5日の「こどもの日」に、北海道電力泊原発の3号機が定期検査入りし、国内で稼働する原発がゼロになることから、緑色のこいのぼりを掲げて「子どもたちのために原発のない未来を」と訴えた。 友人と一緒に子ども連れで参加した横浜市の安住ふみさん(33)は「原発のリスクを負ってまで、これ以上経済を発展させる必要はない」と語った。 千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた空から降る核災害の記録 (東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる) [2011年3月26日]・・・福島・関東の放射線量は低下傾向 東北の一部は上昇 福島第一原発事故の影響で上昇した福島県や関東地方の大気中の放射線量は26日午前、引き続き、低下傾向だった。ただ、東北地方の一部で測定値が上がった。25日夜以降、断続的に雪や雨が降っている影響とみられる。 大気中の放射線量が平常値を上回っていたのは宮城、山形、福島、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、神奈川。原発建屋の爆発などで放出された放射性物質が雨によって落下して一時、放射線量は上昇したが、ここ数日、減少傾向が続いている。 福島県では26日午後2時現在、福島市で1時間あたり3.94マイクロシーベルト、飯舘村で9.43マイクロシーベルトなどと前日より微減した。関東では、東京都新宿区が0.121マイクロシーベルト、さいたま市0.101などと少し下がった。一方、新潟県の新発田市や山形県米沢市ではわずかに上昇した。 [2011年3月26日]・・・過酷労働もう限界、両親は不明…原発の東電社員がメール 東京電力の福島第二原子力発電所で働く女性社員が、東電本社の幹部に、現場の状況を電子メールで伝えてきた。事故を起こした企業の社員であり、被災者でもある立場の苦しさもつづっている。両親の行方はわからないという。 メールを受けた幹部はかつて女性の上司として第二原発で働いていた。幹部からメール転送された東電関係者が、社員の名と所属を伏せて記者に見せた。関係者は「いまの状況で見せることが適切なのか迷ったが、社員の希望でもあり、現場の様子を知る参考にしてほしい」と話す。 メールの送信日時は23日正午過ぎ。送り主は46歳の事務職の女性社員だ。次のような内容でつづられている。 「1F(福島第一原発)、2F(第二原発)に働く所員の大半は地元の住民で、みんな被災者です。家を流された社員も大勢います。私自身、地震発生以来、緊急時対策本部に缶詰めになっています。個人的には、実家が(福島県)浪江町の海沿いにあるため、津波で町全体が流されました」 「実家の両親は津波に流され未(いま)だに行方がわかりません。本当なら、すぐにでも飛んでいきたい。でも、退避指示が出ている区域で立ち入ることすらできません。自衛隊も捜索活動に行ってくれません。こんな精神状態の中での過酷な労働。もう限界です」 福島第一、第二原発では、2010年7月時点で東電の社員約1850人、関連会社や原発メーカーなど協力企業の社員約9500人が働いている。東電によると、9割が福島県内在住で、そのうちの7~8割は原発周辺の双葉地域の住民。事故後は東電、協力企業の地元社員だけでなく、全国から集められた社員らが交代で作業している。 「被災者である前に、東電社員としてみんな職務を全うしようと頑張ってます。特に2Fは、自分たちのプラントの安全性の確保の他に、1F復旧のサポートも同時にやっていた状況で、現場はまるで戦場のようでした。社員みんな心身共に極限まできています。どうかご理解下さい」 「今回の地震は天災です。でも、原発による放射性物質の汚染は東電がこの地にあるせいです。みんな故郷を離れ、いつ戻れるかどうかもわからない状況で、不安を抱え怒りを誰にぶつけてよいのか分からない! それが今の現実です」 社員は「この現実を社内外に届けてください」と伝え、本社の支援を求めている。(永田稔) [2011年3月26日]・・・北海道、被災者1万人受け入れへ 大型バスで出迎えも 東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手、宮城、福島の3県などの被災者について、北海道は1万人規模で受け入れる方針を決め、25日に発表した。公営住宅以外にもホテルを借り上げて住まいを確保するとともに、大型バスで被災地まで出迎えたり、生活費を無利子で融資したりすることで、積極的に被災者を支援する考えだ。 一連の費用は2011年度補正予算案として、30日に開かれる臨時道議会に提案する。 被災者向けの住まいとしては、道や道内市町村が計約2千戸の公営住宅を用意している。ただ、1万人規模で被災者を受け入れた場合、さらに住まいが必要になると判断し、ホテルなどの宿泊施設を借り上げることにした。予算は1億5千万円を計上する。 被災者の移動の負担を軽減するため、道が大型バスを借り上げ、被災地まで出迎えることも決めた。道内入りに利用するフェリー代、バスの借り上げ費、添乗する道職員の旅費など、関連経費は計8800万円。 被災者の生活経費向けの融資制度も実施する。公営住宅に入居する際に必要となる布団や食器といった生活用品の購入経費などを想定しており、無利子で最大50万円まで貸し付ける。 これらの支援策は、補正予算成立後、3県などと調整のうえ実施時期を決める。 補正予算案は総額約23億円にのぼる。その中には、道教育委員会の教育費計7317万円も盛り込まれた。津波被害で就学が困難となった道内の公立高校生や、被災地から道内の公立高校に転入してきた生徒ら計130人に対し、月額平均2万円を1年間貸し付ける制度や、道内に避難してきた児童・生徒の心のケアや保健指導にあたるスクールカウンセラー、退職した養護教諭を派遣するシステムなどを実施する。 [2011年3月27日]・・・「魚食べて心配ない」 原子力安全委員長、海水汚染巡り 福島第一原発事故の影響で、原発からの排水が基準の千倍を超すなど、周辺海域で放射能汚染が深刻化している。これに対し、原子力安全委員会=班目(まだらめ)春樹委員長=は26日、「放射性物質は海では希釈、拡散される」として、人が魚を食べてもまず心配はない、との見方を示した。 東京電力による原発の放水口付近の調査では、25日朝にヨウ素131が1立方センチあたり50ベクレル、セシウム137が同7.2ベクレル検出された。原発の排水を規制する基準に照らすと、ヨウ素は1250倍、セシウムは79倍にあたる。東電は、1日1回だった測定回数を2回に増やすことにした。 一方、文部科学省が23日から原発の沖合約30キロ地点で調べると、最大で1リットルあたりセシウムが26ベクレル検出。飲用水の基準に比べると、7分の1以下だが、09年度に調べた通常値の1万倍を超えていた。 海洋生物への影響について、原子力安全委員会は26日、「排水口付近では濃度が高いが、魚介類に取り込まれるまでに潮流に流されて拡散、希釈される。さらにヨウ素は半減期が8日と短いため、人が食べるまでには相当低減していると考えられる」とした。 一方で、財団法人海洋生物環境研究所の御園生(みそのう)淳研究参与(環境放射能)によると、濃度が高いと魚類が取り込んだ放射性物質が体内で最大で海水の30~50倍の濃度まで蓄積されることもあるという。半減期が30年のセシウムは心配が残るという。「2~4カ月で魚に影響が出ることもある。継続的な広域の調査が必要。消費者や漁業者の安心にもつながる」と指摘した。 [2011年3月27日]・・・大船渡市、低地の住宅を高台に移す計画 首相に支援要請 岩手県大船渡市の戸田公明市長は26日の記者会見で、津波で甚大な被害があった低地の木造住宅を、高台に移す意向を示した。同日の菅直人首相との電話会談でこの要望を伝え、国に対して支援を求めたという。低地の住宅跡地は市が買い取ることで、スムーズに住民が移転できる仕組みをつくりたいとしている。ただ、法的な制約や財源の措置などハードルは高い。 [2011年3月27日]・・・ドイツで反原発数万人デモ 福島事故受け「即時停止を」 【ベルリン=松井健】ベルリンやハンブルクなどドイツ国内の4都市で26日、原発の運転中止を求める数万人規模のデモがあり、参加者は「福島の後では原発を即座に止めるという結論しかない」などと訴えた。福島第一原発事故を受け、ドイツでは反原発運動が盛り上がっている。ドイツ政府は事故後、国内の原発の運転期間を延長する政策を凍結し、1980年までに稼働開始した原発7基の運転を3カ月間停止している。 [2011年3月27日]・・・タービン建屋地下の排水難航 原子炉冷却作業、足踏み 東京電力福島第一原子力発電所(福島県大熊町、双葉町)のタービン建屋の地下にたまった高濃度の放射能を含む水の処理が難航している。1号機で続く排水作業は、26日になっても終わらず、炉心の冷却に使うポンプに電力を送るめどはたっていない。 タービン建屋の地下に水がたまり、高い放射線量が確認されたのは1~3号機。このうち1号機では、24日から排水の作業が始まった。排水用のポンプを水中に入れ、タービン建屋の中にある復水器というタンクに移す計画だ。 しかし、建屋そのものが広いうえ、廊下などにも水がたまり、作業が滞っている。排水が終わったとしても、洗浄をしないと、その後の作業を再開できないという。 経済産業省原子力安全・保安院によると、1~3号機では地下の水がじゃまをして、電源ケーブルの敷設作業が中断している。ケーブルは、炉心の本格的な冷却に必要なタービン建屋内のポンプを動かすのに必要だ。このポンプが動かなければ、消防ポンプに頼るいまの状況が続く。 保安院は、水の漏出の源は原子炉と推測する。「圧力容器や格納容器が大きく損なわれているわけではない」とする一方、「今も漏れ続けている可能性は否定できない」と説明している。 3号機のタービン建屋では24日に水につかりながら作業をしていた3人が両足を被曝(ひばく)した。その6日前の18日に、別のタービン建屋で高い放射線量が確認されながら、被曝した作業員らに伝えられなかった。東電は26日午前、高い放射線量が確認されたのは1号機と説明していたが、午後になって2号機だったと訂正した。測定された放射線量は毎時500ミリシーベルト相当だったという。 炉心の冷却作業は2号機では海水を使っていたが、26日午前に真水に変更し、地震発生時に運転していた1~3号機のすべてで真水に切り替わった。2号機では同日午後、中央制御室の照明がついた。
< 前のページ 次のページ >
|

