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5月3日(火)・・・原発「聞きたくない」 「みる・きく・はなす」はいま

「原子炉は五重の壁で守られている」「大きな地震や津波に耐えられる」

 黒潮が乗る太平洋に面した宮崎県最南端、串間市。今年1月、A4判49ページのカラー冊子が市役所から回覧板で各世帯に配られた。

 国が作った中学生向けの社会科副読本「チャレンジ! 原子力ワールド」。原子力発電所の立地の賛否を問う全国3例目の住民投票を4月10日に控えていた。

 回覧板には「市民投票の学習の一助としてご活用頂きたい」とある。市内のサツマイモ農家、松本寿利(ひさとし)さん(53)は冊子を手にしながら、思った。

 「人間がやることに絶対に安全なものがあるのか。都合の良い情報提供だ」

 農業と漁業の人口2万人の市に、九州電力の原発計画が持ち上がったのは19年前。1997年に白紙撤回されたが、昨夏の市長選で元職の野辺修光氏(68)が住民投票実施を公約に返り咲き、問題が再燃した。

 「原電立地で串間の活性化を」「子どもたちに原発のない未来を!」。市内に推進派と反対派の看板やのぼりが入り乱れた。地域経済の衰退に歯止めがかからない中、賛成派の間で「6対4で圧勝する」と「票読み」がささやかれた。

     ■

 震災翌日の3月12日朝。推進派の元市議会議長、森光昭さん(77)の自宅の電話が鳴った。食卓に置かれた新聞は、約1100キロ離れた福島第一原発で炉心の冷却が止まり、住民の避難が始まったと伝えている。

 「投票はどげんしたらよかろうか」

 野辺市長からだった。

 「天地がひっくりかえった。やめた方がいいっちゃ」。間を置かずに答えると、市長が言った。

 「腹は決まっている」

 2日後の14日。住民投票の見送りを知らせるビラが全戸に配られた。

 推進派団体の元幹部(67)が明かす。「事故の後では、推進派が何を発言しても不利になるだけだ」
震災後、地域を二分してきた議論は消えた。

 3人の子育てをする畜産農家の松田香里さん(31)は悔やむ。家畜を置き去りにして避難を強いられる福島の被災者は他人事ではない。「子どもの未来のためにも意思を示したかった」

     ■

 「原発銀座」と呼ばれる福井県若狭地方の敦賀市。4月24日にあった市議選で4回目の当選を果たした今大地(こんだいじ)晴美さん(60)の気持ちはいまも晴れない。

 告示日の街頭演説で「福島の原発事故は他人事でありません」と口にすると、「耳の痛い話は聞きたくない」と聴衆が離れた。支持者の60代の女性に「ごめんなさい」と握手を拒まれた。「いまなら聞いてもらえる」と期待していたが、脱原発の主張をいったん封印。数日後、別の支持者に背中を押されて脱原発の持論を訴えたが得票を減らした。

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 山口県上関町は、瀬戸内海西部にある。2018年の運転開始を目指す中国電力の原発建設をめぐり、推進派と反対派のせめぎ合いが約30年間続く。

 3月14日。2人の町議が町議会事務局を相次いで訪れ、2日後に予定していた質問の取り下げを伝えた。

 反対運動で1年3カ月中断した工事が、2月下旬に再開したばかり。座り込みなどの反対運動を工事を遅らせた「違法な妨害」と非難し、追及の矛先を向けようとした矢先だった。

 「いまそんな質問をすれば、かえって発電所建設のマイナスになる」。質問を取り下げた1人、西哲夫町議(63)は理由を説明した。

 原発推進を掲げる柏原重海町長(61)は言う。「いまは原子力に関するあらゆる議論をやめ、国民すべてが収束を願うことが人の道だ」

 推進派は沈黙し、原発をめぐる世論はどこかつかみどころがない。
住民団体「上関原発を建てさせない祝島島民の会」の代表、山戸貞夫さん(61)は会員に「言動は慎重に」と伝えた。「事故を『それ見たことか』と思っていると誤解されれば、世論を敵に回す」と考えた。

 上関原発の建設工事は一時中断しているが、地質調査のための掘削は続く。現場の田ノ浦湾には毎日、ダイナマイトの音が響いている。

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■福島第一原発事故をめぐる主な動き

3月11日 福島第一原発が津波で全電源を喪失。政府が初の原子力緊急事態宣言を発令

  12日 1号機で水素爆発。社員ら4人がけが

  14日 3号機で水素爆発

  18日 福島第一原発事故が国際評価尺度でスリーマイル島原発事故と並ぶ「レベル5」に

  24日 3号機タービン建屋内の放射能汚染水で、作業員3人が被曝(ひばく)

4月12日 福島第一原発事故が国際評価尺度でチェルノブイリ事故と並ぶ「レベル7」に

  22日 福島第一原発の半径20キロ圏内が「警戒区域」に。住民も含め、原則立ち入り禁止となる

     ◇

 激しい揺れ、大津波、そして原発事故。経験したことのない大災害は、日本社会の言論状況に何をもたらしたのか。朝日新聞阪神支局で記者2人が殺傷された事件(1987年5月3日)を機に始めた企画の第36部でその姿を追う。(この連載は、武田肇、白木琢歩、山田優、神田大介、成沢解語、羽根和人が担当します)

by nsmrsts024 | 2011-05-03 12:36 | 朝日新聞・綜合、政治

千年に一度の巨大津波と原発事故による核災害


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