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4月27日(金 )・・3.11東日本大震災と福島第一原発爆発事故から1年と1カ月

[東電、再建計画を政府に提出 7月に実質国有化]
政府の原子力損害賠償支援機構と東京電力は27日、東電の総合特別事業計画をつくり、枝野幸男経済産業相に申請した。これで東電は7月に政府から1兆円の出資を受けて「実質国有化」される。一方、東電を除く電力9社の2012年3月期決算では、原発が動かずに費用が増えたという7社が赤字に陥った。

 東電の計画は、福島第一原発事故の損害賠償が滞らないように東電を再建させることがねらい。東電は原発事故の処理や賠償にお金がかかり、全資産を売っても借金を返せない「債務超過」になる可能性があった。このため、計画では政府が1兆円を出資して助け、代わりに株主総会の議決権の50%超を持って経営陣の人事権などを握る。

 また、今年7月に家庭向け電気料金を10%値上げすることや、2013年度に柏崎刈羽原発(新潟県柏崎市・刈羽村)を再稼働させることを盛り込み、純損益の赤字を13年度(14年3月期)に黒字にする目標を立てた。この利益をもとに、政府が機構を通じて貸している賠償資金を数十年かけて返していくという。

[震災関連死1618人 避難生活長期化などで 復興庁]
東日本大震災の発生後、避難生活から体調を崩すなどして亡くなった「震災関連死」が、3月末時点の速報値で1618人にのぼることが27日、復興庁のまとめで明らかになった。国が今回の震災による関連死の数を集計したのは初めて。

 警察庁による25日現在の死者数(直接死)は1万5857人、不明者数は3057人で、震災関連死とあわせると死者・不明者数は2万人を超す計算になる。

 関連死は、長引く避難生活やけがの悪化などが原因で亡くなるケースで、直接的な被害で亡くなった人と同様に災害弔慰金が遺族に支給された数を各自治体に照会した。病院への搬送中に亡くなった例や震災のストレスによる自殺、仮設住宅での孤独死など、震災との因果関係が認められるケースも含まれるという。

 関連死は1都9県に及び、最も多いのが福島県で764人、次いで宮城県が636人、岩手県が179人。茨城県が29人、長野、千葉県が各3人、山形、埼玉、神奈川県と東京都が各1人だった。

 阪神大震災の死者数は6434人で、このうち900人あまりが関連死だった。






千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた空から降る核災害の記録
(東日本大震災と放射能人災からの1年間を顧みる)

[2011年3月28日]・・・東電、核燃料の圧力容器損傷に言及「健全性は維持」
東日本大震災で被害を受けた福島第一原発1~3号機について、東京電力は28日未明の会見で、核燃料を入れた鋼鉄製の圧力容器が損傷して容器の外と通じた状態になっている可能性を認めた。東電は「穴が開いているイメージ」と説明。燃料を冷却するために注がれた水に放射性物質が溶け込み、外部に漏れ続けているとみられる。

 1~3号機は津波で非常用の電源が失われ、圧力容器内の水を循環させて冷やすシステムを動かせなくなった。このため圧力容器につながる配管にポンプを接続し、水を注入する作業が続いている。核燃料を水没させ、発電停止後も出続ける崩壊熱を直接、冷やすのが狙いだ。

 しかし1~3号機いずれでも、圧力容器の水位計の数値は思うように上がっていない。東電は28日未明の会見で、注水しても圧力容器が満杯にならない原因を、「(圧力容器の)下の方に穴が開いているイメージだ」と認めた。穴が開いた理由は「わからない」という。

 圧力容器は燃料ペレット、燃料被覆管、格納容器、原子炉建屋と合わせた5重の放射能閉じ込め機能の中で、最も重要な位置づけだ。福島第一原発の圧力容器は厚さ16センチの鋼鉄でできており、底部には、計測装置などを外部から差し込む貫通部などがある。その周辺から漏れている可能性が考えられる。

 東電は、水面から露出した核燃料が過熱して損傷した可能性を認めている。専門家によると、核燃料を束ねた燃料棒が損傷して崩れ、圧力容器下部に落下してかたまりになると、表面積が小さくなって効率よく水で冷やせなくなる。極めて高温になった燃料が圧力容器の壁を溶かして穴を開けた可能性もある。

 東電は一方で、内部の圧力が大気圧より高く保てているため「(圧力容器は)完全に壊れているわけではない」とも説明。「チェルノブイリのように破裂して(燃料が)外に出ている状態ではない」とし、容器の「健全性」は保たれている、という見解は変えていない。

この状態で注水を続けた場合、放射能を高濃度に含む水の外部流出が長引く可能性があるが、東電は、核燃料を冷やすには注水しかないとの立場だ。汚染水を外部に流すのではなく、本来の循環による冷却システムを再起動させる作業も進んでいるが、電源の確保などで難航している。

 一方、原子力安全委員会(班目春樹委員長)は28日午前、臨時会を開き、2号機のタービン建屋地下1階にたまっている通常の10万倍の濃度の放射能を含む水について、一時溶融した燃料と接触した格納容器内の水が、何らかの経路で直接流入したと推定されると発表した。

 ただ、屋外では極端に高い量の放射線は計測されていないとし、今後も水の漏出が続くとしても、炉心に注水し、蒸気を放出して冷却するという現在の冷却方法は継続可能と結論づけた。


[2011年3月28日]・・・避難所のテレビ1台、十数人囲んで…東北に地元から声援
第83回選抜高校野球第6日の28日、第1試合で東北(宮城)が登場した。東日本大震災で、練習も食事も思い通りにならずに甲子園入りしたナインたち。大垣日大(岐阜)に0―7で敗れたが、地元の避難所で厳しい生活を強いられている被災者らは、懸命なプレーに思いを重ねた。

 夷塚圭汰選手(2年)の出身校で、約230人が避難生活を送る仙台市若林区の市立蒲町(かばのまち)中。試合開始の午前9時、武道館に設けられた1台のテレビに十数人が集まった。

 最前列で観戦していた三浦幸子さん(63)は、津波で自宅を失った。「表情に出さずに立ち向かっていく姿に勇気をもらうね。応援している時は避難生活を忘れられる。久しぶりに、こんな大きな声を出して笑ったよ」

 小学5年生の遠藤倭君(11)は、床上浸水した自宅から大切にしていたグラブを見つけ出した。そのグラブを手に、毛布にくるまって暖を取りながら、試合を見つめた。「早く野球をやりたい。甲子園は憧れの場所。いっぱい練習して甲子園に行きたい」

 最後の打者が打ちとられると、ため息が漏れたが、被災者らは「精いっぱいやったよね」「次は夏だね」と拍手を送った。佐藤美代子さん(58)は「家もなくて一から出直しだけど、頑張っていかないとね」と話した。

 仙台市の東北高では、食堂にテレビ3台と椅子を用意。留守番部隊の生徒のほか、近くの住民ら約100人が集まった。町内会長の小金沢佳史さん(59)は「部員は水くみや炊き出しで避難所に応援に来てくれた。『何かやることありませんか』と積極的に動いてくれた」。試合には敗れたが、「9回裏は一球一球食らい付くような思いが伝わるプレーだった」とたたえた。(篠健一郎、一色涼)


[2011年3月28日]・・・噴き上がる水蒸気、崩れた壁…上空から見た1~4号機
防衛省は、自衛隊のヘリコプターが27日午前に福島第一原子力発電所を上空から撮影した映像を公開した。

■1号機、天井や壁が崩落

 地震翌日に最初の水素爆発が起きた1号機では、原子炉建屋上部の天井や壁が崩れ落ちている。鉄骨も壊れてむき出しになっているのが見える。これまでたびたび確認されていた煙や水蒸気は、はっきりとは見えない。燃料プールの水位は外から確認できない。

■2号機、壁に亀裂多数

 格納容器につながる圧力抑制室が15日に爆発、損傷した疑いがある2号機は、1~4号機のなかでは、原子炉建屋が比較的残っている。建屋側面からと、屋上にあいている複数の穴から、水蒸気とみられる白い煙が上がっている。壁には多数の亀裂も見える。

■3号機、クレーン落下の可能性

 3号機では、水素爆発で大きく破壊された原子炉建屋の上部から、水蒸気が激しく上がっている。核燃料をつり下げて移動させるためのクレーンが、天井部分に見当たらない。燃料プールや燃料も見えないが、クレーンの一部がプール上に落下し、燃料を破損している可能性もある。

■4号機、崩れた壁からのぞくのは

 4号機は、水素爆発があった1号機や3号機と同じぐらい、原子炉建屋の壁が大きく崩れ落ち、水蒸気が建物の所々で上がっている。内部にはクレーンとみられる緑色の機器や、原子炉格納容器のふたとみられる黄色い構造物も見える。ふたは定期検査中に取り外されたものとみられる。


[2011年3月28日]・・・2号機建屋の外の水から1千ミリシーベルト 福島原発
東京電力は、福島第一原発2号機タービン建屋の外にある地下溝に水がたまり、表面から毎時1千ミリシーベルト以上の放射線を計測したと発表した。

[2011年3月29日]・・・遺体確認が難航 2750体が身元不明 警察庁
警察庁は28日、東日本大震災の犠牲者で検視を終えた1万780の遺体のうち、25%強に当たる2750体の身元が判明していないことを明らかにした。今回の震災では家族も一緒に津波で流されるなどしたケースが多く、身元確認が思うように進んでいない状況が改めて確認された。

 身元不明遺体は法律で発見地の自治体に引き渡されることになっているが、同日までの受け入れは、福島県の南相馬、相馬、いわきの3市などで55遺体にとどまっている。被災地はどこも多数の死者が出て火葬などが間に合わないためだが、ドライアイスなどによる遺体の保管にも限度があり、警察側も苦慮している状況だ。

 身元不明遺体について、警察側はDNA型鑑定結果や指紋、歯型、遺体の特徴などを写した写真といった記録を残し、後日、遺族や知人が名乗り出てきた時に照合できるよう備えている。


[2011年3月29日]・・首相の原発視察は「勉強のため」 原子力安全委員長
原子力安全委員会の班目(まだらめ)春樹委員長は28日の参院予算委員会で、東日本大震災の発生翌日の12日に菅直人首相が福島第一原子力発電所を視察したことについて「総理が『原子力について少し勉強したい』ということで、私が(視察に)同行した」と語った。

 首相の原発視察に対しては野党などから東京電力の初動対策が遅れるなどの悪影響が出たのではないかとの指摘がある。首相の視察が単に「勉強のため」だったとすれば、論議を呼びそうだ。ただ、班目氏は「総理が行かれたことで、特に何か現地で混乱があったとは承知していない」とも述べた。


[2011年3月29日]・・・福島から避難の認知症女性が新潟で凍死
28日午前8時半ごろ、新潟県田上町鳶ケ沢の林道で、東日本大震災で被災した福島県富岡町の無職女性(62)が死亡しているのが見つかった。加茂署によると、死因は凍死とみられる。

 同署によると、女性は認知症で、家族7人で27日午後4時ごろ、4カ所目の避難先となる田上町の「YOU・遊ランド」宿泊棟に福島県南相馬市から移ってきた。入所手続きを終えた後、1人でその場を離れて行方不明になったため、家族が同署に届けていた。

 林道は避難所から最短の道を歩くと約2キロで、積雪は約50センチ。雪の上には女性の足跡しか残っていなかったという。


[2011年3月29日]・・・第一原発の北側海水から高濃度ヨウ素 基準の1150倍
東京電力は28日、福島第一原発の北側で27日に採取した海水から、最大で安全基準の1150倍にあたる濃度の放射性物質が検出された、と発表した。東電によると、27日午後2時すぎに第一原発の5、6号機の放水口の北約30メートルで採取した海水を調べたところ、基準の1150倍のヨウ素131が検出された。25日朝に1~4号機の放水口の南側で採取した海水から1250.8倍のヨウ素131が検出されており、汚染が広がっているとみられる。

[2011年3月29日]・・・原発から5キロの地点に男性遺体 放射線量多く収容断念
警察庁は28日、福島第一原発から半径20キロの避難指示圏内にある福島県大熊町内で27日に男性の遺体が見つかったものの、放射線量が多くて収容作業を断念したことを明らかにした。発見場所は原発から約5キロの場所。遺体の状況などから、警察は男性が震災で亡くなった可能性があるとみている。

 同庁によると、遺体の情報が寄せられて県警の機動隊員ら15人が出動し、駐車場で仰向けで倒れている遺体を見つけた。線量計で表面を測ったところ、全身除染が必要とされる県の基準を上回ったため、近くの建物内に安置した。今後、改めて収容方法などを検討するという。

 避難指示圏内では、県警や陸上自衛隊が、放射能の影響を考慮しながら、指示に従わずにとどまっている住民の安否確認や、行方不明者の捜索を続けている。


[2011年3月29日]・・・東京電力株、震災後の最安値 34年ぶりの低水準
28日の東京株式市場は東京電力の株価が震災後、最安値を付けた。前週末比150円安い696円で、1977年2月以来の低水準となった。

 福島第一原子力発電所の事故処理では、作業が難航している。事態解決まで、さらなる長期化が予想され、売りが進んだ。震災前に2100円超あった東電株は3分の1となり、時価総額は約1兆1千億円。約2週間で、約2兆3千億円が吹き飛んだ計算だ。

 日経平均株価は値下がりした。終値は同57円60銭安い9478円53銭。

 東京外国為替市場の円相場は、1ドル=81円台後半で小幅な値動き。午後5時時点は前週末同時刻より70銭円安ドル高の1ドル=81円68~70銭。

 一方、日本銀行も同日、銀行や証券会社などが必要な資金をやり取りする短期金融市場などに、計4兆4千億円の資金を供給する公開市場操作(オペ)を実施すると発表した。10営業日連続の発表で、総額115兆円超となる。


[2011年3月29日]・・・福島の野菜農家が自殺 摂取制限指示に「もうだめだ」
福島県須賀川市で24日朝、野菜農家の男性(64)が自宅の敷地内で首をつり、自ら命を絶った。福島第一原発の事故の影響で、政府が一部の福島県産野菜について「摂取制限」の指示を出した翌日だった。震災の被害に落胆しながらも、育てたキャベツの出荷に意欲をみせていたという男性。遺族は「原発に殺された」と悔しさを募らせる。

 自宅は地震で母屋や納屋が壊れた。ただ、畑の約7500株のキャベツは無事で、試食も済ませ、収穫直前だった。遺族によると、男性は21日にホウレンソウなどの出荷停止措置がとられた後も「様子をみてキャベツは少しずつでも出荷しないと」と話し、納屋の修理などに取り組んでいた。

 23日にキャベツの摂取制限指示が出ると、男性はむせるようなしぐさを繰り返した。「福島の野菜はもうだめだ」。男性の次男(35)は、男性のそんなつぶやきを覚えている。「今まで精魂込めて積み上げてきたものを失ったような気持ちになったのだろう」

 男性は30年以上前から有機栽培にこだわり、自作の腐葉土などで土壌改良を重ねてきた。キャベツは10年近くかけて種のまき方などを工夫し、この地域では育てられなかった高品質の種類の生産にも成功。農協でも人気が高く、地元の小学校の給食に使うキャベツも一手に引き受けていた。「子どもたちが食べるものなのだから、気をつけて作らないと」。そう言って、安全な野菜づくりを誇りにしていたという。

 遺書はなかったが、作業日誌は23日までつけてあった。長女(41)は「こんな状態がいつまで続くのか。これからどうなるのか。農家はみんな不安に思っている。もう父のような犠牲者を出さないでほしい」と訴える。(西堀岳路)


[2011年3月29日]・・・知的障害の子ら200人、避難先転々 職員「もう限界」
福島第一原発の事故に伴い、原発から5キロの所にある施設から逃れた重度の知的障害のある子どもや大人200人余りが、避難先を転々としている。いま3カ所目。付き添う職員やボランティア約50人とともに、小さな建物で限界の生活を続けている。

 福島県富岡町の「東洋学園」は通所と入所の施設を持つ社会福祉法人。第一原発と第二原発の間にあり、県内各地から、知的障害のある子どもと大人を受け入れている。

 地震発生翌日の12日、入所の児童・生徒と20~50代の大人計250人がバスで避難し、同県川内村にある同法人の施設に入った。その日のうちに政府の避難指示の範囲が広がったため、夜中に再び移動。避難所になっていた同村の小学校の体育館に着き、他の避難住民に交じって一晩を過ごした。

 だが、突然の環境の変化に大きな声を出したり、落ち着きを失ったりする子どもが相次いだ。「一般の人と一緒の避難所は無理」(猪狩学・児童部長)と考え、13日には学園が所有する同県田村市の通所施設に移った。

 戸建てで周囲に空き地があるため他の人に気遣う必要はなくなった。市も食料や日用品などを提供してくれた。ただ、問題は施設の広さ。もとは40人定員の施設のため、20畳ほどの2部屋と小体育館に全員がひしめき、昼も夜も身動きがとれない状態だ。

 ストレス発散のため、職員が時々外に散歩に連れ出してはいるが、これまでのような畑作業や粘土いじりもなく、部屋で寝ころんだり座ったりして一日中過ごしている。

 職員やボランティアの中には津波で家が流されたり身内が行方不明になったりした人もいるが、入所者の生活を維持するため、洗濯や掃除、物資の調達や薬集めに奮闘している。ただ、みな疲れ果てており、「もう限界。あと1カ月も持たない」と猪狩児童部長。学齢期の児童・生徒は4月から養護学校に通わせなくてはならず、職員らは移転先を求めて情報収集を急いでいる。(斎藤智子)

by nsmrsts024 | 2012-04-27 10:55 | 朝日新聞・綜合、政治

千年に一度の巨大津波と原発事故による核災害


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