<   2014年 04月 ( 31 )   > この月の画像一覧

4月30日(水)・・・東日本大震災から3年1ヶ月と19日

3.11東日本大震災と福島第一原発爆発事故から3年と1ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人間が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能人災から直後の1年間を顧みる)



2011年3月19日(土)・・・茨城で震度5強 津波の心配はなし
19日午後6時56分ごろ、茨城県北部を震源とする地震があり、気象庁によると、同県日立市で震度5強を観測した。

 そのほか、同県常陸太田市、高萩市、笠間市、ひたちなか市、常陸大宮市、那珂市、土浦市、鉾田市、城里町、五霞町で震度5弱を記録した。

 同庁によると、震源の深さは約20キロ、地震の規模を示すマグニチュードは6.1と推定される。この地震による津波の心配はないという。

 同県東海村の原子力対策課によると、日本原子力発電の東海第二発電所の稼働はこの地震で一時停止しているが、「問題があった」という報告を受けていないという。



2011年3月19日(土)・・・青森リンゴ、放射線データを台湾に提供 風評被害防止策
福島第一原発の事故にからみ、青森県産リンゴの輸出先の台湾業者から「放射能汚染されていない証明が必要」との声が上がり、青森県が証明書代わりに、県内20カ所での放射線量測定値を日本側の輸出業者に提供し始めた。県内の放射線量は平常値を保っており、データを記入した紙を台湾側の業者に送ることで「風評被害」を防止したい考えだ。

 県は「実際に注文の取り消しが起きる前に」と独自の対策に乗り出した一方で、農林水産省にも安全検査の実施を求めている。

 2009年産リンゴの日本の総輸出量約2万3千トンのうち9割が台湾向けで、そのほとんどが青森県産という。県内では県や電力会社などが県内20カ所で放射線量を測定しており、原発事故後も通常値の毎時0.016マイクロシーベルト前後を保っている。

 このデータを台湾の在日大使館にあたる台北駐日経済文化代表処(東京)に送ったほか、リンゴを輸出している県内の55業者にもそのデータを輸出書類に添付するよう指示した。

 青森県のリンゴ生産地は県中西部にあり、今回の津波や地震による直接的な被害はほとんど出ていない。













[世界と日本・今日この頃]

韓国船沈没、体育館で待ち続ける姉妹「弟見つかるまで」
 韓国南西部・珍島沖で起きた旅客船セウォル号の沈没事故から30日で2週間。修学旅行中の高校生ら約90人の安否がいまもわからない中、沈没現場に近い珍島の体育館で、多くの家族や親戚たちが寝起きし、情報を待ち続けている。


 29日未明。大型スクリーンに、夜間捜索で新たに見つかった遺体の特徴が映し出された。

 「193番目 男 170センチ推定 灰色ランニングシャツ……」

 2階観覧席の通路で毛布を敷いて眠っていた京畿道安山市の大学生、金昭熙(キムソヒ)さん(20)と会社員、昭英(ソヨン)さん(18)姉妹は体を起こし、メガネをかけて目をこらした。安否のわからない弟の特徴と違う。再び眠りについた。こんな生活が2週間も続いている。

 ソウル近郊・安山市の檀園(ダンウォン)高校2年の弟ギスさん(16)は15日、修学旅行で同級生ら300人余りと、自宅から遠くない仁川港からセウォル号に乗った。済州島も船旅も初めてだった。2歳年上で同校卒業生の昭英さんは2年前、同じルートの修学旅行で済州島に行った経験を弟に詳しく語っていた。

 「船の中が一番楽しいよ」。生徒同士でパーティーをしたり、花火を楽しんだりした思い出があった。

 学校や職場で沈没事故のニュースを知った2人の姉は、すぐに母親(44)と珍島に向かった。事故から数日間、弟はエアポケット(空気だまり)の中で生きていると信じていたが、船首が完全に沈んだ頃からは家族にあきらめが広がった。「奇跡も信じたいけど、今は一刻も早く遺体が見つかることを願っている」と昭熙さんは唇をかむ。

 13年前に父を亡くした3姉弟は、週末にバドミントンをしたり、電話で悩みを打ち明けあったり、周囲にうらやましがられるほど仲良しだったという。
[PR]
by nsmrsts024 | 2014-04-30 04:57 | 朝日新聞・綜合、政治

4月29日(火)・・・東日本大震災から3年1ヶ月と18日

3.11東日本大震災と福島第一原発爆発事故から3年と1ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人間が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能人災から直後の1年間を顧みる)



2011年3月19日(土)・・・ルース米大使、首相と会談 「米国全体が心配している」
 菅直人首相は19日夕、首相官邸でルース駐日米大使と会談し、福島第一原発の事故について「引き続き国際社会に情報を隠すことなく、共有したい。まだまだ厳しい状況が続くが、全力で対処する」と伝えた。ルース氏は米政府として、東日本大震災の被災者支援や原発の事故対応への協力を惜しまない考えを強調。「同盟国として米国全体が日本を心配している」などと語った。会談は首相からルース氏に呼びかけた。



3月19日(土)・・・「日本への渡航制限ない」 国際民間航空機関がお墨付き
 福島第一原子力発電所のトラブルを受け、日本発の航空機が海外で貨物の積み下ろしを拒まれたり、外国の航空会社が成田空港を回避したりしている問題を受け、国際民間航空機関(ICAO)は18日、「日本への渡航制限はない」とする声明を出した。国土交通省は航空会社や在外大使館を通じて声明の内容を周知し、各国に理解を求める。

 ICAOはカナダ・モントリオールに本部を置く国連の専門機関。声明は「いくつかの空港で放射線レベルの上昇が認められるが、現時点では健康上のリスクはない」とし、日本からの旅客に対する放射線量のスクリーニング検査や日本発着の航空輸送の制限は必要ないとしている。

 原発のトラブル後には、ドイツのルフトハンザ航空とイタリアのアリタリア航空が成田から関西空港などに発着地を変更。16日には全日空の貨物便が中国・大連で貨物の積み下ろしを拒否されていた。













[世界と日本・今日この頃]

[PR]
by nsmrsts024 | 2014-04-29 12:34 | 朝日新聞・綜合、政治

4月28日(月)・・・東日本大震災から3年1ヶ月と17日

3.11東日本大震災と福島第一原発爆発事故から3年と1ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人間が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能人災から直後の1年間を顧みる)


2011年3月19日(土)・・・東京消防庁、予定の7時間を超え放水続行 福島第一原発
東京電力福島第一原発の3号機への放水・冷却作業で、東京消防庁は、7時間の予定だった連続放水を延長し、20日午前0時半まで続ける。

 本格的な放水作業は19日午後2時すぎに始まった。1千トン以上を放水して同9時すぎに終了する予定だった。



2011年3月19日(土)・・・谷垣総裁、入閣応ぜず 危機管理内閣へ首相要請
菅直人首相は19日、自民党の谷垣禎一総裁に「副総理兼震災復興担当相」として入閣するよう電話で要請した。自民党トップを加えた「危機管理内閣」の発足で政権を安定させ、東日本大震災の対策を強める狙いがあった。だが自民党は緊急役員会で入閣要請を拒否することを決め、谷垣氏が首相に通告した。

 首相は19日昼、谷垣氏に電話で「国家的危機だ。復興には相当なエネルギーが必要だ。ぜひ協力をお願いしたい。副総理兼震災復興担当大臣でお願いしたい」と要請し、谷垣氏との会談も求めた。だが、谷垣氏は「あまりに唐突な話だ」と回答を保留した。

 谷垣氏はこの後、自民党本部で緊急役員会を開いて対応を検討。出席者からは、入閣すれば自民党が反対してきた子ども手当法案など新年度予算関連法案の成立に協力せざるを得ず、菅政権の延命につながるとの意見が大勢を占め、入閣要請を拒否することを全会一致で決定した。一方、災害復興には与野党で設けた「各党・政府震災対策合同会議」などを通じて協力する方針も確認した。

 緊急役員会後、谷垣氏は首相に直接電話し、「我が党は震災復旧に関して手を緩めることも惜しむこともなく、引き続き閣外から全面協力する。今の時点では総理は現体制をいじる時ではなく、被災者の支援、原発の対応に全力を尽くすべきだ」と伝えた。















[世界と日本・今日この頃]

「今後、ノートしっかりとる」 山中氏会見、一問一答


 京都大iPS細胞研究所の山中伸弥所長と森沢真輔副所長が28日、論文の疑問点の指摘について説明した記者会見での主な一問一答は次の通り。(敬称略)

山中教授が会見「論文内容に自信」 元データはなく謝罪(4/28)
元データ保管の重要性を再認識 山中教授会見(4/28)

 ――元データは、共同研究者のノートにあるのか。

 山中 自分自身の記載漏れか、共同研究者が実験したノートを私が持っていないのか、どちらかわからないのが正直な答えだ。

 ――画像は切り張りではないのか。

 山中 違う点もたくさんある。私には跡が出ないようにコピーする技術はない。再実験すれば済む話で、(切り張りの)必要性も理由もない。

 ――指摘はどこからあったのか。

 山中 国内のインターネットサイトだった。匿名サイトで正式なルートの指摘ではなく、おもしろおかしく世間に騒がれるだけになるかもしれず、今日まで公表しなかった。

 ――公表の判断理由は。

 森沢 新潮社から問い合わせがあり、社会的反響が大きいと思って会見を設けた。
[PR]
by nsmrsts024 | 2014-04-28 07:39 | 朝日新聞・綜合、政治

4月27日(日)・・・東日本大震災から3年1ヶ月と16日

3.11東日本大震災と福島第一原発爆発事故から3年と1ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人間が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能人災から直後の1年間を顧みる)




2011年3月18日(金)・・・「4号機プールに水面」東電が画像公開 福島第一原発
 東京電力は17日、16日午後4時ごろにヘリで空から撮影した福島第一原子力発電所3号機と4号機の画像を公開した。爆発で壁が吹き飛ばされた原子炉建屋の5階部分に、使用済み燃料を収めるプールの水面が見えると説明している。同社の複数の社員が水が入っているのを確認しているという。



2011年3月18日(金)・・・警視庁の高圧放水、18日以降は実施せず 福島第一原発
警察庁幹部は17日、警視庁機動隊の高圧放水車による福島第一原発への放水について、同日の作業で終了し、18日以降は実施しない方針を示した。














[世界と日本・今日この頃]

「ジャパニーズオンリー」店にも 貼り紙に傷つく外国人

キックオフの2時間前。酒に酔った30代の男たちが、1階通路に集まっていた。3月8日午後2時すぎ、快晴の埼玉スタジアム。Jリーグ浦和レッズのサポーター集団「ウラワボーイズ・スネーク」の3人だ。本拠地開幕戦だった。

 縦70センチ、横2・5メートルの白い布と、スプレー缶を持ち込んでいた。コンクリートの床に敷き、黒い文字で、英語を吹き付けた。

 JAPANESE(ジャパニーズ) ONLY(オンリー)

 午後4時前。ゴール裏の観客席は、浦和のユニホームを着た熱心なサポーターで、真っ赤に染まっていた。席の出入り口に、3人はつくったばかりの横断幕を掲げた。隣には、日の丸が掲げられていた。

   ◇

 「同じ言葉だ」

 6日後、東京都内の高校3年金居弘樹さん(18)は新聞の写真に目を奪われた。3人の横断幕で、浦和に無観客試合の処分が下されたと報じていた。

 3カ月ほど前、浅草で「Japanese Only」を目にしていた。
[PR]
by nsmrsts024 | 2014-04-27 04:23 | 朝日新聞・綜合、政治

4月26日(土)・・・東日本大震災から3年1ヶ月と15日

3.11東日本大震災と福島第一原発爆発事故から3年と1ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人間が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能人災から直後の1年間を顧みる)


2011年3月18日(金)・・・津波で町長不明、庁舎も壊滅 岩手県大槌町で町議会開会
町長が行方不明になっている岩手県大槌町。庁舎は津波被害で壊滅状態になり、たくさんのがれきに埋もれている。インフラも指揮系統も機能不全寸前だが、15日には高台にある公民館で町議会が開かれた。



2011年3月18日(金)・・・ヘリ放水後の放射線量、大きな変化なし 福島第一原発
原子力安全・保安院は17日、東京電力福島第一原発について自衛隊による放水後の放射線量の変化を発表した。

 原子炉建屋から北西約500メートル付近で測定。第一原発3号機へのヘリからの放水が終わり、午後1時30分には毎時4.2ミリシーベルトあったが、午後2時には4ミリシーベルトを下回った。

 しかし、午後3時50分以降は午後8時10分まで、3.7~3.6ミリシーベルトの範囲で安定。午後7時35分~8時9分に自衛隊の消防車両が放水した効果はまだ確認されていない。














[世界と日本・今日この頃]

高い評価、秘けつは厳選4資産 富岡製糸場が世界遺産へ
ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界文化遺産に「富岡製糸場と絹産業遺産群」(群馬県)が登録される見通しとなった。文化庁が26日、諮問機関から「パーフェクトに近い」という高い評価で登録を勧告されたと発表した。近年、厳しい勧告が相次いだことを教訓に、構成資産を厳選したことなどが功を奏したという。


 「富岡製糸場と絹産業遺産群」は、1872年に明治政府が設立した富岡製糸場(富岡市)と、近代養蚕農家の原型になった「田島弥平旧宅」(伊勢崎市)、養蚕教育機関だった「高山社跡」(藤岡市)、蚕の卵の保存に使われた「荒船風穴」(下仁田町)の四つの資産で構成。海外から導入した技術を高度化し、世界の絹産業の発展につなげたとして登録を目指している。

 諮問機関の国際記念物遺跡会議(イコモス)は「登録」「情報照会」「登録延期」「不登録」の4段階で勧告をするが、ここ数年、日本からの推薦には厳しい勧告を続けた。
[PR]
by nsmrsts024 | 2014-04-26 08:25 | 朝日新聞・綜合、政治

4月25日(金)・・・東日本大震災から3年1ヶ月と14日

3.11東日本大震災と福島第一原発爆発事故から3年と1ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人間が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能人災から直後の1年間を顧みる)



2011年3月18日(金)・・・高速無料化、見直し検討 復興財源の確保優先
菅政権は17日、東日本大震災の復興の財源を確保するため、2011年度予算案に計上した高速道路無料化の社会実験を中止する方向で検討に入った。4月以降に編成する補正予算案で当該部分を減額する。民主党が03年から政権公約(マニフェスト)に掲げてきた看板政策の事実上の撤回になりそうだ。

 社会実験は2年間の予定で昨年6月から地方路線で実施しており、11年度予算案でも1200億円を計上。区間拡大やトラックなどの夜間無料化を予定していた。民主党は震災対策にマニフェストの主要政策経費を充てることを検討しており、社会実験の中止はやむを得ないと判断した。

 4月から始める普通車上限2千円、軽自動車上限1千円を原則にした高速道路の新料金制度については予定通り実施するが、さらなる財源確保を図るため、今後見直しを進める。



2011年3月18日(金)・・・中国、原発の新規計画一時停止 国民に不安広がる
【北京=吉岡桂子】福島第一原発の事故を受け、中国政府は新たな原発の建設計画の審査と承認を一時的に停止する。16日に開いた温家宝(ウェン・チアパオ)首相が主宰する国務院(内閣に相当)常務会議で決めた。中国政府は東日本大震災後も自国の原発の安全性を強調、大増設の計画を継続する方針だったが、国民の間に広がる不安に対応を迫られた模様だ。

 会議では「原発は安全を第一に考える必要がある」「新たに建設する原発の審査を厳しくする」ことで一致。稼働中の全原発に対し緊急安全検査を実施することを決めた。

 また、現在策定中の原子力安全計画が承認されるまでは「新たな原発計画の審査・承認を一時中止する」とした。建設中の原発も「最先端の技術水準に達しなければ、建設を停止する」方針だ。

 中国では13基の原発が稼働し、25基余りを建設している。建設中のものを含め2020年までに約60基を増設する方向で、当局や電力会社は計画を進めていた。日本での事故後も「原発を発展させる決意と計画は変わらない」(環境保護省次官)「中国の原発は福島より新しい」(電力会社首脳)などと強調、計画の継続を訴えていた。

 中国の経済成長を支える資源政策に関しては、原発を含めて当局が反対意見を厳しく封じ込めてきた。だが、今回の事故を受け、国民の間に原発への不安が急速に広がり、反対意見も表面化している。

 インターネット上には「日本の先進的な技術でも事故が起きた。中国の技術がどうしてより優れていると信用できるのか」(湖北省の建設予定地住民)などの声が出始めた。人民日報系の国際情報紙環球時報も「中国の原発は国民世論の監督が必要」と社説を掲載した。中国政府として、反原発の機運が反体制運動につながらないようブレーキをかける必要があるとの判断があるとみられる。

















[世界と日本・今日この頃]


認知症で行方不明届け出、延べ9607人に 2012年
認知症が原因で徘徊(はいかい)し、家族らが行方不明者として警察に届け出た人の数が、2012年に全国で延べ9607人に上ったことがわかった。9376人は同年中に居場所がわかり、大半は無事だったが、13年末時点で約180人が行方不明のままだ。25日の衆院厚生労働委員会で、警察庁が長妻昭議員(民主)の質問に明らかにした。

 届け出が多かったのは、大阪府警(2076人)、兵庫県警(1146人)、愛知県警(735人)、福岡県警(357人)、警視庁(350人)などだった。

 12年に解決したケースは9478人で、警察が保護したのは5524人。自力で帰宅するなど、家族が無事を確認したのは3230人だった。ただ、所在を確認できた時にはすでに亡くなっていた人も359人いた。届け出から発見までの期間は、「届け出当日」が最も多く6263人で、「2~7日目」が2979人だった。

 一方、厚生労働省も認知症の行方不明者の実態を調べ、対策を検討する方針だ。近く全国の市町村に通知を出し、警察に保護されて身元が分からない人を介護施設などで預かった件数や、対策の状況などを報告するよう求める。

 認知症の人の徘徊をめぐっては、本人の安否や家族の介護負担に加え、事故が起きた場合の責任も問題になっている。24日には、愛知県の認知症の男性(当時91)が列車にはねられ死亡した事故で、妻に損害賠償を命じる判決も出た。(畑山敦子)



抹茶アイスも話題 両陛下、オバマ氏に別れのあいさつ
天皇、皇后両陛下は25日午前、国賓として来日したオバマ米大統領に別れのあいさつをするため、宿泊先である東京都港区のホテルを訪問した。

 両陛下は、エレベーターホールで笑顔のオバマ氏に出迎えられ、室内で15分ほど懇談。宮内庁によると、天皇陛下は「訪問が快適で実りあるものになったことを願っています」と語りかけ、オバマ氏は「今回の訪問で、相互の人的交流が重要なことを話した。交流を続けることで今の世代も次の世代も友情の絆を続けることができる」などと話した。前夜の宮中晩餐(ばんさん)会のデザートに使われた抹茶アイスについても話題に上ったという。

 両陛下がホテルを後にする際、オバマ氏は天皇陛下と握手をしながら「素晴らしいおもてなしをありがとうございました。今回の訪問を通じて我々アメリカ国民は、両陛下と日本国民に深い愛情を抱いたと思う」と伝え、「フェアウェル(さようなら、ごきげんよう)」と別れを告げた。
[PR]
by nsmrsts024 | 2014-04-25 04:54 | 朝日新聞・綜合、政治

4月24日(木)・・・東日本大震災から3年1ヶ月と13日

3.11東日本大震災と福島第一原発爆発事故から3年と1ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人間が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能人災から直後の1年間を顧みる)



2011年3月18日(金)・・・韓国、自国民に80キロ外退避勧告 米英に追随
福島第一原発の事故に関連して、韓国、英国、オーストラリア、ニュージーランド、メキシコの各国政府も17日までに、米国と同様に同原発から半径80キロの域外に退避するよう自国民へ勧告した。

     ◇

 【ソウル=牧野愛博】韓国外交通商省は17日午後、日本に滞在している韓国人に向け、福島第一原子力発電所の半径80キロ圏外への退避を勧告した。同省によれば、福島県には約2100人、隣接する宮城県に約4400人の在日韓国人が住んでいる。

 同省は13日付で、東京都や東北部などに旅行警報を発令。福島第一原発の半径30キロ以内については4段階ある警報のうち、上から2番目の「旅行制限」としていた。

 金星煥(キム・ソンファン)外相は17日の記者会見で、米英両国が自国民に80キロ圏外への退避を勧告したことに触れ、「我々もこれを準用している」と指摘した。一方で「日本政府の発表を信じている」とも語った。同省関係者は米英の基準に従った理由について「米国の政策や韓日の報道ぶりなどから総合的に判断した」と説明した。

 一方、インターネットの掲示板には、日本から韓国へ放射性物質が拡散すると指摘する書き込みが相次いでいる。李明博(イ・ミョンバク)大統領は17日、「放射能を心配する必要はない。流言飛語は防がなければならない」と訴えた。



2011年3月18日(金)・・・菅首相、官房副長官に仙谷氏起用 再び政権中枢に
菅直人首相は17日、民主党の仙谷由人代表代行を官房副長官に起用する人事を決めた。各省庁に人脈があり政策にも通じた仙谷氏を再び政権中枢に据え、東日本大震災や東京電力福島第一原子力発電所の対応を強化するねらいがある。

 藤井裕久副長官は首相補佐官に回り、加藤公一首相補佐官は退任する。

 仙谷氏を起用することで、被災者対策と原発対応の指揮系統を事実上、分離。原発事故や計画停電の問題などを枝野氏が統括し、仙谷氏は被災者の生活支援を担当する。枝野幸男官房長官は17日夜の記者会見で「仙谷副長官において、強力な官房態勢で被災者生活支援を進めたい」と表明した。

 仙谷氏は菅内閣が発足した昨年6月から官房長官を務め、内政・外交の全般にわたり屋台骨として内閣を支えた。だが、国会での発言などを問われ、昨秋の臨時国会で参院問責決議案が可決され、今年1月中旬の内閣改造で官房長官を退いていた。

 仙谷氏起用には野党からの反発も予想されるが、枝野氏は「被災者の生活支援は強力な政治力を要する仕事。関係省庁とも様々な調整をしなければならない。これはあらゆる事項に優先する」と述べた。

 枝野氏は78歳の藤井氏については「震災発生以来、高齢のなか公務にあたってもらったが、そろそろ限界との申し出があった」と語り、辞任の意向が寄せられていたことを明らかにした。

 皇居・宮殿で17日夜に行われた仙谷副長官の認証式は、平服で行われた。モーニング着用が決まりだが、震災の対応に忙殺されている菅内閣側が「平服でできないか」と打診し、宮内庁が了承。天皇陛下をはじめ、仙谷氏、菅首相、侍従長ら出席者全員がスーツ姿で出席した。

 宮内庁式部職によると、平服の式は長い歴史で初めてだという。

 宮殿は震災発生後、天皇陛下の強い意向で、節電のため閉鎖している。今回は、国事関連行為である式の最中だけ「松の間」などで最小限の照明を点灯した。









[世界と日本・今日この頃]

オバマ氏、両陛下に「再会をうれしく思います」と握手

国賓として来日したオバマ米大統領の歓迎行事が24日、皇居・宮殿前の東庭(とうてい)であり、終了後には天皇、皇后両陛下がオバマ氏と懇談した。米国大統領が国賓として来日したのは1996年のクリントン大統領(当時)以来18年ぶり、6人目となる。

 午前9時20分ごろ、オバマ氏を乗せた車列は、皇宮警察音楽隊が行進曲「国民の象徴」を奏でる中、二重橋を渡り皇居に入った。宮殿の南車寄せで両陛下に迎えられたオバマ氏は、歩み寄りながら「ソー・ナイス・トゥー・シー・ユー・アゲイン(再会できてうれしく思います)」と語りかけ、握手を交わした。両陛下がオバマ氏と会うのは、2009年以来2度目。








商船三井、中国に40億円 貨物船差し押さえ解除

中国の損害賠償訴訟で敗訴した商船三井の貨物船が上海海事法院(裁判所)に差し押さえられた問題で、同法院は24日、同社が29億円余の賠償金に金利分を加えた約40億円を支払ったことを明らかにした。同法院は「判決が定めた義務を完全に果たした」として、24日午前8時半(日本時間同9時半)、浙江省の港に停泊していた貨物船の差し押さえ措置を解除する決定をした。

 商船三井によると、賠償金に金利などを加えた約40億円を供託金として中国当局に支払ったという。浙江省の港で差し押さえられた「BAOSTEEL EMOTION」は同日までに、オーストラリアから運んできた鉄鉱石の積み下ろしを終了。同社は、支払いに応じなければ出港が認められず、船が競売にかけられる恐れもあると判断し、中国側の要求に応じることを決めた。
[PR]
by nsmrsts024 | 2014-04-24 05:35 | 朝日新聞・綜合、政治

4月23日(水)・・・東日本大震災から3年1ヶ月と12日

3.11東日本大震災と福島第一原発爆発事故から3年と1ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人間が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能人災から直後の1年間を顧みる)



2011年3月18日(金)・・・18日の計画停電、1800万世帯規模 冷え込み需要増
東京電力は、計画停電(輪番停電)5日目となる18日は早朝から夜まで、対象グループの全世帯で停電を実施する予定だ。規模はのべ約1800万世帯となる。500キロワット以上の大口契約先には、一つのグループしか計画停電の対象にしていない午前9~12時に節電を依頼し、厳しい需給状況を乗り切る構えだ。

 17日に続いて気温が低いと予想される18日も、電力の需要がふくらむ見通しだ。東電側が「気温が1度下がると、電力消費が100万キロワット増える」と説明するように、気温の変化で電力需要は大きく変わる。気象庁の予報では、18日の最低気温は東京都心で前日より1.8度低い0度。気温の変化分だけで、約200万キロワットも需要が伸びることが予想される。

 気温が低かった17日は、午前中に需要が供給能力の3350万キロワットに、わずか50万キロワットを残す状態にまで切迫。午後には、夕方の大規模停電を懸念する状況にまで発展した。

 東電の予測では18日の需要は4千万キロワット。これに対し、供給は他社からの融通で50万キロワットを上乗せできたが3400万キロワットでしかない。(信原一貴)




2011年3月18日(金)・・・福島第一原発の電源復旧、19日以降に 作業ずれ込む
東日本大震災で壊滅的な被害を受けた東京電力福島第一原発で、18日に見込まれていた電源の復旧が19日以降にずれ込みそうだ。原発の運転には大量の水をポンプで循環させ、核燃料から出る熱を冷やす必要がある。地震で送電が止まり、非常用電源も動かなかった。通電すれば、水の循環や給水が可能になれば危機的な状況に光がさすだけに、東電はこの作業に望みを託す。

 復旧に向けた作業は17日早朝に始まった。東電によると、原発の敷地内で約320人の作業員が参加した。

 福島県内に電気を供給している東北電力の送電線を補修して電気を引き込むが、少なくとも10~15時間ほどかかる。放水が始まった3、4号機より先に2号機で始める。

 送電が再開できれば、事故時などに原子炉を冷却する緊急炉心冷却システム(ECCS)を動かすポンプを起動できる可能性もある。ECCSが動けば、原子炉の下部にある巨大プール、圧力抑制室の大量の水を原子炉格納容器や圧力容器に送り込める。

 さらに、圧力容器や使用済み核燃料のプールにも水を循環させ、核燃料からしばらく出続ける余熱を冷やす。プールの温度が上昇し、燃料が露出して破損するなどの事態の拡大を防ぐ。

 ただ、地震や津波、その後の火災や爆発の影響で、ポンプや変圧器などの設備が壊れている可能性もある。設備が壊れていれば、送電しても作動しない。正常に作動するか逐一確かめながらの作業となる。
















[世界と日本・今日この頃]

日米首脳、銀座のすし屋へ 「食卓外交」熱い駆け引き

 国益と国益がぶつかり、時に激論にもなる首脳会談。舞台裏では、食事を巡って熱い外交の駆け引きがある。食卓に並ぶメニューには、心遣い、ユーモア、ときには政治的メッセージも込められる。激しい議論が必至の日米首脳会談。安倍政権はどんな秘策を用意するのか。オバマ米大統領が訪日する今夜、「食卓外交」の真価が問われる。


 オバマ氏は、お忍びで通う店があるほどのハンバーガー好き。2009年の来日時は、米側から事前に「神戸ビーフを食べたい」と打診があったほどだ。

 ただ、今回のメニュー選びは簡単ではない。日米は環太平洋経済連携協定(TPP)の牛・豚肉の関税をめぐり交渉が難航しており、まさに首脳会談のメーンテーマだからだ。仮にメーンディッシュが肉になると和牛にするか、米国産にするかで悩みそうだ。
[PR]
by nsmrsts024 | 2014-04-23 07:40 | 朝日新聞・綜合、政治

4月22日(火)・・・東日本大震災から3年1ヶ月と11日

3.11東日本大震災と福島第一原発爆発事故から3年と1ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人間が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能人災から直後の1年間を顧みる)



2011年3月18日(金)・・・自宅か、避難か 「30キロライン」またぐ福島の田村市
福島第一原発の西に位置する福島県田村市。原発事故で避難指示が出た半径20キロ圏、屋内退避が指示された20~30キロ圏、何も指示が出ていない30キロ圏外の三つの区域に分かれている。家に残っても安全なのか、それとも避難すべきか――。「30キロライン」の近くに住む人たちは揺れている。

 35キロ付近に住む食料品店主の田中寛さん(66)は17日も営業を続けた。「いま店を閉めるわけにはいかない」。店には連日、客が押し寄せる。震災前のような品ぞろえはできないが、この日も郡山市内の市場からキャベツやニラ、サンマの缶詰、カップめんを仕入れてきた。

 「ここで、どれぐらいの放射性物質が検出されているのか。正確にわかれば安心なのに」。30キロの線は「目と鼻の先」。母と妻は郡山市の長女宅に避難させた。自分も本当はもっと原発から遠ざかった方がいいと感じている。それでも「世話になった地元。(避難)指示が出るまで残り、お客さんのために食料を確保したい」と思う。

 40キロ付近で独り暮らしをしている女性(81)も今のところ、遠くへ避難するつもりはない。「30年暮らす家を離れたくない。原発のことを考えたらきりがないから、考えないようにしている」

 「30キロと言われても、線が引かれているわけではない。何を信じていいのか」。33キロ付近に住む主婦(56)は不安を募らせる。勤務先も30キロ圏の外にあるが、会社からは「勤務を続けるかは自分で決めて」と言われ、ひとまず屋内退避することにした。

 運送業の男性(54)も「危ない」と感じ、33キロ付近の家からの外出を極力控えている。とはいえ、自宅近くに住む父母の介護などがあるため、「まったく出ないわけにはいかない」と言う。
一方、33キロ付近に自宅がある石井洋子さん(68)は16日、住み慣れた家を離れると決めた。「放射性物質は目に見えないから気になります。気持ちが悪い」。親類に迎えに来てもらい、兄弟のいる栃木県那須塩原市に身を寄せる予定という。

 原発事故は小中学校の再開にも影響を与えている。

 田村市教委は、屋内退避を指示された地域の外にある小中22校について、22日から授業を再開する方針だった。しかし、17日に改めて話し合い、「放射性物質のリスクがぬぐいきれない」として休校を当面続けることにした。

 市教委の担当者は「30キロの線上にバリアがあるわけではなく、数キロ外側だからといって市民は安心できない」と話す。(釆沢嘉高、小島寛明)



2011年3月18日(金)・・・自衛隊消防車が3号機へ放水、建屋に届く 福島第一原発
東日本大震災で損傷した東京電力福島第一原子力発電所に対する放水・冷却作業で、自衛隊は17日、ヘリコプターに続いて消防車5台で放水を実施した。東電は「一定の効果はあった」としているが、現場付近の放射線量の目立った変化は報告されていない。自衛隊は18日も空と陸の両面から放水を試みる。警視庁も17日に放水したが目標に届かず、作業から退く。

 17日の放水の対象は、震災で冷却機能を失った原子炉のうち、放射性物質の大量放出の危険性が最も高いとされる3号機。自衛隊は同日午前、陸自のヘリコプター2機で4回放水。ヘリにつり下げたバケツ(容量7・5トン)から、

計30トンの海水を投下した。午後7時35分からは陸、海、空の3自衛隊の消防車で地上から放水した。5台が3号機に向かって順々に水を放ち、34分後の午後8時9分に計30トンの放水を終えた。

 自衛隊によると、水は3号機の建屋内部に届いた。東電の吉田薫・広報部部長は同夜の記者会見で「継続的、波状的に実施することが必要だ。一定の効果はあった」と語った。ただ、巻上毅司・原子力設備管理部課長は「(放水前後の放射線量に)大きな変動はなかった」とも述べた。ヘリの放水に関わった自衛隊員19人は着陸後に検査を受けたが、放射線量は毎時1ミリシーベルト以下で、健康にまったく問題のないレベルだった。

 自衛隊は当初、大型の消防車2台と小型9台をホースでつなぎ、海水を取水しながら毎分6トンの水を連続して放水する計画を立てた。

 だが、この方式だとホースをつなぐために隊員が車外に出なくてはならない。現状では3号機周辺の放射線の濃度が極めて高く、車外での作業は危険と判断。今回は諦め、あらかじめ各車両のタンクに積んだ水を放水する作戦をとった。この方式なら隊員が車外に出る必要がなくなる。

 5台のうちの2台は大型車両の「AMB3」を投入。防衛省によると、この車両が積み込める水の量は約10トンで、1分あたり約6トンを放出できる。

 自衛隊は18日も放水を続ける構えだ。ヘリを4機待機させ、天候や放射線量などの条件が整えば出動する。消防車の態勢も整えており、現場の放射線量が下がれば当初の11台計画に切り替える。

 警視庁機動隊も17日午後7時ごろ、特殊車両の高圧放水車1台で3号機へ放水したが、初回の放水が終わったところで放射線量が基準を超えて警報が鳴り、2回目の放水はせずに撤退した。

 17日夜時点で隊員の健康に異常は報告されていないが、警察庁は「本来こうした事態に対応する機材ではなく、隊員の安全性も万全を期せない」として18日以降は作業を実施しないことを決めた。

 機動隊員らはこの日午後4時前に原発構内に到着したが、放射線量の測定などに数時間かかったという。

 警察当局によると、今回出動した高圧放水車は4トンの水を搭載。消防車両を大きくしのぐ12気圧の水圧で、80メートル程度の距離まで水を飛ばす力があるが、30メートル程度の高い場所を狙ってホースを30度の角度に設定した場合、建物まで50メートルの地点に近づく必要があった。

 放水車は暴徒化したデモ隊や過激派などの鎮圧、規制を想定しており、消火活動のためにつくられたものではない。放射性物質に対する防護機能もなく、今回の作戦は隊員に健康被害を出さないことが条件だったため、慎重を期したという。

 一方、米軍は日本政府の要請に基づき、イラク戦争やハイチ大地震にも使った無人偵察機グローバルホークを被災地上空に投入。米国からの遠隔操作で、福島原発の破損状況などを撮影し、日本政府に提供している。













[世界と日本・今日この頃]

津波の犠牲者か、海底の車から人骨 宮城・閖上港

東日本大震災で900人を超える死者・行方不明者が出た宮城県名取市にある閖上(ゆりあげ)港で21日夕、深さ約3メートルの海底に乗用車が沈んでいるのを浚渫(しゅんせつ)作業中の業者が見つけた。引き揚げた車内から人骨とみられる骨数個を発見。津波犠牲者の可能性もあるとみて、宮城県警が詳しく調べている。

 22日朝には、車があった海底付近を潜水業者が捜索し、新たに人骨のようなものを見つけた。

 車は岸壁から10メートルほどの所で見つかった。車種はトヨタのチェイサーで、福島県南相馬市の神社の交通安全ステッカーが貼られていた。車内には給油カードや名刺もあったという。

 県警によると、頭の骨が見つかれば「遺体」として数える。宮城県内では2013年2月に亘理町で見つかって以来、震災犠牲者の遺体は収容されていない。(石橋英昭)



「どんな言葉でも音声検索可能にする」 グーグル副社長

インターネット検索最大手・米グーグルのベン・ゴメス副社長が、朝日新聞のインタビューに応じた。音声による検索は最近では、技術の進化で方言やなまりの認識や途切れた音の補完もできるようになっていることを紹介。将来は「すべての言語、方言に対応できるようにする」と語った。

 グーグルは2009年、音声で検索できるスマートフォン向けアプリを公開した。音声認識の精度は日々向上しており、最近は「日本では関西弁、インドでは現地なまりの英語で話しても、一定の認識が出来るようになっている」という。また、騒がしい場所で声をすべて拾えなかった場合も、足りない言葉を自動的に補って検索結果を探すなど「より人間に近づいている」という。
[PR]
by nsmrsts024 | 2014-04-22 05:45 | 朝日新聞・綜合、政治

4月21日(月)・・・東日本大震災から3年1ヶ月と10日

3.11東日本大震災と福島第一原発爆発事故から3年と1ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人間が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能人災から直後の1年間を顧みる)


2011年3月18日(金)・・・地震でもないのに揺れてる…「地震酔い」 リラックスを
地震でもないのに揺れているようなめまいやふらつきなどを感じる「地震酔い」に悩む人が増えている。車酔いや船酔いと同じように、視覚情報と平衡感覚とのズレが原因だ。ストレスも一因といい、専門家は「不安を和らげることが大切」と呼びかける。

 災害・紛争地域での医療支援が専門で、阪神大震災でも救護活動をした日本赤十字九州国際看護大学の学長、喜多悦子医師によると、地震酔いは周期が長い揺れが何度も続く場合に起きやすいという。今回は揺れた時間が長く、余震の回数も多かったため、症状を訴える人が多いとみる。

 「余震がまた来るかも知れない」という不安感が、症状を強めている面もある。ゆっくりとした深い呼吸を何度か繰り返すと、気分が落ち着くという。避難所では周囲の人と手をさすりあう、手を握るなどの「手当て」も、効果的だという。「温かいお茶を少しずつ飲んだり、手足を伸ばしたりしてリラックスを心がけてみて」

 朝日新聞東京社会グループが発信するツイッター(http://twitter.com/asahi_shakai)でこうした対処法を紹介したところ、「わかる!」「酔ってる人本当多い」などの反響が続々と寄せられた。なかには「地震後ずっと体が揺れてる気がする……」と書き込んだ人もいた。(岩波精)



2011年3月18日(金)・・・「立ち去るわけにはいかない」東電社員、放射線との闘い
四つの原子炉が重大なトラブルに見舞われ、制御不能に陥った福島第一原子力発電所。最悪の事態だけは避けねば――。自衛隊などの放水活動が始まる中、原発内でも多くの人が過酷な状況下で闘い続けてきた。「もっと早く国ぐるみで取り組めなかったのか」「生きて帰って」。家族にもつらい時間が過ぎていく。

 福島第一原発が制御困難に陥った15日、東電は現場での作業に直接かかわらない社員らを施設外に退避させた。

 「もう会えないと思った。でも自分だけが立ち去るわけにはいかないと思った」。地震発生直後から作業にあたっていた東京電力社員は、家族に繰り返し言ったという。

 家族の説明によると、この社員は地震発生時に原発の中にいた。激しい揺れに襲われた直後、高い津波に襲われ、施設内の燃料や機材が失われたという。「自然は怖い。地震と津波が重なるなんて」と振り返ったという。

 ポンプ設備や最後の頼みの綱である緊急炉心冷却システム(ECCS)を起動しなければと、社員の自家用車のバッテリーや屋台の小型発電機までかき集めた。それでもシステムは回復しなかった。「外からの電力が断たれたのが一番悔しい」とも言った。

 現場では数百人の社員や作業員が交代で作業にあたった。だが、余震が襲うたび、せっかく修理したところが再び壊れていったという。

 余震で眠れず、備蓄のクッキーやレトルトの五目ごはんはのどを通らない。精神的に追いつめられた。

 放射線をどれだけ浴びたのか。このまま爆発するのか。多くの人たちに放射線を浴びせる事態を招くのか。

 東電の記者会見では、歯切れの悪い問答が繰り返されていた。それを知った社員は「中のことを、外の人は知らないんだ」と思った。「会社には、もうあきらめられているのか」とも。だが同時に「避難している住民が戻ってこられるようになるまで、ここを出てはいけない」と思っていたという。


前ページ
1この社員から現場の惨状を聞かされた家族は驚いた。地震が起きるまで、「世界最高の技術だから安全だ」という社員の言葉を家族は信じてきた。事故の際の被曝(ひばく)対策もできていると思っていた。

 家族の一人はいう。「政府や東電は、現場で体を張る連中を見殺しにするのですか。今まで信頼してきただけに、腹立たしいのです」

    ◇

 第一原発そばの社宅に住んでいた東電社員の妻は、作業に携わる夫の身を案ずる。

 11日午後、激しい揺れに襲われた。タンスが倒れ、めちゃくちゃになった自室から、原発で働く夫に何度も電話をかけた。つながったのは深夜。「無事だ」。生きていることだけは分かった。その後、連絡は途絶えた。

 4日後、避難した妻に短い携帯メールが届いた。

 「飲み水が足りない。体調も悪くなってきた」

 こんな状況の中で、日本全体に影響する重大な仕事ができるのだろうか。夫の家族の一人は心配する。「東電社員は一番責任ある立場だから、何も言えないのかもしれない。けれど家族としては、すぐにでも何とかしてほしい」。涙がこぼれた。

 彼はまだ原発にいる。自衛隊の放水作業は始まったけれど、家族は胸がつまるようでテレビの画面を直視できない。(大谷聡、鈴木彩子、石田博士)










[世界と日本・今日この頃]

地上から95階まで43秒 日立が世界最速エレベーター

日立製作所は21日、世界一速いエレベーターを開発したと発表した。2016年に完成予定の中国・広州市の111階建てビルに、2基取り付ける。時速72キロ(分速1200メートル)で、1階から終点の95階まで43秒で着くという。

 現時点では、台湾の101階建てビルにある東芝エレベータ製のものが分速1010メートルで最速だったが、日立製はこれを大きく上回る。

 巻き上げる力が従来より3割強い新型モーターを開発した。かごを引くロープは強度を高め、約3割軽くした。揺れや急激な気圧の変化を抑える工夫もした。

 新しいビルの建設が相次ぐ中国は、世界のエレベーター需要の6割を占める。池村敏郎常務は「世界最速の開発で、日立の技術力を示すことができる」と話した。(内山修)
[PR]
by nsmrsts024 | 2014-04-21 06:20 | 朝日新聞・綜合、政治

千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた核災害


by nsmrsts024
プロフィールを見る
画像一覧