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1月31日(土)・・・東日本大震災から3年10ヶ月と21日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から3年と10ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)



2011年3月29日(火)・・・福島2拘置支所の被告ら50人、県外へ移送 原発が影響
東日本大震災の発生翌日、福島県内の拘置支所2カ所に収容していた被告ら50人が全員、県外の施設に移されていたことが分かった。公判も延期されている。統括する福島刑務所は「ライフラインや食料の確保が困難だったうえ、福島第一原発の状況も不安定だった」と説明している。

 福島刑務所総務部によるといわき拘置支所(いわき市)と郡山拘置支所(郡山市)の被告らが12日、東京や栃木の施設に移送された。郡山拘置支所に収容していた被告らについては今月中にも戻す予定だが、いわき拘置支所については「原発事故の推移を見て判断する」という。





2011年3月29日(火)・・・2部制で児童入れ替え・学級別に分散…学校再開へ検討
東日本大震災で多くの学校が使えないほど被害を受けた自治体が、新年度の公立学校の授業再開に向けて窮余の策を検討している。

 仙台市教育委員会は、津波で使えなくなった市立学校の児童や生徒に対して、近隣の学校へ通ってもらう方針を決めた。被害を受けなかった学校で、もともとの在校生と午前と午後に分けて授業を行う「2部制授業」の導入案が浮上している。

 仙台市内では約200の市立小中高のうち、約1割にあたる17校が津波などの被害を受けて校舎が使えない状態だ。学校を失った児童や生徒は、近隣の学校の空き教室や市民センター、児童館も使えるよう調整。新しい「学校」から離れた避難所で暮らす児童生徒には、スクールバスを走らせて通学できるようにする。

 岩手県の大槌町も町内にある小学校5校、中学校2校のうち、今後も使えそうな校舎がそれぞれ1校だけになった。約1200人の児童・生徒が授業できる施設は確保できそうにないため、同町教委は「それでも子どもに学ぶ場を」と、時間ごとに子どもたちを入れ替える2部制や、学級ごとに別施設を使う分散授業の検討を始めた。

 町教委では20日に町内校長会議を行い、「2部制や分散授業など、子どもたちがバラバラになる事態は避けたい」との方向性で一致した。だが、かろうじて残った町施設は避難所や遺体安置所として使用され、2千戸の設置を目指す仮設住宅も用地のめどすら立たない中、プレハブの仮校舎が置ける場所もない。伊藤正治教育長は「使える部屋がどこにもない。状況が状況だけに、2部制などを検討せざるを得ない」と明かす。

 文部科学省は各県教委などに対し、被災地での授業について弾力的な対応をするよう通達を出している。このため今回のような2部制についても原則認める方針だ。夏休みや土曜日を使って補習を行うことを求めつつも、決められた授業時間をこなせなくても、校長判断で修了や卒業を認めることなどを求めた。(田中美保、吉永岳央)







[世界と日本・今日この頃]

後藤健二さん殺害か 「イスラム国」が新たな動画

 過激派組織「イスラム国」による人質事件で、拘束されたフリージャーナリスト後藤健二さん(47)=東京都港区=とみられる男性が殺害される様子の動画が日本時間1日早朝、インターネットに公開された。


 新たに公開された動画の題名は「日本政府へのメッセージ」。後藤さんとみられる男性がひざまずき、横にはナイフを持った黒ずくめの男が立っている。男が英語で、日本が「イスラム国」と戦う連合に参加したことを理由に後藤さんを殺害するなどと語り、最後に「日本にとっての悪夢を始めよう」と言って、後藤さんの首にナイフを突きつける場面で映像が暗転。その後、男性の遺体が映し出される。

 映像の左上には、「イスラム国」のメディア部門のロゴが映し出されていた。

 菅義偉官房長官は1日午前6時に首相官邸で記者会見を開き、「このような非道かつ卑劣きわまりないテロ行為が再び行われたことに、一層激しい憤りを禁じ得ない」と述べ、関係省庁に情報収集などの対応を指示したと述べた。

 安倍晋三首相は首相官邸で「テロリストたちを決して許さない。罪を償わせるために国際社会と連携していく」と語った。

 後藤さんは昨年10月、トルコ経由でシリアに向かい、「イスラム国」の支配地域に入ったとみられ、その後、連絡が取れなくなっていた。

 1月20日に公開された映像では、後藤さんと会社経営者湯川遥菜(はるな)さん(42)=千葉市=が人質になっている様子が確認された。黒ずくめの男が日本政府に対し、72時間以内に身代金2億ドル(約236億円)を支払わなければ殺害すると警告。同24日深夜には男性の遺体の写真を持つ後藤さんの画像が公開された。「イスラム国」側は、遺体を「湯川さんだ」と説明、後藤さん解放の条件を変更し、2005年にヨルダンで起きた爆破事件に関与した女性死刑囚の釈放を求めた。

 27日深夜には、改めて女性死刑囚を24時間以内に釈放するよう求める内容がネット上に投稿された。29日にも、イラク時間の同日日没(日本時間同日午後11時半ごろ)までに釈放を用意するよう要求する音声が公開されていた。

 日本政府は、ヨルダン政府などと連携して解放を目指していたが、31日まで、事態が膠着(こうちゃく)していた。
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by nsmrsts024 | 2015-01-31 08:12 | 朝日新聞・綜合、政治

1月30日(金)・・・東日本大震災から3年10ヶ月と20日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から3年と10ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)


2011年3月29日(火)・・・2部制で児童入れ替え・学級別に分散…学校再開へ検討
東日本大震災で多くの学校が使えないほど被害を受けた自治体が、新年度の公立学校の授業再開に向けて窮余の策を検討している。

 仙台市教育委員会は、津波で使えなくなった市立学校の児童や生徒に対して、近隣の学校へ通ってもらう方針を決めた。被害を受けなかった学校で、もともとの在校生と午前と午後に分けて授業を行う「2部制授業」の導入案が浮上している。

 仙台市内では約200の市立小中高のうち、約1割にあたる17校が津波などの被害を受けて校舎が使えない状態だ。学校を失った児童や生徒は、近隣の学校の空き教室や市民センター、児童館も使えるよう調整。新しい「学校」から離れた避難所で暮らす児童生徒には、スクールバスを走らせて通学できるようにする。

 岩手県の大槌町も町内にある小学校5校、中学校2校のうち、今後も使えそうな校舎がそれぞれ1校だけになった。約1200人の児童・生徒が授業できる施設は確保できそうにないため、同町教委は「それでも子どもに学ぶ場を」と、時間ごとに子どもたちを入れ替える2部制や、学級ごとに別施設を使う分散授業の検討を始めた。

 町教委では20日に町内校長会議を行い、「2部制や分散授業など、子どもたちがバラバラになる事態は避けたい」との方向性で一致した。だが、かろうじて残った町施設は避難所や遺体安置所として使用され、2千戸の設置を目指す仮設住宅も用地のめどすら立たない中、プレハブの仮校舎が置ける場所もない。伊藤正治教育長は「使える部屋がどこにもない。状況が状況だけに、2部制などを検討せざるを得ない」と明かす。

 文部科学省は各県教委などに対し、被災地での授業について弾力的な対応をするよう通達を出している。このため今回のような2部制についても原則認める方針だ。夏休みや土曜日を使って補習を行うことを求めつつも、決められた授業時間をこなせなくても、校長判断で修了や卒業を認めることなどを求めた。(田中美保、吉永岳央)



2011年3月29日(火)・・・がれき処理、100%国費で負担 松本防災相が正式表明
松本龍防災担当相は29日午前の閣議後記者会見で、東日本大震災の被災地のがれき処理にかかる費用の全額を国が負担する方針を正式に発表した。

 被災市町村の税収などに応じて、がれき処理費に対する国の補助率を最高で9割弱まで引き上げる特例措置を実施。さらに残りの部分についても全額を交付税で補う。結果的に自治体負担はゼロとなる仕組みだ。

 1995年の阪神大震災では、国庫補助と交付税で処理費用の97.5%を国が負担した。今回の震災では、がれき処理にかかる総額は阪神大震災時の約3200億円を大きく上回るとみられている。このため、菅政権は、さらに手厚い対応が必要だと判断した。








[世界と日本・今日この頃]

パイロット支援者、ヨルダン政府に反発 日没を過ぎ焦り

過激派組織「イスラム国」による人質事件で、「イスラム国」が人質交換の期限としていた29日の「日没」が過ぎた。拘束されているフリージャーナリストの後藤健二さん(47)とヨルダン軍パイロットのムアーズ・カサースベ中尉の解放に向けた目に見えた進展はなく、関係者は焦りを募らせている。ヨルダン政府が求めた中尉の生存確認に対し、「イスラム国」からの反応がないなか、中尉の救出を求める支援者らは、政府の対応に反発している。


 カサースベ中尉の父サフィさんは29日の日没後の午後7時半、首都アンマンにある集会場で記者会見を開き、「息子が生きているかどうかだけでも知らせてほしい」と訴えた。

 「イスラム国」が新たな画像をネット上に投稿したのは同日未明。イラク時間の29日の日没(日本時間同日午後11時半ごろ)までに、後藤さんとヨルダンに収監中のサジダ・リシャウィ死刑囚を交換する用意ができなければ、中尉を殺害するという内容だった。

 これを受け、ヨルダン政府は29日の日没前に記者会見を開き、中尉の生存確認を最優先する姿勢を示した上で、「リシャウィ死刑囚を交換する用意がある」と提案。一方で、「同死刑囚はヨルダンにいる」とし、交渉がまだ十分には進んでいない可能性が明らかになった。

 こうした政府の対応に、中尉の支援者たちは反発。記者会見が開かれた集会場では、詰めかけた約200人が「中尉を救うため、リシャウィ死刑囚を早く解放すべきだ」などと訴えた。
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by nsmrsts024 | 2015-01-30 05:16 | 朝日新聞・綜合、政治

1月29日(木)・・・東日本大震災から3年10ヶ月と19日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から3年と10ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)



2011年3月29日(火)・・・起訴前の容疑者31人を釈放 福島地検、震災の影響で
福島地検は29日、県内各地の警察署の留置場に勾留していた容疑者のうち計31人を16日までに処分保留で釈放したと発表した。震災の影響で死者や行方不明者が相次ぎ、水道などのライフラインも止まっていたことなどから「事件の関係者に取り調べを行うなどの捜査を遂行することが困難な状況にあった」と理由を説明した。

 発表によると、釈放されたのは同地検本庁と郡山、いわき両支部管内の警察署に勾留していた起訴前の容疑者。逮捕容疑は強制わいせつ、窃盗、覚醒剤取締法違反などで、地震のあった11日から16日にかけて釈放した。

 警察の留置施設そのものが被害を受けて勾留が難しいという状況ではなかった。同地検の小池隆・次席検事は「捜査の進み具合や個々の事案の内容などを考慮して釈放する容疑者を決めた」と説明。今後も捜査を続ける方針という。



2011年3月29日(火)・・・福島2拘置支所の被告ら50人、県外へ移送 原発が影響
東日本大震災の発生翌日、福島県内の拘置支所2カ所に収容していた被告ら50人が全員、県外の施設に移されていたことが分かった。公判も延期されている。統括する福島刑務所は「ライフラインや食料の確保が困難だったうえ、福島第一原発の状況も不安定だった」と説明している。

 福島刑務所総務部によるといわき拘置支所(いわき市)と郡山拘置支所(郡山市)の被告らが12日、東京や栃木の施設に移送された。郡山拘置支所に収容していた被告らについては今月中にも戻す予定だが、いわき拘置支所については「原発事故の推移を見て判断する」という。








[世界と日本・今日この頃]

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by nsmrsts024 | 2015-01-29 05:00 | 朝日新聞・綜合、政治

1月28日(水)・・・東日本大震災から3年10ヶ月と18日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から3年と10ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)


2011年3月29日(火)・・・死亡1万1082人不明1万6717人―29日15時
警察庁によると、29日午後3時現在の死者数は12都道県で1万1082人にのぼった。行方不明は6県で1万6717人。負傷者は18都道県で2778人。

 確認されている死者数は宮城6744人、岩手3283人、福島997人、茨城20人、千葉17人、東京7人、栃木と神奈川で各4人、青森で3人、北海道、山形、群馬で各1人。行方不明となっているのは宮城7047人、福島5012人、岩手4654人、千葉2人、青森、茨城各1人。

 建物被害は全壊1万6180戸、流失は2165戸、全半焼146戸など。道路被害は2126カ所にのぼる。

 また同日午前10時現在、被害の大きかった岩手、宮城、福島の3県で死亡した人のうち身元が判明したのは8473人。8033人は遺族らに引き渡された。


2011年3月29日(火)・・・東証、終値は19円安の9459円
 29日の東京株式市場は小幅下落で取引を終えた。日経平均株価の終値は、前日終値と比べて19円45銭(0.21%)安い9459円08銭。




[世界と日本・今日この頃]

錦織圭、第1セットを落とす 全豪オープン準々決勝
テニスの全豪オープン第10日は28日、メルボルン・パークで男子シングルス準々決勝があり、初の4強入りがかかる第5シードの錦織圭と昨年覇者で第4シードのスタン・ワウリンカ(スイス)の試合が始まった。


 錦織は最初のサービスゲームから相手にブレークポイントを与えるなど苦しい立ち上がり。2―5でセットポイントを与えてから、4連続ポイントの粘りでそのゲームはキープしたが、3―6で第1セットを落とした。
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by nsmrsts024 | 2015-01-28 07:27 | 朝日新聞・綜合、政治

1月27日(火)・・・東日本大震災から3年10ヶ月と17日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から3年と10ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)


2011年3月29日(火)・・・市議の「遺言」、非常通路が児童救う 津波被害の小学校
岩手県大船渡市の海沿いの小学校に、津波から逃れる時間を短縮する非常通路をつけるよう提案し続けていた市議がいた。昨年12月、念願の通路ができた。市議は東日本大震災の9日前に病気で亡くなったが、津波にのまれた小学校の児童は、通路を通って避難し、助かった。

 海から約200メートルのところにある越喜来(おきらい)小学校。3階建ての校舎は津波に襲われ、無残な姿をさらしている。校舎の道路側は、高さ約5メートルのがけ。従来の避難経路は、いったん1階から校舎外に出て、約70メートルの坂を駆け上がってがけの上に行き、さらに高台の三陸鉄道南リアス線三陸駅に向かうことになっていた。

 「津波が来たとき一番危ないのは越喜来小学校ではないかと思うの。残った人に遺言みたいに頼んでいきたい。通路を一つ、橋かけてもらえばいい」。2008年3月の市議会の議事録に、地元の平田武市議(当時65)が非常通路の設置を求める発言が記録されている。

 親族によると、平田さんは数年前から「津波が来た時に子供が1階に下りていたら間に合わない。2階から直接道に出た方が早い」と話すようになったという。

 平田さんの強い要望をうけたかたちで、昨年12月、約400万円の予算で校舎2階とがけの上の道路をつなぐ津波避難用の非常通路が設置された。予算がついた時、平田さんは「やっとできるようになった」と喜び、工事を急ぐよう市に働きかけていた。

 11日の地震直後、計71人の児童は非常通路からがけの上に出て、ただちに高台に向かうことができた。その後に押し寄せた津波で、長さ約10メートル、幅約1.5メートルの非常通路は壊され、がれきに覆いつくされた。遠藤耕生副校長(49)は「地震発生から津波が来るまではあっという間だった。非常通路のおかげで児童たちの避難時間が大幅に短縮された」と話す。

 市教育委員会の山口清人次長は「こんな規模の津波が来ることは想定しておらず、本当に造っておいてよかった。平田さんは子供のことを大事に考える人でした」と話した。

 非常通路から避難した児童の中には、平田さんの3人の孫もいた。平田さんの長男、大輔さん(38)は「人の役に立った最後の仕事に父も満足していると思う。小学3年の息子にも、大きくなったら話してやりたい」と語った。(其山史晃)





2011年3月29日(火)・・・津波 最後まで患者を守ろうとして…南三陸の看護師ら
宮城県南三陸町で唯一の病院、公立志津川病院は、入院患者の半数以上を高齢者が占めるごく普通の地方病院だった。患者の命を救おうとして3人の看護師と看護助手が波にのまれた。

 志津川湾に沿って走る国道45号に面した町営病院。東棟(4階)と西棟(5階)の2棟建てで、廊下でつながっていた。津波が起きた11日は109人が入院し、その半数が自分で歩くのが難しい65歳以上の患者だった。

■水、5階のぎりぎりまで

 午後2時46分。ガガガと横揺れが起きた。

 東棟4階の405号室。勤務してまだ5日目の看護助手伊藤梓さん(24)が、先輩の看護助手、菅原若子さん(52)に付いて男性患者の手足をお湯で洗っていた。

 洗面器の湯がばしゃばしゃとこぼれた。伊藤さんは冷静だった。「大丈夫ですからね」。菅原さんと一緒に患者を落ち着かせ、ぬれたパジャマの着替えを手伝った。菅原さんは伊藤さんに助言した。

 「患者さんが不安にならないように目を離さないでね」

 それが伊藤さんと交わした最後の会話になった。

 ナースコールが鳴りやまない。廊下を点滴を持った看護師が行き来する。

 「もっと上へっ」

 星愛子・看護部長(55)らが声を上げた。防災放送が大津波を知らせていた。東棟にいた病院スタッフや患者は5階建ての西棟へ。

 しかし、エレベーターは止まっていた。歩けない患者を引き上げるのは2、3人がかり。人手が足りない。階段ではパニック状態となった患者が、手すりを持ったまま階段をふさいでいた。力尽きてしゃがみ込む患者もいた。

 悲鳴に似た声が上がった。

 「波だ。逃げろ」

 真っ白な横一線の高波が猛烈な勢いで押し寄せるのが病室から見えた。防潮堤を越えると、車や船を押し流しながら突進し、目の前のショッピングセンターが一瞬で泥の水に沈んだ。
「もう助からない」。菅原さんがそう思ったとき、患者を連れた看護師や看護助手、通行人らが駆け上がった5階のぎりぎりで水は止まった。窓からは患者の一人がベッドのマットレスに乗って流されていくのが見えた。

 第1波と第2波の間、わずかに水が引いた。男性職員がずぶぬれになりながら4階へ。ベッドごと浮き上がるなどして息のあった10人余りの患者を背負って引き上げたが、それが限界だった。

 3人の看護師・看護助手がいないことがわかったのは、5階会議室で点呼した時だ。1人は伊藤さん。そしてベテラン看護師の山内由起さん(40)と後藤弘美さん(46)の2人だった。

 「私の言ったことを最後まで守ったのだろうか。目を離してしまったばかりに」

 菅原さんは唇をかんだ。

 5階まで引き上げることができた入院患者は109人中、42人。うち7人は翌日、自衛隊のヘリコプターが救出に来る前に、低体温状態となり息を引き取った。5階で死亡確認した桜田正寿医師(54)は言う。「ただただ地獄だった。地震から津波まで30分、できることはあまりに限られていた」

■「太陽のように明るい子だった」

 伊藤さんの遺体は津波から1週間後、病院内で消防隊に発見された。姉の角川理奈さん(31)によると、伊藤さんは「人の役に立つ仕事をしたい」と言って仙台市での仕事を辞め、南三陸町に戻ってきたという。千葉県に住む3歳のおいをかわいがり、夏に一緒にお絵かきをする約束をしていた。「あの子の性格から、最後まで患者さんをほっとけなかったのだと思います」

 山内さんの遺体は25日に遺族によって確認された。病院から約2キロ離れた海岸で見つかった。看護服姿。薬指には夫の和也さん(45)が贈った指輪がしてあった。1人目の患者を5階まで上げ、さらにまだ歩ける患者を誘導しようと引き返したことが同僚に目撃されている。高校1年と中学2年の息子2人がいる。和也さんは「太陽のように明るい女性でした」と話した。

 後藤さんはいまも行方不明のままだ。2男1女の母。長女(12)の小学校の卒業式を楽しみにしていた。津波が4階に達する直前まで患者に寄り添っていた姿が目撃されている。同病院の事務職員で、2階から5階に駆け上がって助かった夫の正博さん(48)は、28日の長女の卒業式に後藤さんの写真をしのばせて出席した。休みなく病院の残務整理をする毎日だ。(武田肇)







[世界と日本・今日この頃]

過激派、脅威の系譜 「イスラム国」源流はイラクに

仏新聞社襲撃事件や日本人人質事件など、イスラム過激派による事件が続いている。中東やアフリカなどで生まれ、地域を越えて脅威となっている過激派の系譜をたどった。


 「イスラム国」は、さまざまな過激派との集散や改称を繰り返してできた。2011年に始まったシリア内戦に乗じて戦線を広げ、シリアのアルカイダ支部として組織された「ヌスラ戦線」の一部と合流。13年には「イラク・シリア・イスラム国」と改称した。昨年6月、一方的な国家樹立を宣言して「イスラム国」と名前を変えた。

 源流は、イラク戦争に呼応する形で駐留米軍への攻撃を活発化させた「イラクのアルカイダ」だ。その指導者はヨルダン出身のザルカウィ容疑者。サジダ・リシャウィ死刑囚らが05年、ヨルダンで起こした連続爆破テロについても犯行声明を出している。

 ザルカウィ容疑者は06年に米軍の空爆で死亡。アブバクル・バグダディ容疑者が後を継いだ。

 バグダディ容疑者に最も大きな影響を与えたのが、ザルカウィ容疑者だとされる。報道によると、2人は1996~2000年、アフガニスタンで共同生活を送っていたという。外国人を人質にビデオを使って要求を突きつけるなど、「イスラム国」の手法の多くはザルカウィ容疑者から受け継いだものとみられている。(アンマン=渡辺淳基)
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by nsmrsts024 | 2015-01-27 06:10 | 朝日新聞・綜合、政治

1月26日(月)・・・東日本大震災から3年10ヶ月と15日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から3年と10ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)



3月29日(火)・・・大気中の放射線量、福島・関東で微減傾向続く
福島第一原発事故の影響で、通常より高い値が続く大気中の放射線量は29日も、福島県や関東各地でわずかに下がる傾向が続いた。

 午後2時現在で、福島市は毎時2.97(前日午後2時は3.12)マイクロシーベルト、茨城県北茨城市は毎時0.735(同0.791)マイクロシーベルト、前橋市は0.057(同0.061)マイクロシーベルトだった。首都圏では東京都新宿区が0.108(同0.111)マイクロシーベルト、さいたま市が0.086(同0.090)マイクロシーベルト、横浜市が0.050(同0.051)マイクロシーベルトといずれも下がった。

 東北、関東の10都県で平常の値を上回っているものの、首都圏をはじめ多くの地域で前日より下がる傾向が続く。

 原発から約30キロ地点の福島県浪江町の山間部などでは依然、高い値が続いており、文部科学省や自治体は監視を続けている。




2011年3月29日(火)・・・2011年度予算が成立 参院では否決、衆院優越規定で
2011年度予算が29日、成立した。参院本会議で野党の反対多数によって否決されたが、衆院の優越を定めた憲法60条の規定によって、衆院の横路孝弘議長が衆院本会議で成立を宣告した。







[世界と日本・今日この頃]


錦織圭完勝、全豪8強入り フェレールに3―0

テニスの全豪オープン第8日は26日、メルボルン・パークで、ベスト8進出をかけた男子シングルス4回戦があり、世界ランキング5位で第5シードの錦織圭が、同10位で第9シードのダビド・フェレール(スペイン)を6―3、6―3、6―3で下し、3年ぶりのベスト8入りを決めた。28日に予定されている準々決勝では昨年優勝のスタン・ワウリンカ(スイス)と対戦する。


 錦織は第1セット、第3ゲームでサービスをブレークし、リード。第9ゲームでも相手のサービスゲームを破り、セットをものにした。第2セットも4―3からの第8ゲームをブレークし、押し切った。第3セットも危なげない試合運びでものにした。
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by nsmrsts024 | 2015-01-26 07:53 | 朝日新聞・綜合、政治

1月25日(日)・・・東日本大震災から3年10ヶ月と14日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から3年と10ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)


2011年3月29日(火)・・・東電、2011年度の入社式中止 会社設立以来初
東京電力は、4月1日に予定していた2011年度の入社式を中止すると29日に発表した。「福島第一原発事故や計画停電の対応に全力を挙げて取り組むため」と説明している。

 同社によると、入社式を開かないのは1951年5月の会社設立以来初めて。新入社員は1077人の予定だが、11日の震災発生後、技術系の男性内定者1人が「改めて自分のやりたいことを考え直した」との理由で入社辞退を申し出たという。




2011年3月29日(火)・・・パンダ2頭、4月1日から公開 上野動物園
東京都は29日、中国から都立上野動物園に来たジャイアントパンダのつがいを4月1日午前10時から一般公開すると発表した。同園は節電のため17日から休園しており、当初22日の予定だったパンダ公開も延期されていた。「春休み中に子どもたちに見せたい」として、4月からの開園を決めたという。

 同園でパンダが復活するのは、2008年4月にリンリンが死んで以来、約3年ぶり。公開される雄のリーリーと雌のシンシンは、2月21日に来園し、「2世」誕生が期待されている。

 シンシンは発情の兆しを見せており、交配のために2頭の公開が中止になる可能性もある。公開の有無は前日午後5時に同園のホームページで公表する。東日本大震災の被災者は、自己申告すれば4月10日まで入園料を免除する。









[世界と日本・今日この頃]

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by nsmrsts024 | 2015-01-25 16:29 | 朝日新聞・綜合、政治

1月24日(土)・・・東日本大震災から3年10ヶ月と13日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から3年と10ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)



2011年3月29日(火)・・・M7以上の余震発生確率は10% 気象庁が下方修正
東日本大震災で、気象庁は29日、マグニチュード7.0(最大震度5強)以上の余震が起こる確率の目安を、4月1日までの3日間が10%、その後の3日間も10%と下方修正し、発表した。25日の発表ではいずれも20%で、11日の本震以降、最も低くなった。



2011年3月29日(火)・・・行き着くところは涙しか…福島の詩人、ツイッターで発信
福島市在住の詩人で、中原中也賞受賞者の和合亮一さん(42)が、インターネット上のツイッターで東日本大震災の状況を発信している。140文字以内の投稿はこれまでに約650。心を揺さぶる「つぶやき」に、多くの人たちが呼応している。

 和合さんは福島県立保原高校(同県伊達市)の国語教師。地震が起きた11日は同校で入学試験の判定会議中だった。教師になって初めての赴任先は県沿岸部の南相馬市にある相馬農業高校。それだけに地震、津波、原発事故に襲われた浜通り地方への思いが人一倍強い。

 「何か、言葉を発することで役に立てることはないか」。「詩の礫(つぶて)」と命名し、16日に最初の約40作品を載せた。《放射能が降っています。静かな静かな夜です》《この震災は何を私たちに教えたいのか。教えたいものなぞ無いのなら、なおさら何を信じれば良いのか》《行き着くところは涙しかありません。私は作品を修羅のように書きたいと思います》

 翌朝、和合さんのツイッターをフォローする人は500人ほどに。さらに投稿すると次々と増え、28日時点で約4500人になった。

 読んだ人からはすぐに反応がくる。「新宿で飲んでいたが、今、帰ってきて読んでいます」「テレビの情報ばかり見ていると不安になる。この詩を見てホッとした」「心が折れそうになっていたが、進むべき道が見えてきた」……。

 作品は長野や福岡のイベント会場などで紹介されたほか、「東北を元気づける曲の作詩をしてくれないか」「この震災のドキュメント雑誌を作りたい。その中でこの詩を使わせてくれないか」「英訳して海外で紹介したい」といった申し出もきている。

 「休みの日は1日20時間机に向かっていた。自分も書くことで気持ちが立ち直ってきた。多くの人がちゃんと読んでくれている。今は、やめられない」と和合さんは言う。

 ツイッターのアカウント名は「wago2828」。URLは「http://twitter.com/wago2828」。(竹園隆浩)







[世界と日本・今日この頃]

72時間の真意は? 「イスラム国」、力の誇示に主眼か

身代金の要求期限だった「72時間」が過ぎても声明を出さず、人質の安否情報も示さない「イスラム国」。何を狙い、どう行動しようとしているのか。

 「そもそも72時間という時間設定に、深い意味はなかったのでは」。外務省の国際テロ対策研究会委員を務めた公益財団法人「公共政策調査会」の板橋功・第1研究室長はこうみる。

 会社経営の湯川遥菜(はるな)さん(42)は昨年8月に拘束され、フリージャーナリストの後藤健二さん(47)は10月から消息を絶っていた。現地で数少ない日本人を確保し、安倍晋三首相の中東訪問という最も効果的なタイミングで、自らの存在感を示せるカードを切る――。これが「イスラム国」の狙いだったとみる。

 テロ組織の身代金交渉は半年から1年をかけ、金額を下げながら裏交渉して妥結するのが一般的といい、72時間の時間設定や2億ドル(約236億円)の要求額は現実的でないとの見方を示した。金より力の誇示に主眼を置いている印象があるとして、「要求が通らないからと、すぐに行動を起こすつもりはないと思う」と話した。「日本政府は『テロとの戦い』などと過剰反応せず、軍事行動に直接関わっていないことを丁寧に説明し続けることが重要だ」と指摘した。
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by nsmrsts024 | 2015-01-24 09:52 | 朝日新聞・綜合、政治

1月23日(金)・・・東日本大震災から3年10ヶ月と12日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から3年と10ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)


2011年3月29日(火)・・・首相動静―3月29日
【午前】6時19分、公邸で福山官房副長官、民主党の寺田学衆院議員。21分、細野首相補佐官加わる。8時18分、国会。34分、閣議。49分、海江田経産相。51分、田坂広志多摩大大学院教授に内閣官房参与の辞令交付。枝野官房長官、仙谷、福山、滝野の各官房副長官同席。9時、参院予算委員会。

 【午後】1時1分、参院本会議。2時22分、衆院本会議。37分、官邸。4時28分、民主党の岡田幹事長。5時3分、国会。12分、衆院本会議。50分、官邸。53分、民主党の田中慶秋衆院議員。6時26分、民主党の渡部恒三最高顧問、増子輝彦参院議員ら。57分、与謝野経済財政相。7時3分、与謝野氏出る。




2011年3月29日(火)・・・家電や住宅エコポイントを震災義援金に 受け付け開始
経済産業省と国土交通省などは29日、東日本大震災の被災地を支援するため、省エネ家電や住宅のエコポイントの交換商品に寄付(義援金)を追加すると発表した。同日から受け付けを始めた。

 家電エコポイントは省エネ型テレビなどの購入で、住宅版エコポイントは省エネ仕様の住宅新築などでポイントを受け取り、商品券などに交換できる制度。商品や商品券の代わりに寄付を選べば、ポイント1点を1円としてエコポイント事務局から日本赤十字社に義援金として寄付され、最終的に被災地に届けられる。








[世界と日本・今日この頃]

「残された時間はわずかです」 後藤さん母の声明文全文
後藤健二さんの母親の石堂順子さんが記者会見に際し、発表した声明文の全文は次の通り。


 私は石堂順子と申します。

 ジャーナリスト後藤健二の実の母親です。

 多くの外国人記者の皆さんにお集まりいただき、感謝します。

 日本国民・日本政府の皆さん、諸外国の皆さんに健二が大変ご迷惑をおかけしていることに心よりお詫(わ)びします。

 私はこの3日間、ただただ、悲しくて、泣いていました。表現できません。

 健二は幼い頃から心の優しい子でした。

 健二はいつも「戦地の子どもたちの命を救いたい」と言っていました。

 中立な立場で戦争報道をしてきました。

 イスラム国の皆さん、健二はイスラム国の敵ではありません。解放して下さい。

 日本は戦争をしないと憲法9条に誓った国です。70年間戦争をしていません。

 日本はイスラム教諸国の敵ではなく、友好関係を保ってきました。

 日本は唯一の被爆国です。アメリカによる広島と長崎への原爆投下で数十万人が亡くなりました。

 あと残された時間はわずかです。日本政府の皆さん、健二の命を救って下さい。
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by nsmrsts024 | 2015-01-23 04:45 | 朝日新聞・綜合、政治

1月22日(木)・・・東日本大震災から3年10ヶ月と11日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から3年と10ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)



2011年3月29日(火)・・・子どもたちは遊んで笑って ユニセフや国際NGOが支援
海外の災害地での活動経験が豊かな援助団体が東日本大震災の被災地の避難所で、子どもの遊び場づくりを広げている。子ども同士で遊ぶことで、大人に言えずに抱え込んでしまっているストレスを発散し、笑顔を取り戻すための取り組みだ。

■絵本や積み木、人形配る

 ユニセフは、0~6歳の子ども向けの玩具が入ったジュラルミンケース「箱の中の幼稚園」を20個、日本に送った。クレヨンや絵本、積み木、パズル、指人形など37種類が詰まっている。ハイチ大地震やミャンマーを襲ったサイクロン、スリランカの紛争の被災地でも、子どもたちに届けられた。

 宮城県石巻市で約590人が避難している蛇田中学校の体育館に25日、箱が届くと集まった約15人の子どもたちが夢中で遊んだ。今後は避難所で管理され、定期的に遊びの場が設けられる。

 ここで避難生活をする岩倉侑(あつむ)君(8)は、離れた小学校に通っていて、友だちと離ればなれ。一時は、孤立していた別の避難所で妹の知世ちゃん(5)や祖父母と過ごし、お母さんにも会えなかった。今、侑君は余震のたびに母親の朋子さん(38)にくっつく。知世ちゃんは「食べ物がなくなったらどうしよう」と時々言うようになった。

 地震の後、どうやって遊んでいたかを尋ねると、侑くんは「何もしてなかった。でもおもちゃが来たから遊べる。明日もブロックで遊ぶ」と答えた。

 昨年1月に起こったハイチ大地震の復旧現場から来たユニセフ・ハイチ事務所の井本直歩子さん(34)は「子どもたちは災害のショックで、いろんなことを吸収する能力を閉ざしてしまうことがある。遊びで自然な刺激を積み重ね、気持ちを回復させていくことが大事」と話す。

■大人への遠慮、忘れさせて

 国際NGO「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」は、宮城、岩手両県の7カ所の避難所で「こどもひろば」を開いている。
石巻市の大街道小学校では、スタッフが「時間はあと30分。何して遊ぼうか」と声をかけると、「粘土やりたい」「折り紙の方がいいかなあ」との声が返ってきた。

 電気や水道が復旧しておらず教室は薄暗いが、床に敷かれたゴムマットの上で幼児や小学生ら12人が、歓声をあげていた。

 同小2年の上地彩稀さん(8)は、上級生に折り紙を教えてもらった。「みんなで集まれるのがうれしい。すごい楽しい」と笑顔だ。「明日も来たい人」とスタッフが尋ねると、全員が手を挙げた。

 ひろばでは2人のスタッフが見守るが、なるべく子どもたちがしたいように遊ばせる。マットで「遊んでいい場所」がはっきりわかるようにし、時間をしっかりと決め、おもちゃは自分で片づけさせる。

 同団体は世界にネットワークを持ち、ハイチ大地震や、2009年のイタリア中部地震の避難所にも「ひろば」を持ち込んだ。今回は経験を積んだ海外のスタッフも日本に入り、各避難所に直接足を運んで需要を調べた。事前の聞き取りでは「おじいちゃん、おばあちゃんが悲しそうだから、ここでは遊ばない」と話す子どもがいた。

 スタッフの佐藤則子さんは「大変そうな大人を見て遠慮することがある。遊びの時間を確保して気持ちを吐き出させ、なるべく日常に近づけるようにしてあげたい」と話している。(平井良和)




2011年3月29日(火)・・・緊急地震速報、45回中30回不適切「でも身は守って」
気象庁が発表している一般向けの緊急地震速報の精度が、東日本大震災の本震発生以降下がっている問題で、気象庁は29日、発表した45回のうち少なくとも30回は不適切だったと明らかにした。余震の活動が落ち着けば一定の精度に戻るというが、抜本的な改善には数カ月かかるという。

 速報は最大震度5弱以上の地震で震度4以上の揺れを予測した地域に出す。11日の本震以降に出た45回(29日午後1時現在)のうち、30回は震度2以下の地域があった。うち11回は全地域で震度2以下だった。

 余震など地震が多発していることが精度を下げている原因だ。大きな揺れの前に来る小さな揺れを地震計が捉え、震源や揺れる地域、震度を即時に予測するが、地震計が二つの地震の揺れを同時に感知すると、広い地域で大きな地震が起きると予測してしまう場合がある。このケースが30回のうち21回。残る9回は、本震の影響で回線の不具合や停電が生じ、利用できる地震計が減ったことが原因という。このほか、震度5弱以上なのに見逃して発表できなかったケースも7回あった。

 同庁の上垣内修・管理課長は「(今の精度は)低いと思っている。ただ、発表した領域のどこかで地震が起こっていることは確かなので、安全重視で身を守る行動をとって欲しい」と訴えている。(二階堂祐介)









[世界と日本・今日この頃]

後藤さん妻に20億円要求 「イスラム国」側がメール
イスラム過激派組織「イスラム国」に拘束されたジャーナリスト後藤健二さん(47)=東京都=の妻あてに昨年11月~今年1月、後藤さんの拘束を伝え、身代金を要求するメールがイスラム国関係者から送られていたことが政府関係者への取材でわかった。妻は相手側と約10通のメールをやりとりして、後藤さん本人の拘束が間違いないことを確認した。身代金の要求額は20億円余だったという。

 後藤さんは昨年10月下旬にシリア入りし、間もなく連絡が途絶えた。政府関係者によると、妻は同月末に外務省に相談。メールが届いたのはその後で、昨年12月初めに、このメールに気づいて開封した。メールには、後藤さんの身柄を預かっていることが英文で記されていた。

 妻は内容の真偽を確かめるため、後藤さん本人しか知り得ない事柄についてメールでただしたところ、複数の質問に対して正しい回答が返ってきた。届いたメールのなかには、他の外国人の誘拐事件で被害者側とイスラム国側がやりとりした情報にたどり着くアドレスが記されたものもあり、情報の内容が過去の被害と合致したという。
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by nsmrsts024 | 2015-01-22 04:40 | 朝日新聞・綜合、政治

千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた核災害


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