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2015年12月31日(木)・東日本大震災から4年9ヶ月と20日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から4年と9ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)
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    3.11 東日本大震災         津波 137


2011年5月6日(水)・地震保険の請求、阪神の5倍 5日時点で32万件
日本損害保険協会は6日、東日本大震災で損保業界全体に対する地震保険金の請求が5日時点で32万件に上ったことを明らかにした。阪神大震災(6万5千件)のほぼ5倍になる。

 損保協会が地震保険を扱う全25社に被災者からの被害連絡の件数を集計した。

 このうち、損保各社がすでに保険金を支払ったのは3万1627件(計334億円)。これまでは関東地方が中心で、支払件数が多い順に東京(7249件・57億円)、千葉(4855件・60億円)、茨城(4648件・67億円)など。被害の大きい東北地方は宮城(2120件・31億円)、福島(314件・6億円)などで、今後支払いが本格的に始まるという。


[2015年、世界と日本・今日この頃]

日韓合意支えた水面下の交渉 首脳側近、年末一気に進展
28日に決着した慰安婦問題をめぐる日韓交渉は、日韓首脳の意向をくんだ水面下の接触が支えていた。
 昨年4月、伊原純一・外務省アジア大洋州局長(当時)と韓国の李相徳(イサンドク)・外交省東北アジア局長による外交当局の局長協議が始まった。ただ、1965年の日韓請求権協定をめぐる解釈の違いなど、双方は互いに原則論を繰り返すだけで実質的な進展はなかった。
 日本政府は当初から、局長協議で詳細を詰めるのは難しいと考えていた。外務省局長が直接、首相に経緯の報告ができる日本と違い、韓国では対日強硬論者の尹炳世(ユンビョンセ)外相らを通じてしか朴大統領に日本の意向が伝わらないためだ。
 日本側の要請で、両首脳の意向が反映できる交渉チャンネルが今年に入って本格的に動き出した。日本側は谷内正太郎・国家安全保障局長をトップに据え、カウンターパートは李丙琪(イビョンギ)・大統領秘書室長となった。
 いつしか日韓ともにこのチャンネルを「谷内プロジェクト」と呼ぶようになった。ただ水面下の接触が明らかになることを警戒し、ソウルの金浦空港内で協議したこともあったという。
 今月23日、韓国の憲法裁判所で日韓請求権協定を違憲とする訴えが却下されると、同日午後からプロジェクトの交渉が始まり、深夜までの協議で、慰安婦問題をめぐる合意事項のほぼすべてが固まった。
 24日に谷内氏から報告を受けた安倍首相は同日夕、岸田文雄外相に28日の訪韓を命じた。(編集委員・箱田哲也)


2万6千の思い出「再生」 被災写真、全国で修復協力
東日本大震災の津波で傷んだ写真を修復するプロジェクトが今年、4年半の作業を終えた。パソコン上で可能な限り「復元」された写真は約2万6千枚。阪神・淡路大震災の被災地、神戸を経て、すべて持ち主の元に戻った。インターネットでの呼びかけに応じた全国の約300人が自主的につながり、協力した。
 プロジェクトの名は「あなたの思い出まもり隊」。
 事務局は、阪神大震災を経験した大学として防災の専門教育に取り組む神戸学院大(神戸市)に置かれた。東日本大震災の発生後、現代社会学部の舩木伸江准教授(38)が「被災地から離れた場所でもできる支援」として提案。東北福祉大(仙台市)と工学院大(東京都)の3大学でつくる「社会貢献学会」のプロジェクトとして、2011年4月にスタートした。
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by nsmrsts024 | 2015-12-31 07:17 | 朝日新聞・綜合、政治

2015年12月30日(水)・東日本大震災から4年9ヶ月と19日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から4年と9ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)
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     3.11 東日本大震災       津波 136


2011年5月6日(水)・日本のODA、前年と同じ世界5位 16.8%増額
日本の援助は110億ドル(約9400億円)で前年から16.8%増。円高でドル換算の金額が増えたことや、アフガニスタンやハイチ、パキスタンへの援助が増えたためという。90年代には世界1位だったが、00年代には財政事情を理由に減少、07年から5位が続いている。

 日本の国民総所得(GNI)に占める援助の割合は0.2%。国別で比較すると、OECDの開発援助委員会(DAC)に加盟する23カ国のうち20位だった。


[2015年、世界と日本・今日この頃]

日本の10億円拠出「少女像移転が前提」 慰安婦問題
「合意されたことは、しっかりフォローアップしないと」。安倍晋三首相は日韓両国が慰安婦問題で合意した翌29日、滞在先の東京都内のホテルで帰国報告した岸田文雄外相にこう告げた。首相の念頭には、ソウルの日本大使館前にある「少女像」の移転問題があったと見られる。
 首相は、岸田氏に24日、年内訪韓を指示した直後、自民党の派閥領袖(りょうしゅう)と電話した。少女像の移転問題について、「そこはもちろんやらせなければなりません。大丈夫です」と語ったという。
 少女像は、元慰安婦の支援団体「韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議会」(挺対協)が2011年に日本大使館前に設置。以来、日韓の対立点となってきた。日本は国内世論を悪化させるなどとして移転を求めたが、韓国は「像は民間が設置したもの」と譲らなかった。
 首相が少女像の問題にこだわったのは、自らの支持層の保守派への配慮からだ。「これができないと自分も厳しい。支持者がもたない」との思いがあった。
 少女像の交渉はもつれた。韓国にとっても挺対協の説得が難しいからだ。日本は、韓国が設立する財団に10億円を拠出する条件として、少女像の移転を主張。韓国から像をめぐる内諾を得たと判断し、合意の決め手になった。複数の日本政府関係者によると、少女像を移転することが財団への拠出の前提になっていることは、韓国と内々に確認しているという。
 外相会談後、韓国の尹炳世(ユンビョンセ)外相は記者会見で少女像の移転について「関連団体と話し合いを行い、適切なかたちで解決するよう努力する」と明言。だが、挺対協は「韓国政府が移転に介入することはありえない」と表明している。
 日本政府関係者はこう語る。「韓国がこれからかく汗の量は半端ではない」(武田肇)



奇跡の一本松、苗木が出雲大社へ 震災忘れさせぬ存在に
東日本大震災の津波に耐え、復興のシンボルになった岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」。その命を継ぐ苗木が震災5年を迎える来年3月、島根県出雲市の出雲大社に植えられる。育てた被災者の男性は「大震災を忘れさせない存在になってほしい」と願う。
 陸前高田市で造園業を営む小山(おやま)芳弘さん(64)。国の名勝「高田松原」の保存活動に携わってきたNPO法人「高田松原を守る会」の副理事長だ。
 小山さんは震災12日後、長さ2キロにわたって生えていた松原の7万本のうち、1本だけが津波に耐えて生き残ったのを知った。会のメンバーらと連日、現地に通い、海水がかからないように柵を作ったり、海水が混じるようになった地下水をくみ出すための発電機に燃料を補給したりした。
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by nsmrsts024 | 2015-12-30 05:16 | 朝日新聞・綜合、政治

2015年12月29日(火)・東日本大震災から4年9ヶ月と18日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から4年と9ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)
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    3.11 東日本大震災       津波 135

2011年5月6日(水)・福島第一、汚染度低い水の放出続く 処理施設分は終了
福島第一原発では原発内にある比較的汚染度の低い水の海への放出が6日も続いた。放出は高濃度の放射能汚染水を保管する場所の確保や、設備の浸水防止のためで、4日夜から始まった。このうち集中廃棄物処理施設からは約6千トン放出。ほかに通常のポンプで排出しきれない場所に2千トンの水が残っており、この放出も進める。放出後はこの施設に、2号機のタービン建屋地下にたまっている高濃度の汚染水を移す。

 このほか、5、6号機周辺にしみ出てくる地下水をためる升の中にある1500トンも放出中。すでに300~400トン分を終えた。こちらは、この地下水が亀裂からしみ出て建屋に浸水し、非常用発電機などの機器類が故障するのを防ぐのが目的。

 放出の影響について東電の試算では、原発から沖合1キロ以遠の魚や海藻を毎日食べたとしても、年間に自然界から受ける放射線量(2.4ミリシーベルト)の4分の1ほどとしている。

 放射性物質を含む水は通常は低い濃度であっても、そのまま環境中に出すことは許されていない。東電は汚染水の量が非常に多く、原子炉等規制法に基づく緊急措置としてやむを得ず放出を選択したとしている。

   
[2015年、世界と日本・今日この頃]

慰安婦問題で日韓合意 日本国内、歓迎と懸念の声が交錯
長年にわたって日韓の最大の懸案だった慰安婦問題で、両国政府が28日に合意したことを受け、日本の関係者や専門家の間では歓迎の声と、韓国内の反発で問題が再燃することを懸念する声が交錯した。
 在任中に慰安婦問題に取り組んだ村山富市元首相はこの日、地元の大分市で記者会見した。安保法制や戦後70年の首相談話をめぐり安倍晋三首相に厳しい姿勢をとってきたが、「素直に良かったことは良かった。安倍さんはよく決断した」と評価した。
 理由として、合意に安倍首相による「おわび」の表明を盛り込んだことを高く評価すると説明。「明確に責任を認めたことで話が進んだ」と分析したうえで、「日韓関係の当面のネックはなくなった。全てが決着した」と合意を歓迎した。
 村山政権時代の1995年に設立された「アジア女性基金」の呼びかけ人の一人、外務省出身の外交評論家・岡本行夫氏も「非常に良い解決策だったと思う。すぐ完全な和解に至るのは難しいだろうが、これで対話の緒についた」と評価した。そのうえで、「日韓双方にそんなに時間は残されていなかった。慰安婦が生存している今が最後のチャンスだった」と語った。
 アジア女性基金は、元慰安婦に「償い金」を支給するものだったが、韓国内の慰安婦支援団体などから反発を受け、支援対象となるはずだった元慰安婦の女性約240人のうち、「償い金」を実際に受け取ったのは61人にとどまった。しかし、岡本氏は「当時は日本側だけでやったが、今回は韓国政府が関与する点が大きく違う。韓国側に日本との和解をしようという政治決断があり、日本側も政治決断をしたということだ」と述べ、当時との違いを強調する。
 一方で、93年の河野官房長官談話の作成に携わった石原信雄・元官房副長官は「慰安婦問題をめぐる最大の懸念は、戦後補償の請求権の問題を韓国政府が再び蒸し返さないかどうかだ」と指摘する。
 日本政府は、戦争や日本の統治で生じた被害の賠償は65年の日韓請求権協定で「完全かつ最終的に解決済み」との立場で、今回の合意でもその立場は崩していない。しかし、「河野談話」の後も慰安婦問題は解決せず、請求権問題が両国間にくすぶってきた経緯がある。石原氏は「当初は(慰安婦問題に取り組む韓国国内の)団体に距離を置いていた韓国政府も、次第に動かされるようになった。そうした韓国政府と団体の関係が、今回の合意で確実に変わるのかどうかはまだ分からず、注視したい」という。



日韓新時代、育むのは市民 慰安婦問題合意
韓国との国交正常化に大きな役割を果たした岸信介・元首相。国内の激しい反対を押し切り、日本との関係を正常化させた朴正熙(パクチョンヒ)・元大統領。それぞれの孫と娘である安倍晋三首相と朴槿恵(パククネ)大統領が、日韓新時代の幕を開こうとしている。
 最大の懸案だった慰安婦問題で日韓外相が合意をみた後、2人は電話で「私たち首脳が責任を持って対応していこう」と確認しあった。
 50年前の国交正常化は確かに両国の距離を縮め、人々の交流を深めた。しかし、国力を増し、民主化を勝ち取った韓国には「(過去の清算が)圧倒的な力の差で押し切られた」との思いがますます募った。かたや成長が頭打ちする日本では、台頭した韓国を見る心の余裕が薄れてきた。
 1990年代に政治問題化した慰安婦問題は、そんな日韓の歴史認識がぶつかりあう象徴となってしまった。
 戦後70年のいま、両国が過去ばかりに縛られているわけにはいかないことははっきりしている。先行きが見通せない北朝鮮情勢、環境や資源など地球規模の課題、国内の少子化や高齢化、広がる格差――。共通する課題に取り組む隣国同士が手を取り合う必要性は増している。
 国交半世紀の節目の年もカウントダウンに入った28日、ナショナリズムや反目を超えて、新たな関係の出発点となりうる合意にこぎつけた両国の政治指導者の決断は評価したい。
 だが、これはスタート地点にすぎない。
 合意は、あくまでも政治的決着をしただけだ。安倍首相による元慰安婦への謝罪と反省のメッセージや双方の約束事は盛り込まれたが、肝心なのはこの合意という器に「たましい」を入れることだ。
 日本は謝罪を言い放しにしたり、真意を疑わせたりする言動に気をつけねばならない。韓国も、世論に流されて約束をほごにするようなことがあってはならない。両外相が確認した「不可逆的な解決」はそれぞれ自らにも向けられている。
 今こそ慰安婦問題の原点を見つめ直すことが大切だ。元慰安婦の女性たちの心を癒やし、尊厳を回復する必要がある。紛争下で女性の人権をいかに守るのかはまさしく現代の問題であり、日本と韓国が手を携えて取り組むことができる目標でもある。
 産声を上げたばかりの合意はこれから、多くの試練にさらされるだろう。それらを乗り越え、中身を充実させていくのは政治家だけの役割ではない。今後、どんな隣国関係を作っていくのか。それを考え、育んでいくのは市民である。



「屈辱的」「政府に従う」 日韓合意、評価割れる韓国
 日韓両政府の合意について、韓国側では元慰安婦の支援団体などから反発の声が上がった。
 日韓外相会談が行われたソウルの韓国外交省に28日午後、「法的責任に背を向けた安倍政権糾弾」といったプラカードを掲げた市民団体のメンバーら約50人が「会談中止」を求めて集まった。
 元慰安婦の支援団体「韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議会」(挺対協)は会談終了後、「屈辱的だ」と反発する声明を発表し、「慰安婦は日本政府が主導した犯罪であり、不法という点が明らかになっていない」と批判。安倍首相による直接の謝罪もなかったとして「真心がこもった謝罪と受け入れるのは難しい」とした。さらに真相究明や歴史教育などの「再発防止措置」への言及もないと指摘、韓国政府が受け入れたことは「衝撃だ」とした。
 一方、韓国のYTNテレビは「政府が年内に解決しようとしてくれたのだから、努力してくれた人たちのことを考えて、政府が決めたことに従いたい」という元慰安婦の女性のインタビューを放送した。
 一方、日韓関係の悪化をめぐっては、経済界から「政治と経済の分離」を主張する意見があった。韓国の経済団体・全国経済人連合会は「両国政府が慰安婦問題で和解の合意を得たことを歓迎する」という声明文を発表。「国交正常化50周年を迎える特別な年に問題解決の合意がなされたことで、両国が新たな希望の百年を進むことを期待する」とした。
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by nsmrsts024 | 2015-12-29 05:56 | 朝日新聞・綜合、政治

2015年12月28日(月)・東日本大震災から4年9ヶ月と17日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から4年と9ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)
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   3.11 東日本大震災       津波 134

2011年5月6日(水)・ランドセル1000個、石巻市に寄付 東京の業者
東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県石巻市に6日、東京からランドセル1千個の寄付が届いた。津波でランドセルを失った児童が多く、市教育委員会は「心強い支援、大変ありがたい。授業再開に向け、子どもたちに早く渡したい」と感謝した。

 寄付したのは、ランドセル製造・販売業「松野」(東京都中央区)。約2千個のランドセルが不足していた同市には各地からの寄付が続いており、今回を合わせると、必要な全員に行き届きそうだという。

 東京都中央区が寄贈したスコップ200本とレインコート1千着も一緒に届けられた。



[2015年、世界と日本・今日この頃]

減らぬ福島の震災関連自殺 長引く避難生活、ストレスに

東日本大震災と東京電力福島第一原発事故に関連した福島県内の自殺者数が、震災から5年を迎えようとする今も減らない。内閣府の集計によると、今年は1月から11月末までで19人に上り、昨年1年間の15人を上回った。原発事故による終わりの見えない避難生活で、心身の状態が悪化しているためとみられる。

 内閣府自殺対策推進室によると、震災の被害が大きかった岩手、宮城、福島の3県の関連自殺者数は、集計を始めた2011年6月から今年11月末までで計154人に上る。震災関連自殺は、遺族への聞き取り調査などから震災が原因かどうかを警察が判断する。

 福島では10人が亡くなった11年以降毎年2桁が続き、3県全体の累計自殺者数の半数以上を占める。宮城では震災直後の11年は22人、岩手で17人だったが、今年は11月末までで宮城1人、岩手2人に減った。

 福島の自殺者80人について、地元の警察署が遺族から聞き取った結果を内閣府が集計したところ、自殺の動機(複数回答可)で最も多いのが、健康問題(42人)で、経済・生活問題(16人)、家庭問題(14人)が続いた。



慰安婦問題、妥結の方向 日韓外相会談「不可逆的解決」

岸田文雄外相は28日午後、ソウル市内で韓国の尹炳世(ユンビョンセ)外相と会談する。両政府のこれまでの調整で、元慰安婦への支援では韓国政府が財団を設置し、日本政府からも資金を拠出する方向になった。また、慰安婦問題について、両外相が「最終的で不可逆的な解決」をそれぞれ表明し、最終妥結とする方向で調整している。

 岸田氏は同日午後2時から尹氏との会談に臨む。終了後、両氏は共同記者発表を予定。韓国政府関係者によると、岸田氏はその後、韓国大統領府(青瓦台)で朴槿恵(パククネ)大統領に面会するという。

 慰安婦問題で両外相が合意すれば、米政府は合意内容を引用する形で「歓迎声明」を出す方針だ。

 複数の日韓外交筋によると、元慰安婦の支援は韓国政府が財団として設置し、日本政府からも資金を拠出する形式で調整しているという。この財団で、日本政府は2007年に解散した「アジア女性基金」のフォローアップ事業を拡充し、元慰安婦への支援金の支給も想定している。

 また、岸田氏は会談で、慰安婦問題で日本として責任を痛感していることを表明し、安倍晋三首相の「おわび」や「反省」も伝える方向だ。
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by nsmrsts024 | 2015-12-28 05:24 | 朝日新聞・綜合、政治

2015年12月27日(日)・東日本大震災から4年9ヶ月と16日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から4年と9ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)
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    3.11 東日本大震災          津波 133


2011年5月6日(水)・韓国、放射能汚染水監視へタスクフォース
韓国政府は6日、福島第一原発の放射能汚染水の放出問題に対応するため、政府をあげたタスクフォースを設置することを決めた。日本側との情報共有とともに、国際法との関係などを点検していくという。

 韓国では事前通知なしに汚染水が放出されたことに不安や反発が出ている。李明博大統領は6日、食品検査の徹底と結果の早期発表を関係部署に指示。外交通商省当局者は同日、外務省が在日韓国大使館に、汚染水の放水見直しや今後の迅速な情報提供を伝えてきたと明らかにした。

 韓国メディアによると、6日まで4日連続で韓国各地で放射性ヨウ素を検出。7日にはこれまでより数値の高い放射性物質を含んだ雨が降るとして、大きく取り上げられている。

 一方、ラヂオプレス(RP)によると、北朝鮮の朝鮮中央テレビは5日夕のニュースで、平壌や元山、清津で放射性物質が検出されたと報道。雨を避け、利尿作用の高いミネラルウオーターやビールを飲んで放射性物質を体の外に出すといった対策なども伝えた。(ソウル=箱田哲也)




[2015年、世界と日本・今日この頃]

澤、決勝ゴールで有終の美飾る サッカー皇后杯、神戸V
サッカーの皇后杯全日本女子選手権は27日、川崎市の等々力競技場で決勝があり、今大会で現役を引退するMF澤穂希が所属する神戸が、澤の決勝ゴールで新潟に1―0で勝ち、2大会ぶり5度目の優勝を果たした。澤は後半33分、右コーナーキックから頭で決勝点をあげた。新潟の初優勝はならなかった。
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by nsmrsts024 | 2015-12-27 05:20 | 朝日新聞・綜合、政治

2015年12月26日(土)・東日本大震災から4年9ヶ月と15日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から4年と9ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)
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     3.11 東日本大震災        津波 132



2011年5月6日(水)・被災女性向けにホットライン DVや児童虐待など
東日本大震災で被災した女性を対象に、NPO法人「全国女性シェルターネット」などが電話相談窓口「パープル・ホットライン」を10日から開設する。

 避難所での生活など環境の激変によって、配偶者などからの暴力(DV)や子どもへの虐待の問題が悪化する恐れがある。女性の体調管理や生活上の不都合についても、相談に応じる。

 メンバーらが電話を受け、必要があれば日本弁護士連合会の協力で弁護士に電話を転送する。24時間対応する。電話番号は0120・941・826。



[2015年、世界と日本・今日この頃]

中国、政策批判の仏誌記者に記者証発給せず 国外退去へ

 中国の対ウイグル族政策に批判的な記事を書いたフランス週刊誌の女性記者が、年末の査証(ビザ)更新に必要な記者証の発給を中国外務省に拒否され、事実上の国外退去となることが25日、わかった。この記者が朝日新聞などに明らかにした。

 記者証発給を拒否されたのは、北京駐在の仏誌「ル・ヌーベル・オプセルバトゥール」のウルスラ・ゴーティエ記者。11月にウェブサイトに配信した記事で、新疆ウイグル自治区で中国政府当局と衝突事件が起きる原因は、少数民族への抑圧政策があるとし、パリの同時多発テロとは性質が違うなどと指摘していた。

 ゴーティエ記者によると、中国外務省は、記事は誤りだったと公に謝罪しない限り、記者証を更新しないと通告してきたという。

 中国外務省の陸慷報道局長は26日、談話を発表し、同記者が「テロのお先棒を担ぐような間違った言論について中国の民衆に謝罪しようとせず、引き続き中国で仕事をするのはふさわしくない」と批判。「中国は外国人記者が取材する合法的な権利を保障するが、テロを助長するような自由は決して認めない」とした。

 中国メディアや中国外務省報道官は記事配信後に、ゴーティエ記者を名指しで批判。中国駐在の外国人記者らでつくる駐華外国記者協会(FCCC)が、個人攻撃を受けていると非難する声明を出していた。(北京=倉重奈苗)
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by nsmrsts024 | 2015-12-26 05:20 | 朝日新聞・綜合、政治

2015年12月25日(金)・東日本大震災から4年9ヶ月と14日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から4年と9ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)
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     3.11 東日本大震災         津波 131



5月6日(水)・被災した高校生30人採用へ 仙台のアイリスオーヤマ
生活用品のアイリスオーヤマ(仙台市)は、東日本大震災で被災した来春卒業予定の高校生30人を特別枠で採用する。被災地の雇用情勢が厳しさを増すのは確実。地元有力企業が支援に動き出した。

 6日発表した。津波で自宅を失ったり、両親を亡くしたりした生徒が対象。従来の計画(大卒65人、高卒35人)とは別枠とする。職種や勤務地などを6月までに決め、被災地の高校やハローワークに案内する。

 宮城労働局が3日現在で把握しているだけでも、県内の高校を今春卒業した38人、大学・専門学校を卒業した28人の内定が震災の影響で取り消された。また、高卒や大卒の357人の入社が延期されている。



[2015年、世界と日本・今日この頃]

岸田外相、訪韓へ意欲 「慰安婦問題に知恵絞る」

岸田文雄外相は25日、閣議後の記者会見で、慰安婦問題の早期妥結をめざす自身の訪韓について、「現在調整中だ。私自身としても日韓関係、慰安婦問題について知恵を絞り、全力で取り組み、汗をかく用意がある」と語り、意欲を見せた。

 岸田氏の訪韓は28日を軸に調整中だ。岸田氏は「11月の日韓首脳会談で慰安婦問題が日韓関係の発展に影響を与えているという認識の下、日韓国交正常化50年を念頭に、早期の妥結に向けた協議加速で一致した。両国の外交当局の間で議論を行い、努力を続けてきた。(自身の訪韓は)その努力の一環だ」と述べた。

 一方、韓国の尹炳世(ユンビョンセ)外相との会談によって日韓両政府が慰安婦問題の最終的な妥結に至れるかどうかについては、「相手のあることだ。早期の妥結に向けて全力で取り組んでいきたいと考えている」と述べるにとどめた。
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by nsmrsts024 | 2015-12-25 05:34 | 朝日新聞・綜合、政治

2015年12月24日(木)・東日本大震災から4年9ヶ月と13日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から4年と9ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)
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   3.11 東日本大震災       津波 130



2011年5月6日(水)・・・皇太子ご夫妻、東京・調布の避難所慰問 床に正座し語る
皇太子ご夫妻は6日午後、東日本大震災の避難所として使われている東京都調布市の味の素スタジアムを訪れ、被災した人たちを見舞った。病気療養が8年目になる雅子さまは近年、皇居以外の公的な外出が年数回程度にとどまっているが、今回の慰問は「ご夫妻の強いお気持ちと体調を勘案した」(宮内庁)という。

 味の素スタジアムには、福島県などから約130人が避難している。ご夫妻は体育館の床に正座し、一人ひとりと言葉を交わした。涙ぐんで言葉を詰まらせる人たちもいた。

 福島県富岡町の自営業小林順子さん(39)は10歳の息子らと避難してきた。皇太子さまは「怖かったでしょうね」、雅子さまも「お子さんはお元気ですか」と気遣った。小林さんは「息子はイライラした状態が続いていましたが、ここの学習コーナーで好きなサッカーのものを見て、ようやく笑顔が出ました。ホッとしました」と答えた。やり取りの後、小林さんは「これまでこらえてきたが、(ご夫妻に)話を聞いていただき、本当に気持ちがほぐれました」。

 雅子さまは、避難所から調布市の小学校に通い始めた新2年生の福嶋ななせちゃん(7)にも「新しいお友達ができて良かったですね」「いい小学校だった?」と声をかけた。

 避難所では、雅子さまの体調を心配する被災者が「早くよくなるといいですね」と声をかけ、雅子さまが「ありがとうございます」と応じる場面も。同県浪江町の高松せい子さん(60)は「体調がすぐれないのに来て下さり、お目にかかれてうれしかった。『がんばります』と答えました」と話した。

 避難者の支援を続けている宮内庁は8日以降、味の素スタジアムなど東京都が設置する都内3カ所の避難所の人たちを皇居東御苑の花見に招待する。会場では皇宮警察本部の音楽隊が「世界に一つだけの花」「負けないで」などの曲を演奏するという。



   
[2015年、世界と日本・今日この頃]

高浜原発、再稼働容認 福井地裁、差し止め決定取り消し

関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜町)の再稼働をめぐり、福井地裁の林潤裁判長は24日、別の裁判長が再稼働を即時差し止めた4月の仮処分決定について関電が申し立てた異議を認め、差し止め決定を取り消した。住民側は名古屋高裁金沢支部に抗告を申し立てる方針だが、法的拘束力のある仮処分決定が覆ったことで再稼働への動きが加速する。

 高浜3、4号機は2月に原子力規制委員会から新規制基準を満たすと認められ、福井県の西川一誠知事も今月22日に再稼働に同意。関電は2基を来年1月下旬と2月下旬にそれぞれ再稼働させる予定だ。

 今回の異議審では、4月の差し止め決定で樋口英明裁判長(当時)が新規制基準を「緩やかに過ぎる」とし、2基には地震への十分な安全性がないとした判断の是非が争点となった。

 また林裁判長は、地元住民らが高浜3、4号機とは別に求めていた関電大飯原発3、4号機(同県おおい町)の再稼働差し止め仮処分申請も却下。大飯の2基は昨年5月に樋口裁判長が運転を差し止める判決を言い渡したが、関電側が控訴して確定せず、再稼働を進められる状態にある。
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by nsmrsts024 | 2015-12-24 06:08 | 朝日新聞・綜合、政治

2015年12月23日(水)・東日本大震災から4年9ヶ月と12日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から4年と9ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)
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    3.11 東日本大震災        津波 129


2011年5月6日(水)・皇太子ご夫妻、東京・調布の避難所慰問 床に正座し語る
皇太子ご夫妻は6日午後、東日本大震災の避難所として使われている東京都調布市の味の素スタジアムを訪れ、被災した人たちを見舞った。病気療養が8年目になる雅子さまは近年、皇居以外の公的な外出が年数回程度にとどまっているが、今回の慰問は「ご夫妻の強いお気持ちと体調を勘案した」(宮内庁)という。

 味の素スタジアムには、福島県などから約130人が避難している。ご夫妻は体育館の床に正座し、一人ひとりと言葉を交わした。涙ぐんで言葉を詰まらせる人たちもいた。

 福島県富岡町の自営業小林順子さん(39)は10歳の息子らと避難してきた。皇太子さまは「怖かったでしょうね」、雅子さまも「お子さんはお元気ですか」と気遣った。小林さんは「息子はイライラした状態が続いていましたが、ここの学習コーナーで好きなサッカーのものを見て、ようやく笑顔が出ました。ホッとしました」と答えた。やり取りの後、小林さんは「これまでこらえてきたが、(ご夫妻に)話を聞いていただき、本当に気持ちがほぐれました」。

 雅子さまは、避難所から調布市の小学校に通い始めた新2年生の福嶋ななせちゃん(7)にも「新しいお友達ができて良かったですね」「いい小学校だった?」と声をかけた。

 避難所では、雅子さまの体調を心配する被災者が「早くよくなるといいですね」と声をかけ、雅子さまが「ありがとうございます」と応じる場面も。同県浪江町の高松せい子さん(60)は「体調がすぐれないのに来て下さり、お目にかかれてうれしかった。『がんばります』と答えました」と話した。

 避難者の支援を続けている宮内庁は8日以降、味の素スタジアムなど東京都が設置する都内3カ所の避難所の人たちを皇居東御苑の花見に招待する。会場では皇宮警察本部の音楽隊が「世界に一つだけの花」「負けないで」などの曲を演奏するという。



[2015年、世界と日本・今日この頃]

天皇陛下、82歳に 「先の戦争を考え過ごした1年」

天皇陛下は23日、82歳の誕生日を迎え、これに先立ち記者会見した。戦後70年の今年を「様々な面で先の戦争のことを考えて過ごした1年」と振り返り、年々戦争を知らない世代が増えるなかで「先の戦争のことを十分に知り、考えを深めていくことが日本の将来にとって極めて大切なことと思います」と話した。

 天皇陛下は、会見の半分ほどの時間を使って戦争や平和への思いを語った。民間人の犠牲が大きかったことに触れ、「平和であったならば、社会の様々な分野で有意義な人生を送ったであろう人々が命を失ったわけであり、このことを考えると非常に心が痛みます」と述べ、民間船員の犠牲に言及した際には感極まった様子で言葉を詰まらせた。(島康彦、伊藤和也)

     ◇

■戦後70年、思い切々と

 82歳の誕生日を前に、記者会見に臨んだ天皇陛下。戦後70年の節目が終わろうとする年の瀬に、戦争や平和に対する思いを切々と口にした。

 天皇陛下は戦時中、民間人の犠牲が大きかったことに触れ、代表例として民間の船員を挙げた。戦時中、軍に徴用され、物資の輸送や監視業務にあたった民間船は軍艦に守られることもなく海に沈んだ。船員の犠牲は6万人を超え、3割は20歳未満の少年だった。天皇陛下は長く思いを寄せ、神奈川県横須賀市の慰霊碑に7回足を運んでいる。

 天皇陛下はそうした「外国航路の船員になることも夢見た人々」が犠牲になったと紹介。「制空権がなく、輸送船を守るべき軍艦などもない状況下でも輸送業務に携わらなければならなかった船員の気持ちを本当に痛ましく思います」と話す際は声がかすれ、思いがあふれたように見えた。幼少時に楽しんで見ていた絵はがきにあった船は、その大半が海に沈んだことを後に知ったとも明かした。

 4月に慰霊に訪れた太平洋戦争の激戦地・パラオ共和国については、海に無数の不発弾が沈み、処理に大変な時間がかかることを知ったとして「先の戦争が島々に住む人々に大きな負担をかけるようになってしまったことを忘れてはならないと思います」と述べた。

 一方、今年の喜ばしい出来事として大村智、梶田隆章両氏のノーベル賞受賞を挙げた。関東・東北豪雨などの自然災害については「困難に遭遇している人々を助けようという気持ちが日本人の中に豊かに育っていることを非常に心強く思います」と述べた。

 自身については「年齢というものを感じることも多くなり、行事の時に間違えることもありました」と明かし、「一つひとつの行事に注意深く臨むことによって少しでもそのようなことのないようにしていくつもりです」と語った。8月の全国戦没者追悼式でお言葉のタイミングを誤ったり、10月の全国豊かな海づくり大会で式典中に段取りを確認したりしたことが念頭にあったとみられる。

 宮内庁が、天皇陛下の公務を同年齢時の昭和天皇と比較したところ、都内や地方への訪問は約2倍、赴任大使との面会などは約5倍だった。天皇陛下は公務負担の軽減について「しばらくはこのままでいきたい」との意向を示しているが、宮内庁は負担軽減策を模索している。
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by nsmrsts024 | 2015-12-23 05:21 | 朝日新聞・綜合、政治

2015年12月22日(火)・東日本大震災から4年9ヶ月と11日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から4年と9ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)
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     3.11 東日本大震災        津波 128


2011年5月6日(水)・・・福島第一、汚染度低い水の放出続く 処理施設分は終了
福島第一原発では原発内にある比較的汚染度の低い水の海への放出は6日も続いた。放出は高濃度の放射能汚染水を保管する場所の確保や、設備の浸水防止のためで、4日夜から始まった。このうち集中廃棄物処理施設からは約6千トン放出。ほかに通常のポンプで排出しきれない場所に2千トンの水が残っており、この放出も進める。放出後はこの施設に、2号機のタービン建屋地下にたまっている高濃度の汚染水を移す。

 このほか、5、6号機周辺にしみ出てくる地下水をためる升の中にある1500トンも放出中。すでに6日正午現在で580トン分を終えた。こちらは、この地下水が亀裂からしみ出て建屋に浸水し、非常用発電機などの機器類が故障するのを防ぐのが目的。

 放出の影響について東電の試算では、原発から沖合1キロ以遠の魚や海藻を毎日食べたとしても、年間に自然界から受ける放射線量(2.4ミリシーベルト)の4分の1ほどとしている。

 放射性物質を含む水は通常は低い濃度であっても、そのまま環境中に出すことは許されていない。東電は汚染水の量が非常に多く、原子炉等規制法に基づく緊急措置としてやむを得ず放出を選択したとしている。



[2015年、世界と日本・今日この頃]

新国立A案、「調和と日本らしさ」評価 課題は空調

新国立競技場の建設計画が、公募に応じた2陣営の設計・施工の技術提案のうち、建築家の隈研吾氏と大成建設、梓設計のグループが手がけたA案に決まった。旧計画の白紙撤回から約5カ月。頓挫していた競技場建設が再び動き出すことになり、関係者からは注文や期待の声があがった。

 日本陸上競技連盟の尾県貢専務理事は、「デザインはA案もB案もそれぞれ良いところがあったが、A案の方が周辺の環境に溶け込んでいる感じがした。和のテイストは外国人に日本らしさをアピールできるし、ファンなど利用者にも良かったと思う」と評価した。

 陸上競技の立場から気がかりなのは空調だという。A案は風を観客席に流し込んで冷却するシステムだが、「夏はほとんど無風になることがある」と指摘。東京五輪は暑さが厳しい7月下旬に開幕するため、「蒸し風呂のような状況は選手や観客にとって許されない。風がやんだ場合はどうするのか。いま一度、シミュレーションしてほしい」。

 遠藤利明五輪担当相は、「A案」を了承した関係閣僚会議後の記者会見で、「整備計画の基本理念であるアスリート第一、世界最高のユニバーサルデザイン、周辺環境等の調和や日本らしさ、そして木材の活用を体現した素晴らしい案が選ばれたと考えております」と歓迎した。
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by nsmrsts024 | 2015-12-22 05:37 | 朝日新聞・綜合、政治

最高裁判所


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