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2016年4月30(土)・東日本大震災から5年1ヶ月と19日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から5年と1ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)
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3.11東日本大震災     津波 18③


2011年4月8日(金)・「自粛ムードやめよう」閣僚から発言相次ぐ
東日本大震災で広がっている花見やイベントなどの「自粛ムード」について、菅内閣の閣僚らから見直しを求める意見が相次いだ。行きすぎると経済に悪影響が出かねない、との懸念からだ。

 与謝野馨経済財政担当相は8日の閣議後の記者会見で「自粛は経済学で言えば、みんながどんどん不景気にしているようなことだ」と強調。玄葉光一郎国家戦略相も「どこかのタイミングで菅直人首相がメッセージを発する必要がある」と述べ、政権として「自粛の自粛」を呼びかけるべきだと主張した。

 この日午前、首相官邸で菅首相と面会した宮城県の村井嘉浩知事は「消費が活発になるよう音頭をとってほしい」と要請。首相は「経済をしっかり回すことも含めて、全国民的に取り組んでいこうと呼びかけていきたい」と応じた。

 ただ、枝野幸男官房長官は会見で「政府として(自粛撤回を)申し上げることが適切かどうかを含めて考えなければいけない」と述べるにとどめた。




[2016年、世界と日本・今日この頃]

[2016年4月30日]
「危険」判断の建物、熊本で1万件 九州道は全線開通

熊本県などでの一連の地震で、応急危険度判定で立ち入りが「危険」と判断された熊本県内の建物が1万件を超えた。県が29日、発表した。県は同日、西原村と甲佐町で計100戸の応急仮設住宅を着工。6月下旬の入居をめざす。この2町村のほかに益城町など11市町村が建設を求めている。

 熊本県によると、県内の建物の応急危険度判定の結果は28日現在で「危険」が1万871件、「要注意」が1万2362件、使用可能な「調査済み」が1万5731件。29日現在、家屋被害は3万6745棟で、444カ所の避難所で3万629人が過ごす。県は応急仮設住宅2100戸を建設し、みなし仮設2100戸分を確保する方針だ。

 着工したのは西原村の木造50戸(敷地面積約7千平方メートル)と甲佐町のプレハブ50戸(同約1万5千平方メートル)。通常の1・5倍の敷地面積を確保し、敷地内に集会所や談話室を造って交流を促し、孤独死などを防ぐ考えだ。

 県によると、29日現在、地震の死者は49人。震災関連死の疑いは、車中で避難していて20日死亡した氷川町の女性(73)が加わって17人となった。エコノミークラス症候群(肺塞栓(そくせん)症など)の重症患者は2人増えて44人。男子大学生1人が安否不明となっている南阿蘇村では捜索が続いた。

 大型連休初日の29日、九州自動車道の植木インターチェンジ(IC)―嘉島ジャンクション(JCT)間23キロの通行止めが午前9時に解除され、15日ぶりに全線が開通した。大分道の湯布院IC―日出JCT間の17キロは、ゴールデンウィーク明けの5月9日以降に通行止めを解除する見通しだ。

 29日午後3時9分ごろには大分県中部を震源とする地震があり、同県由布市で震度5強、別府市などで震度3を観測した。県によると、けが人はいなかったが、JR由布院駅舎のガラスが割れたほか、久大線が一部運転を見合わせた。大分道は一時、通行止め区間が拡大した。気象庁によると、今回の地震はM7・3などを観測した一連の熊本地震の活動の一つ。



震源浅く局所的に強い揺れに…震度5強で気象庁
大分県中部で29日午後3時9分頃、最大震度5強を記録する地震が発生し、一連の熊本地震で震度5強以上を観測した地震は計11回となった。

ただ、今回の地震はマグニチュード(M)4・5で、11回の地震の中で最も小さい。震度5強は、震源のほぼ直上の1点だけで観測され、周辺は震度3~1だった。震度5弱や4の観測点はなかった。気象庁は「震源が深さ7キロ・メートルと浅く、局所的に強い揺れになった」とみている。

同庁によると、今回の地震も、これまでの震源域の範囲内で起きた。大分周辺での今後の地震活動について、東京大地震研究所の古村孝志教授は「地震回数が増えるかどうかは分からない」としながらも、「M4程度なら、これからも起きる。浅い所で発生すれば、その上の地域は強く揺れるので、十分に警戒してほしい」と呼びかけている。
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by nsmrsts024 | 2016-04-30 04:13 | 朝日新聞・綜合、政治

2016年4月29日(金)・東日本大震災から5年1ヶ月と18日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から5年と1ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)
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3.11東日本大震災      津波 182



2011年4月8日(金)・被災地の野菜「どんどん社員食堂で食べます」 JX
石油・金属大手のJXホールディングスが本社(東京都千代田区)の社員食堂で、被災地の野菜を積極的に食べる取り組みを始めた。福島第一原子力発電所の事故の風評被害に苦しむ農家を支援するのがねらい。

 7日から始めた。食堂の運営会社に対し、福島、茨城、群馬、栃木、埼玉、千葉の6県が産地で市場に出ている野菜を優先的に仕入れるよう要請。8日のメニューは八宝菜と豚汁で、茨城産のハクサイ、チンゲンサイ、ダイコン、千葉産の長ネギ、カブ、サツマイモが使われた。この食堂は毎昼、社員約1800人が利用している。(志村亮)


[2015年、世界と日本・今日この頃]

[2016年4月29日]
熊本、地震で介護職員ら102人不足 厚労省が応援派遣

熊本県などでの一連の地震で、熊本県内の少なくとも28の高齢者施設で、介護や看護などのスタッフが計102人不足していることが、県への取材でわかった。通常を大きく上回る高齢の避難者の受け入れや職員の被災が原因。前震発生から28日で2週間だが、十分な対応ができておらず、介護の質の低下につながりかねないとして、厚生労働省は応援のスタッフを送り込むことを決めた。

 高齢者が介護サービスを受ける施設には、特別養護老人ホーム(特養)や、主にリハビリ目的の介護老人保健施設(老健)、認知症の人が対象のグループホームなどがあり、入居定員やスタッフ数が決まっている。ほかに介護以外の日常サービスを提供する施設もある。

 28日までの県の調査に、県内に約100ある老健で10、約200ある特養で6など計28施設が「地震後、スタッフが足りなくなった」と回答。特に熊本市に29ある老健のうち9施設が足りないと答えた。同市のグループホームでも認知症の人の受け入れが増え、人手不足だという。御船町、南阿蘇村などにも不足している施設がある。

 適正数と比べたスタッフの不足数は28施設の合計で介護職84人、看護職9人、リハビリ職3人など。本人や家族の被災で出勤できない人がいるほか、避難所で体調が悪化した人を受け入れるなどしたために人手が足りなくなった。

 一部の施設には災害に備えたネットワークがあり、応援の専門職員が県外から入っている。それでも不足している分を県が調べたが、状況を把握しきれていない地域もあるという。

 障害者が暮らす支援施設でも、県内78施設のうち熊本市などの5施設で生活支援員ら計30人が不足。子どもらが暮らす児童養護施設では、12施設のうち熊本市と合志市の2施設で保育士ら計8人が不足していた。

 県は28日、調査結果を厚労省に報告した。スタッフ不足で介護や支援が不十分になれば、体調や精神状態が悪化しかねないため、同省は全国の施設でつくる団体や自治体に支援を要請。29日にも応援スタッフが現地に入る見通しだという。

 厚労省によると、27日時点で全国の社会福祉法人などから派遣可能な介護職ら1233人の登録があったという。(山田史比古)



震度1以上が1千回 2週間で昨年の半数上回る

 最大でマグニチュード(M)7・3を記録した一連の熊本地震で、14日夜以降、震度1以上の地震回数が1千回を超えた。昨年に日本国内で観測された1以上の地震回数(1842回)の半分以上に達した。気象庁は28日の会見で「増減を繰り返しながら頻度は低下している」としつつも、「発生前と比べれば活発な状況だ」として、当面は震度6弱程度の強い揺れに警戒するよう呼びかけた。

 同庁によると、長期間震度1以上が続いた例として新潟県の中越地震(2004年)がある。ただ、1千回を超すまで発生から約1年かかったことから、会見した青木元・地震津波監視課長は「一概に比較できないが、2週間でこのペースは速い」と説明した。(小川崇)
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by nsmrsts024 | 2016-04-29 04:06 | 朝日新聞・綜合、政治

2016年4月28日(木)・東日本大震災から5年1ヶ月と17日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から5年と1ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)
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3.11東日本大震災     津波 181



2011年4月8日(金)・ジーコ、ドゥンガ…元Jリーガーらブラジルで慈善試合
東日本大震災の被災者らを支援しようと、サッカーのジーコ元日本代表監督やJリーグの経験者らのブラジル人選手が7日、ブラジルのパラナ州で慈善試合をした。主催した同州などが「往年のスター選手の活躍を見て、被災者を助けよう」と呼びかけた。

 地元メディアによると、入場料は20レアル(約千円)で、36万9千レアル(約2千万円)の収益があった。義援金として6割が日本の被災者に、4割は地元の洪水被災者に贈られる。ジーコさんのほか、アルシンドさん、元ブラジル代表監督のドゥンガさん、ロマリオさんらが参加。ジーコさんは「アルシンドから被災者を救おうと電話があり賛成した。日本人はきっと困難を乗り越えられる」と語った。(リマ=平山亜理)


[2015年、世界と日本・今日この頃]

[2016年4月28日]
児童生徒525人、熊本県外に通学手続き 小中3割休校

 地震で大きな被害を受けた熊本県から、九州の他6県の公立小中学校に、児童生徒525人が通う手続きをしたことが、各県教委などへの取材でわかった。多くは避難先での一時通学だが、転校した子どももいる。一方、校舎の損傷などで熊本県内では27日現在、公立小中学校の3割を超す185校が休校している。

 文部科学省は18日、被災した児童生徒の受け入れについて弾力的に扱うよう全国に通知。転校しなくても避難先の学校に一時的に通えるようになった。

 6県教委は27日までに、熊本県の小学生467人、中学生58人の受け入れを決めた。福岡219人▽佐賀60人▽長崎69人▽大分13人▽宮崎54人▽鹿児島県110人――だった。福岡県のうち、最も多いのは福岡市教委の小学生58人と中学生5人(26日現在)。多くは祖父母宅などに避難しているという。

 一方、学校は、大型連休明けに再開する動きが出ている。益城(ましき)町は全7校を5月9日に再開する方針と発表。嘉島町は同2日、南阿蘇村は9日までの再開をめざす。西原村の小中学校3校には、今も多い日で計約1300人が避難するが、避難者を体育館に移して9日に再開する予定。熊本市では市立小中137校のうち、27日までに3校、28日にさらに3校が再開する予定だが、他は10日以降になりそうだという。(渡辺純子、加藤美帆)




災害弱者のための避難所、足りない 介助の人手確保困難

熊本県などでの一連の地震で、一般の避難所での生活が難しい高齢者や障害者ら災害弱者を受け入れる「福祉避難所」が大幅に不足している。支え手をうまく確保できず、事前に自治体と結んでいた協定が生かされていない形だ。

 今回の震災で福祉避難所の一つになったのが、知的障害者ら約130人が入所する熊本市東区の福祉施設。介助する家族も一緒に避難生活を送っている。

 地震を受けて入所したのは避難者4組の9人(24日時点)。足が不自由な小学生の長男と入ったウェブデザイナーの財津友子さん(48)は「この子から長い間目を離すのは心配。避難所で食事をもらうため何時間も並べない。入れてもらえてありがたい」と話す。

 一方で、この施設はトイレ介助が必要な全盲の夫婦ら3組の受け入れ要請を断った。介助に特化した職員を配置するのが難しいためだ。施設は停電や断水に見舞われ、職員も被災。施設長の男性は「困っている人たちを受け入れたいが、人材が不足している中、災害に備えて職員配置にゆとりを持つのは難しい」と打ち明ける。

 熊本市は2012年の九州北部豪雨の後、災害時に福祉避難所を設置する協定を176の福祉施設などと結び、最大で1700人を受け入れてもらえるようにしていた。

 だが、24日現在で開設しているのは34カ所(104人入所)にとどまる。避難所を巡回する保健師が必要だと判断すれば、市が施設と交渉して受け入れてもらっているが、必要な介助が受けられる施設が近くにないといった理由で約30人が調整待ちだ。

 熊本県西原村の特別養護老人ホームでは受け入れが最大となっていた19日、食堂に置かれたベッドやマットに高齢者約80人が横になっていた。村で唯一、福祉避難所になる協定を結んでいたが、15日に5人を受け入れた後は要請を断っている。責任者の看護師は「本来の入所者の世話ができなければ、二次災害が起きてしまう」と話す。

 実際は、自治体を通さず近くの福祉施設に避難する人や、受け入れている施設も多い。同県益城町の居宅介護事業所「あんず」は福祉避難所ではないが、地域の高齢者を自主的に受け入れ、今も通常の宿泊定員9人を上回る16人が滞在する。

 ただ、避難所の扱いでないため支援の手は届きにくく、職員が朝晩、車で水をくみに行く。体調を壊す職員も出ており、管理者の長井伸一さん(45)は「いつまで持つか。先が見えない」と心配する。

 こうした中で、熊本市は福祉避難所のボランティアの募集を始め、24日までに120人の申し込みがあった。希望があった約30施設の一部で約40人が活動を始めているという。

     ◇

 〈福祉避難所〉 民間の高齢者・障害者施設と市町村が協定を結び、指定されるケースが多い。要した費用は災害救助法に基づき国庫負担される。内閣府によると、阪神大震災をきっかけに必要性が指摘され、全国で事前指定が進められている。2014年10月時点で7647施設(791自治体)が指定された。
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by nsmrsts024 | 2016-04-28 04:55 | 朝日新聞・綜合、政治

2016年4月27日(水)・東日本大震災から5年1か月と16日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から5年と1か月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)
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3.11東日本大震災    津波 180


2011年4月8日(金)・ダイエー、10期連続の減収 収支改善に震災の影
大手スーパーのダイエーが8日発表した2011年2月期連結決算は、不採算店を閉めたことで、営業利益は32億円と、2期ぶりに営業黒字を確保した。売上高は前期比6.7%減の9118億円で10期連続の減収。12年2月期の見通しも発表したが、東日本大震災の影響は算出できず、織り込まなかった。

 ダイエーは11年2月期に、前期の178店に続いてグループ全体で192店を閉鎖した。ただ、目標としていた経常損益の黒字化は達成できず、閉店などの費用がかさんで純損益も53億円の損失で3期連続の赤字になった。

 12年2月期の見通しでも売上高は店舗閉鎖の影響で8900億円まで下がると見込む。純損失は会計基準変更の影響もあって125億円に拡大する見通しだ。

 桑原道夫社長は「利益を伸ばせる地盤はできた」と強調するが、そこへ震災が襲った。被災店舗の修復費用などで、既に約15億円の損失が発生している。

 この費用に加え、「個人消費の抑制も懸念されるというのが本音」(桑原社長)という営業面への打撃も、現時点の見通しでは算入できていない。

 7日深夜の余震でも、仙台店の一部で商品が倒れるなどの被害があった。影響が長引けば、13年2月期を目指す純損益の黒字化も遠のく可能性がある。


 
[2015年、世界と日本・今日この頃]

[2016年4月27日]
避難「余震怖いから」最多 熊本地震調査 長期車中泊も

熊本県などでの一連の地震から10日を機に、朝日新聞は避難生活を送っている約100人に「困っていること」などを尋ねるアンケートを実施し、取材した。震度7が14日と16日の夜間に2度起き、余震が続いていることから、避難者の多くが「余震が怖くて建物にいられない」「眠れない」などと訴え、車内で夜を過ごす「車中泊」をせざるを得ない現状が浮かんだ。

 23、24両日、避難者が最も多い熊本市、家屋倒壊や土砂崩れが相次いだ益城(ましき)町、南阿蘇村、西原村の避難所計34カ所で実施。熊本市41人、益城町35人、南阿蘇村21人、西原村11人の計108人から回答を得た。

 自宅の被災状況は全壊と半壊が2割ずつ、一部損壊が4割強、「被害なし」「わからない」とした人もいた。避難している理由(複数回答)は、「余震が怖いから」が半数を超え、「自宅が壊れ住めなくなった」「自宅の水道、ガス、電気が止まっている」と続いた。熊本市では「余震が怖い」が9割近くだった一方、益城町では6割超が「住めなくなった」と答え、地域差がみられた。

 一連の地震が心に与える影響(同)では、6割が「眠れない、眠りが浅い」、5割が「夜になると不安になる」、4割が「怖くて一人でいられない」と回答した。

 避難所で困っていること(同)は、「お風呂に入れない」が4割強と最多で、「情報が入らない」「プライバシーがない」「寒い」と続いた。足りない物資では、3割弱が「衣類や下着」を挙げ、「薬」「ラジオ」が続き、洗濯機やテレビと答えた人も複数いた。

 肺塞栓(そくせん)症(エコノミークラス症候群)の危険性が指摘される車中泊については、6割強が「した」と回答。このうち6割強は発生直後の1~2泊だったが、7泊以上の長期にわたる人も2割いた。その理由を聞くと、「余震の時に屋内は怖い」「避難所に入れなかった」「衛生、プライバシー面」などと答えた。

 避難所を出た後、当面の住まいのめどが立っていない人は6割弱。2割が仮設住宅、1割強が民間の賃貸住宅か公営住宅を希望し、「まだわからない」とした人も多かった。



安倍首相、熊本地震を「特定非常災害」指定へ 4件目

安倍晋三首相は27日の地震非常災害対策本部の会議で、「被災された方々の権利や利益を守るため、今般の地震を『特定非常災害』に指定するための閣議決定手続きを急ぐよう指示した」と述べ、熊本地震を特定非常災害に指定することを表明した。

 特定非常災害に指定されると、被災者は運転免許の更新などの行政上の手続きで期限延長が認められる。地震で債務超過となった被災法人に対しては、破産宣告が留保される。

 特定非常災害は、死者や負傷者、避難者、住宅倒壊が多数発生し、交通やライフラインの広範囲にわたる途絶など「著しく異常かつ激甚な非常災害」を対象としている。1995年の阪神大震災をきっかけに特別措置法が制定され、阪神大震災、2004年の新潟県中越地震、11年の東日本大震災以来、4件目の指定となる。

■地震対応の補正予算案、5月17日成立の目指す

 自民、公明両党の幹事長は27日、都内で会談し、熊本地震の対応に特化した今年度補正予算案について、5月17日の成立をめざす方針を確認した。政府が同月13日に国会に提出。同日中に財政演説と代表質問を行い、衆参の予算委員会で1日ずつの審議を行う方向で野党と調整する。
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by nsmrsts024 | 2016-04-27 05:59 | 朝日新聞・綜合、政治

2016年4月26日(火)・東日本大震災から5年1か月と15日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から5年と1か月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)
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3.11東日本大震災      津波 179


2011年3月8日(金)・企業の復興、余震が水を差す 停電の影響、幅広い業種に
自動車用マイコンで世界の4割のシェアを持つ半導体大手、ルネサスエレクトロニクス。今回の余震直後の大停電で、青森、山形両県にある四つの工場の製造ラインがただちに止まった。

 半導体の製造は、電流から工作機械まで精密な制御が要求される。機械が再び動き始めても、微調整を終えて本格生産に移るまで1週間かかる。

 4工場は先月の大震災でも停止し、同22日までに再開したばかり。生産再開に向けた作業を、また始めなければならない。

 大震災の被災から、ようやく工場の再稼働が始まったなかで起こった大停電。企業の復興ムードに水を差した。

 富士通などの工場も停電で相次いで一時休止。半導体大手のロームも、震災で被害を受けた宮城県の半導体工場を10日に動かす計画だったが、停電で作業が中断し、再開は遅れそうだ。

 影響は、電機や自動車など消費財のメーカーにも及ぶ。製品に使われる半導体は専用設計が多く、代替品に置き換えるのが難しいためだ。

 日立製作所の場合、洗濯機や冷蔵庫、計測機械などに300種類以上使っている。製品別に新たな調達手段を検討中だが、中西宏明社長は「一筋縄ではいかない」と頭を悩ませる。

 ただでさえ、一部の半導体は生産量が震災前に比べて大幅に減り、自動車生産が止まる一因にもなっている。そのうえ、大きな余震のたびに停電となれば、部品から最終製品に至る生産態勢が不安定になる。

 精密機器メーカー幹部は「生産を正常に戻すには、部品の調達地域を変える必要も出てくる」と打ち明ける。

 停電の影響は幅広い産業に広がっている。

 製紙大手の日本製紙グループ本社の系列会社では、日本大昭和板紙の秋田工場(秋田市)と北上製紙(岩手県一関市)の工場で、段ボールの原料となる板紙や新聞用紙の生産がストップ。
コンビニエンスストア大手のローソンも、稼働中の委託先4工場のうち、青森と秋田、岩手の3工場が停電で、おにぎりや弁当をつくれなくなった。

 8日から配送の回数を1日1回から2回に増やす計画だった矢先で、広報担当者は「電気が通るまで何もできない」と困惑する。

 ファミリーマートも、稼働中の岩手、山形の委託先2工場が停電で製造を一時休止した。停電が続けば生活用品の品薄に拍車がかかる可能性もある。




[2015年、世界と日本・今日この頃]

[2016年4月26日]
熊本地震、死者49人に 災害関連死の可能性は13人

熊本県などでの一連の地震で、25日午後、同県南阿蘇村の土砂崩れ現場から心肺停止状態で見つかった1人の死亡が確認された。地震による死者は49人となった。

 また、同県宇土市内の老人施設で18日に死亡した男性(89)について、県は25日、災害関連死の可能性があると発表した。県は、この男性を含め、県内で亡くなった13人について災害関連死の可能性があるとみている。



義援金、大分県にも配布決定 日本赤十字社と共同募金会

 日本赤十字社と共同募金会は、熊本地震の被災者に配る「義援金」を、大分県にも配分することを25日までに決めた。これまで配分先を、最も被害が大きい熊本県だけとしてきたが、大分県内からの強い要望を受けて異例の対応を決めた。

義援金、大分に届かない? 意外と複雑、使い道に混乱も

 日本赤十字社によると、今回の大分県への配分は「極めて例外的な対応」だという。

 義援金は、被災地を支援する「災害救助法」の適用を受けたかどうかを目安に配る地域を決めている。熊本地震では、熊本県は同法の適用を受けたものの、大分県は適用を受けていない。

 同法適用に至らなかった被災地への義援金は、過去には東日本大震災で5道県に配分した事例しか見あたらないという。

 例外的な対応に踏み切った理由を、日本赤十字社は「大分県内から義援金を集めたいという非常に強いニーズがあり、調整をした結果」と説明する。

 ただ、新たな課題も出ている。

 日本赤十字社も、共同募金会も熊本県に渡すと説明をして義援金を募ってきた。このため、すでに集まった義援金を大分県に配分していいのか、議論があるという。

 日本赤十字社は「過去の、どの時点からの義援金を大分に配分するか、線引きを検討している」。共同募金会も「大分への配分が決まったばかりで、状況を整理しているところ」としている。

 大分県内では、独自に義援金を集める動きが広がっている。

 日本赤十字社、共同募金会ともに大分県内の組織で専用口座を設けた。こちらの口座に集まった義援金は、大分の被災者に配分される。

 また、大分県が22日から独自に義援金の募集を始めたほか、大分市も義援金を募っている。

     ◇

日本赤十字社の義援金ページ(http://www.jrc.or.jp/contribute/help/28/別ウインドウで開きます)※大分県支部の専用口座も掲載されている

共同募金会の義援金ページ(http://www.akaihane.or.jp/topics/detail/id/403/別ウインドウで開きます)

大分県共同募金会の義援金ページ(http://www.oita-akaihane.or.jp/help_saigai_oita.html別ウインドウで開きます)

熊本県の義援金ページ(https://www.pref.kumamoto.jp/kiji_15416.html別ウインドウで開きます)

大分県の義援金ページ(http://www.pref.oita.jp/soshiki/12030/h28-4jisin.html別ウインドウで開きます)(信原一貴)



エコノミー症候群、重症者は35人 熊本、女性が29人

熊本県などでの一連の地震による避難者にエコノミークラス症候群(肺塞栓(そくせん)症など)の患者が相次いでいる問題で、熊本県は25日、入院が必要な重症と判断された患者が35人(うち1人死亡)にのぼると発表した。

 県内20の主要医療機関を対象に調査し、最初に地震が発生した14日から24日までに、入院が必要とされた肺塞栓症などの患者数をまとめた。

 35人の内訳は、65歳以上は21人で65歳未満は14人、女性は29人で男性は6人。65歳以上の女性は19人を占めている。

 県はこれまでに災害関連死の疑いがある死者を12人としており、車中泊後に肺塞栓症を発症して死亡した熊本市西区の女性(51)も含まれている。

 発症者数をまとめたのは、国や自治体、熊本大学、専門学会などが21日に発足させた肺塞栓症専門対策チーム。2004年の新潟県中越地震後に死者が出て注目されながら、本格的な対策が実施されてこなかった肺塞栓症対策に、国も本腰を入れる。

 対策チームでは、女性の患者が多いことについて、避難生活が続く中でトイレを我慢する傾向があることなどが背景にあるのではないかとみている。

 対策チームは予防啓発にも力を入れる。車中泊をする人たちについて、エコノミークラス症候群の原因となりやすいふくらはぎの血の塊(血栓)の有無を調べるなど、リスクが高い人に医療機関の受診を勧める活動を行っていくという。
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by nsmrsts024 | 2016-04-26 05:40 | 朝日新聞・綜合、政治

2016年4月25(月)・東日本大震災から5年1ヶ月と14日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から5年と1ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)
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3.11東日本大震災     津波 178


2011年3月8日(金)・リニア新幹線、耐震性を議論へ 交通政策審議会
JR東海が計画するリニア中央新幹線の実現可能性を話し合う国土交通省の審議会は8日、東日本大震災級の地震が発生しても、リニアの安全性が確保できるかを議論する方針を決めた。審議会の最終答申は遅れるが、リニアは東海道新幹線に代わる日本の「大動脈」となるだけに慎重に議論を進める構えだ。

 2027年開業予定のリニアは、新幹線と同じく、阪神淡路大震災(マグニチュード7.3)級の揺れにも耐えられる基準にする計画。しかし、東日本大震災のマグニチュードは9.0と阪神を大きく上回り、東北新幹線は一時全線がストップした。けが人こそ出なかったが、全線復旧は4月下旬までできない見通しだ。

 東京と名古屋、大阪を結ぶリニアはルートの大半が大深度の地下だが、一部には地上も含まれる。今回の地震では東北新幹線の高架橋がひび割れるなどの被害が出ており、専門家は「懸念があるのは高架橋」と指摘する。

 このため、交通政策審議会の中央新幹線小委員会は改めてリニアの耐震性を検証する。来週中にも開く会合で新幹線の被災状況の分析結果の報告を受けるほか、JR東海にも出席を求めて見解を聞くことも検討する。家田仁委員長(東大大学院教授)は「リニアは大地震でも甚大な被害を及ぼすことがないようにするのが当然」と述べ、耐震性を再検証する必要性を強調した。(信原一貴)



[2016年、世界と日本・今日この頃]

[2016年4月25日]
九州新幹線、脱線車両の撤去作業終わる JR九州

熊本地震のため14日に脱線した九州新幹線の車両6両を現場から車両基地まで移動し、撤去する作業が24日、すべて終わった。JR九州が発表した。ゴールデンウィーク(GW)前の28日にも博多(福岡市)―鹿児島中央間の全線再開をめざしており、まだ運休が続く熊本―新水俣(熊本県)間で駅の施設の修繕など復旧作業を急ぐ。

 14日夜の地震で、熊本駅から熊本総合車両所を目指して時速80キロで走行していた6両編成の回送列車が熊本駅の南側で脱線。九州新幹線の開業以来、初めての脱線事故で、全線で運転停止となった。これまでに博多―熊本間と新水俣―鹿児島中央間が運転再開している。



認知症の避難者、どう支援 話しかけ・聞き取りゆっくり

熊本県などでの一連の地震では、認知症の人も避難生活を余儀なくされている。急な環境の変化や避難所の騒々しさで、混乱した状態になりがちなため、配慮が必要だ。

 東日本大震災(2011年)を経験した宮城県認知症グループホーム協議会の蓬田隆子会長は「避難所でうろうろして困っている」といった相談が寄せられた場合、音などの刺激を減らすため、「ゴタゴタしない隅の方に認知症の人の居場所を作って」と助言する。また、手を握ったり肩を抱いたり、触れあいを大切にすれば、認知症の人の不安を和らげることができるという。

 仙台市の認知症介護研究・研修仙台センターは、東日本大震災後、介護事業者らを対象に調査を実施。その結果を踏まえて、「避難所での認知症の人と家族支援ガイド」を作った。

 接し方のポイントとして、認知症の人には同じ目線で前からゆっくりとした口調で話しかける▽話はゆっくり聞いて急がせない▽周囲に気をつかう介護者に声をかけ、協力する――などを挙げている。

 また、できるだけ混乱を避けるために、個室や要介護者専用のスペースをつくることが望ましいという。同センターの阿部哲也・副センター長は「難しい場合は、段ボールやパーテーションなどで仕切りをつくるだけでも落ち着きにつながる」と話す。

 トイレも「排泄(はいせつ)の失敗は精神的な不安に直接つながりやすい」として、余裕を持って介助できるような要介護者専用、または優先のトイレ設置をすすめる。

 さらに、できるだけ早く、一時避難場所から福祉避難所などに移れるようにすることも大事だという。阿部副センター長は「環境が整っていない場所での避難生活は、本人や介護する人の健康状態の悪化を招く。一緒にうつれるような支援を進めてほしい」。

 認知症介護研究・研修東京センターの永田久美子研究部長によると、さわり心地がいいタオルや毛布を渡したり、外の空気を吸いに連れ出したり、手足や背中をさすったりするのもいい。また、「片づけなどの役割をお願いし、その人が活躍できる場面をつくると落ち着く人もいる」。

 永田部長は「家族はどうか遠慮しすぎないで。周囲に早めに、ちょっと助けてと伝えることが肝心。周りの人は、『大丈夫、気にしないで』と認知症の人と家族にやさしいまなざしを向けてほしい。雰囲気が柔らかくなり、支え合いの空気が生まれるきっかけにもなる」と話している。(畑山敦子、友野賀世)

■避難所にいる認知症の人を支えるには

・専用のスペースを設置

・専用か優先のトイレを設置

・周囲の理解

・顔見知りの人と一緒にいると安心する

・見守る家族や介護職員が休める時間の確保

・できるだけ早く福祉避難所に移動

※認知症介護研究・研修仙台センター、東京センターのガイドから



「ゆっくり横に」 登山家・野口健さんがテント村 熊本

多くの被災者が避難生活を送る熊本県益城(ましき)町の町総合運動公園に24日、125張りの「テント村」が完成した。登山家の野口健さん(42)が「避難している人たちにゆっくりと横になってもらいたい」と呼びかけて実現した。

 運動公園には前震があった14日夜以降、被災者らが続々と詰めかけ、敷地内にある体育館などで寝泊まりしているほか、車中泊をする人たちで駐車場は満車の状態になっている。避難生活が長引き、肺塞栓(そくせん)症(エコノミークラス症候群)の不安が膨らんでいる。

 テントは野口さんが寄贈したり、ツイッターなどでの呼びかけに応じて届けられたりしたもので、野口さんが環境観光大使を務める岡山県総社市が運搬。ボランティア約120人が設営した。

 14日の前震から避難生活をしている益城町辻の城の女性(40代)は、もとのアパートに住めなくなり、小中学生の子どもと家族4人でテントの利用を決めた。「これでようやく、ひと息つける。足を伸ばして寝られる。助かります」

 25日はネパール大地震の発生からちょうど1年。ヒマラヤの美化活動に取り組むなど縁が深い野口さんは大震災基金を立ち上げて支援した。熊本などを襲った今回の地震では、シェルパ(ネパール人ガイド)たちから「恩返し」にと寄付が届いたという。

 テントは、運動公園で車中泊をしている3人以上の家族が主に利用できる。野口さんは「『山屋』にできることはテントを届けること。プライベートな空間でゆっくり過ごしてもらいたい」と話した。
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by nsmrsts024 | 2016-04-25 05:46 | 朝日新聞・綜合、政治

2016年4月24日(日)・東日本大震災から5年1ヶ月と13日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から5年と1ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)
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3.11東日本大震災     津波 177



2011年4月8日(金)・日本からの食品禁輸、インド見送り 放射能検査は厳格化
インド政府は、福島第一原発の事故を受け、日本からの食品輸入を3カ月間停止するとした方針を事実上撤回し、禁輸は当面実施しないことを決めた。

 インド政府当局者によると、保健省傘下の食品安全基準局が5日、放射能の専門家などの意見を踏まえ、全面禁輸を勧告。保健省は、禁輸を即日実施すると発表した。しかし、最終的な判断権限を持つ商務省は7日、日本からの輸入食品の放射能汚染が確認されたわけではないことを理由に、禁輸は当面見送ることを決めたという。

 その代わり、輸入食品が汚染されてないことを証明する書類の添付義務づけや、放射能検査の厳格化で対応する。

 全面的な食品禁輸措置は各国の対応と比べて極端に厳しく、インド政府に対し、日本政府は再考を求めていた。(ニューデリー=武石英史郎)


[2016年、世界と日本・今日この頃]

[2016年4月24日]
銭湯に列、繁華街は閑散…「熊本で水に困ったのは初」
 銭湯に並ぶ人の列、ネオンの消えた繁華街……。長引く水道やガスの停止は、人口約70万人の大都市・熊本市の人たちの暮らしを大きく変えている。街に元気を取り戻すため、一日も早く飲食店を再開しようと模索する店主らもいる。

 「ありがとう。いいお湯だったわ」「本当にありがたいよ」。地震後に市民らに無料開放している熊本市東区の銭湯「たかの湯」では22日午後も、洗面用具やタオルを抱えた約50人が列を作っていた。一人でも多く入ってもらうため、入浴時間は1人15分までだ。

 東区に住む主婦(35)は3~10歳の子ども3人を連れて来た。自宅の水道が復旧する21日までは、避難所の小学校から団地の5階まで、家族総出で2リットル入りのペットボトルを運んでいた。水道が復旧しても、ガスは止まったままだ。「あとはガス。2日に1回はお風呂に入りたい」

 JR熊本駅前に立つ35階建ての高層マンションも約1週間断水が続き、管理組合の姫野義晴理事長(61)らは水の確保に奔走した。トイレなどに使う水は、管理人と清掃員で近くの川にくみに行って用意した。22日昼に水道は通ったが、濁る水も出るという。ガスは復旧していない。

 約200世帯が住むこのマンションでは一時、約半分の世帯が避難したとみられる。15階に住む男性は「本震の時は建物が折れるかと思った」と振り返る。

 店の営業にも影響が出ている。熊本市中央区の美容室では、水圧は弱いながら水は出る。だが白く濁っていて洗髪などに使えない。経営者の男性(47)は「水が湧き出る熊本で水に困ったのは初めて」。再開のめどが立たず、頭を抱える。

 いつもは昼も夜も多くの人でにぎわう熊本市中央区の繁華街では、多くの飲食店が閉まったままだ。人影もまばらだが、創作和食店「ささのダイニング」は22日に営業を再開した。地震前にはなかったランチも始め、定食などを提供する。都市ガスの代わりにプロパンガス1本とカセットコンロを使い、夜は限られたメニューで客をもてなす。

 市内の系列店3店は23日時点で再開できていないが、店舗を統括する増満恭平さん(28)は「開いている店で皆さんを何とか喜ばせ、町を盛り上げたい」という。

 焼き肉店「味ひときれ」はプロパンガスだったため、水道が復旧した翌日の19日に営業を再開。開いている店を探してやってくる県外からの支援者たちに、熊本名産のあか牛を出す。店長の浦部一一(ひかず)さん(32)は「頑張れるところが頑張らないと」と話した。(磯部佳孝、小原智恵、緒方雄大)



九州新幹線、28日にも全通へ GW前目指す

JR九州は23日、九州新幹線の博多―鹿児島中央間の全線で28日にも、運転を再開する方針を明らかにした。熊本地震で14日夜から運転を止めたが、順次再開している。ゴールデンウィーク(GW)前の全通をめざし、不通が続く熊本―新水俣(熊本県)間の復旧を急ぐ。

 GW中も運休すれば被災地の支援や観光などへの影響が大きいとみて、「とにかく早期の全線復旧をめざす」(JR九州幹部)。熊本―新水俣間は地震で脱線した回送列車を撤去する作業が24日中に終わる見通しになった。新八代駅(熊本県)の復旧工事など、再開に向けて残る作業を急ぐ。

 ほかの区間は新水俣―鹿児島中央間が20日に再開したのに続き、23日には博多―熊本間が再開した。23日朝から試験走行を続け、問題ないと判断して再開を決めた。JR九州によると、再開後の一番列車の乗車率は博多発が約6割、熊本発が約3割だった。

 落下した防音壁の復旧などが間に合っていない新玉名(熊本県)―熊本間は当面、時速70キロほどに落として走る。各駅に停車し、所要時間は1時間あまり。本来は最速で33分、各駅に停車しても50分ほどだった。それでも在来線の2時間あまりに比べてほぼ半分になり、被災地への支援にも追い風となる。

 運転本数は通常なら1日平均で上下計約120本のところ、23日は同21本、24日以降も同30本の予定。大幅な間引き運転が続く。

 一方、在来線も順次運転を再開している。23日に三角線(宇土―三角)が再開し、24日には肥薩線(八代―吉松)が始発から運転を再開する。一部で徐行運転は残るが、不通が続く区間は豊肥線の肥後大津―豊後竹田間だけとなった。



熊本城をドローン調査 被害拡大の原因は? 金沢大

 熊本地震でしゃちほこや瓦が落ちた熊本城の天守閣の被害を、金沢大のチームが小型無人飛行機(ドローン)で間近から調査した。特徴的な石垣や過去の復元が被害の拡大につながった可能性があるという。

 熊本城は地震が続いて人が近付けず、被害を把握しづらい。熊本市への映像提供を条件に、許可を得て17日にドローンを飛ばし、映像を分析した。

 天守閣の石垣では、角にあり荷重を支える重要な部分である「出隅」が複数箇所で崩れていた。熊本城の出隅は金沢城などに比べて小さな石を使っていることから、地震の揺れに弱かった可能性があることが分かったという。

 また1960年に復元された天守閣は鉄筋コンクリート造りで、木造に比べて重く、しなりにくい。このため、横揺れで石垣に大きな力がかかった可能性があるという。

 藤生慎・助教(防災工学)は「歴史的に経験したことがないほどの揺れだったとわかった。修復する際には大きな石を使うなどの地震対策も必要では」と話す。(竹野内崇宏)
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by nsmrsts024 | 2016-04-24 04:58 | 朝日新聞・綜合、政治

2016年4月23日(土)・東日本大震災から5年1ヶ月と12日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から5年と1ヶ月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)
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3.11東日本大震災       津波 176


2011年4月8日(金)・茨城沖の魚介類、放射性物質の基準下回る 水産庁が検査
茨城県沖のイカナゴ(コウナゴ)から基準を超える放射性物質が検出された問題で、水産庁が7日に始めた同県沖での魚介類の検査の最初の結果が8日、発表された。同県によると、ひたちなか市沖で捕獲したヒラメ、マコガレイ、アンコウからはいずれも、国の基準を大幅に下回る放射性物質しか検出されなかった。

 検出された放射性ヨウ素(基準は1キロあたり2千ベクレル)は2~4ベクレル、放射性セシウム(同500ベクレル)はアンコウから検出されず、ヒラメとマコガレイは2ベクレルだった。

[2015年、世界と日本・今日この頃]

[2016年4月23日]
熊本県、仮設住宅建設へ 被災者に公営住宅貸し出しも

熊本県などでの一連の地震で、熊本県は22日、被災者向けに仮設住宅を建てる方針を発表した。同県西原村にまず約50戸を建てる。また県と熊本市は、公営住宅320戸前後を無償で被災者に貸し出すことを決めた。住まいを失った被災者への仮住まいに関する具体的な計画が決まったのは初めて。

 西原村の仮設は木造で、5月中に着工、6月中の完成をめざす。村は約200戸の建設を希望している。

 他の市町村については今後、入居希望者の把握や住宅の損壊の程度などをもとに、方針を決める。県は5月中に土地の選定を終えることをめざす。

 また公営住宅のうち、県営住宅約70戸は住宅が全半壊した熊本市以外の人向け。入居期間は原則6カ月間、最大1年間で、5月3日に抽選して入居者を決める。熊本市民向けには、同市が市営住宅250戸程度を無償で貸し出す予定。23日から受け付ける。

 県は22日、災害時の仮設住宅建設の協力協定を結ぶプレハブ建築協会が約2900戸分の仮設住宅を建てる準備があることを確認したと発表。熊本県優良住宅協会も同様に約100戸分の準備があるという。

 熊本県と大分県によると、22日時点で住宅の被害が約1万1千棟にのぼる。約8万人が避難生活を余儀なくされている。

 熊本県によると、地震による死者は22日現在48人。災害関連死の疑いは22日に同県阿蘇市で新たに1人が判明し、11人となった。

 亡くなったのは同市の70代女性。同市によると、女性は16日未明の本震後、家族と自宅敷地内の車中に避難後、近くの高校に移動。同日午前4時ごろに「胸が痛い」と訴え病院で治療を受けたが、正午ごろに亡くなった。高血圧で通院中だったという。

 一方、同県南阿蘇村は22日、地震で自宅の下敷きになった同村の女性(69)が、21日に入院先の病院で死亡したと発表した。

 2人が安否不明となっている南阿蘇村では、雨の影響で中断していた捜索が22日午後に再開された。

 JR九州は22日、運転を見合わせている九州新幹線の博多―熊本間で23日正午前から運転を再開することを正式に発表した。



南阿蘇村長「復旧に10年」 住宅被害は1千棟か

 熊本地震で14人が死亡した熊本県南阿蘇村の長野敏也村長が22日、地震後初めて記者会見し、崩落した阿蘇大橋など村内の復旧に「10年ほどの期間が必要」との見通しを示した。

 地震や土砂災害で損壊した住宅の被害について、長野町長は「空から状況を見たが、1千棟に上るのではないか」と説明し、「仮設住宅が必要になるだろう。土地を選定している最中で、『すぐにでも』という気持ちだ」と述べた。村は建物の応急危険度判定を22日から始めたという。

 長野町長は「150人の職員の半分が避難所に出て、満足に行政が回せていない」とし、「ボランティアの方には避難所運営や家屋の掃除を期待したい」と話した。その上で「全国からの支援に心から感謝を申し上げる。笑顔に戻ることを信じて復旧に向けて頑張っていきたい」と訴えた。(黒田壮吉)




熊本地震、激甚災害指定へ 週明けに閣議決定

安倍晋三首相は23日午後2時すぎ、視察先の熊本県益城町で記者団に対し、熊本地震の激甚災害指定について「復興事業に取り組む自治体を全面的に支援するため、激甚災害の指定を明後日、(25日の)月曜日に閣議決定いたします」と語った




週末、ボランティアに長い列 益城は35分で締め切り

一連の地震の「本震」から1週間を迎えた23日、週末とあって、被害を受けた熊本市や熊本県益城(ましき)町に大勢のボランティアが駆けつけた。

 熊本市では「花畑広場」(中央区)の災害ボランティアセンターに、午前9時の受け付け開始前から多くの人が列を作った。午前11時半までに受け付けを済ませたのは約1千人。参加者はテント内で説明を受け、避難所の掃除や救援物資の仕分けなどの作業内容や行き先ごとにグループに分かれて現場に向かった。

 熊本市南区の薬剤師の男性(41)は自身も被災したが、初めてボランティアに参加した。自宅アパートは無事だったが、夜は避難所の駐車場で車中泊し、食料を支給してもらっていることもあり、「何かしなければ」と思ったという。

 福岡県久留米市から友人と参加した安達愛さん(25)も災害ボランティアは初めて。「隣の県ですぐいける所だし、時間がある人が働かな、と思って来ました」

 益城町のセンターでも受付会場に長い列ができ、午前9時の受け付け開始を15分早めた。被災者や避難所からの要望を上回る人たちが駆けつけたため、受け付け開始から35分で締め切った。もともと約300人で作業予定だったが、500~600人が集まったため、町社協は事前には要望のなかった被災場所にボランティアを派遣できるように調整を進めた。

 町社協の国元秀利事務局長は「全員に何か作業をしてもらいたい気持ちはいっぱい。需要と供給なので理解してほしい」と話す。

 広島県廿日市市で薬局を経営する藤山和興さん(61)は22日夕、車で到着。センターの駐車場で車中泊し、午前7時ごろから受付に並んだ。東日本大震災や、鬼怒川の堤防が決壊した豪雨災害などでもボランティアに駆けつけた。「自然災害が全国各地で多発し、いつ自分が見舞われるかわからない。ボランティアはお互い様。被災者の役に立ちたい」
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by nsmrsts024 | 2016-04-23 04:16 | 朝日新聞・綜合、政治

2016年4月22日(金)・東日本大震災から5年1か月と11日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から5年と1か月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)
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3.11東日本大震災     津波 175


2011年4月8日(金)・イネの作付け禁止基準を発表 土壌汚染、近く地域設定
福島第一原発事故が原因の放射性物質による土壌汚染問題で、枝野幸男官房長官は8日、イネの作付けを禁止する水田について、「土壌中の放射性セシウムの濃度が土1キログラムあたり5千ベクレルを超える」との基準を発表した。この土壌では収穫時のコメの汚染度が安全基準を超えると推計されるとして、近く具体的な地域を設定し、政府の原子力対策本部長である菅直人首相が原子力災害対策特別措置法に基づき、作付け禁止を指示する。

 同法による作付け禁止は初めてで、政府は売り上げ減少分などを参考に補償する。

 福島県は6日に県内の農地計70地点の土壌調査結果を公表。5千ベクレルを超えていた地点は水田では飯舘村内の2地点だけだった。同県は12日に追加調査の結果を公表する予定。立ち入り制限などが実施されている原発から半径30キロ圏内では土壌調査はできていないが、政府はこの地域の作付けも禁じる方針。

 一方、宮城、山形、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、神奈川の8県は8日夜、県内の農地の調査結果で、全ての地点で5000ベクレルを下回ったと発表した。

 農林水産省と福島など各県は土壌調査を踏まえて改めて協議し、近く具体的な作付け禁止地域を設定する。これまでの調査結果から、禁止地域は原発に近い限られた範囲にとどまる可能性が高い。

 農水省は、土壌からイネに放射性セシウムが吸い込まれ、収穫時のコメに移る度合いを示す「移行係数」の指標を、過去の事例の分析から0.1と設定。コメの放射性セシウムの基準は1キロあたり500ベクレルのため、土壌の数値を同5千ベクレルと決めた。

 ただ、福島原発の事故は収束しておらず、今後も放射性物質が土壌や作物に付着する危険性は残る。このため、今回作付けを許可した水田についても土壌調査を継続。また秋の収穫期にはコメの検査も実施し、基準を超えた場合は出荷停止を指示する方針だ。鹿野道彦農水相は8日、「二重のチェックで安全性を確保する」と述べた。

 放射性セシウムは半減期が30年と長く、土壌汚染の解消は簡単ではない。農水省は来年以降の作付けの是非については「今後検討する」としている。

 農水省は作付けを禁じる農地について、土壌の入れ替えが可能かどうかや、放射性物質を吸収しにくいとされる別の作物の耕作地に代えられないか検討する。(大谷聡)


 [2016年、世界と日本・今日この頃]

[2016年4月22日]
余震続く病院で誕生「強く生きて」 家族や友人に感謝

熊本を襲った一連の地震は、多くの尊い命を奪った。そんな中、新たに生まれてくる命がある。たくさんの人に助けられて我が子を抱いた母親は「感謝を忘れず、強く生きて」と願いを込める。

 東京都目黒区の会社員岩城由香梨さん(27)は熊本市南区の出身。故郷で出産しようと2月に実家に戻り、4月21日の予定日に備えていた。

 14日午後9時26分。突然襲った震度6弱の強い揺れに、寝室のテレビやパソコンが落ちた。ベッドに座って妹と4歳のめいとおしゃべりをしていた岩城さんは、とっさに前かがみになり、おなかをかばった。庭にとめてあった車の中で朝を待ったが、15日午前2時ごろ、徐々におなかがはってきた。陣痛が始まった。

 母親の大川久美さん(57)が運転する車で慈恵病院(熊本市西区)へ向かった。病院でも揺れを感じ、また大きな地震が来るのではないかと不安になった。15日午前10時23分。分娩(ぶんべん)室に入って7時間半後、2770グラムの元気な男の子が生まれた。



無情の雨、避難先を転々 「ようやく落ち着いたのに」

 地震発生から1週間となった熊本県の被災地を、雨がぬらした。被災者の一部は土砂災害の危険から避難先を転々。耐震化を終えたはずの体育館では損傷が見つかり、自治体が避難者を移動させる事態も。疲労の色が濃くなる中、子どもたちの奮闘が雰囲気を和ませている避難所もある。

 「大雨でここも危ないので避難してください」

 21日午前9時半ごろ。避難所となっている熊本県南阿蘇村の旧立野小学校で、消防団員らが避難者約130人に伝えて回った。立野地区は16日未明の地震で土砂災害に見舞われ、死者も出た。4年前には豪雨で土砂崩れが発生している。



汚い・暗い・狭い… 避難所トイレ、環境改善どうすれば

汚い、暗い、狭い、段差あり――。過去の大地震で課題が指摘されてきた避難所のトイレ環境が、熊本地震の被災地でも心配されている。排泄(はいせつ)は我慢すると生死にもかかわりかねない。専門家は「困り事の情報を共有し、快適・安全に利用できる環境作りを」と呼びかける。

 約850人が身を寄せる熊本県益城町の総合体育館。屋内のトイレは断水などでほとんど使えず、屋外に仮設トイレがずらりと並ぶ。だが、今も男女の区別がない。介護職員の女性(36)は「ぜいたくは言っていられないけれど、臭いもきつく、衛生面も心配です」。ボランティアらによる掃除で環境改善に努めるが、大勢が使うのですぐに汚れてしまう。

 約50のうち、座って使える洋式トイレは二つほど。「足が悪いけん。もっと洋式があると助かるが……」。足を引きずりながらトイレから出てきた男性(74)はつぶやいた。

 建物内のトイレを利用できる熊本市内のある避難所でも、洋式トイレは不足気味だ。混み合うのを避けて深夜に利用したり、わざわざ自宅に戻ったりする人もいる。

 日本トイレ研究所(東京)によると、「和式しかない」という問題は東日本大震災でも報告された。応急的に、プラスチック製の椅子の座面の真ん中をのこぎりなどでくりぬき、便座の代わりに使った例もあったという。

 もともと仮設トイレの多くは建設現場で使われることを念頭に作られている。現場には男性が多く、便座にじかに肌が触れる洋式より和式が好まれる傾向があった。同研究所の加藤篤代表理事は「建設現場でのニーズをもとに作られてきたので、避難所にはマッチしない」と話す。

 最近は仮設トイレも洋式化が進みつつあるが、まだ数は多くない。

 加藤さんは「トイレ環境の悪さを嫌って食事や水分を控えるようになれば、エコノミークラス症候群や脱水症状などを引き起こしかねない」と指摘。「トイレの困りごとは言い出しにくいが、『洋式が必要だ』などと具体的に声をあげることが大切。避難所を取りまとめている人を通じて行政に伝えて」と語る。

 東日本大震災では、屋外のトイレに行くのがつらい人に向けて、生活空間に近い場所に「トイレルーム」を確保した例もあった。体育館の倉庫のような所を一室まるごとトイレ用の部屋にして、仕切りを作ってポータブルトイレなどを置くといった方法だ。

 水が流せなくても、既存の洋式トイレを利用する方法もある。便器にポリ袋を二重にかぶせ、中に吸水用の新聞紙などを入れて用を足し、袋を取り換える。

 日本トイレ研究所はホームページで「災害時のトイレチェックリスト」を公開。段ボールや新聞紙を使った災害用トイレの作り方なども紹介している。(中村靖三郎、十河朋子、長谷川陽子)

■災害時のトイレ 主な注意点

・被災者に意見を求め、トイレ環境を改善する

・男女別が基本。女性用トイレを多くする

・トイレは施錠できるように

・防犯ブザーなどを設置、または配布する

(日本トイレ研究所による)



熊本・益城の住宅被害、地滑りで拡大 京大防災研が調査

熊本地震で震度7を2回観測した熊本県益城町で、地滑りなどで住宅被害が起きていたことが京都大防災研究所の釜井俊孝教授(応用地質学)の調査で分かった。強い揺れに加え、地盤が変形し基礎が壊れたことが被害拡大につながったとみられる。豪雨などでさらに被害が出る恐れがあり、注意を呼びかけている。

 21日、町役場から約400メートル離れた住宅地で、激しく損壊した建物が多い地域を調査した。川に面した崖沿いの地盤がずれ、傾いたり倒壊したりした住宅が少なくとも500メートルの範囲で点在していた。川を埋め立てたとみられる造成地でも盛り土部分の地盤の変形を確認した。住宅周囲の地面がひび割れ、ブロック塀が倒壊した場所もあった。

 釜井教授によると、こうした地盤の変形による建物被害は、ほかの川沿いでも多発しているとみられる。特に益城町は揺れが震度7と激しかったことから、地盤の被害も大きくなった可能性があるという。

 釜井教授は「典型的な地盤災害だ。梅雨や台風で雨がしみ込み地盤が不安定になると、再び被害が出る可能性があり、今後も注意が必要だ」と話している。(西川迅)


 「この人が最後?」「校舎内に人が残っていないか確認して」。警察官が慌ただしく誘導し、住民は隣町にある大津町総合体育館に向かった。

 ところが、体育館に着くと、地元の避難者でいっぱいで座る場所の確保も難しい。「立野地区から来た方は別の体育館に移ってもらいます」。アナウンスが流れた。

 大津町によると、体育館で南阿蘇村の住民を受け入れられるか、村から打診を受けたのとほぼ同時に旧立野小の住民が移動を開始。その時点で、体育館はほぼ満員だった。町は急きょ別の体育館を確保した。

 「もうここから動きたくない」。そんな声も漏れる中、避難者は改めて移動。午後2時すぎ、数キロ離れた別の体育館に到着すると、毛布を敷いてすぐに横になる人もいた。上村淳子さん(67)は「命が大事と思うばってん、きつかね」と疲れた表情を見せた。

 熊本市北区の龍田西小学校はグラウンドがひび割れ、斜面崩落の危険があるとして21日、学校に設置していた避難所が閉鎖された。雨が降りしきる中、約400人が自衛隊のバスに乗り込んだ。

 近所の女性(65)は「ようやく落ち着いたのに、移動だなんて」。教室ではしばらく眠れなかったが、日が経つにつれカレーライスが出るなど物資が充実し、21日には水道も復旧した。校舎をみんなで掃除し、感染症対策にも努めていた。「ここまで来たら、笑いが出てくる」

 同小は今年4月に開校したばかり。近くの自宅から避難していた石山紀昭さん(75)は「まさかできたばかりの小学校もダメになるとは。次の所は大丈夫なのかな」と心配した。

 住民らは約4キロ離れた体育館などに身を移した。前日まで風邪気味で熱があったという宮原千春さん(52)。体育館に到着すると、「ここは寒いから、また体調が悪くならないか不安です」と話した。

 約850人が避難している熊本県益城町の町総合体育館では、降り続いた雨の影響で、1階通路の天井から雨漏りが発生。通路が水浸しになった。モップを手に往復していたボランティアの男性は「いくら拭いてもきりがなかけんですね」と話した。

 夜になると多くの被災者が詰めかけ、駐車場で車中泊をしている益城町の大型展示場「グランメッセ熊本」では21日午後0時半ごろ、広場に植えられていた高さ約10メートルの木が倒れた。益城町によると、20日夜は約2千人が一夜を過ごしたという。強い風雨が原因とみられ、駐車場に向かって倒れたが、けが人はなかった。(吉田啓、井上充昌、大森浩志郎)


 安心したのもつかの間、出産から15時間後の「本震」で病院内には火災報知機が鳴り響き、停電に。数十分後、新生児室で何もなかったように眠る我が子を抱き、胸をなで下ろした。

 実家の周りは全壊した家が並び、祖父母や両親は車中泊を続ける。地震後、友人がオムツを集めてくれ、退院した20日、福岡の友人宅に身を寄せた。「お世話になった人への感謝の気持ちを忘れない子になってほしい」。そんな思いを込めてつけるつもりの名前は、東京で待つ夫と会ってから決める。(小原智恵、松本千聖)



被災地への食料、出荷を前倒し 農水省
農林水産省は21日、熊本地震の被災地へ送る食料の出荷を、一部前倒ししたと発表した。20日に52万500食を送る予定だったが、日持ちのする缶詰やレトルトのおかゆを前倒しして、約61万食を出荷した。このため、22日分の出荷は23万5500食から約15万食に減る。23日以降の出荷量は、被災地のニーズをみて判断する。



長引く避難、生活不活発病に注意 お年寄りにも役割を

長引く避難生活であまり動かない状態が続くと、心身の働きが衰える「生活不活発病」になるおそれがある。専門家は「お年寄りや障害がある人がそうならないよう周囲も配慮してほしい」と注意を促している。

 東日本大震災でも現地の支援や調査を続けた産業技術総合研究所招聘(しょうへい)研究員の大川弥生医師によると、災害で自宅が倒壊し避難所に移ったり、自宅が無事でも家の内外で物が散乱したりして、生活環境が一変。家庭や地域での役割のほか、生きがいを失い、「すること」や外出先がなくなって、活動量が減ってしまう。

 その結果、足腰が弱って心肺機能が悪化し、食欲不振や便秘のほか、認知症やうつ病のような状態になるなどして徐々に全身の心身機能が低下してしまうのが生活不活発病だ。

 大川さんは新潟県中越地震などを通して地域の保健師らとお年寄りらの生活不活発病の予防や対策に取り組んできた。

 災害時は「休んでいていいよ」と周囲から言われ、高齢者自身も「迷惑をかけないように」との遠慮もして動かなくなってしまう傾向があり、この病気のリスクが高まるという。「避難所だけでなく、自宅で避難生活を送っている場合も気をつける必要がある」と指摘する。

 東日本大震災の1カ月後、大川さんは仙台市医師会などの協力を得て、市内4避難所で生活不活発病のチェックリストを使い、日中を避難所で過ごす65歳以上のお年寄りを対象に調査した。

 震災前は元気だった102人のうち、歩行や着替えなど日常生活動作(ADL)が「難しくなった」と答えた人は64人(62%)いた。活動性との関係では、「座っていることが多い」と答えた人は49人で、悪化していた割合が多く、9割近かった。

 「安全に配慮しつつ、片付けや子守などお年寄りもできる範囲で作業に加わってもらったり、杖や手押し車などを用意したりして周囲がかかわり方を工夫して、お年寄りの生活が活動的になるようにしてほしい」と大川さんは話す。(寺崎省子)
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by nsmrsts024 | 2016-04-22 05:35 | 朝日新聞・綜合、政治

2016年4月21日(木)・東日本大震災から5年1か月と10日

3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から5年と1か月
1000年に一度の巨大津波と66年後にまた人が起こした核災害の記録
(東日本大震災と放射能災難から直後の1年間を顧みる)
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3.11東日本大震災     津波 174


2011年4月8日(金)・海水中の放射能、目立った上昇なし 低汚染水の放出後
文部科学省は8日、海水や大気の放射能の測定結果を発表した。福島第一原発から南東約40キロの海域で、セシウム137が1リットルあたり19.8ベクレル、同約60キロで9.92ベクレルが検出されたが、いずれも基準は大きく下回った。

 海水は、同原発から汚染度の低い水が放出された後の7日に、約40~60キロ離れた6地点で採取された。セシウム137が検出された地点でヨウ素131の基準が超えたが、他の地点を含め、目立った上昇は見られなかった。

 大気については依然、福島など8都県で平常の最大値を上回っている。


[2015年、世界と日本・今日この頃]

熊本地震から1週間 被害全容徐々に判明、なお続く余震

熊本県で震度7を最初に観測した地震から21日で1週間。16日未明には、阪神大震災(1995年)級の「本震」も起き、死傷者数は一気に増え、家屋などへの被害もさらに広がった。その後も強い余震が続いており、不安な日々が続く。

■被災者 熊本県内、重軽傷1000人

 14日の前震では、熊本県益城(ましき)町を中心に9人が死亡、九州で計1千人超が負傷した。16日未明の本震で死者は増え、20日午後6時現在、計48人に。死因は家屋倒壊による圧死や窒息が多い。熊本県内では、安否不明者は2人。重傷者は計210人、軽傷者は計885人など合わせて1千人超。

 熊本県の発表では、災害関連死の可能性がある死者も11人いた。熊本市が7人と最も多く、車中泊により肺塞栓(そくせん)症(エコノミークラス症候群)で死亡した人も含まれる。

 県内の建物の被害は20日午後6時現在、全壊1454棟、半壊1324棟に上る。益城町役場と、宇土(うと)、八代(やつしろ)両市役所は崩壊の恐れがあり使えなくなった。

 避難者数は、前震後は約4万4千人で、15日にいったん減ったが、本震を受け急増。17日午前9時半には熊本県内で18万人を超えた。20日午後1時半現在、約9万2千人が避難生活を余儀なくされている。相次ぐ余震への恐れから、車中泊を続ける避難者も多い。

 20日午後7時までに震度1以上を観測した地震は707回、このうち震度4以上が90回に上る。

■ライフライン 断水なお9万戸以上

 電気や水道、ガスにも大きな影響が出た。

 16日の本震後、熊本県内だけで一時、18万戸以上が停電した。大規模な土砂崩れで阿蘇市などへの送電線が使用できなくなり、復旧に時間がかかった。九州電力は20日、最後まで残っていた阿蘇市と南阿蘇村の計約2700戸の復旧作業にあたり、全て復旧した。

 水道は、配水管が破損したり、地下水が濁って飲料水に適さなくなったりしたため、最大で39万戸が断水した。九州各県の自治体や自衛隊、海上保安部などが給水車で、給水支援をしている。被害の激しい熊本市や宇城(うき)市、益城町などで少なくとも約9万8400戸が断水したままだ(20日午後3時現在)。

 西部ガスは本震後、火災などの二次被害を防止するため、熊本市や益城町など2市5町の計約10万5千戸への供給を止めた。20日正午までに東京ガスや大阪ガスなど全国から1200人が応援に入って復旧作業を始め、計488戸のガス栓を開いた。完全復旧の見通しは立っていない。

■観光・文化施設 温泉地、連休前に打撃

 14日の前震では、瓦が落ちた程度だった熊本城(熊本市)だが、16日未明の本震により、東側の東十八間櫓(やぐら)と北十八間櫓(いずれも国指定重要文化財)が土台の石垣ごと崩れ落ちた。17世紀に加藤清正が築城した当時から残る櫓だった。

 熊本県阿蘇市の阿蘇神社も16日の本震で、国の重要文化財に指定されている2階建ての楼門が倒壊。拝殿も全壊した。

 全国有数の温泉地を抱える熊本・大分両県。本来なら多くの観光客でにぎわうはずの大型連休を前に、宿泊施設の休業や宿泊客のキャンセルが相次ぐ。

 阿蘇市にほど近い黒川温泉の黒川荘(南小国町)は客室に被害はないが、温泉が使えなくなり、2千人以上の宿泊を断らざるを得なかった。5月いっぱいは営業できないという。

 大分県由布市によると、由布院温泉は被害のない旅館が多いが、地震直後に大量にキャンセルが出た。由布院温泉旅館組合は、被害を受けた旅館も大型連休に向けて急ピッチで準備を進めている、と説明している。

■交通 新幹線脱線、高速不通

 鉄道や道路にも甚大な被害が出ている。

 九州新幹線は前震で、JR熊本駅近くに向かっていた回送列車(6両編成)が脱線。JR九州は18日、車両を線路に戻す作業を始めた。国土交通省によると、九州新幹線の線路周辺の防音壁など約150カ所で破損が確認された。

 20日には新水俣―鹿児島中央間の運転を再開した。ただ博多―新水俣間は全線で運転を見合わせており、在来線は一部区間で終日運転を見送っている。

 熊本空港は、本震で空港ターミナルビルの天井板が落下するなどの被害が出たため、閉鎖された。19日に民間旅客機の一部の運航が始まり、空港ビルも部分的に再開された。

 高速道路は熊本、大分両県を中心に、道路が陥没したり、のり面が崩落したりしており、熊本県甲佐町では跨道(こどう)橋が九州道上に崩れ落ちた。20日午後5時現在、九州、大分の両自動車道と九州中央自動車道の4区間が全線通行止めになっている。一般道も各地で寸断され阿蘇大橋は崩落した。
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by nsmrsts024 | 2016-04-21 05:11 | 朝日新聞・綜合、政治

最高裁判所


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