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5月14日(土)・・・野馬追の馬救いたい、支援の申し出続々 震災で頭数半減

馬を救おう――。東日本大震災では、馬も被災した。伝統行事「相馬野馬追(そうまのまおい)」を行う福島県相馬地方には、祭りに参加する馬、およそ370頭が飼われていた。このうち200頭あまりが死んだり、行方不明になったりしている。生き残った馬を保護し、今年も祭りを開催しようという動きが広まっている。

 毎年、野馬追に参加している阿部雅彦さん(51)は東京電力福島第一原発から20キロ圏内の警戒区域にある浪江町に住んでいるため、一家は避難を余儀なくされた。阿部さんが騎乗して野馬追に参加してきた相棒の元競走馬マサオ(牡〈おす〉9歳)は自宅近くの厩舎(きゅうしゃ)に置いていくしかなかった。

 しばらくは居残った友人に頼み、マサオの所へエサや水を運んでもらった。しかし交通網が遮断され、エサの入手が難しくなった。マサオの処遇に悩んでいた時、人づてに聞いたのがNPO法人「引退馬協会」(千葉県香取市)の救援活動だった。同協会は、競馬を引退した競走馬など高齢の馬の余生の面倒を見ている。

 同協会の沼田恭子代表(58)は、東日本大震災が起きた直後から獣医師とともに現地に入り、地元のNPO法人「馬とあゆむSOMA」と協力しながら被災馬の救護やエサの提供を行った。これまで44頭の被災馬に手を差し伸べた。その多くが野馬追に参加する馬だ。

 マサオは無事、南相馬市の牧場に移動した。仕事の合間をぬって、マサオの顔を見に来る阿部さんは「私にとって馬は家族同様の存在ですから、引退馬協会には本当に感謝しています」。

 引退馬協会は3月中旬にインターネットのホームページ「被災馬INFO」を立ち上げ、被災馬の受け入れ先を募っている。集まった義援金やエサなどの救援物資が相馬へ送られた。それでも沼田代表は「原発の問題があり、いつまで馬たちを避難させればよいのか分からない」と戸惑いを隠せない。
被災馬を支える動きは広がりを見せている。

 競走馬の産地である北海道日高町は、被災馬を最大約100頭受け入れると表明した。同町までの輸送費用と10月までの飼育費用は日高町が負担する。

 米ケンタッキー州で競走馬の牧場を経営する吉田直哉さん(42)も相馬のために立ち上がった。世界中の競馬関係者から、名馬の名前や牧場のロゴマークが入った2500個を超える帽子を提供してもらった。この帽子を1個3千円で販売し、その収益をすべて相馬地方の馬を救うために寄付する。

 栃木県・鍋掛(なべかけ)牧場の沖崎誠一郎さん(51)が発起人になった被災馬支援の取り組みはユニークだ。

 被災して働き場を失った馬を集めて改めて訓練し、馬術の競技馬や乗馬クラブの練習用馬に仕立て上げる。そうした馬たちをオークションにかけ、新しい馬主や職場を見つけようという試みだ。オークションは6月下旬の開催を目指している。約20頭が準備中だ。

 相馬野馬追が今年も例年通り7月に実施できるかどうかは、関係者が協議を続けており、その結論が出るのは来月になりそうだ。第2次大戦中も中止されることなく実施されてきたという伝統行事。復興の光に、と開催を求める声も多い。(有吉正徳)

     ◇

 〈相馬野馬追〉 毎年7月に相馬市、南相馬市で開かれる馬を使った伝統行事。例年は相馬地方の馬を中心に約500頭が出場する。国の重要無形民俗文化財。相馬家の始祖といわれる平将門が軍事訓練として野生の馬を追い、捕らえて神前に奉納したことが始まりとされ、1千年の歴史がある。騎馬武者が鎧(よろい)を着て、旗指し物をなびかせて疾走する甲冑(かっちゅう)競馬、2本の神旗を奪い合う神旗争奪戦など勇壮な祭り。
by nsmrsts024 | 2011-05-14 14:34 | 朝日新聞・綜合、政治

千年に一度の巨大津波と原発事故による核災害


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