2017年10月30 日(月 ):野党第1党に躍り出た立憲民主、共産社民とともに色は赤、首相指名は枝野で決まり

首相指名選挙 野党分裂映す 民進・投票先決められず 希望・苦肉の策で渡辺周氏 共社は立憲民主・枝野幸男代表で共闘鮮明に
特別国会召集日の11月1日に行われる首相指名選挙は、野党分裂の混乱がにじみ出た異様な展開となる。民進党は前原誠司代表が正式な辞任を30日以降に先送りし、投票先が判然としない。希望の党は小池百合子代表(東京都知事)が衆院選に出馬せず、苦肉の策で当選回数最多の渡辺周元防衛副大臣への投票を決めた。共産、社民両党は野党第一党の立憲民主党の枝野幸男代表に投票する方向で、「3野党共闘」の流れを鮮明化させる。

 前原氏は27日の両院議員総会で「一定の方向性を定めた上で辞任する」と明言したが、即座の辞任は拒否した。党関係者によると、前原氏は「辞任は30日の全国幹事長会議で謝罪した後」との意向が強いという。

 そのあおりで新代表の選出手続きは召集日前日の31日までもつれるのは必至だ。首相指名直前まで候補が分からない異常事態に、参院民進党からは「前代未聞だ」と憤りの声が出ている。

 民進党の新代表には、党籍を残したまま衆院選を無所属で戦って当選した岡田克也元代表や、小川敏夫参院議員会長らが浮上する。ただ、岡田氏は民進党系無所属議員が参加する衆院会派「無所属の会」の代表を務めており、新代表となった場合の分かりにくさは否めない。

 希望の党は、幹事長兼政調会長に大島敦・民進党前幹事長が就任した。大島氏の人事はあくまで暫定的な位置づけで、11月中に共同代表を選出する方針だ。特別国会が開会しても国会議員を束ねる共同代表が不在という異例の事態となる。

 そんな中、首相指名候補として白羽の矢が立ったのが当選8回の渡辺氏だ。ただ、渡辺氏は希望の党の結党メンバーでさえなく、閣僚経験もない。共同代表でもない渡辺氏を首相に推すことは「無責任」との批判を免れそうもない。

 一方、衆院選で候補者調整を行って共闘した立民、共産、社民3党は、首相指名選挙でも足並みをそろえる見通しだ。

 共産党の志位和夫委員長は衆院選後の記者会見で「3党で連携して衆院選を戦った意思を国民に示す意味でも(首相指名選挙は)1人に絞って投票するのが一番いい」と語り、枝野氏を軸に調整する考えを示した。3野党は今後、国会でも共闘して安倍晋三政権への対決姿勢を強めるとみられる。(広池慶一)




希望・若狭氏:「比例名簿順位、小池氏が主導」
若狭勝元衆院議員は29日のフジテレビの番組で、希望の党の小池百合子代表が衆院選の比例代表名簿の順位決定を主導していたと明かした。比例近畿ブロックの単独2位で、元防衛官僚で小池氏に仕えた経験のある井上一徳氏が優遇された経緯について、若狭氏は「全く関与していないが、おそらく小池氏が防衛関係の知識があるということで2位にしたと思う。優遇であるとは思う」と語った。

 希望の比例近畿では、比例単独の樽床伸二元総務相が1位で当選。京都5区の惜敗率32.4%の井上氏は単独2位で復活当選した。一方、3位で重複立候補した20人で復活当選したのは惜敗率98.3%の山井和則氏だけ。97.2%の馬淵澄夫氏は落選した。【樋口淳也】




天皇陛下「中国訪問はよかった」 渦巻く思惑、親善貫く

中国・西安市の大雁塔を訪問した天皇、皇后両陛下=1992年10月
 「中国訪問はよかった」

天皇訪中、保守強硬派の反発 当時の官邸は説得に半年余
新元号、リストから極秘に選定へ 皇位継承儀式も模索

 皇居・御所で開かれた数年前の食事会の席上。天皇陛下は1992年の中国訪問を振り返り、宮内庁関係者にそう明かした。

 天皇陛下が皇后さまと中国を訪れた92年は、日本と中国が国交正常化20年を迎えた節目。歴代天皇で初めてとなる訪中の実現には、紆余(うよ)曲折があった。

 ログイン前の続き日本政府には、天皇訪中で昭和から引きずる歴史問題に区切りをつけたい思惑があった。「天皇訪中は最強の外交カード」(外務省当局者)と捉える向きもあった。だが「天皇を政治利用すべきではない」という意見のほか、政府・自民党内にも、戦争責任や賠償問題の再燃を危惧する立場からの慎重論は根強く、調整に時間がかかった。

 一方、中国には多くの犠牲者を出した89年の天安門事件で国際社会から孤立した状況を打破したい思惑があり、繰り返し天皇訪中を求めた。当時の中国外相・銭其琛(チエンチーチェン)氏は回顧録で、天皇訪中を「対中制裁を打破するうえで積極的な作用を発揮した」と振り返った。

 だが、陛下が「よかった」と語ったのはこうした政治的文脈とは一線を画し、「自らの訪問で少しでも友好関係に前進があればというお考えのようだった」と発言を直接聞いた宮内庁関係者は言う。表情や話し方から、親善の意義や手応えを得たのだと感じ取ったという。

 実際、天皇、皇后両陛下は中国で一般の人々とのふれあいに力を注いだ。

 旅の最後に訪れた上海では、沿道から「ホワンイン(歓迎)!」の声があがった。上海総領事だった蓮見義博氏(84)は両陛下と車で移動中、天皇陛下から何度も「もう少しスピードを落としてください」と求められた。暗い道路にさしかかると、遠方にいる人たちにも見えるように、と室内灯をつけた。「外に出られるといいんですけどね」とも語ったという。

 訪中の評価は今も分かれる。天皇陛下自身、周囲に尋ねたことがある。外務省アジア局長として訪中に関わった池田維(ただし)氏(78)は2000年、両陛下のオランダ訪問時に駐在大使として朝食を共にした席で、陛下から「中国訪問はよかったと思いますか」と聞かれた。その2年前、来日した江沢民国家主席が日本の歴史認識について批判し、両国関係がぎくしゃくしていた時期だった。陛下が、両国の関係を気にかけていることが伝わってきた。

 政治と切り離されるべき天皇の外国訪問だが、国内外の政治環境と無縁ではない。長く両陛下に仕えた宮内庁元幹部は「国際親善は象徴天皇として大切な務めのひとつ」と話す。「だからこそ政治利用と捉えられぬよう、周囲が慎重に事を進めなければならない」



立憲民主・長妻昭代表代行 北対応、安保法なくても「専守防衛でやるべきことたくさんある」
 立憲民主党の長妻昭代表代行は29日のフジテレビ番組「新報道2001」で、緊迫する北朝鮮情勢下でも安全保障関連法を廃止すべきだと考えるのかを問われ、「わが国の危機で、専守防衛の範囲内でやるべきことはたくさんある」とし、安保関連法がなくても情勢に対応できるとの考えを示した。

 長妻氏はまた、自民党が大勝した衆院選に関し「明らかに北朝鮮のおかげでもある」と発言した麻生太郎副総理兼財務相について「いろんな失言をしており、二度とないよう国会できちんとクギを刺す」と述べ、11月1日召集の特別国会などで追及する姿勢を示した。

 希望の党の小池百合子代表(東京都知事)の側近で政界引退を表明している若狭勝元衆院議員は同じ番組で、同党の衆院選敗北を受けて党内で小池氏への批判が噴出している現状について「先週までは(批判を)言っても構わないが、これからは先を見据えないと政治家としての資質が問われる」と述べ、党の「一致団結」を求めた。

 自民党の佐藤正久外務副大臣も「戦いの後、親分をこのように批判するのはいかがなものか。有権者から信用できないとみられる」と同調した。






[2011.3.11 東日本大震災と福島第一原発爆発事故から6年と7ヶ月]
[1000年に一度の巨大津波と66年後にまた起こした核災害、直後に海水で
炉を冷却しておけば爆発は防げた]

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   3.11東日本大震災  福島第一原発爆発  楢葉町 297
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by nsmrsts024 | 2017-10-30 05:59 | 朝日新聞・綜合、政治

千年に一度の巨大津波と66年後にまた起きた核災害


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